第二百十話 新たな勢力
『精霊結晶を使ってる?』
悠人が不思議そうな声を出した。先程の通信を聞いている限りだと悠人も精霊の叫びを聞いていたはずだ。
いや、悠人の場合は感じていたが正しいか。オレみたいにはっきり聞いたわけではないだろう。
「ああ。アレキサンダーのエネルギー源は精霊結晶。精霊の命を燃やしてエネルギーとするものだ」
『よく知っているではないか。これこそ進化の極限。このエネルギーさえあれば悠遠などとるに足らない存在だ』
「他人の命を使って自分が強くなろうとるに思っている奴は、勇者に討伐される奴だけだろうな」
オレはそう言いながら『破壊の花弁』を周囲に纏わせた。
アレキサンダーのエネルギー源が精霊結晶だとすれば対処の仕方が変わる。精霊結晶は結晶の中に封じ込めた精霊の命を引き出してエネルギーとする。
原理的には人柱と同じことだ。この世で二番目に強い生命というエネルギーを使う以上、悠遠やベイオウルフでは対処出来ない出力を叩き出すことは想像出来る。それほどまでに強力なエネルギー。
おそらく、都さんの最大出力には及ばないけど。あれは生命エネルギーの上である存在エネルギーを使うから。
「そんな力をオレは認めるわけにはいかないんだ」
『凡人にはわからぬさ。この力がどういうものかがな。それがわからなければ我に勝つことは出来ない』
「いや、どうかな」
精霊結晶についてはこれまでたくさんのことを調べた。俊也がしっかりと確保していたクルシスの精霊結晶は確かに最高のエネルギー源だった。
だが、精霊結晶をエネルギーとして使うにはとある弱点をどうにかしなければならない。それを偶然によるものかわからないけどアレキサンダーはクリアしている。
他のエネルギーと比べて精霊結晶はそこが弱点となるのだ。問題は、どうやって装甲を剥がすかということ。
「悠人。アレキサンダーには手を出すな。これはオレ達の獲物だ」
『生身の人間がこのアレキサンダーに勝てるとでも? 面白いことを言う。我が力の前にひれ伏すがいい』
その言葉にオレは笑みを浮かべた。笑みを浮かべて腕を振り上げる。
「なら、試してみるか。生身の人間がお前の自慢のフュリアスを破壊出来るかどうかを」
その言葉と共にオレは『破壊の花弁』の翼をはためかせて大きく空に向かって駆け上がる。それに応じるようにアレキサンダーも空に向かって駆け上がった。
あの乱戦の中では敵味方関係なく攻撃してしまう。そうなれば相手の思う壺だろう。
あの場は悠人に任せる。そして、オレはアレキサンダーから精霊結晶を返してもらう。
『逃げるばかりでは我を楽しませることは出来ないぞ』
「何を勘違いしているんだか。オレは逃げ回っているんじゃない」
上昇を止める。敵も味方もいない高々度でオレは止まった。向かい合うようにしてアレキサンダーも上昇を止める。
「さあ、始めるぞ。戦いをな」
『戦い? 違うな。これから始まるのは戦いではない』
その瞬間、悠聖の背後に何かが現れた。『破壊の花弁』でアレキサンダーを警戒し振り返った先にいるのは一機のクロノス。
すでに待ち構えられていた? いや、違う。偶然と考えろ。
すかさず『破壊の花弁』の先をクロノスに向かって飛ばす。だが、『破壊の花弁』の先は新たに現れたクロノスによって弾かれていた。
万事休すという状況じゃない。どうやら罠の中に飛び込んだらしい。
『ただの虐殺だ』
クロラッハの言葉と共に大量のクロノスが周囲に現れる。フュリアスの迷彩機構を生身のオレが防ぐのは難しい。だから、気づくことが出来なかった。
『精霊帝。何を不安に思っているのですか?』
