第二百九話 剣士二人
「どうして」
ギルバートが腕に抱えた音姫を下ろす。そして、レザリウスに向かって一歩を踏み出した。
「ちょっと慧海達とこれからのことで喧嘩をしてね。仲違いしたからここにやってきた」
「えっと、意味がわからないんですけど」
「気になったからだよ」
その言葉に音姫の頬が赤くなる。だが、ギルバートは背中を向けているためそれに気づかない。
「悠人や悠聖に」
「ギルバートさんってホモ?」
「いきなり何を言っているの?」
ギルバートが驚いて振り返った瞬間、レザリウスが地面を蹴った。そして、右腕を振り抜く。だが、その右腕をギルバートは軽々と白の刀であるシュナイトフェザーで受け止めていた。
ギルバートは細い。鍛えていないという意味ではないが細い。だから、音姫にはその体のどこから力が出ているか不思議だった。音姫も同じなのだが。
「お前は誰だ? お前からは違う感じがする」
「へぇ、僕の神気がわかるんだ。じゃ、名乗らないとね」
ギルバートがレザリウスを弾き飛ばす。そして、ギルバートは黒の刀であるラファルトフェザーを引き抜いた。
「伝承神ギルバート。全ての過去の伝承を紡ぐ神さ」
「伝承神? まさか、その神剣は」
「知っているんだ。だったら大丈夫だね。この力を説明しなくても」
ラファルトフェザーとシュナイトフェザーの能力は音姫も知っていた。いや、白百合流の秘剣を継承する立場だからこそ知っているというべきか。
白百合流秘剣第三節『風迅結閃』。抜き放った剣による遠距離での空間断絶。秘剣の中でもかなり難しいものの一つで神剣と同じ能力を限定的に使用したものだ。
その能力の元となったのがシュナイトフェザーの空間断絶。
「さて。今回はさっさと終わらせるべきだから早めにしないとね。だから、これで」
「そうはいかない、と言えば?」
その言葉に音姫とギルバートの二人が背中合わせになる。ギルバートはレザリウスと。音姫はいつの間にか現れた黒猫と背中合わせになっている。
この場に黒猫が現れた理由はわからない。だが、レザリウスと同じくらいに警戒すべき相手でもある。
音姫はギルバートと背中合わせになったまま光輝の柄を握り締めて腰を落とす。
「白百合音姫だけかと思えばギルバート・F・ルーンバイトも一緒か。これは厄介だな」
「ルーンバイト? フェルデじゃなくて?」
振り返ることなく音姫はギルバートに疑問をぶつける。ギルバートも振り返ることなく頷きで返した。
「そうだよ。僕はルーンバイトでありフェルデでもある。だから、どちらを使っても正しい名前なんだ」
「真ん中が嫁ぐ前の家名ってこと?」
「正確には母の家がフェルデ家だったからね。間違ってはいないけど」
「余裕だな。こういう状況にいながら」
レザリウスと黒猫に囲まれていながらということだろう。黒猫は竜使い(ドラゴンマスター)であり悠聖を倒したという話を音姫は聞いている。
だが、黒猫のそばに竜使い(ドラゴンマスター)の代名詞であるドラゴンがそばにはいない。だから、気をつけるべきはレザリウスのみ。
「邪魔をするな。これは我の戦いだ」
「邪魔をするつもりは無かった。だが、神鬼ともあろうあなたが小娘一人に対処出来ていないではないか。やはり、仮初めの姿では本来の力を発揮出来ぬか」
「黙れ。本来の力を使えば矮小な人間など。いや、伝承神がいる以上、使わずにいないでいることは自殺行為か」
その言葉にギルバートの体が強張るのを音姫は感じた。
ギルバートの強さはギルバートが一番知っている。そして、伝承神の強さを知るということはギルバートの強さを知るということだ。
レザリウスは本来の力を使わずにはいられない。それはつまり、本来の力ならばギルバートすら相手に出来るということだ。
だが、その状況こそ音姫が得意とするところ。レザリウスが神の力を使うならば光輝の力が最大限発揮される。
