第二百四十五話 友達
金属と金属が激しくぶつかり合う音。続けざまになる音は複数が同時に戦っているように聞こえるが実際はたった二人の人物によって鳴らされている。
片やアークベルラを持つリリーナ。大鎌でありながら変幻自在な動きで相手に攻撃をしかけている。
対する相手はハイロス。アークフレイを握り涼しげにアークベルラを受け止めている。
「どう? ミスティ」
「今はハイロスだ。かなりよくはなっている。全身に大怪我を負っていた頃が懐かしい」
「あははっ。まあ、あの時は大変だったからね。本気で助からないと思っていたし」
「全くだ。ミスティがどれだけ心配したか」
「ハイロスもごめんね。私が動けない間にたくさんの仕事を押し付けて」
「ミスティは喜々としてやっていたがな。8割、というところか」
ハイロスがアークフレイを引く。それを見たリリーナもアークベルラを引いた。
「アークベルラにあのような使い方があったとは」
「アークベルラはパパの、魔王の持ち物だったからね。今では私の装備だけどパパからアークベルラの特殊能力を聞いていたから」
「つまり、アドバンテージがあったのか」
「アークレイリアと比べてアークベルラは使いにくいからね。それに、特殊能力は聞いていただけで使い方は独自で編み出したんだよ」
リリーナの言葉にハイロスが首を傾げる。それにリリーナはクスッと笑った。
「そうなるよね。パパがアークベルラを持っていたんだから使い方も教わると思うよね? でも、パパは前の魔王を決める戦いでアークベルラを一切使っていなかったんだ」
「アークベルラを使用せずに勝ち残れるのか?」
「普通は無理。だけど、パパはあの善知鳥慧海と真っ正面から戦える数少ない人なんだよ。その力は魔王になる前も同じ。並み居る候補を真っ正面からぶち破っていったその姿に、候補は全員パパの部下になったんだよ」
「力技というわけか。力で皆を引っ張るタイプなのだな」
実際はただのバカなのだがそれは言わない方がいいだろう。
「だから、戦い方は全部我流。まあ、周や音姫に指導はしてもらっているけどね」
「私も我流だが、ミスティの潜在能力にはとことん驚かせる。本当に、ミスティとは何者なんだろうな」
「そんなの決まっているよ。私とリリィの友達で光と冬華の舎妹。それ以外ないよ」
「ミスティも喜んでいる。もう少し手合わせするか? どうやらミスティはもう少し体を動かしたいようだが」
「止めとく。まだ病み上がりだからね。そろそろベイオウルフの修理と改造が終わる頃だから格納庫に向かうよ」
そう言いながらリリーナはアークベルラを直した。同じようにハイロスもアークフレイを鞘に収める。
「全く。ハイロスには困ったものです。私は何も言ってないのに」
「そこはパートナーだからじゃないかな? 多分そうだと思うよ。だって、ミスティの思ったことを口に出しているんだよね?」
「そ、それは、そうですが」
ミスティが恥ずかしそうに視線を逸らす。実際に恥ずかしいのだろう。顔が少し赤い。
そんなミスティを見ながらリリーナはニヤニヤ笑みを浮かべる。
「やっぱりだね。羨ましいな。そこまで以心伝心で。私と悠人なんてまだまだ差があるし」
「でも、羨ましいです。長年、あれ? リリィ?」
「すごく続きが気になるけど実際の話はグサリと来そうだから止めとく」
そう言いながらリリーナは振り返るとそこには落ち込んだように肩を落として元気なく歩くリリィの姿があった。
リリーナとミスティの二人は顔を見合わせてリリィのところに駆け寄る。
「ミスティ、リリーナ」
「どうかしたのかな? リリィが元気ないって、うわっ」
リリィに話しかけたリリーナの胸にリリィは飛び込んでいた。そして、顔を当てる。
「リリィ。な、何かあったんですか?」
「わからない」
リリィがポツリと呟く。
「どうしたらいいのかわからない。私は、これからどうしたらいいの?」
「リリィ」
リリーナは小さく息を吐いてリリィの両肩に手を置いた。リリィがそれに反応して顔を上げる。その瞳には涙がにじんでいた。
そんなリリィを見ながらリリーナはにっこり笑みを浮かべ、そして、
全力の頭突きをリリィに叩き込んでいた。
「っつぅ~!」
リリィが額を押さえて後ろに下がる。対するリリーナは何事もなかったかのように笑みを浮かべていた。ちなみに、ミスティはポカンと固まっている。
泣きそうな表情をした人に頭突きなんて非常識にもほどがあるから仕方ないが、
「何するのよ!!」
さっきまでの調子とは打って変わってリリィは怒りながらリリーナに詰め寄った。
「普通はあの場面で慰めるとか理由を聞くとかじゃないの!?」
「いや~、落ち込んだリリィの姿は似合わないなって思ってね」
「悪魔! 鬼! 明らかに普通の思考回路じゃないわよ!」
「でも、元気になったよね」
その言葉にリリィはハッとして、そして、うつむいた。そのまま頭突きをされた額に手を当てる。
「リリィが落ち込んだ姿なんて似合わないよ。だから、事情ぐらいなら聞くよ。私達、友達だから」
「完全に蚊帳の外にいるけど、わ、私も、友達だから。た、多分」
「多分じゃないよ。ミスティやハイロスも私とリリィの友達なんだから。だから、聞かせて。事情を」