『そうだよそうだよ。ここにはエルブスや私達がいるよ。だから、大丈夫』
「ああ、そうだな」
オレは笑みを浮かべる。笑みを浮かべて『破壊の花弁』を構えた。
「行くぜ、リリィ!」
「待ってました!」
リリィの叫びが空からやってくる。それと同時に光の刃がアレキサンダーを斬り裂いていた。
アレキサンダーの装甲はリアクティブアーマー。こちらの攻撃を反射するように返してくる強力な防御。ならば、それを拒絶すればいい。
アレキサンダーの装甲が剥がれ、そこから内部をさらけ出す。そこにあるのは八つの精霊結晶。
その位置は不安定な場所に置かれており、ほんの少しの衝撃でも剥がれる状況だった。
「いけ、『破壊の花弁』!」
『させるか!』
アレキサンダーがこちらに向かってエネルギーライフルを構える。だが、それは遅い。『破壊の花弁』の刃は的確にアレキサンダーの精霊結晶を全て剥がすことに成功していた。
「悠聖さん」
アレキサンダーは去った。だが、周囲には未だに敵味方が入り乱れている。戦闘こそ起きてはいないが今にも戦闘が起きても不思議ではない状況だ。
「悠人。私がもう一度」
『この状況での歌姫の語らいは必要ないだろう。今必要なのはリーダー同士の会話だ』
ストライクバーストがゆっくりと浮上してくる。下を見ればイージスカスタムが軽く肩をすくめていた。どうやら向こうは向こうで話し合ったらしい。
ストライクバーストが同じ高度までやってくる。だが、敵意は見当たらない。
『お前達が戦いたいなら話は別だが』
「僕は戦わないことが一番いいと思っているよ。だけど、みんなを守るためなら僕は剣を使う。そして、敵を打ち払う」
『そうだろうな。我も同じだった。天界に住む我らは多くを望まない。地位も名誉もだ。いや、欲深い民がいないわけではないが、その数は少なかった。だが、今は違う。我らは土地を必要としているのだ』
その時に僕は気づいた。マクシミリアンは全体通信で戦場にいる全ての兵士に語りかけている。
本当なら止めるべきかもしれない。だけど、僕はマクシミリアンの言葉に耳を傾けた。
『我らの世界は空に大陸が浮かんでいる。原理は割愛させてもらうが今、その大陸が崩落を始めているのだ』
「つまり、天界に住む人達に危機が迫っているということ?」
『そうだ。我らは最初政府から許可を受けて土地を調査していた。だが、連絡不足からか戦闘が発生した』
うん。明らかにあの時だよね。
『この戦闘は音界側に非はない。だが、その後のことだ。その戦闘の後、音界政府は突如として調査許可を剥奪しあまつさえ我らを化け物呼ばわりした』
「だから、天界は音界に攻め込んできたんだね」
『そうだ。だが、阻まれた。お前達と第76移動隊によって』
「あれだけ大規模に来たらね。さすがに対処させてもらうよ」
『我らはそれを恨んでいるわけではない。だから、我らは考えた。音界をさらに住みよくする手伝いをすればいいのではないかと。だから、我らはレジスタンスと協力することにした。だからこそ、我はお前に尋ねたい』
ストライクバーストがエネルギーソードの先を向けてくる。僕は『天剣』を抜き放ってその先を合わせた。
ストライクバーストに攻撃する意志はない。だけど、こうしておかないとメリルを守れるかわからない。
『真柴悠人よ。お前はどのような世の中を目指す?』
「僕? メリルじゃなくて?」
『本来なら歌姫に聞くべきだろう。だが、最大の力はお前だ、真柴悠人。だから、我はお前に尋ねる。お前は何を目指しているのだと』
その言葉に僕は考える。全体通信である以上、間違えれば敵味方の数を大きく変えかねない。
