第二百五十二話 黒い異形
とっさに放った『破壊の花弁』が突如として現れた機銃を破壊する。周囲を見渡しながら『破壊の花弁』を展開しつつ『絆と希望の欠片』の力で言葉を飛ばす。
全員無事か?
『無事じゃ』
『無事だよ』
『無事です』
周囲を見渡せば頸線によって切り裂かれたり魔術によって破壊された小型自動防衛フュリアス『エンペラー』。さらには大量の人骨の数々。
「どうやら一段落みたいだな」
「『絆と希望の欠片』とは便利じゃな。乱戦でも味方の位置と声をしっかりと届けてくれる」
「だよね。おかげでエンペラーを破壊しやすかったよ」
「それなら良かった」
『破壊の花弁』と『絆と希望の欠片』で周囲を警戒しながらオレは小さく息を吐いた。
ルエナから教えられたポイントΔE-67。そこに向かったオレ達を待っていたのはボロボロになった研究所だった。
アル・アジフさんが呟いた言葉を拾ったならハイゼンベルク研究所。
ハイゼンベルクという地名は人界にある。ある意味最も有名な地名なのかもしれない。
そんなところに研究所があったという話は聞かないし音界にどうしてあるのかはわからなかった。だが、それを誰も尋ねなかった。
何故なら、その時にアル・アジフさんの頬に一筋の涙が流れたからだ。どういう意味の涙かはわからない。だけど、オレ達三人は何も聞かなかった。
その後、アル・アジフさん先導の下で研究所の中に入ったのだが、ある程度奥に入った時、突如として小型自動防衛フュリアス『エンペラー』が飛び出してきたのだ。さらには大量のセキュリティートラップまで。
それを全て無効化して今にいたる。
「こんな話聞いていませんよ~」
「我もまだセキュリティーがここまで生きているとは思わなかった」
「確かにセキュリティーが生きている話は聞いていたけどさ、エンペラーは予想外だよね」
「そうです。そうですよね!」
緒美が泣きそうになりながら持っている杖に新たな弾倉を装着する。
緒美の持つ杖は特注品で緒美の能力である魔術の発動時におきる処理回路の暴走に対策された杖だ。
杖本体のデバイスに処理回路はない。処理回路がない代わりに凄まじいキャパシティを誇る制御機構だけを組み込んだ。だが、制御機構だけでは魔術は使えないため使い捨ての処理回路を組み込んだ弾丸(弾丸というより長方形の小さな箱みたいなもの)を魔術使用時に介入させることで魔術の発動を可能にしたのだ。
もちろん、魔術が発動すればその弾丸は排出される。完全な使い捨てだが弾丸自体は低コストであり大量に持ち運びも出来る。
「試作された杖が使用出来る環境だからって聞いたのに変な機械も出てくるし」
「緒美ってもうちょっと噛むというかまともに話せないイメージがあったんだけどな」
または対人恐怖症というべきか。
「い、未だに苦手ですよ。人を接することは。私はここに来るまで失敗作と言われていましたから。で、でも、第76移動隊なら私は失敗作じゃない。私を、緒美として、一人の人間として見てくれるから。わ、私は、必ずどうにかするとき、決めたから」
「なるほどね。まあ、そっちの方がいいわな。暗い顔をしてるより女の子は笑って楽しそうに前を向いている方がいい」
「そなた、緒美も狙っておるのか? 帰ったら報告するぞ?」
「狙ってないし一般論だ」
アルネウラや優月は今は麒麟工房にいる。
お留守番、というわけではない。今のオレが契約している精霊はアルネウラ、優月、セイバー・ルカの三体だけ。レクサス達他の精霊はオレが一度死んだため契約が切れたのだ。だから、三人には他の四人を捜しに行ってもらっている。
「まあ、悠兄の女たらしは今に始まったことじゃないし何人も泣かせているし」
「その話は後にしてくれ。来た」
その言葉にアル・アジフさんが魔術書アル・アジフを開いた。
「どうやらこの先のセキュリティーも生きているみたいじゃな。面白いくらいにエンペラーがいるからの」
「また、戦うのか。エンペラーって硬いからいやなんだよね。魔術を連続で叩き込むことは出来ない」
「装甲の隙間を狙う方が難しいよね?」
「オレも七葉も手数は多いしな。装甲の間を狙うなら」
「待て」
アル・アジフさんの言葉にオレ達は話すことを止める。アル・アジフさんは険しい表情でこちらを向くことなく口を開く。
