第二百二十四話 消失
レバーを握る手やパイロットスーツが張り付いた背中から嫌な汗が噴き出す。
レーダーを警戒しながら目視で周囲を確認しつつ機体を出来る限り低空で飛行させる。
このエリュシオンはかなり優秀だ。低空での安定性が極めて高い。アストラルシリーズと比べれば機動性は劣るが、こういう偵察ではエリュシオンが上だ。
あの時に基地から奪っていったのはどうやら正解だったようだ。
「こちらルーイ。これより戦闘があった空域に入る」
『了解しました。すでにこちらは準備を終えています』
リマの声を聞きながら全ての通信を遮断する。そして、出力を出来る限り下げながらレジスタンス同士での戦いがあった空域に飛び込んだ。
ここから頼りになるのは自分の目と感覚だけ。『悠遠』の力があれば良かったが、全ては悠遠に預けた。だから、エリュシオン本体しか頼れない。
ディザスターの姿は見当たらない。どうやら撤退したようだ。
「周囲に機影は無し。だが、おかしい」
エリュシオンが視線の先を拡大する。すると、そこには樹海の一部が吹き飛び山がえぐり取られていた。
悠人が戦闘をした後なのかもしれない。もしかしたら、手がかりがあるかも。
「身を隠す場所は無い危険な場所だが、腹に背は変えられない」
そう言いながら出力を上げながら最大限まで加速しようとした瞬間、視界の端で何かが煌めいた。
すかさずエリュシオンを上空に舞い上がらせる。
敵の攻撃が何であれ森の中に突っ込むのは機動性を著しく下げるだけでそのままではただの的。危険はあっても高く舞い上がるしかない。
「こういう時に限って別の武装を持っていた方がいいと思えるな!」
こちらに向かってくるたくさんの水晶の輝き。それを見ながら数少ない装備の中から集弾銃を取り出す。
まだ試作品ではあるが、フュリアスの天敵である魔術に対して有効的な面での攻撃を可能にする。散弾銃と比べて威力が低いのが難点だが。
すかさず水晶の輝きに向かって集弾銃の引き金を引くが放ったエネルギー弾を水晶の輝きは弾き飛ばした。
すかさずペダルを踏み込みながらギリギリで水晶の輝きを回避する。
「こういう装備は聞いていないが仕方ない」
すかさず集弾銃から散弾銃に変えて眼下の森に向けて引き金を引く。
敵は確実に森の中にいる。樹海の中ではないだろうから森の中、しかも、この位置が見える場所。
「この僕を舐めるな!」
そう言いながら散弾銃を撃ち込んだ瞬間、水晶の輝きが散弾銃から放ったエネルギー弾を全て受け止めていた。
散弾銃を構えながら条件に当てはまる位置を見た瞬間、そこから現れたのは水晶と光の翼を持つ白川悠聖だった。
すかさず下降しながら散弾銃を戻す。
「白川悠聖か?」
スピーカーをオンにしながら白川悠聖に尋ねた。
『その声、ルーイか。アストラルルーラではないようだけど?』
「アストラルルーラは今修理中だ。変わりにこのエリュシオンを使わせてもらっている」
『見たことあるって思ったらエリュシオンだったのか。ちょうど良かった。今、何が起きているんだ?』
「むしろ聞きたいのはこちらだ。この場で何があった?」
漆黒の一閃がドアを斬り裂くと同時にドアの向こうから銃口が顔を覗かせた。その銃口を見た瞬間孝治がその場から飛び退く。
閃光。
いくつもの銃口から放たれたエネルギー弾が孝治のいた場所を駆け抜けていた。
「侵入者共め! ここから先は一歩も通さんわ!」
そんな笑い声を聞きながら孝治は小さく溜め息をつく。
「細長い廊下の向こうで構える敵、か。駆け抜けるより早く撃ち抜かれるのがオチか」
そんな言葉を吐き捨てながら孝治は通路の向こうを見る。だが、返ってくるのは大量のエネルギー弾だ。
廊下は細長く、例え孝治が最速で走っても敵の攻撃を受けるであろう距離。そんな距離の中で孝治は動けずにいた。
こちらにも兵士はいるのだが、あの場で動かすのは無謀だ。
「お待たせ」
その言葉と共にどこからともなく正が現れる。そして、レヴァンティンレプリカを鞘から引き抜いた。
「攻めきれずにいるようだね」
「盤石だ。こちらが誰も犠牲にしないなら最高の作戦だと言っていい」
「確かに、誰かを身代わりにすれば簡単に相手を崩せるけど、それをしなければ崩せない。僕が強引に抜けようか?」
確かに正ならばファンタズマゴリアの力を考えてもこの状況を簡単に打破することが出来るだろう。だが、孝治は首を横に振る。横に振りながら頭の中で建物の地図を思い浮かべた。
この通路の先には地下シェルターがある。そこがどうなっているかは正確にはわかっておらずフュリアスが待ち構えていてもおかしくはない。
ファンタズマゴリアとは言え強引な突撃は危険を増やすだけの行為だ。
「魔術を叩き込みたいところだが」
「扉をロックされたりでもしたら厄介だからね。もしかしたら、すでにシェルターは閉まっているかもしれないけど」
「そうなると益々抜くのが難しくなるか」
「そう難しく考える必要はないよ。すでにこの場所はほとんど制圧できた。後はこの先だけ」
「予定より早いな」
孝治達の考えでは未だにこの場所、首相官邸は制圧出来ていないという考えだった。だから、孝治は首相を、副首相だったラングレン首相を捕まえるためにこの場所まで来ていたのだ。
もちろん、単身ではなく何人かの兵を連れているが。