メリルは戦わないことを願った。だから、僕も同じように言うべきだろうか。
「悠人」
メリルが優しく僕の頭に手を置いてくる。
「悠人は悠人の言葉で語ってください」
「でも」
「悠人は私の騎士である前に一人の人間です。だから、あなたの意志を返してください」
「だけど、僕はメリルの『歌姫の騎士』だから」
だから、個人の意志を介入させるわけにはいかない。僕はメリルを守るための剣なのだから。
「だからこそです。この状況に役職は関係ありません。悠人が望む悠人だけの夢物語。それを話してください」
「わかった」
しぶしぶ頷きながら僕は小さく息を吸い込み、そして、口を開いた。
「僕は」
そう語り始めようとした瞬間、後方からやってきた一筋のエネルギー弾がストライクバーストに直撃した。
ストライクバーストが大きく下がり、それに反応したクロラッハ側レジスタンスが武器を構える。それに対抗するようにこちら側も武器を構えた。
『よくやった、悠人』
ゲイルさんの言葉と共に空中からエネルギー弾が降り注ぐ。不意をついた攻撃に何機ものフュリアスが撃ち落とされた。
攻撃を受けたからか何機のフュリアスが空に向けてエネルギーライフルを構えた。だが、エネルギーライフルを構えたフュリアスはすぐさま撃ち落とされる。
僕はとっさに『天剣』を背中の鞘に収めてグラビティカノンダブルバレットを作り出した。
クロラッハ側レジスタンスを攻撃している以上、空から攻撃しているのはこちら側の戦力。だから、悠遠は反撃されない。
『全員攻撃を開始! 今の内に流れを握るぞ!』
「ゲイルさん、ダメ!?」
すかさず悠遠を前に動かしながら空に向かってグラビティカノンダブルバレットの引き金を引く。
莫大なエネルギーの塊は空を斬り裂き雲を吹き飛ばした。
「これ以上の戦闘は『歌姫の騎士』の名において許さない! これ以上は無意味だから戦うのを止めて!?」
『無意味。違うな。悠人、歌姫メリル。本当ならこのタイミングでこういう手段は取りたくなかったが、これ以上のタイミングではこちらが危ないみたいだな。今までの行為は感謝している。本当に助かったよ』
その言葉に嫌な予感がする。
まるで、背筋を何かが這いずり回るくらい嫌な予感が。
「メリル。無理をするよ」
「はい」
僕はすかさず出力を上げながらコマンドを打ち込んだ。
『お前達のおかげでようやく状況が揃った。なあ、悠人。今の状況をどう見る?』
「極一部を除く音界戦力のほとんどが集結した状況」
『そうだ。なら、こう聞けばいいか? もし、この戦力が全ていなくなれば音界はどうなる?』
その瞬間、天から莫大な量のエネルギー弾が降り注いできた。
『さあ、全ての破壊の始まりだ!!』
「メリル!」
「FBD作動!」
悠遠のエネルギー総量が跳ね上がる。莫大なエネルギーを有する悠遠の翼全てを臨界状態まで作動させる。
前と比べてエネルギーは単純に二倍。FBDモードでの二倍はすでに天文学的数値に近い値となっており、悠遠に出来ないことはないとも言えた。
「『守護』の力!」
降り注いできた莫大な量のエネルギー弾を全て魔力の光の輝きを発する壁が受け止めていた。
「ゲイルさん、どういうこと!? あなたは慕っていたレジスタンスのみんなも殺すつもりなの!?」
『なあ、悠人。敵味方って何だと思う?』
「えっ?」
『利害の一致。今までの俺が欲していたのは資金であり機材だった。レジスタンスというのはそれを手に入れるための手段にしかすぎない』
その言葉に僕は絶句する。ゲイルさんがレジスタンスをやっていたのはみんなを守るためじゃない?
