幕間 聖域の守護者
「情報というのは正しい管理が必要なんだ」
里宮家という重要性を理解しきれていない茜とメグの二人にテオロさんは歩きながら話しかける。
テオロさんによって向かいいれられたオレ達は試練の場である場所に向かって歩いていた。もちろん、戦闘はテオロさんだ。
「里宮家は莫大な、それころ国家を転覆させることが可能なレベルの情報すら存在する。それを悪用するような人物がいたとしたならそれこそ世界は第五次世界大戦に突入するだろう。そうなれば死者の数は今までよりもけた違いになる。だからこそ、情報を持つ僕達はそれを守る義務がある」
「なるほど。つまり、今、私がテオロさん達を倒して情報を奪い去れば世界を滅ぼすことが可能なんだ」
「だけど、それは出来ない。理由はわかるかな?」
「もっちろん。メグさんは知らないと思うけど」
「そりゃ、知らないけど」
普通はここまで知らない。そもそも、情報を守ると言うことはいつ攻め込まれるかわからないからだ。この里宮本家は海道家よりもはるかに強い者達が集まっている。だから、並大抵の敵では話にならない。
問題は、その並大抵以上の存在だ。
今まで里宮本家で全ての情報の閲覧許可が出たのは歴史上二組だけ。
一つは慧海達。というか、テオロさん達もその当時は慧海達の仲間であり、逆に情報を見ようとする立場だった。
残る一つは時雨達。この時は時雨とテオロさんとの一騎打ちだったらしいけど、壮絶なまでの死闘だったそうな。
「近接特化の人物。中距離特化の人物。遠距離特化の人物。それぞれ世界最高峰の人達を集めて守護者とするんだよ。僕もその一人。里宮本家八陣八叉流を極めた朱雀。元世界最強の魔術師の綺羅。そして、弓の技術で最強の僕。この三人を魔術が強力なだけの茜だけでは崩せない」
「じゃあ、周が何人でもいいと言っていたのは」
「僕達に対するハンデ、といったところだね。僕達は元世界最強だと自負している。さすがに、今は後継者がいるからね。だけど、君達のような若手に負けるつもりはない。それに、大人数で来てくれた方が戦いやすいしね」
「少数精鋭ならともかくただの大人数は基本的に烏合の衆だからだね」
もちろん、大人数の利点もある。特に、戦場が広大であり相手の主力とこちらの主力が拮抗している場合は大人数同士のぶつかり合いとなることが多い。
だけど、相手がこちらより格上の場合は少数精鋭で戦わなければならない。それも、チームワークのある少数精鋭で。
「さて。ここが場所だ」
テオロさんが門をくぐる。それに遅れてオレもくぐった瞬間、体の中が一気に熱くなるのがわかった。いや、体の中の鬼の力が脈動するのがわかった。
興奮しているわけじゃない。歓喜だ。この場に歓喜している鬼がいる。
「すごい、濃密な魔力だね」
茜が楽しそうに笑みを浮かべながら周囲を見渡す。オレは誰にも気づかれないように平常心を保って前を歩くが確かに茜の言う通りだった。
濃密と言っても密度が濃いだけじゃない。密度は確かに濃いがそれを苦に感じないほどの洗練された空気。濃密でありながら清々しい世界を作り出している。
前と左右にある建物はまさに神社という表現が正しい姿である。つまり、ここは境内ということか。
「いい空気。心が静かになるというか」
「そうですね。さすがは霊脈の上にあります」
「「霊脈?」」
茜とメグの二人が不思議そうに首を傾げる。
「やっぱり気づいていたか。この地、里宮本家はただの情報を集める土地だけじゃない。霊脈、竜脈、ライン、スポット。様々な言い方はあるけど要するに魔力の特異点みたいなものさ」
「特異点は儀式を行うには最適な場所だ。まあ、呼ばれ方が世界各国で違ったりするから正式な名前はないけど、鬼脈って表現が一番正しいだろうな」
「そう。周ならいの一番にその表現を言うと思ったよ。君の体の中に流れる鬼の力。それが活性化するここなら」
驚きは無かった。里宮本家ならこれくらい調べていてもおかしくはない。だから、オレは笑みを返す。
「いいのか? 今のオレは絶好調だ。いつも以上にな」
「そうでなければ駄目なんだよ。今回ばかりは本気、それこそ鬼脈上で戦わなければならないから」
テオロさんはそう言いながらもその手に弓を取り出す。
まるで翼が弓になったかのような弓。世界で唯一、とある人物がテオロさんのためにオーダーメイドしたとされる人類が作り出した武器の最高峰。
零弓『ウィンダムブレイク』。
