第二百十六話 犠牲
下痢と嘔吐で死にかけてました。おかげでこんなに遅れました。
病院行けないくらい酷かったです。
衝撃。
思わず身を固くしながら衝撃に耐える。そして、すぐさま機体の状況を確認する。それでも手足が動いて悠遠を動かしているのだから不思議だ。
「どこが」
「右足を掠っただけです! まだ、大丈夫ですから」
大きくディザスターから距離を取る。だけど、エネルギー弾は容赦なく悠遠を狙って降り注いでくる。
「このままじゃ、くっ」
エネルギー弾が掠る。もう、目に見えるくらい悠遠の動きが遅くなっていた。敵の攻撃パターンがわかってもディザスターにダメージを与える手段が無ければこちらがやられる。
ただ、撤退だけは上手くいっているみたいだけど。
「悠人、下がりましょう。撤退は90%完了しています。ですから」
「ダメだよ」
力が上手く入らない四肢を必死に動かしてレバーとペダルを操作する。
「ここでディザスターを倒さずに撤退したなら必ず追いかけてくる。五機のディザスターはイグジストアストラル、ベイオウルフ、ストライクバーストがいても対処出来ない」
「悠人。まさか」
「ごめん、メリル。悠遠がやられても三機落とさないともっと酷いことになる。だから、メリルだけ下ろして」
「悠人。この事態を引き起こしたのは私です。それに、悠人だけは死なせません。歌姫の名にかけて」
「ありがとう、メリル。僕も、メリルの騎士の名にかけて必ず守るよ。でも、問題は」
「ディザスターのリアクティブアーマー装甲ですね」
最も火力が高いと思われていた『天剣』の斬撃はリアクティブアーマーによって受け止められた。まあ、それでディザスターの持つリアクティブアーマーの機構がわかったんだけど。
こちらの手札には『創聖』がある。時間さえあればディザスターのリアクティブアーマーを消し去る武器を作るのは難しくはない。だけど、時間が足りない。
せめて、内部に侵入さえ出来れば。
「悠人、リアクティブアーマーの一点突破は不可能ですか?」
「リアクティブアーマーはその点に集中すればするほど防御力を増す。だから」
「だからこそ、一点突破です。魔力をドリル状にして突撃すれば」
「リアクティブアーマーを破れるかもしれない? ディザスターより出力の低いダークエルフのリアクティブアーマーで可能だったんだ。ディザスターのリアクティブアーマーなら受け止められて終わるよ」
「『天剣』、『創聖』、『守護』の三つを同時発動すればどうですか?」
「一か八かの賭だね」
もし、それで失敗すればエネルギー供給をその三つに行うため本体のエネルギーが無くなりエンストが発生する。回復は一瞬だけどその一瞬が命取りだ。
「やってみるしかないか。一か八かだけど」
「失敗したらどうしましょうか」
「二人仲良く蒸発だろうね。でも、それでいい」
こういう状況は悠遠を信じるしかない。悠遠を、悠遠の翼を信じるしか。
「私は、悠人を信じます」
「メリル?」
「だから、勝ってください。私は信じていますから」
「わかった」
息を吸い込む。そして、吐く。荒れた呼吸を整えるように深呼吸をして僕は考える。
負けられない。ディザスターにじゃない。自分に負けられない。たかがこれくらいでどうして息を乱している?
ダークエルフのリアクティブアーマーに頼り切って回避を疎かにしていたからじゃないか?
エクスカリバーの速度に回避を任していたからじゃないか?
出来る。思い出すんだ。僕の能力を、僕の力を。
「悠遠。いくよ」
『守護』の力を全部消し去り悠遠に纏わせる。
ディザスターを貫く力。『天剣』の先を向けそこからドリル状に魔力の渦を纏わせる。
そして、さらに内側に『守護』の力を纏わせる。そして、そこからエネルギーをさらに高める。
「メリル、行こう」
「はい!」
そして、僕は悠遠を前に飛び出させた。エネルギー弾が一斉に悠遠の進行方向に向かって放たれる。だが、それを弾く、いや、魔力の渦が吸収する。これは、僕の翼の力?
