第二百四十六話 話し合い
小さく息を吐いてドアノブを回す。そして、そのまま部屋の中に入った。
「遅れたか?」
オレはそう言いながら部屋を見渡すと部屋の中にいた冬華が軽く肩をすくめる。
「本来ならね。でも、まだ向こうとは繋がっていないわ」
部屋の中にいるのは冬華以外に浩平、リース、アル・アジフさん、ルーイ、メリル、アン、ミルラ、ラウの八人。
本来ならここにリリィとリリーナもいた方がいいがそれはアル・アジフさんの意見で却下された。
「思ったより元気そうだな」
「お前こそな」
オレと浩平は笑いあう。そして、お互いに拳をぶつけ合った。
「神になったんだってな。おめでとさん」
「からかっているのか?」
「いやいや。からかうつもりなんて毛頭もないぜ。強いて言うなら一生好きな人と過ごせそうで羨ましいなって」
「なるほどね。まあ、いいか」
オレは軽く肩をすくめながら浩平の隣の席に座った。リースに睨みつけられるがそれはある意味勘弁して欲しい。
「悠聖。お前は今回の騒動をどう思ってる?」
「どうせ人界が関わっているんだろ」
オレの言葉に驚いたのはルーイとメリルの二人だけ。どうやら他はその可能性が一番高いと考えていたに違いない。
しっかり考えればよくわかることだ。
現在、人界魔界天界で戦闘はほとんど起きていない。『GF』や『ES』、国連、魔王、天王それぞれが上手く統治しているからと言ってもいい。
戦いが起きないということは兵器の進化が遅くなる。それは『GF』の上層部、時雨さんや慧海さんが危惧することの一つだろう。だから、音界に目をつけた。そう考えられる。
「政府かレジスタンスかどっちについたかわからないけど、紛争が起きている以上、兵器の試作品を試す場としては何ら問題はないしな」
「だが、現に第76移動隊は僕達音界側にいる。『GF』が介入してるのは」
「ルーイ。考え方を変えましょう。人界の戦力は音界より遥かに上です。それこそ、第76移動隊だけでレジスタンスが壊滅可能なほど。つまり、『GF』の支援を受けた政府が未だにレジスタンスを制圧出来ていないことがおかしいと思いますか?」
「なるほど。『GF』はどちらにも支援することで戦いを長引かせているということか」
「しかも、第76移動隊に知らせないレベルでな。周な確実に上に殴り込みをかけてる」
あいつの性格なら第76移動隊全員を集めて『GF』本部に襲撃をかけかねない。
「周ならやりそうだな。だが、そうなるとかなりややこしい事態になりかねないか?」
「どういうことだ?」
「『GF』製のフュリアス、ソードウルフやイージスカスタムの技術や機体が流れている可能性が」
「それに関しては問題ない」
浩平の言葉を遮るようにルーイが言う。
「どちらも癖が強い上にまともな運用が出来る者が少ない。例え運用されたとしても僕達なら確実に倒せる」
「杞憂ってわけか。頭が悪くて悪いな」
「いや、見た目通りだから驚きはない」
「それは良かった」
「お前、馬鹿って言われたぞ」
オレは呆れて言うが浩平からしたらそんなことは関係ないらしい。
オレは小さく溜め息をつきながら冬華を見た。冬華は苦笑しながら軽く肩をすくめてくる。
『こんな感じですか?』
唐突にスピーカーから流れる若い女の子の声。若いというより幼いというべきか。もちろん、聞いたことはない。
『モニターが繋がっていないな』
続いて流れるのは孝治の声。どうやら天界の人のようだ。
『モニターなぞ気合いでみればいい』
『同じ王だと思うと嘆かわしいな』
続いて魔王ギルガメシュと天王マクシミリアンの声。魔王と天王が一緒のところにいるのだから戦いが起きそうなんだけどな。
『貸してみろ。我がやろう』
『頼む』
『お願いします』
あれ? 聞いていたような話とは全く違うな。
天王は悠人と壮絶な戦いをしかけた阿修羅のごとき化け物と聞いたことがあるんだけど。
『これで大丈夫だろう』
その言葉と共に用意されたスクリーンに投影された向こう側が映る。そこにいるのは魔王と画面の端にいる孝治と灰色の翼を持つ幼い女の子。しかも、可愛い。
