第二百十五話 死
「知るかよ」
オレはゆっくりと起き上がる。起き上がりながらエッケザックスの柄をしっかりと握り締めた。
「あんたが何を見たのかも何を知ったのかも今のオレには何ら理解出来ないだろうな。あんたが言うように精霊の世界をはっきりと見れるわけじゃない」
「そうだ。だから大人しく私と共に」
「だからといって! あんたの思い通りになることは絶対にならないしさせない。精霊を使った新たな戦い方? 精霊は利用ものじゃない共存する存在だ! いくらあんたが御託を並べようが、精霊を利用する以上オレはお前と共に戦うことなんてありえねえよ」
「お前は精霊召喚師だろ。ならば精霊の扱い方はわかっているはずだ」
「生憎、オレには精霊の恋人がいるんでね」
こいつらが何を目指しているのかはわかった。だから、後はこいつらを止めるだけ。
「どちらが勝者でどちらが敗者かそれだけの決着をつけるだけだ。あんたがオレを従わせたいならあんたはオレに勝てばいい。オレはあんたを止めるために勝つ。単純明快だろ?」
相手の能力は魔力崩壊。一定空間の魔術の発動を無効化にするものだ。だけど、空間外で発動して空間内に作用するものを無効化することは出来ない。あくまで空間内の発動を無効化するものだ。
対するオレは流動停止を切り札として持つ。だが、魔力崩壊の方が優先順位は上で掻き消すことは出来ない。
「何度もぶつかり何度もやられたのにまだ戦うのか?」
「次は今までとは違うぜ」
「セルファーを警戒して他の精霊を出さない以上、お前に勝ち目はない」
「ああ。精霊召喚師としては相性の関係で勝ち目はないだろうな。だけど、生身の人間での戦いならどうだ!」
だから、オレは前に向かって踏み出した。エッケザックスを捨ててルカとシンクロしたまま前に踏み出す。
精霊召喚師としての勝ち目はない。それは共にシンクロしているアルネウラやルカがよくわかっている。なら、精霊召喚師とは違うフィールドで戦えばいい。
「近接格闘戦か!?」
「これでも第76移動隊の一員なんでね!」
さすがに里宮本家八陣八叉流までは教えてもらえなかったけど八陣八叉流及び白百合流は軽くやらされた。
気合いという意味合いとは違うが八陣八叉流の基本は体内を流れる魔力の流れ、頸を利用するものだ。動きも流れも頸を高めて行う。
最大の利点は魔術の才能に依存しないところ。人が持つ頸は一部を除いてほぼ固定だ。これをサポートするために魔術を併用する人、まあ、周なんだが、もいるが基本的にスタートラインは同じ。
八陣八叉流は攻撃と防御を混同した攻撃。カウンターにはカウンターで返す特殊な武術。初見は対応出来ない。
一歩踏み出しながらの掌底。すかさず拳を外に払ってくるが上手く体を流してそのまま肘を叩きつけた。
八陣八叉流『双打拳掌』
相手に掌底を叩きつけ、それが通ればそのままだが、弾かれた場合その勢いを利用して肘打ちを叩き込む技。
八陣八叉流の中でも基本でありガードされてもタックルで吹き飛ばせる少し荒々しい技だ。
男の体が大きく吹き飛ぶ。それを見ながらオレはすかさず魔術陣を描いた。
「させるか!」
だが、案の定、魔力崩壊がオレの体を包み込む。しかし、無理やり発動したからか男の体は地面に転がった。
オレからすればそれが狙い。すかさず地面を駆けて男との距離を詰める。男はとっさに立ち上がるがオレが距離を詰める方が早かった。
「体術舐めんな!」
そのまま膝蹴りを男の顔面に叩きつける。素早く空中に足場を作って男を蹴り飛ばした。
「精霊召喚師としてはやっぱり負けるが、それ以外が条件ならオレに軍配が上がるみたいだな」
「くそっ。予想外だ」
男が鼻血を流す鼻を押さえながらゆっくりと立ち上がる。若干足がフラフラしているから脳震盪を起こしているらしい。