「相手はエンペラーなのじゃな?」
「感じ取る限りじゃ。数は8。正面からだけだな」
「どうやら、我らは当たりを引いたようじゃ」
「当たり?」
そう尋ねた瞬間、正面の通路からエンペラーが現れる。いや、エンペラーじゃない。まるで、漆黒の鬼にエンペラーの装甲が張り付いたような化け物だった。形はエンペラーと同じだから判別出来なかった。
その何かがこちらを見る。正確には目に当たる黒い空洞がこちらを見た瞬間、七葉がとっさに頸線を張り巡らせていた。そこに化け物がぶつかる。
「早い!」
頸線にぶつかった化け物は動きが止まる。その瞬間に頸線が化け物に絡みつき、オレは『破壊の花弁』で化け物を串刺しにした。
だが、化け物はまだ七体いる。
「はははっ、あはははっ」
そんな最中、アル・アジフさんが笑い出す。まるで、鬼のような怒りに染まった狂気の笑みで。
「まさか、このような場所でそなたらを見るとはの。思う存分破壊させてもらうぞ!」
その言葉と共にオレは七葉と緒美を引き寄せた。それと同時にアル・アジフさんの周囲に大量の魔術陣が展開される。
「くっ、『終始の星片』!!」
「消し炭になるがよい!!」
爆発音。それを聞いた僕は悠遠の操作を止めてその場に停滞する。ダミーバルーンがさらに高度を上げていくが僕も鈴もダミーバルーンを破壊することはしなかった。
「鈴。今の場所は?」
「ちょっと待って。あっ、これを見て」
その言葉と共にモニターに映像が映る。そこには洞窟の中から煙が吹き出していた。あそこは確か、
「アル・アジフさんが向かった場所じゃないかな?」
「そうだと思う。ポイントΔEだから。向かう?」
「そうだね。でも、悠遠のままじゃ邪魔になるし」
『悠人、鈴、聞こえる?』
「聞こえるよ」
リリーナの声に僕はすかさず声を返した。
『今から私が向かうから二人は待機。何かあったらちゃんと連絡するから!』
声と共に草木を踏みしめる音がする。おそらく、リリーナはすでに走り出していたのだろう。悠遠よりも洞窟内ではアークベルラを持つリリーナの方が戦えるだろう。
心配だ。だけど、僕達じゃ逆に心配させてしまう。
「リリーナ、お願い。何かあったら駆けつけるから」
『私に任せて』
僕は悠遠の体を地上に向けて降下させる。向こうはリリーナに任せるしかない。
「お願い、リリーナ」
僕はそう呟くくらいしか出来なかった。
『終始の星片』を解除する。
限定的に展開した『終始の星片』によってオレ達は無傷だけど、周囲は酷い。正確には跡形もなく吹き飛んでいた。まだ粉塵が舞っているため視界が暗い。
今いる場所が崩れていないのが不思議なくらいだ。まあ、『終始の星片』の中にいれば崩れてきても大丈夫だけど。
「アル・アジフさんは」
「ちょっと待って。あそこ」
七葉が走り出すのをオレと緒美の二人は追いかけた。そして、七葉が止まった先には大事に魔術書アル・アジフを抱えるアル・アジフさんの姿があった。
「アル・アジフさん!」
すかさず七葉が助け起こす。胸がゆっくり動いているし外傷は見当たらないからどうやら命に別状はないようだ。
『大丈夫です。アルは寝ているだけです』
浮遊するスケッチブックにオレ達は一緒だけ呆然としてすぐに納得する。
確かにエリシアの言うようにアル・アジフさんに目立った外傷はなく普通に寝ているだけに感じてしまう。
『皆さんは無事ですね』
「『終始の星片』の展開が間に合ったからな。とっさに発動したから範囲は小さくなったが」
『それぐらい出来て当然でしょう。とは言え、アルも我を失っていましたし』
黒い何かに取り憑かれたエンペラーというべきあれを見た瞬間、アル・アジフさんはまるで狂気を宿したかのような状態になっていた。
そして、おそらく最大威力での魔術の放出。
そこにあるのは憎しみだろうか。
「脈拍も正常。全身を隈無く調べても異常は無し、だね。緒美、一応気付けを」
「わ、わかりました」
緒美がすかさず杖から弾丸を排出する。
オレは小さく息を吐きながらスケッチブックを見た。
「エリシア、あれは何だ?」
『あれとは?』
「ふざけるなよ。話したくないみたいだが無理やりにでも話してもらうぞ」
『はぁ、仕方ありませんね。あなたは知っていますか? 私達が戦う本当の敵を』
「本当の敵?」
急に何を言っているんだ?
