第二百十三話 それぞれの戦い
頸線の先に存在する槍の穂先がセルファーに向かって放たれる。だが、セルファーはそれをダヴィンスレイフで軽々と受け止めた。
『何故、あなたが神に』
セルファーの表情に浮かんでいるのは疑問。その疑問の表情を見ながら七葉は頸線をセルファーに向かって放つ。
「まだ神になったって実感はないよ。ただ、特殊能力をもらった。それだけしか感じていないから」
『なるほど。なら、まだ神の力は使いこなせていないみたいですね。ならば』
「力押しで来る? 無駄だよ。ダヴィンスレイフの最大の特徴に対して最大の弱点でぶつかればダヴィンスレイフを無力化することすら容易いんだからね」
『無力化? それがあなたに出来るとでもいうのですか?』
「出来るよ。私はその未来を、今も、見ているから」
その言葉にセルファーが動く。そして、格子状に張り巡らせたダヴィンスレイフを七葉に向かって放った。対する七葉は放たれたダヴィンスレイフ以上の量の頸線を放つ。
放たれた頸線はダヴィンスレイフを呑み込み弾き返した。
『なっ』
「ダヴィンスレイフの弱点。いくら捕まえられる糸だとしても、膨大な面積を誇るものに対しては効果を示さない!」
『まさか、そのように弱点を攻められるとは。ですが、ダヴィンスレイフには他にも能力が』
「そんなことをさせると思う!?」
七葉がすかさず握り締めた槍で地面を大きく斬り裂いた。そして、地中にダヴィンスレイフによって描かれていた拘束魔術の魔術陣を斬り裂いた。
すかさずそこから頸線を注ぎ込んで魔術陣を完全に破壊する。
『先回りされた。くっ』
七葉がセルファーに向かって槍を振り抜く。だが、セルファーは大きく後ろに下がって槍を回避した。回避しながらダヴィンスレイフを放つ。
だが、まるで吸い込まれるようにダヴィンスレイフは七葉の頸線に呑み込まれて動きを止める。
『その量の頸線を操るのは人間には不可能なはずでは?』
七葉が操る頸線の量。それは七葉が握る槍が解けた姿ではなく七葉が持ち込んでいた頸線の一部だった。
七葉はそもそも莫大な量の頸線を扱うことに特化している。一撃の威力ではなく手数で攻めるタイプなのだ。
その手数で攻めるタイプである七葉にとって頸線の量はまさに生命線。本来なら操れる範囲で使うのだが、今回は使い捨てのように頸線を使っているのだ。
「そうだね。本当ならこれだけ全てを操るのは不可能だよ。でもね、有効な数、位置、方法を未来から情報として知っていれば頸線を全て操れなくても莫大な量の頸線を利用出来るんだよ!!」
『罠のように設置して使うというのですか。そんな頸線の使い方』
「ありえないよね? 私も神になるまではこんな使い方が出来るだなんて思わなかったよ。希望神になるまではね!」
未来を視る。
それはあらゆる能力の中で最上位に位置する能力。しかも、七葉の場合は希望の未来を視る力がある。それはつまり、
条件を変えて複数の未来を視るということ。
それはまさに世界が生んだバグと言っていいだろう。七葉が視る未来はどう行動すればよりよい結果になるかの答えを見ているからだ。
だからこそ、七葉は扱えない量の頸線を湯水のように使える。頸線をどう扱えばセルファーを誘導出来るかを知っているから。
『希望神の名にほど遠い能力。ですが、私は負けるわけにはいかない。ダヴィンスレイフ。あなたの憎しみで全てを斬り裂きなさい!』
苦し紛れにセルファーが鞭のように太くしたダヴィンスレイフを放つ。だが、それは頸線が作り出した何重もの網が受け止めていた。
それにセルファーは目を見開く。
七葉は呆れたように息を吐きながら槍を構えた。
「無駄だよ。あなたは勝てない。私は全てを見通しているから。だから、冬華お姉ちゃんを解放して」
『例え勝てないとしても私がそうすると思いますか?』
「思わない」
『なら、わかるはずです。私がどうするかを』
「そう」
七葉は目を瞑り、そして、息を吸い込んだ。そして、目を開いた時にはその表情に自信があふれていた。
「じゃあ、終わらせようか」
アークレイリアの軌跡が雪月花の軌跡と交錯する。交錯しながらも二人はめまぐるしく位置を変えつつ立ちまわっていた。
基本的にはリリィがヒット&アウェイをしかけてそれに冬華が反応しているだけなのだが、リリィは大胆にだけど的確にアークレイリアの力を利用してぶつかり合っている。
突きからの払い。そして、振り回し。アークレイリアが持つ光の刃が冬華を襲うが冬華は無表情のまま雪月花でアークレイリアを弾く。
足りない。
