第二百四十二話 この手にある幸せ
麒麟工房。
音界で最高峰の機械工場でありこの地でアストラルシリーズや悠遠が開発された。技術も工場も類を見ないくらい発展しており、ここの技術には周も脱帽するしかないだろう。
「損壊していないエリュシオンは第八、第九格納庫へ! 損壊しているエリュシオンは第一格納庫へ!」
そんな麒麟工房は今は慌ただしく人が動いている。まあ、当たり前だろう。ガルムス達がここに到着してエリュシオンを運び入れているのだから。
「確か、第三格納庫だな」
着地したオレは『破壊の花弁』の翼を収納して小さく息を吐いた。それと同時にアルネウラと優月の二人がシンクロを解除してオレの左右の手を取る。
「悠人。浮気?」
『浮気だね、浮気。正妻は私なんだから』
「そ、側室は私だけだよ」
「別に浮気ってわけじゃ」
ないとは言えなかった。悠人がハーレム宣言をしてオレもどうするか考えていたのだ。
今までの関係は一応、アルネウラが恋人だった。でも、いつの間にか優月や冬華も恋人になっていた。まあ、三人共大好きだからいいんだけど。
そして、音界に来てからリリィが近寄ってきた。天真爛漫な性格にオレは惹かれていた。もちろん、三人が好きなのは変わらない。
ハーレムは男の夢って孝治が言っていたけど、孝治はハーレムなんて作ってないしな。作る気ないだろうし。
「でも、私はいいかも」
『優月?』
「冬華さんもリリィちゃんも優しい人だから、優しい悠聖が好きになるのは仕方ないし、悠聖を取り合って仲が悪くなるのは嫌だな」
『優月もなんだ。私もかな。冬華もリリィも真っ直ぐだから好きだし。でも、悠聖がハーレムを作るのはな』
「すでに両手に花なんだが」
二人でもハーレムはハーレムだろう。
『悠聖はどうしたいの?』
「オレはみんなを守りたい、かな。この手にある幸せを少なくとも守りたい。フィネーマみたいに失わないために」
『そっか。じゃあ、私からは言うことはないね。悠聖がやりたいようにやればいい。私は、私達は悠聖をサポートするから』
「頑張る」
二人が笑みを浮かべて頷いてくれる。
みんなはオレを優柔不断というのだろうか? それでもいい。オレは、オレには守りたいものがあるんだから。
「第三格納庫はここだな」
周囲を見渡しながら第三格納庫の位置を確認する。人気は少ないが確かに第三格納庫だ。扉は閉まっており誰の気配もない。
オレは第三格納庫の扉を開けた瞬間、思わず唾を飲み込んでいた。何故なら、
「お姉様〜、ポテチ取って〜」
「もう、ミルラったら。はい」
「ふにゃ〜。冬華お姉ちゃん、お茶」
「仕方ないわね。はい」
「冬華。毛布を一枚」
「リリィは寝癖がわるいから気をつけてね。あれ? 悠聖?」
「あれ? 悠聖? じゃねえよ。お前ら何をしてるんだよ」
オレは小さく溜め息をついて敷かれたレジャーシートの上にいる四人を呆れた表情で見ていた。
四人の周囲にはお菓子の残骸がまき散らされている。その中央に正座した冬華。その膝に見知らぬ少女が頭を乗せその隣で七葉が本を読んでいる。リリィは今にも寝そうだ。
「ん? お姉様、このゴミ、失敬。産業廃棄物男はなんですか?」
「明らかに訂正した後の方が酷いからな」
「うるさいですね。お姉様、殺しますね」
「尋ねておきながらそれかよ」
「思わずやっちゃいました。てへっ」
「可愛くいっても駄目だからな」
オレが小さく溜め息をつきながら振り返って扉を閉める。そして、向き直った時、いつの間にかレジャーシートの上に座る優月とアルネウラがいた。お菓子の袋をすでに開けていたりもする。
「白川悠聖。こいつがお姉様の大事な人。つまり、白川悠聖を殺せば私はお姉様を」
「物騒なことを言わないの。それに、今の悠聖にあなたは勝てないわ」
そう冬華が言った瞬間、オレはとっさに『破壊の花弁』を動かしていた。
大きく火花が飛び散ると同時に展開した『破壊の花弁』の上をナイフが通り過ぎる。
「ちっ!」
「本気の舌打ちだよな! というか、殺す気満々だったよな!?」
オレは大きく後ろに下がりながらナイフを握る少女、確かミルラだったか、を睨みつけた。
『破壊の花弁』で防がなければ頸動脈はやられていただろう。それほどの一撃だった。というか、暗殺者として訓練を積んでないか?