「音姫さん。これから僕が言うことをちゃんと聞いて欲しい」
「ギルバートさん?」
「レザリウス。神に使える神鬼の五柱の内の一体。神鬼の中で力を司る存在にして始まりを意味する神だ」
「始まり? 破壊は創世の始まりってこと?」
「そうだ。レザリウスは特殊な体をしている。一つは魔力を使った攻撃は届かない。神剣以外のね。そして、レザリウスの攻撃はあらゆる障壁を貫く力を持っている」
「じゃあ、私が歌姫の力を使って攻撃を防げば」
「簡単に砕かれるだろうね」
素直に音姫はこの話を聞いていて良かったと思う。そうでなければレザリウスの攻撃を信頼する力で受け止めてわけもわからず死んでいただろう。
音姫が頼れるのは光輝の剣だけ。そして、光輝が輝いた時の身体能力はギルバートを遥かに凌駕する。
「黒猫は僕が倒す。だから、レザリウスを」
「わかりました。私と光輝なら、何でも倒せるから」
「お願い」
その瞬間、二人の位置が入れ替わった。位置が入れ替わるのとレザリウスの体が吹き飛ぶのは同時。代わりに、青い鬼の姿でレザリウスが現れた。
自分の力を思い出すかのように両手を握り締めている。
『ふむ。悪くはないな。長年使っていないから違和感があると思ったが』
「前の体と上手く同調出来ていたからだな」
『ああ。黒猫は下がれ。小娘と伝承神くらい我が力だけで倒せる』
「へぇ~、見くびられたものだね」
『伝承神。お前の力はすでにわかっている。お前こそ我を見くびっているのではないか?』
「僕じゃないよ」
音姫が静かに光輝を引き抜く。光輝の刃は光輝き音姫の体に力を与えている。
光輝く刃を持つから光輝。
その能力は対神戦において最大限発揮される。
『光輝の力。だが、神を憎む心によって生まれた神剣に我が力が適わぬとでも思っているのか? 馬鹿らしい』
「それは違うよ」
ギルバートが笑みを浮かべながら、まるで生まれた経緯がわかっているかのように語る。
「光輝は神を憎む心から生まれたんじゃない。光輝を生み出した人物はとある神に恋をしていた。そして、その神を守るために友人に光輝を渡したんだよ。例えどんな聖人君子であろうとそれだけは否定させない」
「神を守るために?」
「僕は伝承の神。過去の事実を見ることが出来る力を持つ。光輝は人と神が愛し合った証明だからね。だから、勝つよ。光輝は担い手と担い手の守りたい人達を守るために振るられるから」
『なるほど。光輝だけが他の神剣を凌駕する能力を持つのはそれが原因か。面白い。その力、試させて』
「いきます!」
その瞬間、音姫は地面を駆けていた。さっきより早く、そして、さっきより鋭くレザリウスの懐に潜り込む。
レザリウスはとっさに腕を振って振り抜かれた光輝を弾いた。レザリウスの身体能力は上がっている。神鬼となりさっきよりも遥かに強くなっているだろう。
だが、音姫はさらにその上を行く。
弾かれた光輝の刃が翻りレザリウスを狙う。レザリウスはとっさにバックステップを取って後ろに下がった。だが、遅い。
振り抜かれた光輝が同じ軌道を描きながら戻っていく。そして、さらに同じ軌道を描いて振り下ろされた。
紫電逆閃からの紫電連閃。連続の攻撃にレザリウスはさらに後ろに下がる。それは音姫に連続攻撃のチャンスを与えるということ。
紫電連閃によって振り下ろされた光輝の刃が音姫が回転するのと同じような軌跡を描き動く。もし、レザリウスが下がっていなければ大きな隙をさらしていただろう動作。紫電連閃によって振り下ろされた刃は回転しながら再度レザリウスに向かって振り下ろされる。
先程の動きを見ていたレザリウスは前に踏み出した。先程みたいに隙を狙うために。だが、それに音姫は笑みを浮かべる。
「雲散霧消!」
動きの流れを殺すことなく回転して振り下ろす刃は白百合流の中でも上位に入る威力を持っている。だから、その一撃はレザリウスの体を大きく弾き飛ばした。
