第二百三十話 暴走
エネルギー弾を回避しながら僕は呆然とエネルギー弾を放った機体を見ていた。
イグジストアストラル。
世界最硬の機体でありこの機体を破壊出来る機体は存在しないと言っても過言ではない。
そんなイグジストアストラルがこちらに向けて攻撃を仕掛けてきたということは最悪の想像が頭の中をよぎる。
「ルーイ、悠聖さん、ここをお願い」
『あれがイグジストアストラルである以上、お前の仕事か』
『オレ達のことはいいから早く向かえ』
「うん」
エリュシオンを加速させながらイグジストアストラルに近づく。対するイグジストアストラルは地上や上空に向かって背中の砲を放っている。
まるで、敵味方関係なく暴走しているかのように。
「鈴!」
唯一ジャミング中に通信が可能な周波数を使いながら僕はイグジストアストラルに語りかけた。全体通信ではあるけどこれならイグジストアストラルの中にいる鈴に届くはずだ。
だけど、返ってきたのはエネルギー弾だった。すかさず横に避けながら逆噴射で後退する。そんな僕に対してイグジストアストラルはクラスターエッジハルバートで斬りかかってきた。
ギリギリで最大逆噴射による加速は間に合ったものの、イグジストアストラルはさらに速度を上げて追いかけてくる。
「振り返ることが出来ない」
振り返れば速度が落ちる。速度が落ちればイグジストアストラルによって落とされる。
失敗するわけにはいかないんだ。僕はもう死ねないのだから。
「鈴!!」
必死に呼びかけながらも自分の感覚に従って大きく後退する。だけど、イグジストアストラルは追いかけてくる。まず、最初の獲物とでも言うかのように。
視界の隅で減っていくエネルギー残量。後退する最高速度は低いくせにエネルギー消費は早い。
「全体的な反応がかなり遅い。このままじゃ、鈴に」
イグジストアストラルがゆっくりと迫ってくる。このまま追いつかれるのは時間の問題で、逃げてもエネルギー消費され尽くされるのも時間の問題。
なら、やることは一つだけ。
僕はレバーを戻し逆噴射を止めた。エリュシオンとイグジストアストラルがぶつかり合い大きく弾かれる。
「本当なら戦いたくないけど、この中にいるパイロットを見極めるまでは、僕は!」
エネルギーソードを引き抜きながらイグジストアストラルとの距離を詰めながら僕は叫んだ。
「絶対にイグジストアストラルを止めて見せる!」
激しくぶつかり合う悠人のエリュシオンとイグジストアストラル。通信が繋がっていないからかイグジストアストラルの中のパイロットとは話が繋がらない。悠人もみる限り劣勢だ。
本当なら『絆と希望の欠片』の力で無理やり会話したいところだけど。
「あの中にどうやって『絆と希望の欠片』を放り込むかだな」
『悠聖。戦場にいながらそんな話をする余裕があるのだな?』
「そういう意味じゃないって」
『破壊の花弁』で飛来するエネルギー弾を弾きながら『絆と希望の欠片』をイグジストアストラルの中にどうにか入れようと試している。
だが、イグジストアストラルはそんな隙間すらない。花弁一枚入る余裕もないということだ。
『わかっている。あの中のパイロットである鈴と悠人を会話させるつもりなのだろ?』
「イグジストアストラルの中に鈴がいるのか?」
『機体の癖を見ていたらわかる。悠人は否定したいみたいだがな』
「そりゃな。味方に攻撃される経験はありえないからな。フレンドリーファイヤーを除いて」
空中で激しくお互いの位置を入れ替えるエリュシオンとイグジストアストラル。
エリュシオンの動きはイグジストアストラルに合わせて常に変化しているが、イグジストアストラルは自棄になったかのように突撃している。
激しくエネルギーソードとクラスターエッジハルバートをぶつけ合いながらくるくると回りつつ上昇する。
その動きに合わせてクロノスが二機から離れていく。巻き込まれるのを恐れてというより全力で逃げ出しているような。
『悠聖、気づいたか』
同じように見ていたであろうルーイが言ってくる。
『どうやら奴らはイグジストアストラルと何か因縁の深い出来事があったらしい』
「どんな出来事かは気になるけどな。奴らがここまで恐れるなんて」
『ディザスター四機を一瞬にして消し去った、と言えば意味はわかるか?』
その言葉と共にオレ達が攻撃していないのにクロノスが数機爆発する。その声に振り向くとそこには悠人のエリュシオンにアーマーを装備したエリュシオンがいた。
重装甲でありながら背中のブースターによって重装甲とは感じさせない加速を出すというわけか。
「ディザスター四機? そりゃまたすごいな」
『悠聖。君は事の大きさをわかっていない。あの悠人が、悠遠に乗る悠人が殿軍を務めなければならないほどの存在だぞ。それを消し去る火力というのは』
「まさに桁違いってか?」
その話が本当ならこのメンバーて戦うことは困難だ。イグジストアストラルと通信を開くことが出来れば可能だけど。
何でもいい。『絆と希望の欠片』を入れる隙間だけでもあれば。
『悠聖悠聖。イグジストアストラルのコクピットって密閉状態だよね?』
だろうな。噂によればイグジストアストラルは灼熱の中でも耐えきるらしいし。
『でも、ブースターってどうやってエネルギーを噴射しているのかな?』
そんな抜け道ありか?
