第七話 入隊試験
映像じゃない戦闘入ります。内容は薄いけど。
朝。日が登り、近くのマンションの端から微かに太陽の光がオレの立つ演習場に差し込んでくる。
オレは腰に剣を差したまま小さく息を吸い込んだ。
「レヴァンティン、準備はいいか?」
オレは剣に語りかける。普通なら剣は答えない。でも、
『大丈夫です。私はいつでも可能です』
オレの身につける剣から声が返ってくる。
レヴァンティン。
それがオレの所持する武器の名前だ。世界最高峰の演算能力を持つデバイスであり、オレの最高のパートナー。
『私の心配をするよりマスター自身の心配をした方がいいのでは?』
「まあな」
確かに心配している。由姫とどれだけ手加減して戦えるかどうか。
『マスターの剣技は不殺の剣技ですが、素人相手に使えば殺しかねません』
「わかっている。由姫には諦めてもらわないといけないんだ。だから、全力で手加減しながらいく」
オレはそう言いながら振り返った。そこにいるのはナックルを身につけた由姫と、とても困ったような顔でいる音姉の姿。今の言葉は聞こえていないだろう。
レヴァンティンのことを知られるわけにはいかないから。だけど、どうしてかわからない。どうしてか、嫌な予感しかしない。オレの第六感が訴えてくる。本気を出した方がいいと。
「お兄ちゃん、準備はいい?」
「それはこっちのセリフだ。試験官はオレと音姉だからな。お前は試験を受ける側」
「そっか。お兄ちゃん、私はいつでもいけるよ」
オレは小さく溜息をついてレヴァンティンの柄に手を乗せる。どういう風に攻めて行くか考える。
「由姫、本気で来い」
「はい」
音姉は小さく溜息をつきながら手を上に上げた。
「よーい」
由姫が身構える。
ちょっと待て。その構えってもしかして、
「スタート!」
その瞬間、由姫が一気に加速した。
一歩目からトップスピード。二歩目はさらに加速する。瞬間的に距離を詰めて動く。この動きはあの武術しかない。
オレはレヴァンティンを鞘から勢いよく抜きつつ後ろに下がった。
レヴァンティンとナックルがぶつかり合い、互いに弾かれる。だけど、由姫はそのまま弾かれた力の動きを纏って回転する。まるで、オレの弾いた時の力をそのまま攻撃に転換しているような攻撃。
戦闘中の動きを全て攻撃に変える技術。
レヴァンティンをすぐさま返してナックルを撃ち落とした。距離を取るのは危険だが、この状況では距離を取るしかない。
「まさか、八陣八叉だとはな」
八陣八叉流。
究極の武術と言われる格闘技の最終形態で、軍隊が使うような格闘術をさらに強くしたようなもの。その特徴は容赦ない攻撃と崩せない防御。つまり、攻守揃ったもの。ただの攻守が揃ったものじゃない。下手に攻撃をすれば返り討ちにあうしかない武術。戦う時は相手の攻撃から崩さないといけない。
レヴァンティンを構えつつ、オレは背中に汗をかくのを感じていた。由姫は強い。それだけはわかる。
さっきの行動は攻撃を弾かれた瞬間には行動に移っていた。よほど慣れていないと出来ない。そして、その攻撃に弾かれた時の力を乗せていた。
由姫が足に力を入れる。その瞬間、由姫は動いた。正面から距離を詰める。
オレは小手調べに剣を素直に振る。対する由姫はレヴァンティンを肘で打った。そのまま顔に甲が迫るのを回避しつつ、由姫の蹴りを受け止める。
受け止めた体勢のまま蹴りを放つと由姫はしゃがみ込んで蹴りを避けた。
オレはすぐさま受け止めた由姫の足に手をついて飛び上がると、足払いがオレのいた場所を薙いだ。
着地した瞬間に距離を詰めながらレヴァンティンを振る。だが、レヴァンティンはナックルに受け止められた。そのまま押し込んで力を拮抗させる。
「まさか、ここまで強いとはな。どこで強くなった?」
「お兄ちゃんと同じ世界に行きたくて。お兄ちゃんとお姉ちゃんに内緒で教えてもらっていたから」
