第二百二十話 精霊王の目的
「親バカ二人?」
精霊王と戦い始めた悠聖から離れた場所でリリィは七葉を見た。もちろん、冬華やルカも七葉を見ている。
七葉は小さく溜め息をつきながら軽く肩をすくめた。
「悠兄の言った通りだよ。親バカ二人。優月は精霊王の娘だよ」
「なんとなくわかったわ。でも、疑問になるのがどうして優月をさらった上で悠聖を殺そうとしたのか」
「これはかなり複雑、というか、禁書目録図書館で情報を見つけ出しただけだから正確かはわからないけど」
そう言いながら七葉は軽く溜め息をついた。
「ただの親バカ」
『破壊の花弁』。
オレは最初、これがエルブスの能力だと勘違いしていた。だが、違う。『破壊の花弁』は神剣だった。神剣の中でもかなり特殊な部類だけど。
エルブスが持つ神としての力は別物。エルブスの力を受け継いだ今、『破壊の花弁』の能力を最大限まで発揮できる。
「『破壊の花弁』!」
『破壊の花弁』を精霊王に向けて放つ。形は剣。剣の形をした『破壊の花弁』は的確に精霊王に向けて飛翔する。
だが、それは精霊王によって弾かれた。だが、そこから『破壊の花弁』の真価を発揮させる。
弾かれた剣型『破壊の花弁』を素早く分解してブラックレクイエムの先だけのような小型の砲とする。そして、精霊王に向けて魔力の塊を放った。
精霊王はすぐさま後ろに下がるがオレはそれを逃がさない。
すかさず『破壊の花弁』を集結させてオレの前に巨大なエネルギーの加速帯を作り上げる。
「吹き飛べ!」
そして、そこに純粋な魔力を叩き込んだ。莫大な魔力は空間を吹き飛ばす。だが、捉えた感触はない。
「それが『破壊の花弁』の力か」
「禁書目録図書館を使って『破壊の花弁』の使い方も調べさせてもらったんでね。どういう風に使えばいいかはよくわかったよ」
「禁書目録図書館に『破壊の花弁』。やはり、エルブスの力を受け継いだか」
「お前らの思惑通りに事が進むのははっきり言って癪だが、今はとやかく言っている隙はないんでね」
チャクラムを握り締めながらチャクラムに『破壊の花弁』を纏わせる。
『破壊の花弁』は放つ以外にも纏わせることが可能だとはわかっていたからこれはすんなり行く。他はイメージしなければならないから大変だったんだよな。
「まだまだオレのターンは続くぜ!」
「七葉」
冬華が七葉を見る。対する七葉は疲れたかのような表情で溜め息をついていた。
「冬華さんが言いたいことはわかるよ。本当にわかるよ」
「思惑通りってどういうこと?」
その疑問にリリィも頷く。どうやらリリィも同じことを聞きたかったようだ。七葉からすれば当人達が話してくれたならありがたい。
だが、七葉は神であり禁書目録図書館が使え、しかも、禁書目録図書館によって大体の事情を理解している。だから、答えられる。
もちろん、冬華やリリィが七葉が禁書目録図書館を使えるから理解していると思っているわけではなく、神だから理解しているんじゃないかと思っているだけだが。
「悠兄がエルブスと契約した際に精霊界でも悠兄に目をつけたんだよ。悠兄の精霊召喚師としての実力は文字通り桁が違う。さすがに、最強の精霊召喚師である俊也には及ばないとしても、それに匹敵する才能があった。そして、シンクロの極限を使用する能力も」
シンクロの極限。それはアルティメットシンクロとダブルシンクロ。アルティメットシンクロは今では使用出来ないが、ダブルシンクロは悠聖にとっての切り札。さらには新しい形態であるエクストラシンクロも作り出している。
そう考えても悠聖の精霊召喚師としての力はずば抜けている。
「悠兄の実力ならば後の精霊界を託せる存在だと思ってたみたいなんだけど、途中で計画は頓挫。理由は悠兄の口から聞いてね。これだけは軽々しく言うべきじゃないから」
「なんとなく理解はしたわ。計画が頓挫したから悠聖を神にするために動き出した」
「そう。精霊界としては悠兄という存在は必要、というか手放したくない人材だったからね。その時には最上級精霊が二人も契約していたし。どうすれば精霊界側に悠兄を組み込むことが出来るか。その答えが悠兄を殺して神にすることだよ」