機構やデバイスはレヴァンティンが上だろう。だけど、あの武器、ウィンダムブレイクはテオロさんの能力と組み合わされることで最強の武器となる。
「今回、君達が、いや、周が望む情報は過去の出来事。じゃあ、他の四人、いや、来るなら二人追加でもいいよ」
『やる。さっきは不完全燃焼だったから』
「僕は遠慮するよ。今回ばかりは見ている方が面白いからね」
そう言いながらアルトが端に待避していく。確かにこういう戦いは見ている方が楽しいだろう。でも、今のオレは自分の手で知らなければならないことがあるから戦う。
亜紗が一緒なのはさらに心強いけどな。
「わかった。残りの五人は何を望む?」
「じゃあ、私から」
そう言いながら茜が元気よく手を上げた。
「私は知りたい。お父さんやお母さんに何があって私達が生まれ、ああなったのか」
「茜。お前」
「お兄ちゃんだって知りたいはずだよ。お兄ちゃんが事前に伝えた内容じゃここには触れないはずだから。だから、私は望む」
「いいよ。それくらいなら簡単に見れるからね。さて、残る四人はどうする?」
おそらく亜紗と由姫の二人は決めているはずだ。だけど、都とメグの二人は決めるのに時間がかかるだろう。特にメグは。
メグにはこのことを話していない。正確には予想外だったからだ。今回のことはオレが頼んだものだけだと思っていたのだから。
「私は鬼について知りたいです」
「へぇ」
「私達は知らなさすぎる。鬼というものを。だからこそ、私は知りたいのです」
「確かにそうだね。僕も君達もあまりに鬼というものか何だったのか知らなさすぎだ。里宮本家のデータベースならそれはあるだろうね。いいよ。残るは三人だけど」
『私はここに来た目的通りで』
「そう言うと思ったよ。茜はどうする? 里宮本家八陣八叉流の奥義でも」
「私が望むのは未来です」
由姫のその言葉にテオロさんの顔色が変わった。そして、楽しそうに笑みを浮かべる。
さすがにそれは予想外だ。予想外だけどいい選択だ。
「なるほどね。周の入れ知恵かな?」
「私は考えていました。何故、新たな未来を求めて誰もが戦っているのか。その何故戦っているのかを。だから、私は知りたいと思っています。何が起きていたのか。そして、兄さん、いえ、姉さんは何故、ああなってしまったのか」
「面白いね。確かにそれは面白い。いいよ。それで大丈夫だ。ようやく、守る価値のある願いがやってきた」
「オレ達の願いは守る価値がないのか?」
「いや。君達のどの願いも価値はある。だけど、いつかは知るからね。でも、由姫の願いは話が違う」
由姫が望んだのは未来の話。それは、正がいた世界での話だ。つまりは正の過去を由姫は知りたいのだろう。
情報収集が得意な里宮本家だからこそ、それがあると判断して由姫は望んだ。
由姫もかなり成長してきたな。
「それこそまさに聖域の守護者として正しい。いいよ。さて、最後の君はどうする?」
全員の視線がメグに向かう。だけど、メグはもう決めたと言うかのようにそっと炎獄の御槍を目前まで上げた。
「私は、炎獄の御槍についてさらに知りたい。炎獄の御槍について知りたいの」
炎獄の御槍についてか。確かに炎獄の御槍というのは不思議なものだ。神剣ではあるが、メグが強くなったのはある意味この炎獄の御槍にあるだろう。
学園都市騒乱でのメグの活躍はこの炎獄の御槍があったから。だから、知りたいのは当然かもしれない。
里宮本家のデータベースなら炎獄の御槍についてもあるだろう。オレがいくら頑張っても足取りが掴めなかった炎獄の御槍についてならここならあるだろう。
だけど、テオロさんを見た瞬間、テオロさんは驚いた表情で炎獄の御槍を見ていた。そして、首を振る。横に振る。
「どうして!?」
メグが叫んだ。確かにそうだろう。
オレは過去を知ることを望み、茜は両親を知ることを望み、都は鬼を知ることを望み、由姫は未来を知ることを望んだ。だけど、メグは炎獄の御槍を知ることを拒まれた。
そう叫ぶのは無理もない。
「調べようがないからだよ」
「調べようがない?」
「周なら調べたことがあるよね? 炎獄の御槍について」
「そりゃな。隊員の神剣を知らない隊長はまずいないからな。結果は無名。ほとんど情報が無かった。足取りすら掴めないくらい」
「そう。炎獄の御槍は里宮本家ですらわからない」
その言葉の意味を一瞬だけ理解出来なかった。
里宮本家はあらゆる情報を持っている。これは誇張ではなく事実だ。揺るぎのない事実。
だから、テオロさんが言ったことを理解することが出来なかった。テオロさんは一体何を言ったんだ?
