第二百四十一話 合流
「周囲に敵はない、みたいだね」
レーダーを確認しながら僕は最高速で麒麟工房に向けて飛翔していた。麒麟工房へは全機で向かうことになったため先に最短で麒麟工房に向かえる悠遠のパイロットである僕が事情説明と戦闘していた場合の参加を考えて向かっていた。
クロラッハ達、いや、正確にはクロラッハに味方をする天界勢力のクロノスは空中での戦闘に強い設計になっている。だから、僕は地上スレスレを飛んでいた。
空中にいれば見つかりやすい上に無駄に時間を使ってしまう。だから、地上戦が苦手な機体が地上付近を飛行することはないと考えて僕は地上付近を飛んでいる。
「このまま山を越えれば麒麟工房につくけど、大丈夫かな?」
麒麟工房にアル・アジフさんがいる。そして、クロラッハとの戦いで負けたリリーナもいる。まだ、攻められてなければいいけど。
「アル・アジフさんならきっと大丈夫だ。アル・アジフさんなら必ず。リリーナもみんなも絶対に。だから、僕は信じて向かうんだ」
そう言いながら僕は悠遠の出力を最大まで上昇させた。
レイルダムとライルダムが対艦剣とぶつかり合う。そのままマテリアルライザーは対艦剣を弾くと勢いよくレイルダムを振り抜いた。
だが、レイルダムの切っ先をアレキサンダーは回避して後ろに下がる。
「しつこい男は嫌われるよ!」
すかさず前に踏み出しながらマテリアルライザーはライルダムを振り抜いた。ライルダムをアレキサンダーは対艦剣で受け止める。
『あらば諦めるがいい! 我は必ずこの地を奪う』
「奪わせません。この地は必ず奪わせません!」
『人形風情が何を言う!? この地を制したものこそが音界を牛耳るというものだ! だからこそ我は!』
「それをさせるわけにはいかないよ。この地を奪われたなら安定した食料供給が出来なくなる。君は多くの人を殺すつもりかい?」
『敵の味方は敵だ! 世界を掌握するには反抗する人間を消し去らねばな』
「それをさせないと言っているんです!!」
マテリアルライザーとアレキサンダーが激しく交差しあう。アレキサンダーがいくらブースターを強化しているとはいえ防御を捨てた攻撃一辺倒なマテリアルライザーには勝てない。
マテリアルライザーは次第にアレキサンダーを圧倒していく。だが、マテリアルライザーもアレキサンダーになかなか致命的なダメージを与えられない。
そもそも、リアクティブアーマーはエネルギー弾に対して強いが物理的な攻撃にも強い。それは分厚さがあるからだが。
リアクティブアーマーとリアクティブアーマーの隙間を狙えばいいが、そんな隙はまず見つからない。
『また、攻め切れぬか』
アレキサンダーが後ろに下がると同時に空に極太の光が生まれ、そこに呑み込まれたフュリアスが爆発するのが見えた。
アレキサンダーが対艦剣を戻すがマテリアルライザーは構えたまま動かない。もし、来るならまだ戦うつもりなのだろう。
『だが、収穫はあった』
「収穫?」
正が笑みを浮かべながら尋ねる。
『次に会う時は我はこの地を制圧する。覚悟するがいい』
その言葉と共にアレキサンダーは飛び去っていく。それをマテリアルライザーが追いかけることはない。
「どうやら上手く誘導出来ているようだね」
「クロラッハが手に入れた収穫がそういうものなら。ですが、上手くいくのでしょうか?」
「エリシアは心配かな?」
「それはもう。進化したアレキサンダーと戦うのはおそらく悠人ですから。相手は悠人と互角の敵です。もしもの時が心配です」
エリシアとアル・アジフは同じ体を使っている。正確にはアル・アジフがエリシアの体を使わさせてもらっているのだがどちらも悠人達が大切であることに変わりはない。
二人にとって悠人は大事な息子なのだから。
「アレキサンダーが進化さえしてくれればマテリアルライザーでもアレキサンダーを破壊することが簡単になる。僕達が戦えばいいことにもなるよ」
「だけど、わかっていますよね」
その言葉と共にマテリアルライザーが消え去った。正とアル・アジフの二人はゆっくりと着地する。
「それをするわけにはいかないということをそなたはわかっているはずじゃ」
「音界は音界の住人で救われるべきだということはわかっているよ。でも、相手はすでに」
「天界の介入と『GF』の介入を受けている、とでも言うつもりかの?」
「やっぱり、知っていたね」
軽く肩をすくめた正はアル・アジフに向かって降参とでも言うかのように両手を挙げた。それを見ながらアル・アジフは呆れたように溜め息をつく。
「そなたならわかっているじゃろ。この魔術書アル・アジフというものを」
「そうだったね。僕もあそこにいくつかの知識を移している以上、知られていてもおかしくはないか。君はそのことで僕を」