オレはそう思いながらも『絆と希望の欠片』をイグジストアストラルのブースターの中に叩き込んだ。破壊する目的ではなく『絆と希望の欠片』をイグジストアストラルの中に入れるために。
『悠聖。『絆と希望の欠片』の操作は私達に任せて。私も悠聖の役に』
いや、二人は『破壊の花弁』の操作を頼む。防御の要である『破壊の花弁』を疎かにするわけにはいかない。
まあ、本当の理由は信頼出来る二人なら任せられるからだけどそれは言わない方がいいな。恥ずかしい。
『むぅ、わかった。悠聖が私達を信頼してくれているのがわかったからいいけど』
『拗ねないの、優月。悠聖はやろうとしているんだよ。悠人と鈴の絆を結ぶために『絆と希望の欠片』を届けることを』
これは鈴だ。
イグジストアストラルとぶつかり合いながら僕は断定する。あのイグジストアストラルに乗っているのは鈴だと。
我を忘れて僕まで攻撃していると見るか、操られて僕を攻撃しているのかわからないけど、僕がやるべきことは一つだけ。
「鈴。僕は君を救う。必ず救う。だから」
エネルギーソードを握り締めクラスターエッジハルバートを弾き飛ばした。そのままがら空きの胴体を蹴り飛ばす。
エネルギーソードからエネルギーライフルを持ち替え肩の砲と共に一斉にエネルギー弾を放った。
イグジストアストラルに直撃する。ただ、それだけだ。イグジストアストラルの装甲は貫けないしこんな低火力では気絶すらさせられない。
「だから、例え意識を失っていても僕を信じて。必ず救うから!」
エネルギーソードからエネルギーライフルに持ち替えて僕はイグジストアストラルに斬りかかる。イグジストアストラルもクラスターエッジハルバートを握り締めてぶつかり合ってきた。
お互いにぶつかり合い、お互いに大きく弾かれ合う。僕はそれでも前に出る。
「鈴を気絶させる最大の打撃さえ叩き込めば!」
そう思った瞬間、叫びが頭の中に響いた。
『殺す!!』
思わず逆噴射をしながらイグジストアストラルから距離を取る。今のは、何?
『殺す。絶対に殺す。悠人を殺した奴らは絶対に殺す。フュリアスを全て破壊して悠人を殺した奴らを全部殺す!!』
それは鈴の叫び。おそらく、僕がやられた瞬間を見ていたのだろう。だから、鈴はこんなことに。
『悠人、今の言葉を聞いたか!?』
「悠聖さん、今のは」
『あれが鈴の心の叫びだ。『絆と希望の欠片』の力で直接お前との回線を開いた。後は、お前の仕事だろ?』
『絆と希望の欠片』というのはわからない。だけど、完全防御であるはずのイグジストアストラルの中に入れたというのはよくわかった。
つまり、悠聖さんは鈴を殺せるということだ。だけど、悠聖さんはそれをしない。
『オレ達は邪魔者を片付ける。お前はお前の仕事をしろ! お前だけが出来ることをオレ達に見せてみろ!』
「ありがとう、悠聖さん。僕は、僕は必ず鈴を助ける。だから」
エネルギーソードを握り締めクラスターエッジハルバートを構えるイグジストアストラルを睨みつけた。
鈴の叫びは僕が死んだと思っているからだ。だから、僕は、
「鈴!!」
そんな叫び以上の声を叫ぶ!
『悠人の声? ありえない。悠人は』
「僕はここにいる! 目の前のエリュシオンに乗っている。だから、目を覚ましてよ、鈴。悪夢はもう終わったんだよ!」
『悠人は死んだ。目の前で、私の目の前で死んだ!』
イグジストアストラルがこちらに向かって駆けてくる。僕はそれを真っ正面から受け止めた。
エネルギーソードとクラスターエッジハルバートがぶつかり合い激しく光を散らす。
『死んだ。悠人は死んだ。死んだ』
「勝手に僕を殺すな! 鈴、僕は」
『全て倒せばいい。全て倒せばいい。そうしたら悠人は私を褒めてくれるよね?』
今にも泣きそうな、いや、今なお泣いている声に僕は叫んでいた。
「ふざけるな!!」
エネルギーソードを握り締めイグジストアストラルに斬りかかる。イグジストアストラルはクラスターエッジハルバートを振ってくるがそれを軽々と蹴り飛ばした。
「ふざけるなよ、結城鈴! 僕が、真柴悠人がたったそれだけのことでお前を誉めると思うな!!」
肩の小型エネルギー砲からエネルギー弾を放ちながら僕はイグジストアストラルの体に蹴りを叩き込んだ。そのままブースターを最大まで点火して地面に叩きつける。
「僕は絶対に許さない。そんな鈴を絶対に!」
そう言いながらイグジストアストラルに攻撃を叩き込もうとした瞬間、嫌な予感が体を貫いた。
すかさず大きく後ろに下がった瞬間、イグジストアストラルが聖砲ラグランジェの先をこちらに向けてきていた。
逆噴射を最大限までかけるが聖砲ラグランジェから放たれたエネルギー弾が大きく装甲を削る。飛び散る火花と共にエリュシオンは大きく後ろに吹き飛んでいた。
「追加ブースターパージ。機能の八割停止。生命維持装置解除。全システムを機関部に一本化」
すかさず余計な部分を削ぎ落とし基地へ帰還するだけのエネルギーを回す。
「エリュシオンじゃイグジストアストラルとは対抗出来ない。せめて、悠遠があれば」
『第三格納庫に向かえ!』
突如として鳴り響いたガルムスの声と共にアーマードエリュシオンがイグジストアストラルに向かって飛びかかっていた。
『お前の剣がある!』
「つる、ぎ?」
『そうだ。お前が持つために作られた剣だ! それを使え!』
ガルムスの言葉に僕はエリュシオンを反転させた。そして、基地の中に向かって最速で向かう。
ガルムスが言う剣とは心当たりが一つしかない。ガルムスが『天聖』アストラルソティスではなくアーマードエリュシオンに乗ることから考えてもわかる。
「もう少しだけ我慢してね、鈴」