「どうやらお姉様が言うことに誇張はそれほど含まれていないようだね。でも、勝つのは」
「ストップ。お前ら何をしてんだよ」
「全く。ミルラは子猫の恥曝しじゃないかな?」
その言葉にオレ達は戦闘態勢を解いた。そして、声がした方を向く。
一人は浩平。隣に繋がっているドアを開けながら出て来る。その後ろから現れた見知らぬ少年。
子猫。そして、ミルラ。
「なあ、冬華。そのミルラを痛めつけていい?」
「可愛い妹を殺しかけた一人だからってそんなことをしないの」
やっぱりそうだったのか。今なら『破壊の花弁』で、
「そなたは何故に殺気を放っているのじゃ。少しは落ち着け」
「アル・アジフ」
「昨日の敵は今日の友じゃ」
「そう言う問題じゃないだろ」
明らかにおかしい。今まで敵だった奴らがどうしてここにいる。こちらを騙しているのか?
「とりあえず、全員いるようじゃな」
アル・アジフが周囲を見渡しながら言う。ちなみに、悠人や鈴、リリーナなどここにいない人も何人かいるのだがアル・アジフはどうやらそれを承知で言っているみたいだ。
オレはミルラに『絆と希望の欠片』で挙動を観察しつつ『破壊の花弁』を向けながらアル・アジフの言葉に耳を傾ける。
「この場に『黒猫子猫』がいることに疑問を持つものもいるじゃろう。特に悠聖は今にもミルラを殺しそうになっているからの」
「当たり前だ」
「そなたの気持ちはわからなくもない。あの時はミルラも任務だったからの。白川七葉を殺すという任務じゃった」
「ちょっと待て。任務とはどういう」
「それは天界の事情が関係してるのよ」
オレの言葉を遮って冬華が口を開いた。
「そこはかなりややこしい話だから今するのはかえって混乱するから、これは孝治達と合流した時に語ってもらう方がいいわね。私も理解しきれていない部分が多いし」
「そうなのか?」
「ええ。さすがに天界の大地が消え去ったというのはね」
その言葉にオレはリリィを見ていた。リリィはまるで知らないかのように和んでいるがオレはリリィに向かって歩いていた。
「リリィ。ちょっといいか」
「悠聖?」
オレはリリィの手を掴むとそのまま立ち上がらせて出口へ向かう。冬華もアル・アジフも、顔は見ていないがアルネウラや優月だって、わかったように道を開けてくれる。
オレはリリィを連れて外に出た。そして、小さく息を吐いて壁にもたれかかる。
「オレ達が向こうにいる間にそんなことになっていたんだな」
「そう見たい。私も未だに信じられていないけど、私は」
「ったく。こういう時くらい強がるなよ」
「悠聖。私は」
「泣きたいくせに我慢するなよ」
オレは笑みを浮かべながらリリィを優しく抱き締めた。
「ここなら誰も見てな」
周囲を見渡しながら言葉を続けようとした瞬間、四人と目があった。
「悠聖?」
リリィがオレの見ている方向を向き、そして、大きく飛び退いた。顔を真っ赤にして。
「そのまま続けていいのよ、ご両人」
「もう三人いるんだから今更増えても私は怒らないよ?」
『キース、キース、キース』
「こんな男がお姉様を。殺す」
「ゆ、ゆゆゆ、悠聖!!」
「オレが悪いのか? いや、オレが悪いのか。なあ、リリィ。本当に大丈夫なのか?」
オレはリリィに尋ねた。すると、リリィはオレの腕の中に飛び込んでくる。
「いいのよ。私はね、天界はいつか滅びるものだと知っていたから。でもね、みんな無事なの。知り合いも友達も親戚もペットも生きているみんな無事なの。花畑孝治が助けてくれたから」
「そっか。なら、大丈夫だな。杞憂だったか?」
「ううん。嬉しかった。女たらしさん」
女たらしという称号は嫌だから否定したいところだけど、否定する要素がないんだよな。現在ハーレム形成中だし。
「だからね、悠聖。私を見てて」
「見る?」
リリィは満面の笑みを浮かべて頷いた。そして、オレからゆっくり離れてこの場を見ていた四人にも視線を向けて口を開いた。
「再度宣言します。私は天王になります。天王になって天界の住人だった人達を導きます。だから、私を見ていて。そして、間違った道を進むなら私を止めて」
「わかった。終始神の名において誓うよ。オレは見ている。お前が進む道を」
「ありがとう。悠聖。大好きだよ」
「良かったわね、リリィ。まあ、四号さんだけど」
「私は三号さんですね」
『じゃあ、私は正妻で』
「「どうぞどうぞ」」
『二人はいいのかな!?』
騒がしくなった三人を見ながらオレとリリィは苦笑する。
守らないとな。この手にある幸せを。