「話は大体理解出来たんだけど、どうして優月が精霊王に回収されたのか理解出来ないんだけど」
「それが親バカなんだよ」
そう言いながら七葉は精霊王を見た。精霊王は笑みを浮かべながら楽しそうに悠聖と戦っている。
「悠兄が死ねばシンクロ中の精霊も死ぬ。精霊王としては愛娘をそんなことで殺したくないから悠兄を傷つけて優月をさらった。それが真実なんだよ」
禁書目録図書館で見た限り、確実にそれが正しい事情だった。
禁書目録図書館とは言え完全に全ての情報があるわけじゃない。禁書目録図書館は神の記憶置き場。神が記憶を禁書目録図書館に移すことで他の神は禁書目録図書館でその記憶を情報として手に入れることが出来る。
それは記憶を移さなければ禁書目録図書館で見つけることが出来ない。
実は悠聖や七葉が禁書目録図書館でこの情報を見ることが出来たのはエルブスの最後のお節介だったりもする。
「「親バカ」」
二人の声が重なる。その言葉に七葉も頷いた。だが、相手が親バカであっても悠聖は必ず倒すと信じている。
「悠兄。頑張って」
チャクラムと薙刀がぶつかり合い盛大な火花を散らす。オレはすかさず精霊王に向かって『破壊の花弁』を放った。だが、精霊王は大きく後ろに下がって『破壊の花弁』を回避する。
禁書目録図書館を覗いたところで弱点がわかるわけじゃない。今は隙をつくしかない。
「『破壊の花弁』に禁書目録図書館。神となったお前はここまで切り札があるのか」
「切り札ってわけじゃないさ。『破壊の花弁』も禁書目録図書館もオレの本来の能力じゃない。エルブスからもらった大切な能力だ。ただ」
いくら『破壊の花弁』で注意を逸らそうがオレが直接注意を逸らそうが関係なく精霊王の体にダメージを与えることは出来ない
それは精霊王の技術がずば抜けているからで周とは違い長年の経験によるものだと理解出来る。
「硬すぎるだろ!」
オレはそう言いながら『破壊の花弁』を剣型に変えた。
『破壊の花弁』は突撃仕様の剣型と砲撃仕様の砲型、支援仕様の花弁型の三つがある。もちろん、どれも強力ではあるが、どれも隙を出させるにはいたっていない。
せめて、優月ともダブルシンクロしていればやりようはたくさんあるのに。
「お前が積み重ねてきたものと私が積み重ねてきたものは違うのでな」
「今からルカと契約しても莫大な隙を晒すだけだし、アルネウラだけでどうにかするしかないのか」
『悠聖、ごめんね。私がもっと強ければ』
あのな、お前とは生き返ったオレと契約していないんだぞ。文句を言えるとでも思っているのか?
『それでも、私がもっと強ければ悠聖はこんなに苦戦しなかったのに』
それ以上はストップ。今は相手を崩すことを考えよう。
オレはそう言いながらチャクラムを投げつけた。そして、剣型の『破壊の花弁』を精霊王に向かって放つ。だが、そのどちらも軽く対処されるだろう。
だから、オレは前に向かって踏み出した。
チャクラムを薙刀で弾いた精霊王はすかさず『破壊の花弁』を弾く。その瞬間にはオレは精霊王の懐に飛び込んでいた。
身体強化を極限まで重ねながら最大威力での掌底を叩きつけようとする。だが、放った掌底は薙刀で跳ね上げられた。
だから、すかさずサマーソルトを放つがそれすらも薙刀で弾かれていた。
精霊王が薙刀を振る。ギリギリで『破壊の花弁』の盾でガードするが大きく弾き飛ばされてしまう。
「誘導された?」
「八陣八叉の対抗策だ。相手がこちらの弾きも利用するなら攻撃が誘導するように動けばいい」
「ちっ」
全てを計算してやれば確かに可能だが、その領域は周のような天性の感性を必要とする。対応された以上、近接は危険だ。
「だから、はいそうですかって言うほどお利口じゃないんでね。崩せないなら無理やり崩すまでだ!」
バカの一つ覚えと同じように前に駆け出す。もちろん、八陣八叉で攻撃しても迎撃されるだけだろう。なら、新たな領域を作り出せばいい。
純粋な体術だけなら倒される。なら、純粋な体術に魔術を合わせればいい。エキストラシンクロで感覚は掴んでいるから再現するのは容易だ。
体術と魔術の組み合わせ。所謂オリジナル剣技の体術版だ。もちろん、成功する確率はそれほど高いというわけではないけど。