「いい話じゃないわよ」
「覚悟はしてるから」
「わかった」
リリィは頷くと口を開いた。
「ということなのよ」
リリィは二人に少し前にあったことを話した。正確には悠聖との会話を。
悠聖の今は亡き最愛の女性であり精霊フィネーマの話を。
「あー、いつか来るとは思っていたけど今回だったんだね」
「リリーナは知っていたの?」
「有名だよ。又聞きだから今のリリィほど詳しくはないけど。でも、リリィがいつかは直面する壁だとは思ってた」
「リリィは、悠聖さんが好きだからですか?」
「うん。悠聖の恋愛を阻む最大の壁。それが悠聖とフィネーマの関係なんだよ。悠聖はそれが忘れられない。今でもなお、最愛の女性なんだよ」
悠聖は未だに童貞だ。
別に茶化す目的で言ったわけじゃない。アルネウラや優月、そして、冬華という自他共に認める魅力的な女性達と共にいながら未だに童貞なのだ。それは意志が強いという一言で片付けられそうだが実際は少し異なっている。
悠聖は未だにフィネーマを心のどこかで思っている。だから、悠聖は深く関係を踏み込めていないのだ。
「悠聖は怖いんだと思うよ。また、フィネーマみたい死ぬんじゃないかって。愛した女性が死ぬんじゃないかって。だから、一歩踏み込めていない。これ以上踏み込めばフィネーマみたいになるんじゃないかって。だから、人一倍恐れている。大好きな人達が危険な行為に走るのを」
「でも、私は」
「反射、拒絶、昇華。確かに三つを組み合わせた力は強大だよ。でも、アークの力は六つを組み合わせた時に真価を発揮する。それは昇華の副作用が拒絶ではなく別の能力によって打ち消されるという意味でもあるんだよ。だから、まだ使わない方がいい」
昇華の副作用はあまりにも強大すぎる。だから、拒絶の力をそれに使っても拒絶しきれずにダメージを受けてしまう。アークの力は六つで一つと考えればリリーナの言い分はよくわかる。
おそらく、刹那が持つ最後のアークが昇華の副作用を打ち消すのだろう。
「リリィの気持ちはわかるよ」
「あなたにわかるわけが」
「だって、クロラッハの戦いで完全に力負けしたから。最高峰の力を持つベイオウルフで」
リリィの言葉を遮りながらリリーナは苦笑混じりに話した。
ベイオウルフのパワーはあらゆるフュリアスの中でトップ。それなのにクロラッハが乗るアレキサンダーに完全に力負けした。
色々なところから話を聞いたが死にかけたという人だっているくらいに、そして、実際に死んだ人がいるくらいの被害を出してしまった。
「通用すると思っていた力を否定された時、私は落ち込んだよ。本当に落ち込んだ。ベイオウルフなら悠人や鈴に匹敵する力を出せる。そう思っていたのにアレキサンダーに負けた。私はそれがたまらないくらいに悔しかった。悔しくて悔しくて、でも、どうすることも出来ない」
今のベイオウルフではアレキサンダーには勝てない。それは純然たる事実としてリリーナにはわかってしまった。
それはリリィも同じ。三つの力を組み合わせた場合、今のままでは死んでしまう。それは最愛の人が最も恐れるトラウマだと知ってしまった。
「強くなりたい。そう思っても強くなれない。力を否定されたから、何も出来ない。リリィもそうじゃない?」
「うん」
「でもね、だから、戦えない、というわけじゃないんだよ。今ある力を全て使う。それでも足りないなら力を身につける。自らを進化させていく。勝てないなら勝てなくてもいい。一秒でも二秒でも長く戦う。戦って戦って、悠人が来る時間を稼ぐ。時間を稼ぐだけで犠牲者はうんと少なくなる。だから、私は止まらないよ。リリィみたいに」
諦めない。
まさにリリーナはそういうことだった。
最初から他人の力を頼るわけではない。最終的には他人の力を頼るがそれまでは全て自分一人で何とかしようとしているのだ。
ベイオウルフは音界にあるフュリアスの中でもトップクラスの性能。だから、戦場では活躍が期待されるし、イグジストアストラルを超える出力から必然的にアレキサンダーと戦っていくことになるだろう。
だからこそ、リリーナはその中での自分の役目を見つけ出そうとしていた。
「リリィは諦めるの? 諦めるならアークレイリアを差し出して。砕くから」
「誰が差し出すのよ!? 諦めるつもりなんて最初からないわよ。こうなったら、体に負担のない技を開発してやる! 次期魔王に慰められっぱなしなんて私のプライドが許さないんだから!」
「そうこなくっちゃね! ミスティ、乱戦形式で練習だよ」
「ここまで来ると実戦形式だな」
呆れたように溜め息をつきながらハイロスがアークフレイを引き抜いた。そして、構える。
「行くぞ」
ハイロスの言葉と共に三人が同時に動き出した。そして、アークの武器をぶつけ合う。
そんな三人の様子を物陰から悠聖が見ていた。そして、安心したように息を吐く。
「大丈夫だな」
「そうみたいだね」
『悠聖。ストーカー』
「ただの覗き見だ」
「アウトだね」
優月とアルネウラの二人と会話をしながら悠聖は物陰に首を引っ込めた。そして、背を向けて歩き出す。
「見ていかなくていいの?」
「ああ。オレにはオレのやることがある」
『黒猫の目的を聞きに行くんだね』
「正解。行くぞ。ミルラとラウのところに」