第二百二十八話 覚醒
前話でも言ったように完成していました。携帯のメールの中で。
目を開けるとそこにはこちらを見つめるルナの姿があった。幸せそうにルナが笑みを浮かべる。
「悠人の寝顔って可愛いね」
「あう」
満面の笑みでそんなことを言われると思わず顔を赤くしてしまう。反則だよ、その顔は。
僕は布団の中に潜り込もうとするがルナは笑顔で抱きついてきた。寝間着を来ているが柔らかい感覚を体中で感じてしまう。
「悠人。私、幸せだよ。悠人がいてくれるから」
「僕も、かな。ルナはずっと僕を見守ってくれていた。そして、抱き締めてくれた。ずっと、ずっと一緒にいたい」
僕はルナの胸に顔をうずめながら言う。
そうずっと、僕はこの世界でずっとルナと一緒に暮らしていたい。周囲は真っ白だけどここで二人で初めていけばいいんだ。イブとアダムのように二人で。
「ねえ、悠人。悠人の夢は何?」
「夢?」
「夢、というより目標。悠人が将来何をしたいのか」
その言葉に僕の頭の中で何故かチクリと痛みが走った。理由はわからない。だけど、痛みが走った。
「僕の夢はルナと一緒にいること」
「本当に?」
「本当だよ」
「嬉しいな」
ルナが僕を抱き締めてくれる。柔らかい感覚にだんだん眠たくなってきた。さっきまで寝ていたはずなのに、だんだん眠たくなってきた。
「悠人」
だけど、ルナの声で目を覚ます。もっとルナと話していたい。もっとたくさんルナと話したい。ルナと話すのは久しぶりだから。
あれ? 久しぶり? 僕とルナはずっと一緒だったはずなのに。
「私の夢も悠人と同じ。悠人と一緒に暮らして、私が作った料理を食べたり、一緒に本を読んだり、一緒に寝たり、そして、子供も欲しい」
「焦らなくても大丈夫だよ。僕達は二人なんだ。だから、僕達二人ならたくさん出来るよ」
「サッカーチームで対戦出来るくらい作れるかな?」
「それは、ルナの体を考えたら嫌だな。最後の子を生む時のルナはもうおばちゃんだから」
「ふふっ、そうだね」
その時、僕の頬に何かが当たった。ルナの顔を見ると、泣きそうな表情で、いや、頬に涙を流しながらルナが僕を見ている。
「ずっとずっと、悠人と一緒にたくさんのことをしたかった」
過去形?
「ルナ。僕達はここにいるよ。これからたくさんのことが出来るんだよ。僕達は一緒に」
「悠人。夢を見るのは止めようよ。私は、悠人が私に縛られずに生きて欲しいのよ」
「どうしてそんなことを言うの? 僕はルナと一緒に」
「目を覚ませ! 真柴悠人!」
ルナの叫びと共に頬を叩かれた瞬間、僕は全てを思い出した。
本当の現実の姿を。ルナはもういないということを。死んだということを。だけど、認めたくない。ルナが死んだなんて認めたくない。
「私は悠人に生きていて欲しいの」
「僕は、認めたくない。僕はルナが好きだから、だから」
「私はもう死んだのよ!」
「ここにいる」
僕はルナを抱き締めた。いや、抱き締めようとした。だけど、僕の手は体はルナの体をすり抜ける。何度も何度も手を伸ばすけどルナの体に触ることが出来ない。
さっきまで一緒にいたのに、さっきまでずっと一緒だったのに。
「嘘だ」
「これが現実よ。いくら私に手を伸ばしても私に触ることが出来ない。私は、悠人の背中を押すためだけの亡霊なんだから」
「認めない。僕は認めない。ルナがこんなにそばにいるのに、そばに、いるのに」
体から力が抜けて僕はその場に座り込んだ。そして、涙を流しながらルナに向かって手を伸ばす。
「僕は守れなかった。ルナを守れなかった。だから、僕は今度こそ」
「ねえ、悠人。私は悠人の夢が聞きたいな。最後に」
「ルナ」
「最後だけは笑って見送りたいのよ。だからね、悠人。悠人の夢を聞かせて」
もし、僕の夢を語ればルナは消える。もっと、もっとたくさんそばにいたい。ずっとずっとルナと一緒にいたい。
そんなことは出来ないのはわかっている。僕は生者でルナは死者だから。それでも僕は、ルナと一緒にいたい。
「悠人。私は死んでからずっと考えていた。私のせいで悠人はずっと私の死に捕らわれているって。戦うことで全てを終わらせようとしているって。でも、そんなことは止めようよ」
「僕は捕らわれてなんて」
「ううん、捕らわれているよ。悠人は戦うことで現実を見ていた。現実はそんなことで生きてなんていけない。だから、私は悠人に生きていて欲しいの。悠人がこれからの世界を作るために」
