第二百十一話 移り変わり
体中が痛む。
視界が黒く何が何だか分からない。だけど、体が揺すられているのがわかる。
『悠聖! 悠聖!』
アルネウラの声にオレはゆっくりと目を開ける。視界に映ったのはアルネウラの顔。そして、その向こうにある生い茂る木々。そして、体中に走る激痛。
「あぐっ」
痛みのあまり声をあげる。
オレは確かアレキサンダーの中から精霊結晶を奪い返したはずだった。『破壊の花弁』で精霊結晶を回収して、そして、それからの記憶が途切れている。
『よかった。無事で』
「アルネウラ? ここは」
オレはゆっくりと体を起こす。どうやら樹海の中に落ちたらしく濃密な魔力が肺の中に入ってくる。こういう状態ではかなり好都合だ。
オレはすかさず体内で魔術陣を展開した。魔力吸収を効率よくして傷の自然治癒を高める能力。とはいっても、大怪我に対しては効き目は少なくかすり傷や打撲には効果的な治癒魔術。
手足が動かせることから骨が折れている可能性はない。
「何があったんだ?」
『えっとね、悠聖がアレキサンダーから飛び出した瞬間、足元から上ってきたエネルギー弾が悠聖に直撃して悠聖が吹き飛ばされて』
「エネルギー弾?」
その時の様子を思い出すためにオレは目を瞑る。
そうだ。あの時、オレは全ての精霊結晶を回収してアレキサンダーの外に出たんだ。その瞬間、足元から極太のエネルギー弾が上ってくるのが見えて、それで、直撃したんだ。
あの大きさから考えてグラビティカノンダブルバレットクラス。ストライクバーストぐらいしか敵で放つのはいないいから流れ弾が直撃したのだろう。
「運悪いな、オレ」
『生きているだけマシだと思う。『破壊の花弁』がかなり攻撃を削ってくれたから』
「全くです。運が悪いのは認めますがあの状況で意識を失うのはどうかと思いますが」
「失うなって方が無理じゃないか? リリィは?」
『私達が目を覚ました時にはすでに樹海の中だったよ。だから、どうなっているかはわからないけど』
まあ、リリィは防御に関する能力は優秀だからあの中でも一人で離脱出来るだろう。それがわかっていて強襲の役割を任せたし。
問題はこれからのことだが、今すぐ戦闘に戻るのは無理がある。だから、要塞の方に戻らないと。
「っと。このまま要塞に戻る。この怪我で戦線に立つのは難しいからな」
『そうだね。私とエルブスが警戒するから悠聖はゆっくり歩くことだけを考えてね』
「悪いな」
オレは体の痛みをこらえながらゆっくりと前に向かって一歩を踏み出していた。
音姫とギルバートの二人が踏み出そうとした瞬間、大きな衝撃が二人に襲いかかった。ギルバートはとっさに音姫を抱えて空に飛び上がる。
その衝撃は地面から響きもので地震か巨大なものが落ちたかのどちらかの衝撃だった。
「一体何が」
ギルバートが警戒しながら空中に作り出した足場に足をつけ、音姫を下ろした。二人は背中合わせになりつつ黒猫とレザリウスを注意深く見詰める。
音姫が空中戦出来ないため不利なように思えるが、これくらいの空中なら音姫にも移動手段はあるため実は問題はない。だから、音姫は光輝を構えて警戒する。
だが、黒猫は静かに竜化を解いた。
「時間か。レザリウス」
『どうやら、我の賭けは外れたようだな』
「そのはずだ。言ったではないか。白百合音姫は一筋縄ではいかない相手だと」
『そうだな』
黒猫とレザリウスの二人は音姫とギルバートを見上げる。だが、その体には戦意の意志は見当たらなかった。まるで、戦うつもりがないとでも言うかのように。
しかし、ギルバートはそういうことすら見逃さない。すかさず地面を蹴って黒猫に向かって迫る。だが、二人の間に満身創痍のレザリウスが立ち塞がった。ギルバートより早く移動して。
それを見たギルバートは足を止める。