「なっ」
レザリウスの驚きに音姫は距離を詰めることで返す。
地面を抉りながらの振り上げである無常の太刀がレザリウスの右腕に大きな斬り傷をつける。そして、返しで放たれた無名の太刀が右腕を肘辺りから斬り飛ばした。
だが、白百合流はこれだけでは終わらない。
音姫の体が霞む。それと同時に音姫が四人の分身に別れていた。それがレザリウスにわかっていながらレザリウスは分身である四人に対処しなければならない。何故なら、この技、琥珀霧消は分身でありながら本体の一撃なのだから。
レザリウスが分身の斬撃を堪える。だが、それだけで終わらなかった。四方向から駆け抜けた分身は再度レザリウスに斬りかかる。速度は遅く対処は容易い動き。だからこそ、本体の動きにわかっていながらレザリウスは体を動かすことが出来なかった。
一瞬で懐に飛び込んだ音姫が鞘から光輝を抜き放つ。
「鬼払い!」
20に及ぶ斬撃がレザリウスの体をズタズタに斬り裂く。だが、まだ終わっていない。体に残る力を確認しながらレザリウスが見た先にいるのは、光輝を振り上げた音姫の姿だった。
「白百合流滅び斬り『陸斬り』」
本来なら単体に使うものではない戦場を分断させる一撃がレザリウスの体を大きく斬り裂いた。
手応えを感じながら音姫は後ろに下がる。そして、光輝を一度血を払うように振り鞘に収めた。
ほんの3秒にも満たない超高速連撃。人の動きとしては常識を逸しているが、神の動きとしてはギリギリで最高峰に位置する動き。言うならば存在する全てのものの中で最速の連撃を音姫はレザリウスに叩きつけていた。
速度はもちろん、並の人間なら十数回死ねるであろう威力の連撃を叩き込んだ音姫は周囲を警戒しながらもレザリウスを睨みつけている。
レザリウスの体は大きく斬り裂かれ、見た目ではどう考えても死んでいる。だが、相手は神鬼。人の常識で考える相手じゃない。
だから、音姫は警戒する。
「どうやら、かなりのダメージを与えたようだね」
すると、不意に音姫にギルバートが背中を合わせてきた。肩で息をしているところを見るとかなり苦戦しているようだ。
「位置を変えよう」
その言葉に二人は位置を変えた。すると、そこにいたのは真っ赤な鱗のリザードマン、じゃない。まるでドラゴンかのような威圧感を放つ二足歩行の真っ赤な鱗を持つ存在。
二足歩行の蜥蜴と言うのは簡単だが、その気配は蜥蜴という次元を超えている。
「あれは?」
「竜使い(ドラゴンマスター)の奥義である竜化。はっきり言うならこんなところで切り札を使ってくるなんてね」
「あれが黒猫の切り札」
「能力は厄介だよ。赤鱗竜化の能力は」
そうギルバートが口にしようとした瞬間、世界が遅くなった。だから、音姫は直感的に理解する。
今の黒猫の状態である赤鱗竜化の特殊能力は感覚を引き伸ばす能力だと。
「終わりだ」
黒猫が駆ける。赤鱗竜化のまま凄まじい勢いでこちらに向かって駆けてくる。対する音姫は光輝を鞘から走らせる。だが、遅い。
能力の圏外に避けようと必死に足を動かすがそれでも遅い。
黒猫が腕を振り上げる。それに対して音姫が光輝を合わせようとして、振り下ろされた腕をギルバートがラファルトフェザーで受け止めていた。
黒猫が大きく後ろに下がりギルバートと音姫の位置が入れ替わる。
「赤鱗竜化の対象は一体だけ。二人で対処すればどうということはない」
「レザリウスは?」
「僕達二人なら二人を相手に出来ると思わないかな?」
音姫が視線を向けた先にはゆっくりと立ち上がるレザリウスの姿があった。だが、音姫から受けた傷はほとんど癒されておらず、まさに満身創痍という状態だった。
油断するのはダメかもしれない。だが、音姫とギルバート、剣士二人なら竜化した黒猫や神鬼レザリウスと戦えるだろう。
「光輝。私に力を貸して」
「伝承。行くよ」
二人が背中合わせになりながら武器を構えた。
「「勝負!」」