エネルギー弾を吸い込み限界以上の出力を出している。これならいける。
「悠遠。ありがとう」
僕の思いと共に戦ってくれて。
そして、『天剣』の刃がディザスターに突き刺さった。
「貫け。貫けぇー!!」
出力を限界以上まで叩き出して前に進む。だけど、ディザスターのリアクティブアーマーは『天剣』を拒む。
悠遠。僕がいる。僕が君といる。だから、みんなを助けるための力を。
「もっと前に、共に進もう、悠遠!!」
その思いに悠遠が答える。ディザスターのリアクティブアーマーを『天剣』が貫き、そして、穴を開ける。
悠遠の電源が落ちるがすぐさま悠遠を立ち上げる。そして、見渡すと、そこなは薄暗い空間だった。だけど、わかる。
ここはディザスターの中だと。
「やったぁ。入れた」
「ふぅ、良かったです」
「いやいやいや。まだ安心しちゃダメだよ。リアクティブアーマーは内部からの衝撃に弱いから早く破壊しないと」
「そうですね。あれ? リアクティブアーマーは内部からの衝撃に弱いのですか?」
不思議そうにメリルが首を傾げる。
リアクティブアーマーという構造を知らなければリアクティブアーマーの構造上の欠点はわからないだろう。
「リアクティブアーマーはぶつけられたエネルギー弾と同質の魔力を瞬時に放出して無力化する。もちろん、その反応速度より早い攻撃を当てればいいけど、最速のエクスカリバー並みにしなくちゃいけないから。だけど、リアクティブアーマーはそれ以外に構造上の弱点がある。ヒントはフュリアス本体のフレーム」
「フレームですか? 耐久性が極めて高く強くしなやかで軽いけれど魔力に弱い」
「そう。リアクティブアーマーの構造上内部への魔力放出はフレーム自体を破壊する。だから、リアクティブアーマーは内部の攻撃を無効に出来ないんだ。それに、リアクティブアーマーは衝撃に対しても魔力を放出する。それこそ、リアクティブアーマーの固定すら出来ないよね?」
「確かに、内部まで返していたならいつか使えなくなりますよね」
いつか使えなくならまだましな方だ。実際にダークエルフのリアクティブアーマーの試作品はあらゆる角度から反射出来るように作り上げたのだが、それをダークエルフの腕に装着した瞬間、腕が落ちた。
それほどまでにリアクティブアーマーはフュリアスの装甲に強い。つまり、リアクティブアーマーには体当たり厳禁なのだ。
「じゃ、ここから出ようか。後二機、何が何でも破壊するよ」
悠遠の体に『守護』を纏い『天剣』を振り抜く。
『天剣』のエネルギーの刃は易々とディザスター内部を切り裂き破壊する。リアクティブアーマーの効果は内部装甲に使用しても意味がない。だから、ディザスターは内部から破壊するのが一番だ。
「これで、終わりだ!」
大きく上から下に『天剣』を振り払う。そして、『天剣』を鞘に収めた。
「メリル。外に出るよ。同じ戦い方で後二機、確実に落とす」
「はい」
僕はすかさずペダルを踏みしめ外に出た瞬間、嫌な予感が背筋を貫いた。すかさず『天剣』を抜き放ち嫌な予感がした方向へと振り抜く。だが、『天剣』の刃はエネルギーソードによって軽々と受け止められていた。
真っ赤な武者鎧を着たフュリアスの姿。しかも、『天剣』と同じクラスの出力を誇るエネルギーソード。僕はすかさず距離を取った。
「ディザスターからの攻撃が無い?」
『ディザスターからは攻撃を止めてもらっている。このままではお前にディザスターを破壊されるだけだからな』
「ゲイル」
『そうだ、俺だ。音界を動かすのはお前達じゃない。新しい世界を俺達は作っていく。だからこそ、今の秩序を破壊する。俺達はそう決めたんだ。その手始めが』
「この状況って言うの? 味方と慕っていた人達をも殺すそれが」
『そうだ。力は俺達だけが持っていればいい。そう、民間人は持たなくてもいいのだ!』
その言葉に僕は気づいた。
ゲイルさんは知っている。僕達が間に合わなかった『ES』穏健派本拠地のことを。
『力無き者が戦いに巻き込まれないように俺達が全ての力を奪う。確かにたくさんの不幸があるかもしれない。たくさんの反発があるかもしれない。だが、世界を平和に導くにはそれが一番正しいのだ!』
「正しいとか正しくないとかじゃないよ。確かに、力の無い人達を守るための力は必要だよ。だからと言って全てから力を奪うのは間違っているよ! 強ければ全てがまかり通る世界なんてごめんだよ!!」
『だが、平和にする最短の方法だ。今の勢力を考えろ。政府と対立するレジスタンス。レジスタンスの内部でもレジスタンス同士の抗争がありそんな泥沼の音界に巣くう快楽殺人を目的とする集団。そして、虎視眈々と音界を狙う天界。そんな中でどうすれば音界を救える!?』