「それでいい、ギルバート・F・ルーンバイト。お前の役割は私達を倒すことじゃない」
「何故知っている? お前は何を見た!?」
「お前達だけが創世計画の全てを知っているわけじゃない。レザリウス。引くぞ」
『ああ』
黒猫とレザリウスが背中を向けて歩き始めた。そんな無防備な背中を見ながらギルバートはシュナイトフェザーの柄を握り締めて振り抜こうとして、腕を止める。本当は振り抜きたいはずなのに全身全霊で自分の右腕を静止していた。
そんなギルバートの隣に音姫が降り立つ。
「ギルバートさん」
だが、ギルバートには声が届いていないのか黒猫とレザリウスの背中を睨みつけたままだ。
「僕はこの選択を後悔していない。例え、どんな制約に引っかかろうとも、僕は、僕は」
「ギルバートさん!!」
音姫は大きな声でギルバートを呼びながらこちらに振り向かせる。するとハッとしような表情をしたギルバートはすぐに肩を落とした。
「ごめん。取り乱して」
「何があったかはわかりませんけど、今はここを脱出した方がいいかもしれません」
「脱出?」
その言葉に音姫はギルバートの後ろ側を指差した。そこには、いつの間にか外の風景が顔をのぞかせていた。ただ、巨大な何かによって大きな影が差した風景だが。
二人は頷き合いこの格納庫の発進口から外に出た。そこには、五機のディザスターの姿。
「この、機体は」
「ディザスター。天界が極秘裏に開発していた超巨大フュリアス。まさか、五機同時運用してくるなんて。このままだと戦場が荒れてしまう。僕達は」
「ここのおったか」
その言葉と共に二人の前にスカートをはためかせながらアル・アジフが着地をした。そして、スカートについた埃を払う。
「えっ? アルちゃん?」
「ふむ。音姫の驚きは様相はしていたが、ギルバートがいることは予想しておらぬぞ」
「僕はさっき来たばかりだかね。それよりも、今はどうなっているの?」
「うむ。我らはこれから選択せねばならない」
そして、アル・アジフが三本の指を立てた。
「生身でディザスターと戦いレジスタンス連合軍の撤退を援護するか、撤退するレジスタンス連合軍を護衛するか、この基地を破壊するかじゃ」
「この基地の破壊?」
「そうじゃ。この基地から数百のフュリアスが運び出されている。それを叩くか叩かないか」
アル・アジフの表情は神剣で冗談を言っている様子ではない。そもそも、音姫は事情がわかっていないため未だにゲイル側のレジスタンスにいると思っている。だから、アル・アジフの言葉は不可解だった。
だが、ギルバートはディザスターの存在とアル・アジフの表情を見て頷きを返す。
「行こう。アル・アジフが何を知っているかは分からない。だけど、このままだと危ないのは理解出来た。だから、僕が手伝える範囲内で僕は手伝うよ」
「助かる。音姫はどうするのじゃ?」
「その前に、状況を説明して。今、どうなっているの?」
縦横無尽に駆け回るエネルギー弾。高々度からの射撃と地上部分からの射撃は的確にこの悠遠を狙ってきている。『悠遠』の力で素早く移動しながら僕は全ての攻撃を回避していく。
操作技術でどうにかなる密度じゃない。『守護』の力は撤退している人達を守るために全力展開しているため余裕はなく、回避するのは『悠遠』か僕の操作技術だけ。そして、この密度は操作技術ではどうにもならない密度だ。
いくら精神感応で機体とリンクしているとはいえ無茶にもほどがある。
「悠人、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。メリルは後方だけを気にしていてくれないかな? この状況下で後ろを取られたら」
「わかっています。ですが、悠人の疲労が」
「今無茶をしなかったらいつするの? 耐えればいいんだ。ディザスターの最大射程はわからないけど、撤退が完了するまで、僕が回避し続ければいいんだ」
