第二百二十六話 襲撃
「そうかそうか、了解した。そなたらが無事で良かったぞ」
通信機を耳に当てながらアル・アジフが安心したように笑みを浮かべる。
『クロラッハが近接に向かないように体を作り替えたことには作り替えたけど、こちらとしては相手が『無限進化』を持っているとは思ってなかったよ』
通信相手である正が小さく溜め息をつく。
「そなたなら禁書目録図書館を見ながら戦えるはずじゃが?」
『禁書目録図書館には一度飛んだよ。そうじゃなかったら『無限進化』なんてわからなかったよ。まあ、クロラッハが持っているのが予想外だね。そちらの準備は?』
「そなたはどこまでわかっているのじゃ。まあ、いい。こちらの準備は滞りなく進んでいる。後は悠人の安否じゃ」
その言葉に通信機の向こうが緊張するのがわかった。
『悠人の安否? まさか』
「未だに生死不明。どこにいるかもわかっておらぬ。先程ルーイから連絡があったが、戦場跡地には大地が捲れた後。そして、悠聖達がいたそうじゃ」
『悠聖達は何か知らないのか?』
「知らないようじゃな。詳しく聞いてみないとわからぬが望みは薄い」
拳を握り締めながらアル・アジフは言う。
アル・アジフからすれば悠人は息子みたいな存在なのだ。生きていることは祈っているが長年の経験から生きていない可能性が高いことはわかっている。
『アル。こういう時の言葉としてはただの気休めかもしれないけど、悠人は生きているよ。必ず、生きている』
「そうじゃな。完成したあれに乗れるのは悠人しかおらぬ」
『あれ? ああ、つまり完成したんだね。いや、復元させたというのが正しいかな?』
「過去、現在、未来においてあらゆる全てのフュリアスの頂点に立つ悠遠の存在」
一息おいてアル・アジフはその名を口にした。
「悠遠」
真っ暗闇。
表すならそういう場所だろう。僕がいるのは。
手を伸ばしても伸ばしても暗闇しかなく僕が立っているのか座っているのか寝転がっているのかすらもわからない。そんな場所。
それでも僕は必死に手を伸ばす。光が欲しいから。僕は必死に手を伸ばす。再び会いたいから。
そして、暗闇を抜けたそこには、灼熱の痛みが待っていた。
体が真っ二つに裂ける感覚。苦しくて苦しくて息が出来ずに思わず手足をもがいてしまう。
それでも痛みは収まらない。
誰か、助けて。
もがきだした悠人の手をメリルは握り締める。そして、下腹部を見ると巻いた包帯の下から血が滲み出していた。
慌てて近くに待機している看護兵を見る。するとすぐさま治療箱を持って近づいてくる。
「悠人」
名前を呼びながら手を握り締めるしか出来ないメリル。出来るだけ治療の妨げにならないように移動しながらメリルは苦しそうな声を出す悠人を見つめる。
「私に、力があれば」
「歌姫の力を失ったお前はただの小娘だ」
その声に振り向く。そこには険しそうな表情をしたガルムスの姿があった。ガルムスは治療されている悠人に歩み寄る。
「未だに意識は戻らずか」
「傷口はかなり塞がってきています。患者の体力はかなり回復していると考えていますが」
「精神的な問題ということか」
看護兵の解答を聞きながらガルムスは眉をひそめた。そして、小さく息を吐いて近くの椅子に座る。
「やはり、一度死んだことが問題か」
そう言いながらガルムスはメリルを見た。
悠人はあの時死んだ。
悠遠の機体とメリルの生命を助けるために悠人は自らが死ぬ道を選んだ。だが、そんな悠人を助けたのはメリルの歌姫の力だった。
歌姫の力によって悠人は強制的に体を治癒された。だが、体が真っ二つになったのだ。その時の痛みでショック死してもおかしくはない。
今の悠人の状態は奇跡であり、さらに意識を取り戻せばそれ以上の奇跡ということになってしまう。
「私は、ただ単に悠人に生きていて欲しかっただけです。もう、悠人は『歌姫の騎士』ではありませんから」
「本当に失ったのだな。力を」
「はい。私の中にはもう歌姫の力はありません。ですから、苦しんでいる悠人を助けることも出来ない。「歌姫という力は万人を助ける力です。それを個人に使った罰なのでしょう」
