第二百二十三話 『終始の星片(オラトリオ)』
『絆と希望の欠片』の力によって加速したオレが精霊王に向かって蹴りを放つ。精霊王はすかさず薙刀で蹴りを払おうとするが『破壊の花弁』を纏った蹴りは精霊王を薙刀ごと蹴り飛ばした。
背中の『破壊の花弁』、いや、おそらく『絆と希望の欠片』によって出来上がった翼と優月から受け取った魔力の翼が合体した翼をはためかせてすかさず飛び上がる。
今までアルネウラと優月のダブルシンクロで飛行は可能だったが、今はそんなレベルじゃない。
『力の流れが出来上がっているね。スムーズに動けてる』
『もしかしたら、『絆と希望の欠片』にはそういう能力があるのかも』
『力の移譲という能力があるもんね。でも、これで有利だよ、悠聖』
その言葉にオレは頷きながら精霊王に飛びかかった。
「クロラッハがオレ達で勝てないとかお前が勝手に決めつけるなよ」
「何?」
「オレ達には絆の力がある。クロラッハはたった一人。オレ達負けることなんてないんだよ!」
「浅はかだ! クロラッハという化け物を知らないからこそ」
「ああ、知らないね。知らないけど、オレ達は新たな未来を求めて戦っているんだ。人によっては力によって無理やり未来を変えているように見えるかもしれない。だけど、オレ達が目指す未来を求めるには戦わないといけないんだ。だから、オレ達はあんたを倒してクロラッハと戦う!」
力任せに精霊王を弾き飛ばしながら前に踏み出す。踏み出しながら回転しつつ薙刀を振り抜いた。
だが、精霊王は後ろに下がっている。後ろに下がりながら盾状の魔力の塊を収束させていた。
「『破壊の花弁』!」
放たれた盾状の塊を『破壊の花弁』で迎撃する。かなりの数の『破壊の花弁』は弾かれたが相手の魔術、アルテミスバーストを相殺することには成功した。
『絆と希望の欠片』の力で加速しながら距離を詰める。だが、それを阻むように精霊王はオレに向かってエネルギーの塊を放ってきた。
ほんの瞬間だけ意識を禁書目録図書館へと飛ばし、すぐさま戻りながら後ろに下がる。
禁書目録図書館を介した反応速度の限界を超える行動だ。雷神槍や天雷槍、ミョルニルなど反射と同じ速度で動く動きには及ばないものの、いくら身体能力を強化したところでこの反応に辿り着くことは難しい。
後ろに下がると同時にエネルギーの塊が炸裂する。
『うわっ、スプラッシュコートまで使えるんだ』
『アルネウラ。ママは天空属性最強の精霊だから』
天空属性魔術ならどんなけレベルが高い技を使ってきても驚くようなことじゃない。それに、優月も天空属性の精霊だ。
『えっと、私は未熟者だから』
関係ない。オレは二人を信じている。だから、全部の力をオレに預けてくれ。
『『うん』』
二人の言葉に炸裂したエネルギー、スプラッシュコートが降り注ぐ中前に進む。
スプラッシュコートから放たれるエネルギーは直線だ。だから、前を向いていれば対処はしやすい。
「受けてみろ!」
精霊王の言葉と共にスプラッシュコートを回避するオレにアルテミスバーストが叩きつけられる。アルテミスバーストは面を攻撃する魔術。こういう状況では避けられない。だから、最後の奥の手で受け止めればいい。
「『終始の星片』!」
『破壊の花弁』と『絆と希望の欠片』が集まり小学生くらいの高さを持つ水晶の塊が現れた。それはアルテミスバーストを受け止め吸収する。
「なっ」
「『終始の星片』。『破壊の花弁』と『絆と希望の欠片』の本体だ。まあ、『終始の星片』自体の能力は『破壊の花弁』や『絆と希望の欠片』と比べれば強いってわけじゃない。むしろ、『破壊の花弁』と『絆と希望の欠片』を内包するから力を発揮出来ないと言った方がいいな」
『終始の星片』は『破壊の花弁』と『絆と希望の欠片』の元の姿だが『終始の星片』が『破壊の花弁』と『絆と希望の欠片』の能力を持っているというわけじゃない。
言うならば『終始の星片』は鞘なのだ。『破壊の花弁』と『絆と希望の欠片』を入れておく鞘。
「その代わり、この莫大な量を誇る『破壊の花弁』と『絆と希望の欠片』を内包出来るから魔力のキャパも多いと言えるよな!」
