第七十三話 狭間の巫女
狭間の鬼と狭間の巫女の関係です。
「私は人間ではありません。人間と鬼の間に生まれた忌み子です」
その言葉にオレは何も言えないでいた。どうやって慰めようかということではない。都が涙を目からこぼしながら言うからだ。
オレは巫女を抱きしめて背中を軽く叩いてやる。
「私は、人間じゃないんです。私は、私は」
「もういい」
「でも」
「今は落ち着け」
都は無言で頷いてくれる。そして、オレの肩に顔をうずめた。
せめて、オレの背がもう少し高かったらな。
「そなた、場違いなことを考えているじゃろ」
「全く。あの時と立場は逆だな」
あの時、オレは都に慰められた。張り詰めていた糸が切れたように感情を隠すことが出来ず、オレは都の前で子供らしく泣いていた。
でも、あの時は都に安心していたんだ。だから、今度はオレが都を安心させたい。
「都は都だ。例え、お前の言うようなやつだとしても、オレと比べたら可愛いものだよ。オレは、たくさんの人が死ぬ原因を作ったから」
「周様は私を怖がらないのですか? 私は人ではないのに」
「まあな。オレの親友で刹那ってやつがいるんだ。まあ、魔界の魔王派の重鎮なんだけどな、そんな親友がいれば怖くなんてないさ」
「ありがとう、ごさいます」
都がゆっくりオレから離れた。都の目はまだ赤いけど、顔は元に戻っている。
「辛いかもしれないが、教えてくれないか? 狭間の鬼について。いや、狭間の巫女について」
「はい」
オレは都の手を引いて近くにあったソファーに座らせた。オレはその横に座る。ずっと、都の手を握ったまま。
「アル・アジフさんもいいですか?」
「我はいつでもいけるぞ」
「ありがとうございます。狭間の巫女というのは過去に遡れば生贄だったようです」
都はゆっくり話し出す。時折、オレの手をしっかり握りしめながら。
「ただ、それは口伝で伝わるような気が遠くなるほど昔からのようです。おそらく、人柱が有効だったからでしょう。その頃から狭間の巫女は存在しています」
「歴史は古いのか。確かに、人柱は有効だ。アル・アジフの言ってたように、狭間に簡単に干渉出来るほど」
オレは都の手を握り返しながら言う。アル・アジフはそんなオレ達を見ながら溜息をついた。
「我は邪魔者じゃな」
「そ、そそそ、そ、そういうわけではありませんけど、ですけど、このままずっと周様といたいというのは本音でして」
感情が完全にだだ漏れだ。
オレは小さく溜息をつきながらアル・アジフを見る。
「我慢してくれ。オレは『GF』代表として、アル・アジフは『ES』代表としてここにいる。都、話が終われば一緒にいてやるから続きを頼めるか?」
「はい」
都が頬を真っ赤に染めて言う。
「狭間の巫女は生贄であり、狭間の鬼が狭間の街にとって守り神であることを契約するための存在でした。ある意味封印ですね。しかし、いつからか、狭間の巫女は生贄ではなく儀式の担い手となり、今では春祭りの踊り子となっています」
「時が経つにつれて本来の役職からかけ離れていくのはよくあることじゃ。しかし、何故、そこまで変わったのかの?」
「そこまでははっきりわかりません。ですが、推移したのは確かのようです。そのためか、封印されてから二度ほど、封印が解けて復活したそうです。その時は世界から消えて、いつの間にか再封印されていたと語られています」
つまり、生贄ではなくなってから復活しだしたということか。
都の手が微かに震えているのに気づいてオレは小さく息を吐いた。
「アル・アジフが言うことと今まで都が言ったことを考えると、『Destroyer』は狭間の鬼だな。『Destroyer』って都は聞いていたか?」
ちょっと強引に話を変えると都はホッとしたように頷いてくれた。
「はい。狭間の鬼だと私は思います」
「狭間の鬼は世界を滅ぼす力を持つ存在。貴族派はその力で世界の滅びを救おうとする勢力。オレ達との違いは、犠牲者を出すことは考えないところ」
『GF』の考えは犠牲者を出さないことを考えて戦う。オレが、誰かを犠牲にして世界を救えたとしても、世界を救ったことにはならない。ということと同じだ。だから、貴族派のやり方は容認出来ない。
「そうじゃな。我も同じ。だから、我はここに来た。狭間の鬼の力を使えば世界は動く。それをさせないために」
「ああ。今の状況なら、春祭りの儀式を成功させるくらいだな。それまで都と琴美は守らないと」
オレはそう言ってしっかり都の手を握る。
