第二百三十九話 対抗装備
麒麟工房の中央。そこにアル・アジフは立っていた。周囲に敵味方の姿は無く、一人でアル・アジフを開いて何かを待っていた。
「リリーナが負けたか。リリーナ本人は傷ついていないようじゃな」
『エリュウイング装備のベイオウルフならアレキサンダーに勝てると思ったのですけどね』
「我も同じじゃ。いくら奴が進化の化物だとしても、エリュウイングがあれば勝てると思っておったが」
宙に浮かぶスケッチブックに会話をするアル・アジフ。もちろん、スケッチブックはエリシアが書いている。
「やはり、アレキサンダーに勝てるのは魔科学の兵器かの」
『ぶっちゃけ弱点がありませんし。アレキサンダーと対抗しようにもリアクティブアーマーの装甲とエリュシオンの機動性と対抗しなければなりません』
「イージスカスタムならまだ可能性はあるか」
『今の七葉では辛いでしょうね。イージスカスタムがフュリアスの天敵である頸線を扱える機体とは言え、十全にほど遠い彼女では』
「そうじゃな。十全の七葉と戦ってみたいものじゃが」
『降参されて終わるのでは?』
七葉は希望する未来を知ることが出来る。十全に七葉が能力を使える場合、最も賢い選択である降参をとるだろうと容易に想像出来る。
「それもそうかの。さて、そろそろじゃ」
アル・アジフは静かに魔術書アル・アジフを開いた。そして、小さく息を吐きながらスケッチブックを収納する。
相手はクロラッハが乗るアレキサンダー。アル・アジフが知る以上に進化をしている化け物。だからこそアル・アジフは小さく息を吐いて身構える。
「来たか」
アル・アジフが小さく呟くと同時にエネルギーの塊が周囲を薙ぎ払った。近くの建物が呑み込まれ爆発する。
その爆風を受けながらアル・アジフは静かに笑みを浮かべる。
「ようこそ、クロラッハ。我はそなたを歓迎せぬがな」
『直撃したはずでは?』
爆炎の中から姿を現したアレキサンダー。その中に乗るクロラッハは怪訝な声を上げていた。
クロラッハからすればアル・アジフに攻撃されるより早く攻撃したのだろう。だが、アル・アジフは無傷だ。
「そうじゃな。クロラッハ。そなたにためになる話を聞かせてやろう」
『何?』
「魔術師。純粋な近接能力を持たない魔術師は近づかれた時のために様々な対抗手段を持っておる。もちろん、認知出来ない場所又は距離からの砲撃にもの。純粋な魔術師同士の戦いはまさに対抗手段を削り相手にダメージを与える戦いじゃ。今では全く見ないようになったがの。百年ほど前は極一部を除いてそうなっておった」
『何がいいたい?』
「わからぬのか? そなたの攻撃を受け止めたのも対抗手段の一つじゃぞ。そして、もう一つ。対抗手段というのはこの場所を工房に作り替えることじゃ」
『工房?』
「魔術師の有利になる空間、と言えばいいかの? どうする? クロラッハ。我はそなたがおめおめと逃げ出すならば手を出すつもりは全くない。じゃが、そなたが戦うなら我は十全の力を持ってそなたを消し去ると誓おう」
その言葉にクロラッハは息を呑んだ。
クロラッハはアレキサンダーに絶対の自信を持っている。進化に進化を重ねたアレキサンダーの装甲はいまやあらゆる攻撃をも防ぐ絶対の防御に近いものとなっていた。
だからこそ、クロラッハは自信を持ってここにいる。周囲を警戒しながらもどうどうと。
だが、クロラッハはアル・アジフを最も警戒している。最も警戒しているからこそアル・アジフの言葉を与太話と切り捨てることが出来ない。
「どうする? 我はどちらでもよいぞ」
『この、魔術書風情が!』
「なら、試してみるがよい。我がただの魔術書か」
アレキサンダーがエネルギーソードを抜き放ちアル・アジフに斬りかかる。対するアル・アジフは笑みを浮かべたまま魔術書アル・アジフをエネルギーソードに向けた。
「それとも、アレキサンダーを砕く至高の刃か!」
その瞬間、アレキサンダーのエネルギーソードを弾くように剣が現れた。その長さはアル・アジフの5倍。人が持つにはあまりにも大きすぎて、フュリアスが持つには小さすぎる。
その新たな剣はエネルギーソードを弾きながらさらに五本増えてアレキサンダーに斬りかかった。アレキサンダーはとっさに後退しながらエネルギーソードを構える。
現れた剣はアル・アジフの周囲を囲むように展開している。まるで、守っているかのように。
「魔科学の後期に開発された大型の異形と戦うための剣じゃ。まあ、我らくらいしか扱えるものはおらなかったが、これならそなたを圧倒するに相応しい武器じゃろ?」