すかさず『破壊の花弁』を精霊王に向かって放つ。精霊王は大きく後ろに下がりながら『破壊の花弁』にアルテミスバーストを叩きつけた。叩きつけながら新たな魔術を発動する。
その魔術陣を見ながらオレも魔術陣を展開した。禁書目録図書館の中で。
「「ディザスタークロウ!」」
発動はほぼ同時。凄まじい魔力を内包する烏が空間を駆け抜けてぶつかり合い魔力の余波を撒き散らす。
精霊王の顔に浮かんでいるのは驚愕。対するオレの顔に浮かんでいるのは余裕の笑み。
オレが魔術を開始したタイミングは精霊王が魔術を発動したタイミング。つまり、普通なら精霊王が放ったディザスタークロウより遅く放つことになる。だが、禁書目録図書館を利用することで発動するタイミングを加速させたのだ。
「どうした? 間抜けな顔をしているぞ!」
「くっ」
精霊王は焦燥を浮かべながら再び魔術陣を展開する。
『これ、テンピネンスアルカイザだと思う』
展開された魔術陣を見たアルネウラが不安そうに言う。
テンピネンスアルカイザ。
天空属性でも比較的下位に位置する簡単な魔術だ。精霊が作り出した魔術とされ、どの言語にも当てはまらない言葉を持つ。
意味は各国共通で『封魔の矢』。
ただ、この魔術陣の数は、
「実力が高すぎて桁違いの量になっているのかよ」
精霊王が展開する魔術陣の数はゆうに千を超えるだろう。ここまでになると火力は桁が本当に違ってくる。
「精霊王の意地があるのだ。負けられない。私は、負けるわけにはいかない!」
『すごい意志だね。精霊王の実力はずば抜けているって聞いていたけど、まさかここまでだなんて』
『アルネウラ。そういう状況じゃないよね? 今はテンピネンスアルカイザをどうやってさばくかを考えないと』
まあ、あの数なら何とかなるだろうな。
『『破壊の花弁』だと数が足りないよ。確実に火力ブーストされているよ? 多分だけど』
やっぱり?
『私達の力があれば大丈夫、だと思いたいけどよく見れば魔術陣が二重だね』
アルネウラの言葉にオレの顔がひきつる。とりあえず、オレは小さく息を吐いた。そして、魔術陣を展開する。
『悠聖!? 無茶だよ!』
無茶かどうかはやってみないとわからない。それに、オレは全力を出さないといけない気がするんだ。
『全力?』
真っ正面からぶつかり合うしかない。『破壊の花弁』や『絆と希望の欠片』はオレの力だ。だけど、精霊王に認めてもらうには真っ正面からぶつかり合うしかないと思ってる。
『パパもママも全力だもんね。うん、わかった。アルネウラ、手伝って』
『二人にそんなことを言われたら手伝うしかないよ。私は収束を担当するよ』
『私は集結を担当するね』
仕事がないんだが。
莫大な量の魔術に対抗するには一撃の威力が極めて高い魔術を必要とする。同じ手数では時間の関係で追いつけない。例え禁書目録図書館を使ったところで相討ちだろう。
だから、一撃の高さを追い求める。
アルテミスバーストを叩き込む。
『『了解』』
二人の声が重なり合う。
アルテミスバーストは面に対する攻撃だが実は耐久性が極めて高い。だから、相手の攻撃を打ち消しながら叩き込むことだって可能だ。
問題は、絶対的に収束する時間が足りないということ。アルテミスバーストは使ったことがないから出来るかもわからない。だけど、
二人がいる。優月とアルネウラの二人がいる。後ろでは冬華、リリィ、七葉が見守ってくれている。
みんながいる。みんながいてくれるんだ。
「『絆と希望の欠片』」
オレは静かに力を収束させる。イメージは盾。アルテミスバーストは盾状にエネルギーを収束させて放つ魔術。盾をイメージした方が使用はしやすい。
次に、盾に魔力を注ぎ込み収束させる。莫大な魔力を注ぎ込むことでアルテミスバーストは強度を高めることが出来る。
「全力だ」
オレは小さく呟いた。
「あんたに全力を叩き込む」
「全力か。こちらの全力に勝てるというのか? いくら『破壊の花弁』や『絆と希望の欠片』の力を持っていたとしても年季の差が違う。アルテミスバーストごときで受け止めれるわけがない」