「本当なら、私が狭間の巫女として責務を全うしなければいけません。ですが、琴美の役目は奪いたくありません。琴美は昔から私を見ていました。私が狭間の巫女として責務を果たすために必死で練習しているのを。ですから、琴美も巫女になりたいと思っていたようです。私は、その夢を叶えてあげたい」
オレの手を握りながら都は言う。
このままいけば春祭りの開催自体が危ぶまれる可能性がある。そうなれば、都の願いは叶えられないかもしれない。
目下の問題が貴族派か。
「貴族派がどう来るかだな。アル・アジフ、『ES』は貴族派が大きく動いた場合は民間人の保護を頼めるか? オレ達は貴族派と戦うから」
「そうじゃな。じゃが、周は意図的に都に尋ねないのじゃな」
オレの手を握る都の体が強張るのがわかった。オレは優しく都の手を握る。
「都はそろそろ落ち着いたようじゃ。我が質問させてもらう。狭間の巫女の現代の役目はなんじゃ?」
都がオレを見る。オレは頷いた。
「そばにいるよ」
「ありがとう、ございます。現代の役目は、鬼の血を引く子供を産むことです。私の体が成熟した時、鬼に身を捧げ、鬼の子供を授かります。これをするのは百年おきです」
「鬼の血じゃと? それを継承するということは、間接的に狭間の力を手に入れようとすること。まさか、都築家の目的は」
「アル・アジフは何か知っているのか?」
まるで、狭間の巫女の理由をアル・アジフは知ったかのようだった。オレの疑問にアル・アジフは首を横に振る。
「我とて知らぬものがある。じゃが、都築家の目的は狭間の力を間接的に得ることだと我は思う。まだ、確信が持てぬのじゃ」
「わかった。無理には聞かない。都、狭間の巫女が鬼の子を身ごもる役目なら、春祭りの巫女が狭間の巫女と呼ばれる理由なんなんだ? それに、百年おきのはずなのに、都が狭間の巫女と呼ばれる理由は?」
「最初のものは、伝承と混じったからだと思います。私が、狭間の巫女と呼ばれるのは信託があったからです」
それを言う都の言葉はどこか暗い。
「鬼の子を産む役目は狭間の鬼から知らされます。私が選ばれた時、お祖父様達、都築の皆様は私に恐怖を覚えました。今までとは違うことなので。そして、私は違うことだからこそ畏怖したのでしょう。私は、いつか狭間の鬼と交わり、子を成さねばなりません。今まではそれが当たり前だと思っていました。そうしなければ誰かが死ぬかもしれないと思いました。でも、今は」
都の涙がオレの甲で弾けた。
「今は嫌です。私は、周様が好きになってしまった。周様以外にはされたくないと思ってしまった。だから、怖いのです。私が、私が周様のことを好きになったばかりに、狭間の鬼が何か行動を起こすかもしれないことが」
「都。お主」
「私は、どうしたらいいのですか? 私は、どうしたら」
「ったく」
オレは都の手を離し、そのまま都を胸に抱きしめた。
「鬼は、オレが倒す」
「ですが、狭間の鬼は強大無比です。周様がいくら天才でも」
「不可能じゃない。あのな、オレは都と出会えて良かった。出会わなければ、いつかは潰れていたと思う。都がいたから、いろいろと吹っ切れるきっかけを手に入れた。だから、今度はオレが都を助ける番だ。絶対に守る。第76移動隊隊長として。そして、オレとして。アル・アジフ、そういうことだから協力してくれよ」
アル・アジフは呆れたように溜息をついた。だが、その顔には笑みが浮かんでいる。
いつもは見た目とは違う性格だが、こういう時は年相応な状態になる。オレもこんな感じなのかな。
「無茶に近いが、それくらいがちょうどよい。我が配下は全てそなたの指揮下に入ろう。我はそなたといれば退屈はせぬ」
「周様もアル・アジフさんも私のために無謀な戦いを」
「違う」
オレは笑みを浮かべながら言う。
「自分のためだよ。自分がしたいからそうする。それに、狭間の鬼には貴族派が介入したとはいえ、負けたからな。リベンジしなけりゃ気がすまない」
「バカ」
初めて聞いたような気がする。都が誰かに対して敬語を使わずに言葉を言ったのを。それが一言であったとしても、オレには嬉しかった。
「バカ。大バカです。でも、私を守ってください」
「ああ。守るよ」
オレには守りたい者がいる。由姫や亜紗もだ。都も当然入っている。守りたいものがあるからこそ、強くなれる。
後一週間の内にどれだけ強くなれるか。あの理論を完成させないと。
「絶対に守ってみせる」
周が天才と言われる理由がかなり出てきました。第76移動隊の中で一番の異才として書いています。ただし、最強ではありません。