オリジナルの特徴はイメージを強く保つこと。魔術のイメージから新たな力を作り上げる。
「せいっ!」
イメージは鎌鼬。一撃で全てを斬り裂く刃をイメージしながら掌底を放つ。だが、掌底は受け止められた。そよ風と共に。
「気持ちのいい風だ」
『かっこ悪いね』
「周みたいにぶっつけ本番で上手くいくわけないだろ、畜生め! あいつの化け物っぷりを再認識したよ!」
精霊王から距離を取りつつ作戦を再度組み立てる。
体術との組み合わせが無理なら魔術も交えて崩すしかない。だけど、相手のスキルを考えたら簡単に止められるだろう。
『破壊の花弁』もチャクラムもいくら魔力供給が無効化されたところで攻撃は止まらない。だから、使ってこないだけだろう。
「相手の仕組みを理解するしかないか」
『魔力崩壊は対象の魔力使用を無効化する能力だよね?』
正確には魔力を通さない膜で覆われるという表現が正しいな。どう足掻いても今の魔術体系では体内で練った魔力を体外で発動させるのが基本だ。八陣八叉流みたいな頸の利用は可能。
ただし、最大まで出力を上げられたら束縛される。相手の隙をつくには体内の魔力を魔力崩壊の空間を通さず別の場所で発動するしかない。
『無理だよね』
そう、無理。オレは小さく溜め息をついてヒントを求めるために禁書目録図書館に入り込んだ。
禁書目録図書館は意識と知識だけが別次元の空間に移動する。この時、思考は加速するため現実世界と比べて一秒が百秒ほどになる。
「禁書目録図書館でせめてヒントさえ見つかれば」
『これが禁書目録図書館なんだね。噂では聞いていたけど本当だったんだ』
「ちょっと待て。なんでアルネウラまでここにいるんだ?」
『ふぇ? 悠聖と一緒にだよ?』
禁書目録図書館の仕組みは意識と知識だけをここに移すことによって思考を加速することが出来る。もちろん、禁書目録図書館にいる時の現実のオレ達は無防備だ。
だから、その仕組みならオレだけがここに来るはずだ。アルネウラが来るということは魔力的要素もそのまま引っ張れるということになるし。
「ちょっと待て」
そこまで考えてオレは禁書目録図書館であることを調べる。そして、見つけた。
「これなら」
『可能だけどすごいことを考えつくよね。あくまで理論上は可能だけど』
「ぶっつけ本番だ」
禁書目録図書館が戻ると精霊王がこちらに向かって一歩踏み出してきていた。オレはすかさず魔術を発動する。
「トライデントサンダー!」
「魔力崩壊」
オレの魔術に反応して精霊王が魔力崩壊を発動する。もちろん、それによって展開した魔術はかき消された。
だから、オレはとある手段を用いて魔術を再度作り上げる。
「トライデントサンダー!」
同じ魔術。ただし、それはオレが今まで放てた最大威力を遥かに超えるものだった。
精霊王がすかさず三本に別れた雷を薙刀で防ぎながら後ろに下がる。その表情は驚愕。雷を薙刀で防ぐ超絶技を見せられたオレも驚愕を浮かべる。
「バカな。魔力崩壊の中でどうやって」
「魔力崩壊は確かに強力だけど、オレから直接出す魔術にしか効果は発揮しない。なら、別の場所で魔術を展開して発動すればいい」
「そんな場所がどこにあるのだ!?」
「禁書目録図書館さ」
禁書目録図書館で魔術を展開する。さらには召喚魔術も展開して発動した魔術をあたかもオレが自ら放ったように見せかけた。
消費魔力はバカにならない。それに、攻撃魔術と召喚魔術の同時発動は難易度が高い。二つは同じ魔術でも種類が全く違うものだからだ。だが、召喚魔術はオレの得意分野。攻撃魔術はランクの低いものを使えばオレの実力でも十分に使える。
「禁書目録図書館の知識を使えばさらに強化が可能なんでね。今の思考速度で時間がかかっても、禁書目録図書館の加速された領域だとその時間はほぼ0となる。つまり、魔術の強化はし放題」
「それだけではないはずだ。いくら精霊召喚師としても召喚魔術の連続発動自体が不可能なはずだ。いくら禁書目録図書館から召喚魔術によって呼び出しても不可能が」
精霊王が言うように召喚魔術の連続発動は本来なら出来ない。