「僕はそんな人間じゃないよ。世界を作るために戦っていられないよ。僕は」
「私はね、死んでから悠人の運命を知ったんだ。悠人がこれからどのように歩むかを。だから、私は悠人に歩んで欲しい。未来を、作って欲しい。私の彼氏は世界を救ったんだって。そんな誇らしいことをしたいの」
涙を流しながらルナは僕に言う。
ルナだって辛いはずだ。僕とルナはお互いに好きだと思っている。だから、僕は、僕がすべき行動は、
「ルナ。僕の夢を聞いて」
「うん」
「僕の夢はみんなを守ること。メリルも鈴もリリーナもみんなみんな、みんなを守りたい。みんなを守りたい」
「うん」
「守りたかった。ルナも一緒に守りたい。守りたかった。でも、もう守れない。だから、僕は守るために戦うんだ。みんなを、誰も彼をも守るために」
「うん! 悠人なら出来るから。どんな困難も乗り越えて、メリルの夢を叶えてくれるから。戦いを終わらせることが出来るから!」
ルナが背中を押してくれる。僕はいつの間にか立ち上がっていたのか一歩を踏み出していた。
「私はずっと、悠人を見守っているからね! 頑張って、音界の救世主さん!!」
目を開けたそこには、メリルの姿があった。
「悠人、良かった」
安心したような表情を見た僕は小さく微笑んだ。
「メリル。僕はルナに出会ったよ」
「えっ?」
「ルナが僕の背中に押してくれた。僕が前に進めるように背中を押してくれたんだ」
ゆっくりと起き上がる。おそらく、僕の頬には涙が流れているのだろう。メリルが心配そうにこちらを見つめているから。
だけど、僕は立ち上がる。痛みはほとんどない。どれくらい寝ていたかわからないけど、体中の傷はほとんどない。最後の記憶は確か、僕が胴体を真っ二つにされた姿。
「あれ? もしかして、僕は一度死んだ?」
「死んだというより私の力で強制的に生き返らせたというのが」
「ありがとう」
僕はメリルに向かって笑みを浮かべながら周囲を見渡した。
窓も何も無い部屋に僕達はいる。おそらくここは地下の基地だろう。時々襲ってくる振動は戦闘が起きている証拠。
「メリル。案内してくれないかな? フュリアスの場所に」
「無茶です。悠人は今まで寝ていました。それに、傷口がまだ塞がっていません。無理をすれば今度こそ」
「約束したんだ、ルナと」
みんなを守ると。
「守るよ。だから、僕は戦う。戦わないといけないから」
「戦わなくても守れることは」
「ないよ」
僕はそう言う。そう言いながら優しくメリルを抱き締めた。
「今出来る最善の手段は戦うことだよ。だから、僕は戦う。メリルを守るために」
そっとメリルを離しながら僕は歩き出す。
「そして、僕は救世主になるよ」
確かにメリルが言うように他にもあるかもしれない。だけど、僕が出来るのは戦うことだけ。敵味方関係なく全てを守るためには戦うしかない。
そして、この道の果てには破滅か救世主かのどちらか。確率的にはほぼ破滅だろう。
「決めたんだ。僕は戦うって。戦ってみんなを守るんだって。一度死んだから何なんだ。まだ、戦える。この戦いを終わらすために戦うことが出来る」
「悠人、あなたはどうしてそこまで戦おうとするのですか? どうして」
「メリル。それが僕の夢だからだよ」
「夢?」
「そう。みんなを守ること。僕は最初から力があったわけじゃない。アル・アジフさんに守られたからこそ今の僕がいるんだ。だから、僕は昔から憧れていた。アル・アジフさんのことを、アル・アジフさんのみんなを守る姿を。だから、僕はみんなを守る。それが僕のやるべきことだから」
「みんな。もしかして、悠人、あなたは」
メリルは僕がやろうとすることに気づいたらしい。全てそれをやり遂げることは出来ないかもしれない。だけど、少しでも戦うことが止まるなら僕は戦う。
それはメリルの夢だから。歌姫となったメリルが本当に望む平和の形だから。
「ただ戦場を混乱させるだけかもしれない。悠遠は使えないから戦いにもならないかもしれない。それでも僕は戦うことが馬鹿らしく思えるくらい戦うんだ。敵味方関係なく戦いを止めるために。僕達はわかりあうことが出来るんだから」
そして、僕は扉を開けた。戦うための力を手に入れるために。
フュリアスの格納庫内部で走り回る人達。その周囲には破壊されたエリュシオンがあった。パイロットは怪我をしているようだがまだ戦えるらしい。
エリュシオンを持つということは麒麟工房の関係団体なのかな?