「それは」
『お前には俺達以上のやり方があるのか!? なりふり構っていられる状況はとっくに過ぎているのだ! もう、猶予はない。だからこそ、力が必要なのだ』
本当にそうだろうか。
疑問が真っ先に思い浮かぶ。だけど、勢力関係で言えば確かに泥沼なのだ。僕達が介入出来ないくらい、それこそ、周さんみたいな人じゃなければ真ん中に立てないくらいの泥沼。
そんな中で音界を平和にするには確かに力による一掃がいいかもしれない。
だけど、それは間違っている。世界の滅びを知っていればそれは間違っている。
「悠人。あなたの気持ちはわかります」
「メリル?」
「あなたは世界の全てを見ています。ですが、彼は音界しか見ていません。どちらが正しいか正しくないかなんてありません。どちらも正しいのです」
「だったら、どうすれば」
「力が全てを解決することは本来否定しなければなりません。ですが、私は歌姫として、たくさんの人が悲しむことを無くさなければなりません。だから、私は言います。【勝ちなさい、真柴悠人】」
力のある言葉が僕に浸透する。
「【『歌姫の騎士』である真柴悠人よ。これより起きる全ての悲しみを救いなさい】これが、私が望む未来です。共にいます。ですから」
「全てか。簡単に言うね」
レバーを握り締める。言うのは簡単だ。だけど、行うのは難しい。
「メリル。ずっと見ていてね。僕を」
「はい。ずっと、見ています」
ペダルを踏みしめレバーを動かす。出力を最大限まで上げながら一気に赤い武者鎧のフュリアスに斬りかかった。だが、赤い武者鎧のフュリアスはありえないに近い速度で飛び上がる。
「装甲全部がスラスター!?」
動き出した瞬間、鎧の様々な箇所からスラスターのようにエネルギーを噴射したのだ。
『このゲイルダンサーの動きに驚いていればすぐに死ぬぞ! 真柴悠人!』
赤い武者鎧のフュリアス、ゲイルダンサーがこちらに向かってエネルギーライフルを構えている。
おそらく、あの鎧は見た目はゴテゴテしているが装甲強度は高くない。リアクティブアーマーのリアクティブアーマー部分をスラスターに変えたと考えれば納得は行く。
「メリル。しっかり捕まってて!」
ペダルを踏みしめゲイルダンサーに追走する。『天剣』を握り締めながら構えた。
そのままゲイルダンサーを交錯する。結果は弾き合い。お互いのエネルギーソード同士がぶつかり合っただけだ。でも、今のでわかった。
「加速はすごいけど、全体的な反応速度は僕の方が上だ!」
ゲイルダンサーを上回る速度は反応速度。それは速度の戦いにおいて最も重要な速度。
加速で追いつくんじゃない。加速で迎撃するんだ。ゲイルダンサーは悠遠以上の速度を持つ。それはエクスカリバーと同じ速度の観点を強めた機体だから。だから、万能機の悠遠では勝てない。
でも、速度で勝てなくてもいい。ゲイルダンサーの加速を迎撃出来る反応速度があればどんな攻撃だって無意味だ。
「そこっ!」
視界外から斬りかかってきたゲイルダンサーに振り向きながら『天剣』を振り抜く。『天剣』はエネルギーソードを弾きながらゲイルダンサーの鎧を微かに斬り裂いた、はずだった。
「なっ」
だが、手応えはリアクティブアーマーそのもの。
『隙あり!』
ゲイルダンサーがエネルギーソードを振り抜いてくる。僕はすかさず飛び上がって回避しようとするが左足を膝からもっていかれる。
スラスターとリアクティブアーマーのハイブリッド!?
『どうやらリアクティブアーマーはないと考えていたみたいだが、不可能はない。装甲に関してはダークエルフを参考にさせてもらったよ』
「複数のリアクティブアーマーを張り付けたのか。スラスター機能もつけて」
『ご明察。片腕を失った悠遠に何が出来る? 加速も防御力もゲイルダンサーが上だ。悠人、降参しろ』
「降参? ゲイルダンサーの弱点を教えてくれてありがとう」
ダークエルフのリアクティブアーマーを参考にしたならダークエルフのリアクティブアーマーの弱点がそのままのはずだ。あれは直せないから。
「ダークエルフのリアクティブアーマーは一点集中には弱い。エネルギー弾のような面の打撃には強くても一点にエネルギーを集中させた攻撃には弱い。たったそれくらいで優位に立たないでよね!」
『ほざけ。やれるものならやってみろ!』
ゲイルダンサーが一気に接近してくる。その速度は速い。だからこそ僕は、前に出た。『天剣』を前に突いた。
ゲイルダンサーがとっさにエネルギーソードで弾いてくるが僕はそこに悠遠の体を割り込ませた。
「っつ」
「きゃっ!」
コクピット内で火花が散る。エネルギーソードが悠遠の脇腹を斬り裂いているからだ。だが、『天剣』はゲイルダンサーの左肩の装甲を貫いていた。