「これで終わらせる!」
オレは距離を詰める。そして、拳を握り締めて振り上げた。
純粋な殴りつけ。もちろん、戦場ですべき動きじゃないし隙も大きい。だけど、こういう時はそういうものだろ。
男はすかさず魔術陣を展開した。魔術による迎撃。確かに手段としては悪くはない。だが、発動にほんの一瞬時間がかかることを考えたら今の状況ではするべきじゃない手だ。
だから、オレは一歩を踏み出しながら拳を振り抜いた。振り抜いた拳は男の頬に直撃し、吹き飛ばした。
「あんたが精霊を使うと言うならオレは精霊を守るために戦うさ。この命尽きるまでな!」
「くっ、ふふっ。ああ、そうか。確かにお前はそういう奴だったな。覚悟を決めればどんな敵が相手でも戦いぬく。そういう奴だった」
地面を転がった男がゆっくりと立ち上がる。そして、笑みを浮かべていた。
それにオレはエッケザックスを構えて対抗する。魔力崩壊は確かに強力だけど、あれだけダメージを与えればおいそれと発動できないはずだ。
「だが、私達にも譲れない覚悟というものがある。負けられないのだよ。もう、一つも」
「だけど、負けてもらうぜ。オレは精霊を道具には使わない。精霊は大事な仲間であり家族であり恋人だ。絶対に、オレの思いはお前らなんかに負けねえよ」
「そうだな。だが、これならどうする?」
そう男が笑みを浮かべた瞬間、トスっと軽い衝撃がオレの体を襲った。痛みを感じ下を向くと、背後から突き刺さった雪月花の刀身が右胸を貫いている。
「なっ、冬華」
雪月花がオレから振り抜かれる。オレはとっさに冬華から距離を取った。
リリィは模写術師と戦っている。だから、冬華がフリーになっていたんだ。
『悠聖!』
大丈夫だ。ダメージは少ない。
すぐさま簡単な治癒魔術をかけつつ前後を警戒しながらエッケザックスを構える。
状況は最悪だ。前を冬華、後ろをあの男で挟み込まれている。周ならともかく今のオレの手札では対処することが難しい。
「白川悠聖。お前はこの状況でどう乗り越える?」
「悠兄!?」
七葉はとっさに悠聖に向けて駆けだそうとした。だが、その前をダヴィンスレイフが塞ぐ。
『いかせませんよ。確実に』
「どうあっても?」
すかさず七葉が頸線を放つ。案の定というべきか、頸線は全てダヴィンスレイフによって受け止められていた。
だが、そこで七葉は終わらない。すかさずさらなる頸線をセルファーに向かって放つ。
「オーバードライブ!」
そして、デバイスを握り締め自身をオーバードライブ状態にした。
今まで以上の莫大な量にセルファーとダヴィンスレイフが頸線によって押し込まれる。今までとは違う量にさすがのダヴィンスレイフもすぐには対処出来ないようだ。
そもそも、オーバードライブ状態は限界以上の力を出すためその力は想像を絶する。だからこそ、七葉はこのタイミングで使用した。悠聖を助けに向かうために。
「これで、終わりだよ!」
そして、放っていた全ての頸線を武器に変え360°上下左右あらゆる場所からセルファーに向かって頸線から作り上げられた武器を放っていた。
そもそも、頸線に押しこまれていたセルファーだ。これだけの量には対処は出来ない。
「早く、悠兄を」
『甘いですね』
悠聖に向かって走り出そうとした七葉をダヴィンスレイフが取り囲む。だが、七葉はすかさず頸線から作り上げた槍でダヴィンスレイフを振り払った。オーバードライブ状態の七葉が作り上げた槍は濃密な魔力を纏いダヴィンスレイフを斬り裂く。
「あの中で生き残った? 精霊ってこんなにしぶとかったっけ」
