第二百四十四話 取り戻すべきもの
光の刃を纏ったアークレイリアが『破壊の花弁』の盾と激突し『破壊の花弁』の盾を大きく吹き飛ばした。
オレはチャクラムをリリィに向かって正面から投げつけつつ『破壊の花弁』を背後から放つ。
今までのリリィならこれで終わっていただろう。だが、リリィはその場で回転しながらアークレイリアを振り抜いた。それと共にチャクラムと『破壊の花弁』が弾き飛ばされる。
「今のがわかるのかよ」
オレは苦笑しながら薙刀を構える。対するリリィは笑みを浮かべながらアークレイリアを構える。
「私だってただ休んでいただけじゃないのよ。冬華や音姫から一杯学んでいるんだから」
「なるほどね。その音姫さんの姿が見えないけど?」
「ギルバートさんと一緒にルナを迎えに行ったけど」
ルナか。あれ以来会ってないな。
ケツアルコアトルが向こうの手に落ちた以上、その子供であるルナは危険性がさらに高まっていた。だから、とある方法でルナを眠らせて隠していたのだ。
リリィは泣いて嫌がったがあの状況であの方法は最善だとリリィもわかっているはずだ。
「久しぶりにルナと会えるから嬉しくて嬉しくて」
「まあ、気持ちはわかるけどな。だけど、今の状況は」
「わかってる。私も悠聖も戦わなければならない相手が残っているから。俊也の方は毎日毎日すごい訓練しているみたいだけど」
それは俊也の精霊であるミューズレアルから聞いている。
神雷槍、天雷槍、ミョルニル。
雷属性で使える強化魔術。使える人がほんの一握りであり俊也はそれに近いものを使っている。正確にはミョルニルの上位なんだけど。
それを魔術化してさらに強化するために必死に訓練しているのだ。
精霊との絆で精霊の力を上げるオレとは方向性の違う精霊の力を介入させた魔術強化を完成させようとしている。
『方向性が違うからどうなるかわからないけど俊也なら大丈夫だよ』
『アルネウラ。その根拠は?』
『だって、私達と同じ家族だから』
なるほどね。
「さてと、悠聖。少し質問いい?」
「何かあるのか?」
オレは『破壊の花弁』で遊びながらリリィに言葉を返した。
「加速術式の多重発動って体への負担が大きい?」
「そもそも身体強化魔術自体は多重に発動するものじゃないからな」
周や孝治は平然と発動するが、あれは慣れや組み合わせの問題がある。
例えば、加速系の身体強化+神雷槍などをすれば足の血管が破裂する。下手をすれば再起不能なほどに。それに比べて思考系の身体強化魔術は複数組み合わせても頭の血管が破裂することは少ない。
これにはそれぞれの部位のキャパシティが関係している。人間の脳は使われていない部分があり、その部分にも負荷を分散し処理させることで思考速度や知覚速度を急激に上げることが出来る。もちろん、オレも使っているし、使っていなければリリィにだって負けるだろう。
だけど、手足に関してはキャパが少ない。無理矢理動かすことでどこかの部位に無理が生じて体を壊すことが多々とあるのだ。もちろん、それによって引退した『GF』隊員を数多く見てきた。
「思考系ならともかく運動系への強化の多重発動は再起不能になる可能性が高い。ましてや、リリィみたいな成長期の途中なら壊す可能性が高い。それこそ、体自体がどこかのスーパーマンのごとくありえない耐久性や運動性を持てるなら話は別」
「こんな感じ?」
その行動にオレはリリィを見失っていた。
視界に入れていたはずだった。今の状態のオレは最大限まで知覚を上げている。ギルバートさんが本気を出しても目で追えるだろう。もちろん、リリィが最大まで加速してもだ。
だが、リリィは移動していた。オレが知覚出来ない速度でオレの目の前に。
『アルネウラ。今の』
『うん。全く見えなかった』
どうやら二人も同じ意見らしい。オレが一瞬だけ意識を外したわけじゃないみたいだな。
「これは悠聖にも通用するか」
「今、何をしたんだ?」