「リースの方が可愛いな」
「浩平」
バカップル共が。
『映ったようだな。久しぶりだな、アル・アジフ』
画面の向こうで大柄な魔王が気さくな笑みを浮かべて軽く片手を上げる。それを見ながらアル・アジフは苦笑しつつも言葉を返した。
「そうじゃな、ギルガメシュ。娘は元気にやっておるぞ。今頃天界の住人ルーリィエと訓練しておる」
『それは良かった』
『今回は魔王の娘の話をするわけではないぞ』
スクリーンに映る純白の翼を持つ初老の男。だが、その風格は画面越しでもよくわかるほど王らしさを持っていた。
あれが天王マクシミリアン。まともに戦ったことはないけれどストライクバーストに乗り悠人を苦しめた存在。
『初めて、の顔もあるな。我は天王マクシミリアン。天界の王だ』
『魔王ギルガメシュ。大体は顔見知りだが一応な』
『花畑孝治。で、こっちが協力者のニーナ』
『ニーナです』
向こうの自己紹介が終わったか。じゃあ、誰から自己紹介するかな。
オレが周囲を見渡すと何故か全員の視線がオレに向いていた。どうやらこちら側のリーダーはオレらしい。
「しゃあない。白川悠聖。今は終始神と名乗っている」
「長峰冬華よ」
「佐野浩平。で、こっちがリース」
「皆は知っておるじゃろうがアル・アジフじゃ」
「音界の元歌姫メリルと歌姫親衛隊隊長ルーイです」
「黒猫の配下、ミルラとラウ」
これで全員の自己紹介は終わったな。今回の進行は確か向こうが孝治でこっちがアル・アジフだったはずだ。だから、二人の出方を待つしかないか。
『元?』
画面の向こうで孝治が驚いたような表情になる。まあ、知らなかったら普通は驚くだろうな。
「はい。今の私には歌姫の力はありません。悠人を、『歌姫の騎士』を蘇生するために全ての力を使いはたしてしまいました」
これはオレも聞いて驚いたのだが今のメリルに歌姫の力はない。
普通の女の子としてはありがたいかもしれないが、今のメリルにとっては大きな不安要素の一つだろう。今回の話は音界の首都で作られた臨時政府、ではなく麒麟工房にいる歌姫の派閥と魔界、天界が手を結ぶことが目的の一つだから。
『そうか。だが、今回はあまり関係ないようだな』
「どういうことじゃ?」
『首都の住人は歌姫メリルの帰還を望んでいる。そして、元首相のグレイルもな』
「なるほどの。今の臨時政府によほど不満があるらしいの」
『毎日主導権を巡る醜い争いだ。俺達がいるから大きな戦いは起きていないが小競り合いや犯罪が増加している』
「そういう意味では力を失ったとしても元歌姫の存在は必要じゃな。それは置いておいて、今回の話を進めて行くとしよう」
今回の話と言うのは大まかにわけて三つある。一つは先程も言った手を結ぶこと。他にはやはりクロラッハ達のレジスタンス。そして、黒猫からの伝言だ。
最初の項目に関してはなんら問題はないだろう。
「我らからすればそちらと手を結ぶことになんら異論はない。これは先に話をした結果じゃ。そちらは?」
『こちらもだ。主導権に関しては色々ともめたが魔界、天界共に代表を一人名を上げている』
どちらも一人ずつか。ここでそう話すと言うことは魔王や天王じゃないのだろう。おそらく、刹那とアーク・レーベ。
どちらも魔王の腹心であり将来の王候補。アーク・レーベは天王候補をリリィに譲ったがそれでも実力や指揮力はアーク・レーベの方が上だ。
『魔界はリリーナ。天界はルーリィエ・レフェナンス』
「ちょっと待て!」
オレは思わず立ち上がっていた。
「リリィとリリーナ!? 正気か?」
『正気だ。こちらでも話し合いはしたが一つの考えが浮かんだからな』
「若人に任せる、ということじゃな?」
『ああ。今回こちら側の進行役が俺なのもそういう事情がある。それに、二人は仲がいいらしいじゃないか』
「それは、そうだが」
確かに二人の仲はいい。親友といってもいいくらいに仲がいい。いや、犬猿の仲だけどお互いを思い合っている奇妙な状況か?