『なっ。ゲイル、貴様!』
『落ち着けナイト!』
『離せ、セリーナ! 俺は! 俺は!!』
『そこまで落ちたかゲイル。虫けらの人間の中でも最も虫けらだな』
みんなの叫びがスピーカーから聞こえてくる。僕はそれを聞きながら声を荒げた。
「僕達の行為を利用したのか!?」
『利用? 違うな。お前達が俺を手伝ってくれただけだ。さあ、そろそろ終わりにしよう。たった一機でこの状況を守りきれるとでも?』
「たった一機じゃない。みんながいる。ここにはみんなが」
『ならば勝てるのか? この機体達に』
その瞬間、空から何かが降ってきた。地面に着地した瞬間に粉塵を上げて視界を塞ぐ。
そう、上空にいる悠遠の視界すらも粉塵が塞ぐぐらいの質量であり巨体。それは首都を襲った巨大なフュリアスに酷似していた。
ディザスター。それが視界の中には五機並んでいる。そう、五機も並んでいる。
『バカな。ディザスターが何故ここにある!?』
マクシミリアンの叫びは本気の叫びだっただろう。それに対する回答は簡単だった。
『さあ、死ね、マクシミリアン』
「悠遠!」
ディザスターの全ての砲がエネルギー弾を吐き出した。破壊の暴力を全て『守護』の力で受け止めながら僕は前に出る。
五機のディザスターを相手に出来るのは悠遠やイグジストアストラル、ストライクバーストくらい。今は時間を稼ぐしかない。
「全機に通達します!」
だから、僕は通信を開いた。
「全機撤退を開始! このまま東方に向かいフルーベル平原で陣形を組み直して。ナイトさん、マクシミリアン。みんなをお願い」
『待て! 真柴悠人! たった一機で戦うつもりか!? 無謀だ!!』
『ちっ。てめぇ、英雄気取りか!?』
「マクシミリアン、ナイトさん。この中でディザスターの攻撃からみんなを守りながら戦えるのは僕だけだよ。だから、行って」
『悠人、私も』
「鈴は撤退を援護して。ここは僕一人で十分だから」
『でも!?』
「行って、お願いだから」
レーダーに移る機体群がゆっくりとディザスターから離れていく。『守護』の力はまだまだ保つ。だから、撤退が終わるまでディザスターをこの場に引き止めておくことは可能だ。問題は撤退中の部隊に敵が襲いかからないかどうか。
さすがにそれは撤退中の鈴やマクシミリアンに任せるしかない。
「メリル、ごめんね。こんな危険なことに付き合わせて」
「いいえ。皆を守るためならば仕方のないことです」
「ありがとう。ゲイルさん、いや、ゲイル」
『悲しいな、悠人。昔のように俺をゲイルさんと呼ばないのか?』
その言葉に僕は首を横に振った。
「呼ばないよ。ゲイル。あなたは歌姫をも裏切るの?」
『なあ、悠人。戦いを無くすためにはどうしたらいいと思う? 俺はたくさん考えたさ。その結果がこれだ』
「世界に存在する軍事力を消し去る」
『そう。俺はこの音界に来てから世界の現実を知った。音界は都合のいい世界だったんだ。精霊召喚符が生まれたのもこの世界。フュリアスが開発されたのもこの世界。そして、歌姫が象徴である世界。俺は理解した。この世界なら、『ES』で目指せた平和な世の中を作り出せると』
「その答えがこれ?」
圧倒的な力で世界を掌握する。確かに、これなら世界を手に入れることは可能だろう。
だけど、ゲイルは何もわかっていない。そう、何も、アル・アジフさんが目指していた理由が何もわかっていない。
「僕達はそんなことのために戦っているんじゃない。僕達はただ、新たな未来を求めて戦っているんだ。ゲイルは何もわかっていない」
『悠人。何を言っているんだ? お前は何を目指して』
「僕が目指すのは目先の平和じゃない。僕は未来を目指すんだ。僕達が望む新たな未来に向けて」
背中から『天剣』を抜き放つ。そして、しっかりと両手で構えた。
ディザスターの最大射程は分からない。だけど、最大射程よりも遠くにみんなが下がるまでは僕も下がれない。だったら、少なくとも一機は破壊すべきだ。
「いくよメリル」
「はい」
そして、僕はペダルを踏み込んだ。