『いえ、闇属性精霊でなければ生き残れなかったでしょう。そう言わざるをえないほどあの攻撃は見事でした。オーバードライブのタイミングすらも。希望神の力と言うより、希望神の力を使った未来予知のようですね』
「しかも、見破られるなんて。最悪」
『いえいえ。どうやらあなたの能力は未来の一部を見る能力のようですから、対処の方法はいくつかあります。全ての未来を見ているわけではありませんよね? それこそ、未来神のように』
「へぇ、そんな名前の神までいるんだ。私は成り立てだから神様の名前なんてほとんど知らないけど、神になったことによるいくつかのメリットは使えるからね。戦闘には直接影響しないけど」
『このタイミングであの能力を使うつもりですか? あきらかな隙だらけですよ? 今から私が攻撃しても』
その瞬間、七葉は走り出していた。そして、槍を一直線に突く。
セルファーはとっさにダヴィンスレイフで壁を作り槍を受け止めようとするが槍はダヴィンスレイフの壁を易々と斬り裂いてセルファーの腕を掠めた。
セルファーはとっさに後ろに下がりながら信じられないというように七葉を見る。
『まさか、あの一瞬であそこを覗いたと言うのですか?』
「便利だよね。神は不死の属性を持つ。その不死の属性は体の耐久性を永遠のものにするけど一つだけ永遠にすることは出来ない。それは、記憶」
七葉は笑みを浮かべつつ自分の頭に指を当てる。
「人間の脳は150年ほどの記憶しか残せないと言われている。別の言い方をすれば150年分の動画を頭の中に残せるってことだよね? それはもう、どんな集積デバイスでも不可能。神の力さえ及ばない領域。だから、神はその記憶を禁書目録図書館に移すことでその呪縛から解き放たれる。だけど、全ての神が禁書目録図書館を利用する以上、その情報量は莫大。あなたは私が禁書目録図書館にあるダヴィンスレイフの弱点を調べ上げるのに時間がかかると考えた」
『ええっ。禁書目録図書館は並みの情報量ではありません。それこそ、現代のネットワークから特定の人物が投げた一文字を見つけ出すようなもの。どうやればそのようなことが可能なのですか?』
その言葉に七葉はすごく遠い目をした。
「『GF』の事務ってね、大変なんだよ」
『はい?』
「情報を整理するのはもちろん、ハッキングが得意な仲間をサポートするために情報整理をするのもしばしば。ほんの些細なミスから一日中の予定が音を立てて崩れることなんてしばしば。特定の情報を見つけ出すのにそんなに時間はかからなくなったな」
『それは、ご愁傷様です』
セルファーが引きつった表情で言う。そんなセルファーを見ながら七葉は小さく笑みを浮かべた。そして、槍を構える。
「まあ、そのおかげで簡単に見つけることが出来たんだけどね。ダヴィンスレイフが苦手な魔力量を。というわけで、道を開けてくれないかな? もう、あなたに勝ち目はないよ?」
『だとしても、道を開けるわけにはいきませんよ。私にはあなたを止めるという目的があるのです。白川悠聖が死ぬまで』
「そう。じゃあ、これで終わらせてあげるよ!」
七葉が一気に頸線を放つ。それを見たセルファーは笑みを浮かべた。そして、魔術を発動する。
頸線が全て黒い球体に呑みこまれていく。誘導されているわけじゃない、吸収されている。
「うわっ、忘れてた」
『闇属性魔術は収束を行うのが特徴ですから。吸収ももちろん得意分野です。禁書目録図書館が使われることを想定していたならそういう対策も作っていますよ』
「ですよね。悠兄、頑張って」
そう言いながら七葉は槍を握り締めてセルファーに向かって走り出した。
『悠聖! 後ろ!』
エッケザックスと雪月花が激しくぶつかり合う。そして、オレは大きく冬華を弾いた。そのまま振り返りつつエッケザックスを振り抜いた。エッケザックスは薙刀によってガードされるが男を大きく吹き飛ばす。