「今、私が使える全ての能力を使っただけだよ。加速。アークレイリアの反射の力を使った最大限の加速を多重に展開。昇華。アークゼファーの空想具現化を使って私の体を上位存在、人間以上の耐久性を持つ状態にする。拒絶。アークゼファーから出る副作用を打ち消す。どう?」
「どうって。ここまで来たらオレから教えるものはないだろ。相手が時を止める能力でもない限り、リリィの速度には対処できないだろうし」
「そうなんだけどねっと」
リリィがオレの方に倒れてくる。オレは慌ててリリィを抱きしめた。
「大丈夫か?」
「あははっ。いくら拒絶しているからといってアークゼファーの副作用はちょっと強力みたい。ここまで強力な力を使うと拒絶しきれないのかな?」
そう儚げに笑うリリィの顔色は少し白い。まるで、生命力を失っているかのように。
「リリィ。まさか」
「うん。悠聖も思いついたんだね。アークゼファーの副作用は、ううん。能力発動の代償は生命力。命を削って能力を発動するんだよ。そうでもしないとこの力をちゃんと使えないよ」
「バカ。お前、自分の体を」
「それ以上に、取り戻さないといけないものがある」
そう力強く言いながらリリィはゆっくりオレから離れた。
「私は、強くならないといけないの。強くなって、そして、天界の民を導く。でも、それ以上に私は今の戦いで全力を出さないといけないの。自分の体がぼろぼろになっても私は」
「そういうことじゃない。確かにお前の言うとおりだ。だけど、死んだら全てが終わりだろ。いくら取り戻すべきものがあるといっても、お前の行為は常識を逸脱している」
さっきリリィの体を触ったからわかる。アークゼファーの能力は生命力を消費するもの。それ以上に、体の体力を異常に消費する。このまま使い続ければ、いつかリリィは、いや、遠くない未来で死んでしまうだろう。
オレは拳を握り締めた。
「オレはお前を犠牲にしてまでディアボルガを救いたいわけじゃない。確かに、取り戻さなければならない。だけど、このままお前がその力を使えば」
「うん。わかってる。でも、私は天王になるまで死ぬつもりはないよ。もちろん、悠聖を悲しませることはない」
違う。オレが言いたいのはそう言うことじゃない。
「だって、私は悠聖が大好きだから。だから、私は全ての力を持って悠聖を助けたいんだ」
リリィの姿がだぶって見える。フィネーマの姿と。
「今の私はようやく力を手に入れた。今まで力が無くてふがいなく思えていたけど。でも、今の私は悠聖の隣に立っても普通に戦える。だから」
そうして、リリィもオレの隣を去っていくのか?
オレは無意識にリリィを抱きしめていた。
「嫌だ」
オレの口から出るのはそんな言葉。
「絶対に嫌だ。お前を失う未来なんて絶対に嫌だ」
「悠聖」
『悠聖』
優月とアルネウラの二人がオレに肩に手を置いてくる。この二人もオレの事情がわかって
「この浮気者!!」
『愛人は優月で十分だよ!!』
二人の拳が完全にオレの顔面を捉えていた。そして、オレはリリィを離して数歩後ろに下がる。
『リリィ。大丈夫だった? なにもされていない? とりあえず、はぐされるのは私だから』
「驚いて固まっているだけだね。このまま悠聖にされた記憶を全て吹き飛ばすように殴れば」
心配したと言うよりリリィが羨ましくなって出てきたってところなのか? こいつら。
そんな状態の中でもリリィは信じられないような目でオレを見ていた。そして、ぽつりと口を開く。
「悠聖は、誰かを失ったの?」
その言葉にオレ達は完全に口を閉じた。そして、オレは視線を逸らす。
「悠聖、必死だった。見たことがないくらい。だから、きっとそうだろうって」
「そうだとしたら?」
「だったら話して。悠聖の過去を何があったのかを。悠聖がアルネウラや優月との関係の最後の一歩を踏み込めていない理由を」
そこまでわかっていたのか?
「ここまで巻き込んだんだから全部巻き込んで。あなたの全ての始まりを聞かせて」
悠聖の過去編はここでは語りません。
「始まりのクロニクル」の方でいつか書くかも。