「なるほど、な!」
オレは力を一瞬だけ弱めて由姫が微かにこちら側に動いた瞬間、肩から体当たりを強行した。
「きゃっ」
さすがにこの行動は予想外だったのか、由姫はまともに食らってその場に尻餅をつく。
「今のは」
「チェックメイト」
レヴァンティンの刃先が由姫の目の前に到達する。
鍔迫り合いに持ち込んだ後、一瞬だけ気を緩めて体当たりをかける方法は案外上手く行く。問題点があるなら、相手が槍を使っていると使えない。後は、相手が自分よりも遥かに大きい時に使ったら失敗する可能性がある。隙がない相手ならの話だが。
「私の負け?」
「ああ。由姫の負けだ」
オレはレヴァンティンを鞘に収めた。正直に言って予想外だ。由姫の強さは特に。最後の技はオレのオリジナルだからな。拮抗している時に力を緩めて体当たりは使えるが肩を痛める危険があるからだけど。
「負けたんだ」
「弟くん、ご苦労様」
音姉が近づいてくる。その顔には笑顔が浮かんでいた。あまりに予想外だったから驚いていると思っていたけれど、音姉もオレと同じ考えということがわかる。
「お兄ちゃん、私、大人しく待っているから。だから」
「何を勘違いしているんだ?」
オレはニヤリと笑みを浮かべた。やっぱり勘違いしていたか。
「合格だ。由姫。音姉も文句ないよな」
「うん。驚いちゃった。由姫ちゃんがこんなにも強くなっているなんて。弟くんは焦っていたよね」
「ああ。手加減する隙が無かった」
本当は手加減をして由姫を気絶させるつもりだった。だけど、実戦で使うような技術をいくつか使うことになってしまった。その実力は十二分に任務についていける。
オレ達からすれば逆の結果になったが、由姫の成長はオレ達からすれば嬉しかった。ずっと、由姫を守らないといけないと思っていのに。
「本当は、由姫には戦って欲しくはない。だけど、由姫の思いは無駄にしたくない。だから、入隊試験に合格だ。それに、実戦経験を積めばさらに強くなれるだろうな」
「そうだね。まだまだ動きは甘いけど、由姫ちゃんなら大丈夫」
「本当に?」
由姫は未だに信じられないみたいだ。おそらく、勝つことが前提条件だと思っていたのだろう。というか、『GF』の正規部隊に所属するオレに勝つことがどれだけ難しいかわかっているのだろうか。オレに勝てるなら実戦で普通に通用する。
「お兄ちゃんやお姉ちゃんと一緒にいれるの?」
「まあ、義父さんや義母さんが許可してくれるならだけどな。許可が取れなければ駄目だ」
一応オレ達は未成年なのだから親の許可は絶対だ。オレや音姉の場合はかなり特殊だけど。実際に、入隊試験に合格しても、親の許可が取れないから入隊出来なかった人も存在する。
「うん。お父さんとお母さんに連絡してくる」
由姫はそう言うと全速力で演習場から出て行った。よっぽど嬉しかったんだろうな。でも、走る速度がオレの最速よりも速いようにしか見えない。
「これから大変だね」
「そりゃな。心配事の類が増えた」
オレは小さく溜息をついた。
これで、オレ達の第76移動隊は全部で八人。後二人は欲しいところだ。
「それにしても、弟くんの剣技は鈍ってなかった?」
ギクッ。
最近、忙しかったからな。ヤバいかも。
「鈍っていたよね。お姉ちゃんが直々に鍛え直してあげるから」
「あのさ、明日から狭間市に向かうから厳しい訓練は」
「大丈夫大丈夫」
音姉は顔を笑わせながらいつの間にか取り出した刀の柄に手を置いている。大丈夫という割には目は笑っていないのも怖い。
「すぐ終わるから」
二分三十秒。
音姉相手に耐えきれた時間はたったそれだけだった。
これでも十二分に持った方だと思う。
八陣八叉流について
防御の武術である八陣流と攻撃の武術である八叉流が合体したもの。極めたら冗談抜きで世界最強のおまけがつく。
使い手によっては神殺拳とも呼ばれている。