召喚魔術の理論は対象を一瞬で呼び出すものだ。いくら召喚魔術を訓練したところで魔術の召喚は単発系統、発動した瞬間に全てが放たれるものでなくてはならない。そもそも、召喚魔術は単体を確実に呼び出すものだから仕方のないことだ。
一応、一呼吸置けば発動は可能だが、連続発動とは言えない。
そして、トライデントサンダーは発動した瞬間に全てを放つが三つの雷であるため召喚魔術一個では召喚しきれない。普通ならだ。
というか、この召喚魔術の欠点を知る人は少ない。普通なら契約は一人とだからだ。だから、これが問題視されるとは思わなかった。
「勘違いしているようだけど、オレは召喚魔術を一つしか使っていない」
「何?」
「禁書目録図書館の空間を、トライデントサンダーと共に召喚すれば」
「空間召喚だと? そんな失われた技術」
「それが禁書目録図書館の最大の利点だ」
禁書目録図書館には失われた魔術すら存在する。つまり、禁書目録図書館の力を使えばいくらでも失われた魔術を復活させることが可能なのだ。
そもそも、禁書目録図書館自体がチートみたいな存在だけど。
「さて、そろそろあんたを崩させてもらうぜ。そして、優月を取り戻す」
「そうか。受け取れ」
精霊王が召喚魔術を使用した瞬間、精霊王の腕の中には優月がいた。そして、優月をオレに向かって投げてくる。
オレは『破壊の花弁』で精霊王を警戒しながら優月を受け止めた。
「悠聖!」
優月がオレに抱きついてくるがオレには意味がわからない。どういうことだ?
「悠聖の匂いだ」
「ちょっと待て。精霊王。どういうことだ」
「試させてもらっただけだ。お前が愛娘ソラの婿に相応しいかどうかをな!」
その言葉に完全に空気が固まる。オレは冬華に視線を移すが冬華は知らないという風に首を横に降っていた。
今すぐ禁書目録図書館に入るべきだけどようやく戻ってきた優月を手放したくないという思いがある。
『えっと、つまり、精霊王が今まで悠聖と戦ってきたのは悠聖が優月の婿として相応しいか見定めるため?』
「精霊王! 偽りの幸福がどうたらこうたら言っていたがもしかして」
「愛娘ソラと結ばれることこそ真の幸福だ。雰囲気を出しただけのこと」
笑みを浮かべた精霊王に対してオレはその場に座り込んでいた。
つまり、今まで精霊王と戦ってきたのは全部、優月を思う精霊王がオレを試していたということかよ。まるで、ついでにオレを神にするように動いたという感じだよな。
「なんだよそれ」
「まあ、偽りの幸福云々は味方を増やすために便利だったからだが」
「味方を増やす?」
「悠兄!」
七葉の言葉にオレは神経を尖らせる。急速に近づいてくる誰かがいる。しかも、精霊の感じがする。
「精霊王、どういうことだ?」
「今回の件、お前達には賛同出来ない部分がまだあってな」
精霊王が薙刀を構える。対するオレは優月の手を握り締めて立ち上がった。
「殺しはしないが捕まってもらう。今回の件が終わるまで」
「それが目的その3か」
「許せ。お前達がどう歩むかは興味があったが、お前達を拘束させてもらう」
その言葉と共に周囲に人が現れる。その数20。全員が精霊召喚符を握り締めていた。
対するこちらは七葉、リリィ、冬華。冬華は精神的疲労が激しくリリィは肉体的疲労が回復しきれていない。
はっきり言うなら絶対絶命。ルカがいるとは言え、オレと七葉の二人で敵を倒しきらないといけない。
『悠聖。久しぶりにしようよ』
久しぶり? ああ、そうか。
オレは優月の手を握り締めた。すると、嬉しそうな顔をした優月がオレと目を合わせて頷いてくれる。
意思疎通は完璧。後は、この状況を打破するだけ。
「行くぞ、アルネウラ、優月」
オレは『破壊の花弁』を展開しながら身構えた。
「「『ダブルシンクロ!』」」
三人で声を合わせてダブルシンクロを行う。
体の中に入ってくる懐かしい感覚。それを感じながらオレは手の中に現れた薙刀を握り締めた。
「精霊王。お前がどんな目的を最後に持っているかは知らないが、オレ達だってやらなければならないことがあるんだ。だから、倒させてもらうぜ!」
「精霊王としてこれ以上戦わせるわけにはいかない。だから、諦めろ!」
「知るかよ。精霊帝にして終始神白川悠聖。行くぜ!」