リリィは直感的にそう感じていた。今の速度では全く足りないのだと。
加速と減速を激しく使った連続攻撃。それを冬華は簡単に対応しているのだ。もし、冬華が攻勢に回ったならどうなっていただろうか。
「アークレイリア。もっとだよ。もっと力を引き出して! 私達の力はこんなものじゃないはずだから!」
地面を蹴る。そして、純粋なまでの力技である叩きつけを行う。冬華はそれを軽々と受け流した。そして、返した刃がリリィに向かって煌めき、そして、リリィがさらに加速する。
雪月花の刀身はリリィの髪の毛を数本蹴散らしリリィは一気に駆け抜けた。駆け抜けながらリリィはアークレイリアを握り締める。
そして、振り向きながらさらに加速する。冬華はすかさず雪月花を戻してアークレイリアを受け止めた。だが、勢いを受け止めきることが出来ず大きく弾き飛ばされてしまう。
そこに畳みかけるようにリリィがさらに踏み出そうとした瞬間、ダヴィンスレイフがリリィの前を塞いだ。すかさず拒絶の力で弾きながらリリィが大きく後ろに下がる。
「させませんよ~」
「模写術師!! もしかして、冬華を操っているのは」
「セルファーではなく私ですよ~。あの時に受けた借りを返しに来ました~」
「私は貸したつもりはないけれど?」
「いえ、ちゃんと受けましたから。だから、あなただけは絶対に殺しますね~。有用な人間は残すように言われていますが、あなたは有用ではありませんから。その腕以外は」
「悪趣味」
アークレイリアを構えながらもリリィは警戒する。模写術師の能力は単純明快だが三重装填であるという点が問題だ。
模写術師が持つ能力はダヴィンスレイフ、エッケザックスに血塗れた宝剣。
特に血塗れた宝剣は強力で全身全霊で戦わなければリリィでは模写術師は倒せない。
「このお人形はあの女の子をここに置いておくための存在ですから、あなたに引きつけられておくのは死腰問題なんです~。だから、死んでくださいね」
「それが悪趣味って言ってるの。そもそも、冬華を抜きにして私に勝てるとでも? 人間の分際で天界の住民を舐めるんじゃないわよ。私は天王を目指す人物。こんなところであんたなんかに倒されるわけにはいかないからね!」
「威勢だけはいいですね。そういう人物は拘束して私のものにしたいのですが、まあ、いいでしょう。来なさい、エッケザックス」
模写術師の手にエッケザックスが現れる。エッケザックスの刃は不可視でありどこまでも伸ばすことが出来る。それは、リーチと言う概念を完全に覆す存在。
だが、こういうことはすでにわかりきっていた。もし、模写術師と遭遇したときの戦闘方法をリリィは悠聖と話し合っていたのだ。
「そんな他人からの借り物で戦えるの?」
「後悔しても遅いですよ~」
そして、模写術師はエッケザックスを振り下ろした。だが、リリィは不可視の刃をアークレイリアの光の刃で受け止めて受け流す。そして、模写術師に向かって飛翔した。
エッケザックスの弱点。それはいくら刃を伸ばせてもその刃の位置は柄の延長線上にしかない。つまりは柄が向く方向にしかエッケザックスの刃は伸びないのだ。だから、それを知っていればエッケザックスの刃に対処することはたやすい。
「クロノスエッジ!」
「はい、残念」
だが、アークレイリアの先がダヴィンスレイフによって受け止められる。とっさに拒絶したリリィは一気に下降して大きく後ろに下がった。
模写術師の手にはエッケザックスではなくダヴィンスレイフが握られている。確かに、あのタイミングでの攻撃は当てられないから上手く切り替えられたと思うべきか。
「私も成長していないと思いますか~?」
「いや、全く。でも、こっちもその対策は考えているからね」
「へぇ~」
興味深そうに眼を細める模写術師にリリィはアークレイリアの先を向けた。そして、小さく息を吸う。
「行くよ」
エッケザックスと薙刀がぶつかり合う。お互いがお互いを弾き合い、そして、大きく吹き飛ばした。すかさず地面を蹴りながら再度エッケザックスで斬りかかる。今度は受け止められてそして、大きく押し飛ばされた。
オレは地面を滑りながらも魔術陣を描く。だが、オレの魔術陣は男が作り出した魔力崩壊の空間に捉えられた瞬間、全ての魔術が効力を失う。
「その能力、厄介だな」
「これでも一流の精霊召喚師なものでね。精霊の力を使うのは自由だろ?」
「ごもっともで」
『あの能力は厄介だよ。私やルカの能力よりも優先順位が上だから。それだけ対象は限定されるけど』
『だが、斬り合いならばこちらにもまだ分がある』