僕はそう思いながら周囲を見渡す。使われていないエリュシオンはどうやらないようだ。使われていないというより小破したエリュシオンと新品のエリュシオンを乗り換えているらしい。パイロットの数が圧倒的に不足しているということか。
「エリュシオンを一機だけ奪って使う方がいいかな? でも、普通のエリュシオンだとスペックが低いだろうし」
「『歌姫の騎士』がそのようなことをしていいのか?」
思案顔になっていた僕はその声に身構えながらも振り返った。そこには額を負傷したガルムスが険しい表情で立っている。その奥には片足を失い右肩付近に被弾した『天聖』アストラルソティスの姿があった。
あのガルムスほどの実力者が被弾するほどの敵。その敵に僕は思わず息を呑んでしまう。もちろん、別のことでも驚いているのだけど。
「どうしてガルムスが」
「お前達を助けたのが我らの組織だったということだ。その話は後でいいだろう。お前は何故ここにいる?」
その瞳は真剣だった。おそらく、生半可な意見では貸してはくれないだろう。
「戦いを終わらせるために」
「戦いを終わらせる? たった一機で何が出来る? 救世主にでもなるつもりか?」
確かにそうだ。ガルムスからすればたった一機で戦いを終わらせることが出来るとは思っていないのだろう。だから、僕はガルムスに真っ正面から言い放つ。
「そうだよ。僕は戦いを止めて救世主になる。敵味方関係なく、戦いを終わらせて平和を作る。疑うなら先にエリュシオンを貸せ」
「実力を持って示すのか? 悠遠は使えないもわかっているのか」
「エリュシオンで示すことが出来たなら、修復した悠遠でも可能だ」
その言葉にガルムスが笑みを浮かべ、そして、格納庫の端を指差した。
そこにあるのは一機のエリュシオン。ただし、追加装備がふんだんに装備された特殊仕様のエリュシオンだった。
「アーマードエリュシオン。ダークエルフを参考にしたリアクティブアーマーとエクスカリバーを参考にしたブースターを装備した強化エリュシオンだ。悠遠に乗るお前には物足りない」
「リアクティブアーマーは全パージさせてもらう。リアクティブアーマーは攻撃が当たる前提での装備だ。弾一つ当たらないなら必要はない」
ダークエルフを知らない人からすれば眉をひそめる話だろう。だけど、ダークエルフの真価はリアクティブアーマーをパージした後。FBDシステムを最初に採用したダークエルフの地上戦の機動力は今のどの機体よりも勝る。
当たらなければどうということではない、ではなく当たれば死ぬという機体だったけど。エリュシオンならまだそれ以上に戦える。ダークエルフみたいに掠めただけでも終わるような機体じゃない。
「行くのか?」
ガルムスの言葉に僕は無言の頷きを返した。そして、魔術を発動して飛び上がる。
エリュシオンのコクピットに潜り込みながら素早くエリュシオンを立ち上げる。
「リアクティブアーマーパージ。防御は全て捨てて攻撃と速度に特化させればいい。僕は戦う。全てと。戦いを止めるために僕は戦う。エリュシオン、出るよ!」