『私達が戦う世界の滅び。それを引き起こす存在を食らう黒い異形ディアブロです』
黒煙が立ち上る洞窟の中にリリーナは迷うことなく飛び込んだ。アークベルラを手に周囲を警戒しながら視界が悪い中を駆け抜ける。
「全く。アル・アジフも悠聖も七葉もいるんだから何をしているのかな?」
それとも、想定外のセキュリティーがあったか。
その考えをリリーナは即座に否定する。あの三人+緒美がいる以上、いくら想定外であっても対処は出来る。というより出来ない状況が考えられない。
それほどリリーナはあの四人の実力を信じている。そうなるとセキュリティー以外の何かがあったか。
「この嫌な感じ、前に感じたことがある」
そうは言うがリリーナの記憶の中には肌をピリピリと焦がす特徴的な感覚に覚えは無かった。だが、感じたことがある。
まるで、自身の存在を脅かす何かがあるような感覚。
「アークベルラの最大解放を視野に入れないと駄目かな。でも、やけに静か」
周囲には瓦礫が散乱し至る所で火災が起きている、が、火災は大半が燃え終わっており小さな煙を吹き出しているだけの場所が多い。
一酸化炭素中毒にならないためにいくつもの魔術を併用しているが、それでもそこまで苦しくはないとリリーナは感じていた。つまり、排煙機構が生きているというべきなのだろう。
「このまま先に進んで、っつ」
その瞬間、煙を掻き分けるようにリリーナに向かって光の何かが放たれていた。すかさずリリーナはアークベルラでそれを受け止める。
「エネルギー弾? この威力はアル・アジフ達じゃないはずだけど」
アークベルラを構えながらリリーナは考える。
アル・アジフ達ではないということはアル・アジフ以外にも侵入者がいたということだろうか。だが、この中で魔術も無しに立っていられるはずがない。そうなると一体どういうことだろうか。
「わからない。わからないけれど今は」
リリーナは前に集中する。アークベルラを構えエネルギー弾の飛来に備えようとする。だから、反応が遅れた。
背後から音がする。振り返った先にはエネルギーソードを振り下ろすエンペラーの姿。
「ぼさっとするな! 魔王の娘」
だが、エネルギーソードはリリーナに当たる前に刃を消し、エンペラーはその場に倒れた。それと共に姿を現すのはリリィとミスティ、いや、ハイロス。
「二人共」
「無事だな。今から奴らを殲滅する」
「リリーナ。あんただけには負けないから」
「それはこっちのセリフだよ」
三人がお互いに並びながらそれぞれのアークの武器を構える。そして、通路から飛び出すエンペラーに備えた。
一瞬の静寂。誰かが息を呑む音がするが誰も警戒を緩めない。その瞬間、エンペラーが通路から飛び出してきた。その数三体。
すかさずリリーナが前に出る。
「アークベルラ・プライ」
そうリリーナが呟いた瞬間、いくつものアークベルラがエンペラーに向かって放たれていた。エンペラーは突如として現れた複数のアークベルラに対して動きを止め、その瞬間にリリィとハイロスの二人がアークベルラの間を駆け抜けてエンペラーに肉薄する。
「一撃で」
「決めるわよ!」
すれ違いざまに振るわれたアークレイリアとアークフレイは二機のエンペラーの装甲の隙間に突き刺さり内部を破壊する。残ったエンペラーは一機。そのエンペラーは仲間を倒した二人を攻撃しようとして、その装甲をアークベルラによって貫かれていた。
「アークベルラ・カース」
リリーナがアークベルラを引き抜く。エンペラーが倒れる音と共に空間に静寂が舞い戻った。
「ありがとう。助かったよ」
「危ないところだったな。間に合っていなかったら大怪我をしていたぞ」
「そうよ。独断で行動するなとは言わないけれど、せめて、周囲の警戒ぐらいしなさい。全く、肝が冷えたからね!」
「ごめんごめん。でも、どうして二人はここに? 悠聖からは止められていたような気がしたけど」
「リリィが大人しく待っていると思うか?」
「思わない」
リリーナはハイロスの一言で納得する。それにリリィは頬を膨らませた。
「な、なによ! せっかく助けてあげたのに」
「ふふっ。ごめんごめん」
「すまないな」
そんなリリィの姿を見た二人は笑みを浮かべる。リリィも少しすねながらも笑みを浮かべる。だから、気づかなかった。闇の中から忍び寄る何かを。
「ところで、このまま真っすぐ行くの?」
「アル・アジフ達が心配だからね。リリィ達も行くよね?」
「もちろん。ハイロスは?」
「愚問だな。それにしても、ここは一体」
ハイロスは周囲を見渡す。見渡して、そして、全員が気づいた。気づくのが遅れた存在のことを。
「アークレイリア!」
「くっ」
リリィがすかさず振り返りながら拒絶の力を発動させる。ハイロスはアークフレイを構えて振り向く。だが、遅かった。
通路の闇の中から現れた黒い何かが拒絶を潜り抜けてハイロスに飛びかかる。ハイロスは冷静にアークフレイを振り抜いた、はずだった。
「なっ」
黒い何かがアークフレイを避けてハイロスに当たる。傍にいたリリィはとっさにアークレイリアを振り抜こうとするが、それより早くハイロスがリリィを突き飛ばした。
「これは、まさか」
苦しそうな声にアークベルラを構えるリリーナと突き飛ばされたリリィが困惑の表情を浮かべる。
「逃げろ! これは、ディアブロだ!」