「歌姫として間違えているかもしれないが、一人の恋する少女としては間違ってはいないだろう。今の問題は悠人の意識が戻らないことだろう」
その言葉と共に部屋の外からサイレンが鳴り響いた。メリルが身を強ばらせて悠人の手を握り締める。
メリルがここに、ガルムス達の隠し基地に匿われてから頻繁にここは襲撃を受けているのだ。メリル達を助けたことによって居場所を特定されたのだろう。
襲撃してくる機体は大半がクロノス。そして、エリュシオンの劣化型みたいなフュリアス。
クロラッハの勢力であることは間違いはないだろう。
「またか。こうもこうも連日攻められもしたなら気が参ってくる」
「このまま逃げ出すことは出来ないのですか?」
その言葉にガルムスは笑みを浮かべながら首を横に振った。
「我々は音界に仇を成す勢力を叩く組織だ。ならば、戦わなければならないだろ」
「何故そこまでしてあなたは戦うのですか? 命が惜しくはないのですか?」
ガルムスはその言葉に笑みを浮かべて返した。
「守りたいだけだ。この音界を、この世界を」
その言葉と共にガルムスは部屋から出て行った。部屋の中を沈黙が支配する。
今のメリルには何も力がない。もし、力があれば悠人を治すなり助けるなり戦場に赴くなり出来たはずだ。だが、それが出来ない。それが悔しい。
メリルは今まで歌姫の力があった。だから、あらゆることが出来た。だが、今は歌姫の力がない。そのことが今のメリルにとって心底悔しかった。
「私は、何も出来ない。何も、出来ない」
そう小さく呟くしか今のメリルに出来ることはなかった。
「戦闘?」
悠聖をコクピット内に乗せた瞬間、リマから通信が入った。
悠聖以外のメンバーは全員すでに運び終わっている。悠聖だけは唯一動ける戦力だったので周囲を警戒してもらっていたのだ。
『その位置から東に30km先で今、爆発がありました。こちらの射程圏外なので詳しくはわかりませんが』
「わかった。悠聖、すまないがコクピットが出てくれないか? 僕はこのまま戦場に」
「慣れてない機体で一機だけか? バカを言うな。オレも行く」
「だが、今のお前は」
「『絆と希望の欠片』の能力でみんなから奪った分、力は有り余っている。それに、あんなところで爆発なんてただ事じゃない」
確かにその通りだ。僕が乗るのはエリュシオン。まだ、扱い慣れていない機体。確かに戦力として悠聖は持っておきたいところだ。
みんなから奪ったという言葉はかなり気にはなるが。
「どちらにしても外に頼む。エリュシオンは複座ではないし僕達は戦場に入るのだから」
「了解。『破壊の花弁』で、いや、『終始の星片』で守ればいいか。道先案内頼むぜ」
「道先案内か。最新機体を豪華に使う。だが、今はそれくらいがいいかもしれないな」
僕はそう言いながらコクピットのハッチを開いた。
森の中に隠れた基地を狙い撃つかのようにエネルギーライフルを向けるクロノスの群れ。その群れに向かって基地から数機のエリュシオンが飛び出すがあっという間に蜂の巣にされて落下する。
完全に先手を取られていた。
『これ以上の抵抗は止めて今すぐ投降するんだ。そうすれば命だけは助けてやる』
「命だけはか。達磨にされたところで命だけは助かるから約束しても意味はないな」
ガルムスは一人、『天聖』アストラルソティスの中で小さく呟いていた。
今まで何回も襲撃を受けていたが今回の敵の数はまさに桁が違う。真っ正面からぶつかってもガルムス以外は全滅するだろう。
『繰り返す。抵抗は止めて今すぐ投降しろ!』
「断る、と言いたいところだが」
小さく呟きながら電波状況を確認するガルムス。今は相手の通信波以外は通信が出来ないほどジャミングが酷い状態だった。
こんな状況では返したところで結局は独り言になってしまう。
「味方への通信も不可能か。せめて、真柴悠人が起きるまでは守りたかったが」
苦笑しながらも敵の数を数える。
元からほぼ孤立無援だったガルムスの組織は度重なる戦闘で数を大きく減らしていた。まさに、風前の灯火という状況だ。
「最後は派手に戦うしかないようだな。このガルムス、音界の敵には容赦はしない」
その言葉と共に『天聖』アストラルソティスは外へと飛び出した。