「無茶です」
メリルの叫びはわかる。だけど、さっきも言ったように今無茶をしなければいつするの、という状況だ。
並みのエネルギーシールドでは耐えきれないだろう。耐えきれるとしてもベイオウルフのような出力がこの悠遠に匹敵するクラスの機体だけ。
「FBD状態も維持できている。せめて、一機くらいは落とせれば」
「それこそ無茶です」
もし、この状況で攻撃を行おうとすれば容赦なく的にされるだろう。
ディザスターのエネルギーシールドは極めて強力。それを貫こうとすれば立ち止まってのチャージを必要とする。
この魔力粒子が大量に舞う空間ではチャージはそれほど時間がかからないとはいえほんの瞬間でも足を止めれば蜂の巣だ。
「せめて、魔術が使えたら」
「それこそ無茶ですって。魔術が使える機体はマテリアルライザーただ一機です」
「そうなんだけどね。あっちは精神感応をフルリンクしているからだから、こっちもフルリンクすれば」
「腕が吹き飛べば同じダメージを感じてしまいます。副操縦士としてそれを認めるわけにはいきません。」
「だよね。だったら、どうすれば」
フレキシブルカノンが無いだけ増しと考えるべきかな? 直線的な攻撃ならまだ予測はしやすいし動きやすい。
多少の無理はしなければならないけど、それをメリルが許してくれない以上どうしようもない。
『諦めろ、悠人、歌姫。大人しくこちら側につくんだ。そうすれば命だけは』
必死に攻撃を避けている最中にゲイルから通信が入ってくる。それに僕は途中で口を開いて遮った。
「お断りだね」
たったそれだけ。だけど、ゲイルの言葉を完全否定する言葉。
「あなたが見ているのはたった一つだけの世界だ。しかも、すぐ先の未来しか見ていない。そんな言葉に僕達が、元第76移動隊の僕が乗るわけにはいかないんだ!」
『ならばお前はどこを見ている!? 戦いばかりが続くこの音界を平和にしようと思わないのか!?』
「だから、ようやく手がかりが見つかったんだよ。ゲイル、あなたは世界の滅びについて知らなさすぎる! あなたはただ、誰かの手のひらの上で踊らされているだけなんだ!!」
色々と繋がってきた。
ゲイルは音界の未来しか見ていない。今まで戦っていたのは世界の滅びをどうにかしようと足掻いていた人達がほとんどだ。
狭間市における魔界の勢力も、『ES』穏健派本拠地における真柴・結城家と音界の勢力も、学園都市における周さんの父親もみんな世界の滅びに対抗するために戦っていた。僕達はそんな敵と戦っていたんだ。
それなのにゲイルはただ音界の目先の問題をどうにかしようとしている。もちろん、それは解決しなければならないことだけどゲイルはそれだけしか見ていない。
「ゲイルさん、目を覚まして! ゲイルさんは騙されているんだ! ゲイルさんが協力する勢力によって騙されているんだ!」
『俺は騙されてなどいない! 俺達が目指す未来は同じはずだ。だから、俺はお前を殺す!』
「ゲイルさん」
僕は強くレバーを握り締めた。ペダルを踏みながら僕は俯く。
この状況をどうにかするしかない。そして、ゲイルさんはもう倒すしかない。やるしかないんだ。僕が、僕だけが。
「メリル、行くよ」
「悠人。辛いならば無理をしないでください。私は」
「ありがとう、メリル。僕は大丈夫だよ。大丈夫だから、見守ってくれないかな? 僕が今やることを」
「ですが」
「見守っていて欲しいんだ。僕は今から悪魔になる。全てを破壊する悪魔に。だから、僕のことを見ていて。ずっと」
「はい」
メリルの言葉に僕は安心して小さく息を吐いた。
この状況でどうにかしなければならないのなディザスター。この五機のディザスターを倒さなければならない。
「悠遠、行こう。全てを破壊するよ」
悠聖が撃墜されたのは悠人の砲撃によるものです。