「糾弾するつもりは一つもないぞ。我もそなたも同じように介入しておる。未来を変えるために」
正もアル・アジフも同じように未来を変えるために、新たな未来を求めて動いている。だからこそ、それに関することに何も言うつもりはない。
だが、アル・アジフが言いたいのはそういうことじゃない。
「我はそなたがやろうとすることを我は止めるかもしれぬぞ」
「それはわかっているよ。僕はそれでも殺さなければならない。海道周を」
「そなたの決意は固いようじゃな。今そなたに襲いかかっても我が負けるだけじゃからな。さて、皆の様子を見に行くとするかの。破壊された箇所も気になるし」
「すでに三回目の襲撃だからね。そろそろ、この麒麟工房も危なくなってきたし」
『ちょっと待ってください』
歩き出そうとした二人の前に現れるスケッチブック。その文字を見たアル・アジフは眉をひそめた。
「どうかしたかの? エリシア」
『機体の反応があります。機体番号は、悠遠と一致』
その瞬間、アル・アジフは魔術書アル・アジフの上に乗って飛び上がっていた。すかさずスケッチブックもアル・アジフを追いかける。
少しだけ遅れるように正も足場を作りながらアル・アジフを追いかける。
「エリシア。今の話は本当じゃろうな?」
『嘘とは思いたくないですよ。だって、悠人が帰ってきますから』
「それもそうじゃな」
勢いよく飛翔する二人は空中で空からの防衛にあたっていた光と楓の二人を追い越した。二人はすぐさま正の後を追いかける。
「正、何があったん?」
「悠人が帰ってきたらしいよ。僕はアル・アジフの護衛に」
「悠人が。じゃあ、ようやくだね」
「そうだね」
そう言いながら正は二人に笑みを浮かべた。
「僕達がここを守ってきたことがようやく意味を成すよ」
山を越えた瞬間、視界の中に麒麟工房が広がった。だが、施設の大半が破壊され、無事な施設は数えるほどしかない。
周囲にクロノスがいないということは敵は撤退したと考えていいだろうか。それとも、もう麒麟工房は破壊され終わったか。
「ううん。あそこにはアル・アジフさんがいるんだ。例えクロラッハが来てもアル・アジフさんなら」
『悠人!』
その言葉に僕は顔を上げた。そして、周囲のモニターを見渡し確認する。
こちらに向かってくるアル・アジフさんの姿を。
「アル・アジフさん!」
僕は悠遠をそこに停滞させながらコクピットを開いた。エリュシオンのパーツを利用して改修した悠遠のコクピットは見た目は元通りだ。新品だから使い慣れた感覚ではないけど。
コクピットが開くと同時にアル・アジフさんがコクピットの中に飛び込んでくる。
「そなた、無事なのじゃな? 無事なのじゃな?」
「二回聞かなくても。連絡した通りだよ。僕は生きている」
「良かった」
よっぽど心配だったのだろう。アル・アジフさんは安心したようにその場に座り込んだ。
でも、当たり前か。最初にアル・アジフさんとの連絡を取った時に僕が一度死にかけたことを言っていたのだ。
悠遠を見れば深刻なダメージを受けたのはわかるし改修したとしてもアル・アジフさんなら気づくはずだ。
「悠人が無事で、良かった」
「ありがとう。心配してくれて」
「心配をかけるではない、バカ者が。それにしても、酷くやられたようじゃな」
やっぱり、一瞬でアル・アジフさんはわかっちゃうか。
今の悠遠のコクピットはエリュシオンのパーツを使って元の形に近くなってはいるけど、新しくなったりしていてよく見るとわかってしまう。
悠遠を作ったのはアル・アジフさんじゃないけど、アル・アジフさんはフュリアスに関して詳しいからね。
「胴体を切り裂かれたのか。前部座席が損壊したようじゃな」
「そこまでわかるんだ」
アル・アジフさんがペタペタと体を触ってくる。主にお腹の部分を。
「歌姫の力はやはりあの力じゃな」
「アル・アジフさんは歌姫の力を詳しく知っているの?」
歌姫の力は未だによくわかっていない部分が多い。だけど、その力は絶大であり奇跡すら起こせるというのは共通の認識だ。
歌姫の声が空間の魔力粒子を動かして作用させるらしいけど、詳しい原理が未だにわかっていない。
「歌姫というのは巫女じゃ」
「巫女? 都さんみたいな?」
「あちらも巫女じゃな。違いは神か鬼神か。まあ、歌姫というのは勅命を伝える存在と定義されていたはずじゃ」
「勅命ということはつまり」
「神の言葉を民に伝える巫女。それが歌姫のようじゃな。神が起こす奇跡」
そう言いながらアル・アジフさんは優しくお腹を撫でてくる。
「人命すら救う奇跡を扱えるのが歌姫。人界に帰ったらもっと詳しく調べて学会で発表するかの」
「神様の力か。ともかく」
僕はアル・アジフさんの目を見て口を開いた。
「ただいま、アル・アジフさん」
「お帰り。悠人」