「これで!」
そのまま『天剣』を振り抜くがゲイルダンサーはエネルギーソードを消して駆け抜けていた。
一か八かだったけど成功したみたいだ。ゲイルはこのまま自らをリーダーとして戦うだろう。だから、相討ち狙いなら相手は武器を引く。
「メリル、大丈夫?」
「大丈夫です。悠人は」
僕は小さく頷きを返した。だけど、右目の視界が赤く染まっている。どうやら破片が額を斬り裂いたらしい。
『よくもやったな』
「あなたは自分の身が大切みたいだね。おかげで倒し損ねたよ」
『あのまま斬り裂いたところでコクピットを斬り裂けたのはお前だけだ。計算してやったな』
フュリアスの中枢はコクピット後方から腰にかけて。出力機関も本来ならそこにある。だが、悠遠は中枢はコクピット後方にだけ、出力機関は背中の翼にある。つまり、腰から下を真っ二つにされたところで実は戦闘にさほど支障をきたさない。まあ、コクピット内部で火花はたくさん散ると思うけど。
コクピットから下、腰にかけては計測機器がたくさんあるし。
「そのリアクティブアーマーの弱点はわかったよ。次は右腕をもらう」
『果たして出来るかな? 悠人。お前は右目が見えていないな』
その瞬間、嫌な予感が全身を襲った。すかさず後ろに下がって距離を取る。左目の視界に入ったのはアレキサンダー。
「そんな、アレキサンダーがどうして!? まさか!?」
『残念だ、悠人。お前はここで死ぬ』
嫌な予感がひしひしと伝わってくる。最適な回避手段がほとんどない。生き残れるのはおそらく一つだけ。それに従って僕は動く。
アレキサンダーとの距離はまだ遠い。だけど、もうすぐやってくる。
「悠人、下がりましょう!」
「『守護』!」
すかさず悠遠を『守護』の力で包み込んだ瞬間、莫大な量のエネルギー弾が『守護』によって包み込まれた悠遠を吹き飛ばした。
すかさず体勢を立て直すが『守護』のエネルギーゲージがごっそり持っていかれたのがわかる。出力の桁が違う。
「これは、アレキサンダーが」
「悠人!」
アレキサンダーに目を向けた瞬間、嫌な予感が頭の中に鳴り響いた。そこにはこちらに向かってエネルギーソードを構えるゲイルダンサーの姿。おそらく突き。
狙いは簡単だ。コクピット。回避方法は前に出る。少しだけ前に出ると僕は助かる。だけど、メリルは助からない。
「ごめん、メリル」
だから、僕は最後の腕である左腕で出来る限りエネルギーソードを誘導した瞬間、コクピットをエネルギーソードが貫いた。
痛みを超越した何かが僕の体を通り抜ける。一瞬で血の気が消えたのがわかった。視界は真っ白に染まる。
だけど、これだけはやらないと。
「最後の、維持」
僕は頭の中で悠遠を動かす。それは右腕を作り上げるイメージ。そして、エネルギーの腕をゲイルダンサーに向かって振り抜くイメージ。
そこまでイメージを組んだ瞬間、僕の意識は闇に放り出された。
飛び散る破片。そして、飛び散る鮮血。
それを視界に収めながら、私は浮き上がる悠人を見ていた。
重力は確かにある。だけど、悠人は飛び上がっている。お腹から下を切断された状態で。そして、コクピットの天井にぶつかった悠人は私の膝の上に落下してきた。
コクピット内に飛び散った血の量だけでわかる。
悠人が死んだのだと。
悠人の状態を見ただけでわかる。
悠人が死んだのだと。
「嫌、嫌ッ!!」
だから、私は叫ぶ。心の底から。
「私は悠人を失ったらどうやって生きていけばいいの!? 大切な人を失ってどうやって生きていれば! 歌姫の力なんていらない!! 【歌姫の力が消え去ってもいいから、悠人の命を助けて】!! 誰だっていい。誰だっていいから、【悠人を生き返らせて】!!」
「えっ?」
その瞬間を見た私の口からそんな声しか漏れなかった。
エネルギーソードによってコクピットが貫かれた悠遠。そして、悠遠の右腕から生えたエネルギーの腕によって貫かれる赤い武者鎧のフュリアス。二機は同時に落下する。
悠遠は確実に助けられない。あの場所は悠人のコクピットの場所。
悠人が死んだ。
ドクンと心臓が跳ねる。
目を見開き手足が小刻みに震える。
また、ドクンと心臓が跳ねる。
死んだ。悠人が死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。
「殺す」
レバーを握り締める。
「殺す!」
許さない。絶対に許さない。
「絶対に殺してやる!!」
私は力任せにイグジストアストラルの状態を極限まで高めるためのパスワードを打ち込んだ。
許さない。絶対に殺してやる。悠人とメリルを殺した全てを消し去ってやる。敵を全て消し去ってやる。
「だから、死んでよ!!」
照準は前にいる四機のディザスター。