『冬華が来るよ!』
アルネウラのサポートを受けながらオレは振り返りながら振り下ろされた雪月花を受け止める。そんな冬華にルカが二本の剣を振り抜いた。だが、華麗に宙返りされて回避される。
『早い』
ルカが小さく毒づいた。
冬華の実力はよく知っている。100%の力を出していないのもわかる。だが、それでも冬華は強い。第76移動隊の中では亜紗に並ぶ純粋な剣技では三番目に強い人物。
『ここは私がシンクロ解除をして』
『ダメだよ! それこそ奴らの思う壺だよ!』
『ですが!』
それには同感だ。それに、今の仲間達の中でこの組み合わせが一番信頼できるんだ。エルブスでも攻撃の合間を潜り抜けて必ず冬華はやってくる。
『そう、ですね』
このままじゃ押されっぱなしだ。でも、どうにかする方法が一つもない。
せめて、ディアボルガがいてくれれば。
『考えても仕方ないよ。今は、どうにかするしか』
何回も体を回転しながら雪月花と薙刀の攻撃を弾いて回避していく。このままじゃ、目を回す。
『っつ。ごめんなさい!』
そうルカの声が聞こえた瞬間、オレの中からルカの感覚が消えた。それと同時に手の中にあったエッケザックスが姿を消す。
「ルカ!」
それはすかさずチャクラムを掴みながらルカの名前を叫びつつ振り返った。すると、そこにはエッケザックスを握り締めたルカが男に向かって特攻を仕掛けていたところだった。
これで状況は一対一が二つだけど、ルカの相手が悪すぎる。
『悠聖! 冬華が!』
オレはチャクラムを握り締めて雪月花を受け止めた、はずだった。だが、チャクラムが大きく弾かれる。そして、雪月花が翻った。
ギリギリでもう一つのチャクラムで雪月花を受け止めるが大きく後ろに下がる。
『ダメ。私の力じゃ、悠聖を守れない!』
アルネウラは単体で強い精霊じゃない。ダブルシンクロを行うことで強くなる精霊だから。
「知るかよ、そんなこと!」
なおも振り続けられる雪月花を一本だけとなったチャクラムで弾いていく。だが、限界が近い。疲労の蓄積がかなり早いからだ。アルネウラももう一本のチャクラムを戻す余裕がない。
このままじゃ、二人揃ってやられる。せめて、アルネウラだけでも、
『悠聖! 私は頑張るから! だから、最後まで二人で!』
頭の中でアルネウラの声が鳴り響く。その声と共に最後のチャクラムが弾かれた。
だから、オレは決断する。
「ごめん。シンクロ解除」
その言葉と共に雪月花が左肩から右腰にいたるまで深く、一撃で致命傷とわかるくらい深く、袈裟斬りに振り抜かれた。
視界に飛び込んできたのは赤。鮮血の赤。
ぼやけていた焦点が次第に明瞭となりその正体を目が捉える。
血。そう赤黒い血。その血を出すのは目の前の人物。
深く、致命傷とわかるくらい深く斬り裂かれた体がゆっくりと私に向かって倒れてくる。私は雪月花を握り締めたままその人物を受け止めた。
「ゆう、せい?」
そう悠聖だ。血が滴る雪月花を握り締めた私に悠聖が倒れてきた。体から血を噴き出しながら。
「ようやく、目を覚ましたか。遅いぜ、お姫様」
「どうして、私、悠聖を」
悠聖の後ろにはほぼ放心状態のアルネウラが座り込んでいる。その眼にあるのは涙。
「早く、治さないと」
「わかるだろ。致命傷だ」
そんな傷を負いながらも悠聖は安心したように笑みを浮かべる。
「ようやく、お前が戻ってきた。それだけで、オレは」
悠聖の体から力が抜ける。そして、私の手をすり抜けて地面に倒れた。
「よかったよ」
その言葉と共に悠聖が動かなくなる。
「私、悠聖を」
雪月花が手から滑り落ち、地面に突き刺さる。そんなことを気にすることなく私は両膝を突いた。
「悠聖。悠聖!!」