「かなり協力的だったからね。こちらの数が膨大だったというのもあるが、新たに首相となったラングレンの評判が著しく悪いだけだよ」
「しかし、それは好都合だ。外はマクシミリアンか?」
「そう。マクシミリアンが基地でレジスタンスのフュリアスの整備の指揮を取っている。いつクロラッハ達が来るかわからないからね。それに面白い話をいくつか聞いたんだ」
「面白い話?」
その言葉に正は頷いた。
「クロラッハ達の消息は不明。ラングレンはクロラッハが来るまで耐えきるつもりのようだけどクロラッハはこちらを見限った」
「なるほど」
それならある意味一理ある。
首都の数少ない部隊とクロラッハ達が挟み込めばレジスタンスは今度こそ立ち直れない打撃を受けただろう。だが、それをしなかったのは連携が無かったか見捨てられたかのどちらかだ。
「こちらとしては思う存分戦えるけどね」
「だが、ここをどうすればいいかが問題だな」
孝治が小さく息を吐いた瞬間、孝治の肩が叩かれた。
「ここはこの私、聖天神レイリアに任せてもらえませんか?」
「なるほどね」
オレは呆れたように息を吐きながらルーイが乗っていたエリュシオンを見上げていた。
エリュシオンの姿が見えたからとりあえず攻撃はしたが、まさかエリュシオンにルーイが乗っているとは思わなかった。ルーイはアストラルルーラだから。
「僕としてもエリュシオンに乗るのは不本意だったが、リマのアストラルソティスを借りるわけにはいかない。だから、リマには支援装備をつけて待機してもらっている」
「まあ、いきなり攻撃したのは悪かった。こちらは動けるメンバーが少ないからな」
そう言いながら振り返った先には疲労困憊の冬華、リリィ、七葉、ルカの姿があった。ちなみに精霊王達はまとめて七葉の頸線でくくっている。
『絆と希望の欠片』によって力を奪いすぎたからか戦闘が終わったら冬華もリリィも座り込んだのだ。抱きついてくる体力すら無いらしい。
「お盛んだったのか?」
「違えよ!! どう見ても戦闘の後だろ!?」
「なるほど。事後か」
「事後が何を指しているかによってはお前をぶん殴らないといけないんだがな」
『悠聖悠聖、落ち着いて』
『気持ちはわかるけどエッチなことをしていいのは私達だけだからね』
優月は少し黙っていようね。
「それより、ルーイはどうしてここに? オレ達を捜していたってわけじゃないよな?」
「そうだな。お前達の心配はしていない。アル・アジフも無責任に大丈夫だと言っていたからな」
信頼されていると喜んでいいのか?
「俺が捜していたのはメリル。そして、悠人」
「あいつらがいないのか?」
その言葉にオレは驚いていた。
メリルの歌姫の能力ははっきり言って反則だ。さらには世界最強のパイロットと言える悠人が乗っている。
そんな状況で悠人達が行方不明になるってことは、
「クロラッハに倒された?」
「それを確かめにきた。それに、鈴も未だに帰還していない」
「イグジストアストラルが!? 事態は思っているよりも深刻みたいだな」
悠人、メリル、鈴の未帰還。本来なら撃墜されたと考えるべきだが、二人の実力を考えてもそれはありえない。
鈴はともかく悠人の技量はまさに桁が違う。悠人が落とされたならクロウェンの技量はさらに桁が違う。
「オレ達も戻った方がいいな。ルーイ達は今どこに?」
「僕達がいるのは麒麟工房だ。レジスタンスは首都を落としたという情報が入ってきている」
「オレ達が一日休んでいる間にそんなことになっていたとはな」
「事態は思っている以上に早く動いている。今は手が多ければ多いほどいい」
相手はクロラッハ。あの精霊王が恐れるクロラッハ。
「一体、何が起きているんだ?」
オレの小さな呟きにルーイは何も答えなかった。
「さすがだな」
「さすがだね」
通路の奥を覗き込んだ孝治と正が見たのは聖天神レイリアが通路の奥にいた兵を全て倒して佇む姿だった。
孝治や正には効かなかったが聖天神レイリアの能力はハインドスキル。相手から見えなくなるだけだがこういう状況では本当に便利なのだ。
孝治には何故か効かず、正は力業で破られたが便利なスキルなのだ。
「あなた達に言われても何も嬉しくはありませんが」
レイリアがそう言いながらも姿を隠して後ろに下がる。それに反応するように孝治が運命を握り締めながら通路に飛び出した。その後に正が続く。
「全員俺達の後に続け」
小さくそう言うとそのまま走り出した。そして、あっという間に扉に張り付く。
「ロックはかかっていないか」
「そのようだね。どうする? 僕が先に」
「いや、俺が行く」
そう言いながら孝治はドアを蹴倒した。そして、運命を構える。だが、孝治はすぐさま運命を下ろした。
「孝治、何が」
孝治の後を追って入った正が息を呑む。何故なら、そこは真っ赤だったから。
シェルターに続く道。その道は完全に真っ赤に染まっていた。その道を守っていた兵士によって。
「こんな倒され方は、相手は人間なの?」
近くの死体を見ながら正は呟いた。
死体の大半は手足を千切られて頭を潰されている。しかも、武器を使ったというより力業で破壊されたと言われた方が納得出来るだろう。
「血は乾いていない」
「そのようだね」
孝治と正はシェルターの奥を見てそして、シェルターに向かって同時に駆け出した。