『魔王も天王もそれに賭けた。二人は散々矛を交えてきたから簡単に和解出来るわけがない。だから、これからの可能性に書けたんだ』
「それならオレには異存はない」
二人い任せることに不安はある。だけど、天界が滅んだ以上、天界の住人はどこかに住まわなければならない。それこそ、魔界という選択肢すらあるのだ。二人の仲を考えて選択肢を広げる可能性のある方を選んだのだろう。
気心が知れている以上、話し合いもスムーズに進みやすいからな。
『それに関しては悠聖進めてもらっていいか?』
「二人に話すと言うことか?」
『ああ。刹那から話は聞いている』
なら、仕方ない。
「わかった」
「では、一つ目の話は終了じゃな。さて、二つ目の話じゃ。クロラッハ達に関してそちらから何か新しい情報はあるかの?」
『天王マクシミリアン』
『ああ』
孝治に言われてマクシミリアンが小さく頷く。
『クロラッハ側の勢力だが、天界の一部が加わった。正確には天界至上主義の集団が加わったと考えるべきだな』
「天界の? なるほどの」
アル・アジフが関心したように頷いた。確かに天界は天界が一番だと思っている人が少なくない。そんな人達からすれば音界や魔界と協力することは嫌だろう。そういう勢力がクロラッハ側に加わったと考えれば納得はいくが、そうなると問題がいくつか出てくる。
『その集団は天界勢力のフュリアス部隊の約半数を連れていた。つまり、かなりの数のフュリアスが無効に加わったと考えていい。もちろん、ディザスターもだ』
「そうか」
ルーイが小さく呟いた。ルーイにはわかっているのだろう。
音界が持つフュリアスの中でディザスターに対抗できる存在は少ないと言うことを。
イグジストアストラル。ベイオウルフ。悠遠。
おそらく、まともに相手をして勝てるのはこの三機だけ。そうなると、敵側にディザスターがあるのはかなりまずい事態となってしまう。
『戦力は倍増、と考えていいだろう。だが、こちらの戦力も倍増だがな』
「そうじゃな。真正面から戦えば被害は極めて大きくなる。じゃが、こちらにも最終手段はいくらか残っておるぞ」
『アル・アジフ。何かあるのか?』
「悠人の最新機じゃ」
孝治の問いにアル・アジフは笑みを浮かべながら答えた。
「悠遠。現存する、いや、過去、現在、未来その全てにおいて頂点に立つ究極のフュリアスじゃ。これなら、ディザスターが何機来ようと一機で撃破出来る」
『悠人の最新機か。こちらも奥の手は考えている。試すのにはいくらかの障害があるが大丈夫だろう。さだが、クロラッハ側の戦力が増大したのは由々しき事態だな』
「そうじゃな。今のままでは力押しで負けるということになりそうじゃ」
「それなら大丈夫だよ」
正の言葉と共に扉が開く。そこにはところどころが破けた戦闘後のようなゴスロリ服を着た正がいた。そのまま部屋の中に入ってくる。
「クロラッハ側の勢力を確認してきた。ミスって戦闘にはなったけど、情報収集には成功したよ」
「そなたは全く」
「まあまあ。情報はちゃんと持って帰ってきたんだからこれくらいは許して欲しいね。最初に言っておくよ。クロラッハ側のフュリアスは主力がクロノスとレヴァイサン、ギガッシュ、そして、イージス。他の機体は見つけられなかったよ」
「ギガッシュはコストパフォーマンスと戦闘力の観点から言えば最高クラスだからなんとなくわかるな。だが、四つしかいないのはどういうことだ? 僕達でも数機の種類を組み合わせて使っているが」
「それに関してはわからないよ。だけど、発見出来たのは四機だけ。考えられるのは設備がないとかかな? まあ、この話は後でいいや。もう一つ大事な話がある」
その瞬間、場の雰囲気が変わった。いや、変えられたと言うべきか。
「クロラッハ側の総数はこちらの約三倍。全ての反政府組織がクロラッハ側についてると言ってもいいね」
その言葉にオレ達は誰も口を開けたまま固まることしか出来なかった。