『貴様。だが、貴様は生身』
「フュリアスに乗れば我より強いと勘違いしたか? ならば、わからせてやろう。我が実力をの!!」
その瞬間、アレキサンダーを取り囲むように大量の魔術陣が煌めいた。とっさにアレキサンダーがブーストを噴かして大きく後ろに下がりながらその手に取りだしたエネルギーライフルの引き金を引く。だが、それは当たることなく魔術陣から現れた透明な盾によって受け止められる。それと同時に他の魔術陣からアレキサンダーに向かって魔力の矢が放たれていた。
魔術を使えるものであるなら迎撃するのは簡単な低威力の魔力の矢。だが、アレキサンダーにとっては死の矢。避けるために必死にブースターを噴かす。
「迎撃用の矢で威力は低いはずなんじゃが、フュリアスにとってはやはり危険なものじゃな。しかし、忘れておらんか、クロラッハ。ここは我の工房。逃げているだけではただ追い込まれると知れ!!」
『ならば、攻撃すればいいだけの話だ!!』
アレキサンダーが背中の砲を肩で支えてアル・アジフに向かってエネルギーの塊を放った。だが、それはやはり魔術陣から現れた透明な盾によって受け止められる。
『なんあ、その盾は!?』
「言ったはずじゃ。ここは我の工房だとな!!」
魔術陣から眩いばかりの光がアレキサンダーに向かって放たれた。それをアレキサンダーはエネルギーシールドで受け止める。そして、受け止めてから気づく。
『これは、我が攻撃』
「相手の攻撃を受け止めそのまま返す魔術。天空属性最上級魔術のアルカンシエルじゃ。反射ではなく吸収してから放つ魔術での、この理論を構築するのは大変じゃったわ。『悠遠』が無ければこの魔術は完成しなかったであろうな」
『これが工房。だが、このアレキサンダーはまだ』
「まだ? 違うの。これで、終わりじゃ」
その言葉と共にアル・アジフが指を鳴らした瞬間、アレキサンダーの右腕が突如として現れた魔力の塊によって引きちぎられた。すかさずアレキサンダーは体勢を戻す。
『なにが』
「ここは我が工房。もう、終わりにするかの? そなたとの戦いはもう飽きた。我はそなたを殺す。そなたを殺さねば悠人が危ない目にあるからの。じゃから」
「だからと言って、クロラッハを殺させるわけにはいかないんだよね、アル・アジフさん」
アル・アジフにとっては懐かしい声に振り返ろうとした瞬間、何かが爆発した。白い煙が視界を塞がない程度にアル・アジフを中心に撒き散らされる。
「その声、ゲイルか? そなたなのか!?」
「ええ。本当は久しぶりに挨拶したかったんですけど、ごめんなさい」
その言葉は本当に謝っているような声音で、
「さようなら。すぐに同じ場所に向かいます」
その言葉と共にアル・アジフはその場に倒れ込んだ。だが、すぐさま起き上がる。
「アル!? アル!?」
すぐさまアル・アジフ、いや、エリシアが起き上がりアル・アジフを持つ。だが、アル・アジフはうんともすんとも言わない。
「魔力無効化煙幕。アル・アジフさんが来た時のために開発していたんだ」
その言葉に振り返ったエリシアは視線の先にいたゲイルを睨みつけた。ゲイルは右腕が無く、左目に眼帯をしている。だが、その左手には卵サイズの何かが握られていた。
「粒子の結合を一時的に鈍らせる。つまり、煙幕の中では魔術を使用できない。魔術書であるアル・アジフさんなら動けなくなると思っていたけど、あなたは?」
「誰が、あなたに教えるものですか!?」
『ゲイル、よくやった』
アレキサンダーがエリシアに向かってエネルギーライフルを向ける。エリシアはアル・アジフを胸に抱え込んだ。
『アル・アジフ。最後に残す言葉はないか?』
「アルは、アル・アジフは殺させはしない。私が、絶対に守るから」
『わけのわからぬことを。さあ、死ね!』
そして、アレキサンダーの指が引き金にかかった瞬間、雷撃の斬撃がエネルギーライフルを斬り裂いていた。
「まさか、そんな対抗装備を用意してくるとはね。気配を消して隠れていて正解だったよ」
その言葉にエリシアは顔を上げる。
そこにいたのは燦々と輝く太陽をバックに建物の上に立つ漆黒のゴスロリ服を着て笑みを浮かべるレヴァンティンレプリカを握り締めた正だった。
「アルは殺させはしない。『聖剣の担い手』海道周。勝負を挑ませてもらうよ、進化の化け物クロラッハ」
正はそう静かにアレキサンダーに向かってはっきりとした口調で宣言した。