「本来ならそれは許されないことだとは思う。だから、代わりの条件を提示するよ」
「代わり?」
「そう。君のお兄さんについて」
「それでいい」
「良かった」
あの里宮本家ですらわからない炎獄の御槍。一体、この神剣は何なんだ?
「さて、これにて契約は結ばれた。朱雀、綺羅。出番だよ」
テオロさんの言葉と共に左右にある建物から人が現れた。
見た目は誰もが小学生と言うだろう。だけど、二人を知るオレからすれば姿形は関係ない。
「里宮朱雀。里宮本家八陣八叉流の師範をやってる」
「里宮綺羅です~。今は専業主婦かな~?」
少しきつめの口調と鋭い目でこちらを睨みつける里宮朱雀。体のラインが出るくらいきつめのカラフルな戦闘服に身を包んでいる。
対する里宮綺羅はどこかのんびりとした口調と表情で何故か巫女服を着ていた。
どちらも隠すつもりがないのか魔力を最大限まで発している。それだけで実力はわかるんだけど。
「師範代が出てくるなんて。愛佳師匠だと思ってました」
「由姫の成長を知りたいねん。それに、海道周」
里宮朱雀がオレを指差してくる。
「去年の恨みもあるからな!」
「兄さん。何をしたんですか?」
「子供扱いしてしまった」
誰もが納得したかのように頷いた。普通はそうなるよね。
「じゃ、今回の戦いを説明するよ」
「周。どういうこと?」
「情報にはそれ相応の実力を必要とする。それを見極めるのがこの戦いだ。毎回毎回シチュエーションが違うから対策を立てにくい」
「今回は僕達はこの位置から始める。ルール無用の戦いだよ。ただし、殺しも無し」
いきなり敵は散会しているのか。でも、合流されたらされたで難しいな。
敵が一カ所に集まってくれていたならやりやすい。だけど、バラバラの場合は全てに戦力を割かなければならない。そうでもしなければなぶり殺しにあうだろう。
「わかった」
静かにオレは腰を落とす。作戦がすでに決まっている以上、最初からそういう状況になっているなら好都合だ。
レヴァンティンの柄に手を乗せながらオレは静かに前を睨みつけた。
茜が隼丸を構え、メグが炎獄の御槍を握り締める。二人が見つめるのはテオロさん。
由姫が栄光を身につけて拳の状態を確認している。その隣では亜紗が七天失星の静かに抜き放った。そして、都が断章を振り抜く。
「開始の合図はこのコインが地面に落ちた瞬間から。いいね」
「いつでも」
テオロさんがその手に取り出したコインを空に投げる。そして、コインの描く放物線が頂点に達した瞬間、由姫が静かに拳を振り下ろした。
コインが地面に向かって急速に落下する。そして、音を立てて跳ねた瞬間、オレ達は前に踏み出していた。
「タイミングズラしたところでうちらには通用せんで!」
朱雀さんが拳を握り締めて駆け出す。向かう先は綺羅さんの隣だろう。生半可な力では止められないし、止めようとすれば綺羅さんやテオロさんに打ち抜かれる。でも、朱雀さんと綺羅さんが合わされば無敵に近いコンビネーションとなる。
「さあ、どうする!?」
テオロさんは楽しそうにウィンダムブレイクを構えた。
セオリー通りなら犠牲を覚悟で朱雀さんの撃破だろう。本来ならセオリー通り。だけど、今回はセオリー通りには行かない。
「破魔」
全ての魔力を込めてレヴァンティンを握り締める。朱雀さんはさらに加速した瞬間、
「いきます!」
「雷閃!」
都の叫びと共に朱雀さんが消え、朱雀さんの姿が綺羅さんの隣に現れる。そして、オレはテオロさんに向かって破魔雷閃を放っていた。だが、破魔雷閃は放たれた矢によって相殺される。
「後は頼んだぞ、都!」
「任せてください!」
合流した二人に向かう都。
「そう来るんだね!」
「さっさと倒させてもらうよ、テオロさん!」
次も幕間です。バトルシーンのみになるかと。