魔術を使わない魔術と同じくらい能力が上昇する身体強化の方法はいくつかある。だけど、それは白百合流の秘技だったり八陣八叉流の上級武術だったりなかなかに難易度が高い。教えられた程度であるオレでは使用できない。
もし、音姫さんがいたら魔力崩壊なんて意味をなさなかっただろうな。
「まあ、あんたのその能力には弱点があるよな?」
「弱点? あると思っているのか?」
「魔力崩壊の効果対象は使用者本人にも及ぶ。違うか?」
「そんなことがあり得ると思っているのか?」
「思っているさ。魔力崩壊の効果範囲が対象を自分を捉えないならオレが近接戦闘をしかけた時に発動すればいい。そうすえば今頃捕まっていただろうな。だけど、それはしなかった。つまりは魔力崩壊の対象は本人にも及び、魔力崩壊の効果は対象者に触れていても効果を発揮する。違うか?」
「試してみるか?」
オレはエッケザックスを構える。試すのは簡単だ。ルカの得意な距離で戦えばいい。
「剣聖と呼ばれしその実力、見してもらうぞ、セイバー・ルカ。白川悠聖!」
「ルカ、行くぞ!」
地面を蹴り男に斬りかかる。
ルカとシンクロした時に使えるのはエッケザックスとオレの後方に浮かぶ腕だけに握られた剣の計三本。だけど、浮かぶ腕を利用するのは難しい。
だから、こういうのは全部全部精霊に任せてオレは剣を振る。
「お前の武器は薙刀が中心だったと聞いているが?」
「みんなの精霊武器を使えるように練習しているんでね。そりゃ、周や孝治みたいな才能はないけど、努力すれば才能なんてすぐに埋められるさ」
エッケザックスと薙刀で激しく撃ち合いながらオレは隙を窺う。
はっきり言うなら隙はない。薙刀を流れるように振るう男の動きを見ていれば迂闊に突っ込めば手痛い一撃を受ける。だからといって薙刀を受け止めるように動けば無防備な体を晒すことになる男に攻撃の隙を与える。
薙刀を極めたら最強という噂を聞いたことがあるけど、確かにこれは戦いにくいな。
「どうした? 及び腰だぞ?」
「そうか? まあ、ようやく準備は整ったというわけだ!」
オレはそう言いながらチャクラムを男に向かって投げつけた。男がチャクラムを素早く弾いた瞬間、浮かぶ腕が持つ剣が男に向かって振り抜かれた。男はすかさず薙刀で受け止めるがそこにオレは飛びこむ。
「そうくるか!」
予測していたかのように男が動くがもう一本の浮かぶ腕が男に斬りかかった。そして、男の動きを完全に止める。
「いけっ!!」
そのままエッケザックスの一閃。手ごたえはあった。オレは駆け抜けながら振り返ると男は片膝をついていた。ついていながら笑みを浮かべている。
「これこそ、私が望んでいた精霊召喚師の戦い方だ」
「いきなり何を言っているんだ?」
「わからないのか? おの世界を変えるには精霊の力を利用するしかないのだ」
「正気か?」
同じ精霊召喚師として男の発言を疑問に思ってしまう。特に、オレは精霊が恋人だから。
「精霊界の姿を知らないから呑気にそんな話が言えるのさ。あの腐った連中がいるから若い精霊達は働かされ過労死していく現実を」
「何を言っているんだ?」
「精霊は利用するもの。人間の考えはほとんど同じだ。共存する者は少ない。精霊界の長老はそこに目をつけた。簡単にいうなら精霊界を存続させるために人間に仲間を売っているんだ。なら、それを使わない手はないだろ?」
エッケザックスを握る手に汗がにじむ。心が動揺しているのがわかる。剣先が鈍る。
「精霊界という姿を知らないからお前は呑気なことが言えるのだ。だが、その戦いは称賛に値する。それこそ、これからの精霊の使い方として正しいものだ」
「精霊はおもちゃなんかじゃないぞ!」
「道具だよ。精霊はな!」
その瞬間、体中にけだるい感覚が包み込んだ。思わず片膝をついてしまう。
この、重圧はなんだ? 力が、抜ける?
「魔力崩壊。魔力を崩壊させる空間を作り出す。確かにお前の推理は見事だよ。だけど、魔力崩壊の効果を高めたら人を動けなくすることは簡単だ。一日一回しか使用できないがな。諦めて私の仲間となれ」
「お断りだ」
「そうか」
その瞬間、男がこちらに向かって走り込んできた。オレは力を込めてエッケザックスを持ちあげようとして、男の蹴りを真正面から受け止めていた。
オレの体が大きく吹き飛ぶ。そして、地面を転がる。
「諦めろ、白川悠聖。そして、共に進もうじゃないか。新たな未来を求めて、な」
「誰が、あんたなんかと」
「力の差は歴然だ。これ以上刃向うなら殺す。私の目的にはお前の力が必要なのだ。精霊界を変えるためには必要なのだ!」