確かにアルテミスバーストでは不安だ。不安だけどオレには力がある。
「じゃ、やってみるか? あんたのテンピネンスアルカイザとオレのアルテミスバースト。どちらの全力が強いかどうかをな!」
テンピネンスアルカイザの魔術陣の数はすでに数千。しかも、どれもが幾重にも魔術陣が重ねられていた。
対するアルテミスバーストは一撃だけ。いくら魔力を収束させたところでアルテミスバーストじゃ限界がある。
『限界なんてないよ。悠聖には私と優月とエルブスが隣にいるんだから。だから、負けない』
『うん。私達三人の力を最大限まで使えば、悠聖は必ず勝てるよ!』
「そうだな。『破壊の花弁』、『絆と希望の欠片』。力を」
アルテミスバーストに『破壊の花弁』と『絆と希望の欠片』を注ぎ込む。
「ぶつけるぜ。オレ達の思いを、オレ達の覚悟を、そして、オレ達の決意を!」
「アルテミスバーストではない? それはなんだ?」
精霊王の言葉に疑問が浮かぶ。
『破壊の花弁』と『絆と希望の欠片』をアルテミスバーストに合わせた以上、これはアルテミスバーストではない。言うなら、
「オラトリオバースト。アルテミスバーストに『破壊の花弁』と『絆と希望の欠片』を流し込んだ『終始の星片』の力を持つアルテミスバーストだ。あんたが最大出力のテンピネンスアルカイザで来るなら、オレはオラトリオバーストを使うだけのことだ!」
「面白い。本当に面白いぞ、白川悠聖。ならばその自信、粉々に打ち砕いてやる!」
「挑戦してやるよ。過保護なあんたにな!!」
『うん。過保護なパパとママをぶっ飛ばそう!』
『悠聖は精霊帝だよ! 王なんかには負けないんだから』
『勝ちなさい、悠聖! そうじゃないと許さないから!』
『悠聖なら勝てるよ! 悠聖が目指す未来を実現するために勝って!』
『悠兄、頑張れ』
みんなの言葉がオレの背中を押す。全力のオラトリオバースト。
『終始の星片』の力を最大限まで使った最大の魔術。
負けない。負けるわけにはいかない。『終始の星片』の力を合わせれば、何にだって勝るものとなるのだから。
「受けるがいい! テンピネンスアルカイザ!!」
テンピネンスアルカイザが放たれる。オレはそれを睨みつけながら全ての力を叩きつけた。
「オラトリオバースト!」
オラトリオバーストとテンピネンスアルカイザがぶつかり合う。
拮抗は一瞬。ほんの一瞬ぶつかり合った瞬間に動きを止めた二つは互いに拮抗しあった。だが、すぐに呑み込まれる。テンピネンスアルカイザが、オラトリオバーストによって。
「ぶっ飛べ!!」
そして、オラトリオバーストが満足そうな表情をした精霊王を殴り飛ばした。
「終わったッスね」
上空に避難していた刹那が隣にいるアーク・レーベに話しかけた。アーク・レーベは軽く肩をすくめながら地上を見渡す。
「精霊王が放つ最大出力のテンピネンスアルカイザと精霊帝が放つ『終始の星片』を、星剣を利用した魔術オラトリオバーストとのぶつかり合い。やはり魔術合戦は見ていて迫力があるな」
「そっちッスか。確かに迫力はあったッスね。って話じゃなくて、悠聖の戦いは終わったッスね」
「これからが大変だろうな。フルーベル平原に到着したレジスタンス連合はおそらく首都の部隊とクロラッハ達に挟み撃ちに合うだろう。向こうにはマクシミリアン様がいるとはいえ」
「あっちには孝治や正がいるッスよ。二人に任せば大丈夫ッス」
「そうであるならいいのだがな」
二人は息を吐きながら周囲を見渡す。
二人は戦闘に参加することなく周囲に他に敵がいないか警戒していたのだ。結局は敵はいなかったが。
「新たな時代の始まりか。この場に立ち会えたのは神に感謝すべきか」
「神は信じないッスけど出会えて良かったッスよ。時期天王候補。その対策を練られるッスから」
「天王候補と魔王候補、どちらが強いかは明白かわかっているのか?」
「どうッスかね。こちらの候補も強いッスよ」
「楽しみだな。これからが」
次は幕間。禁書目録図書館内部で『破壊の花弁』について調べていた悠聖と七葉の会話を入れます。
思っていた以上に『終始の星片』が難解なものになっちゃってました。