第二百八話 戦場に羽ばたく翼
「なぁ、アル・アジフ」
動きを止めたアストラルルーラ、アストラルレファス、『天剣』アストラルソティスを見ながらルーイは隣にいるアル・アジフを見る。
「あれは何なんだ?」
そう言いながらルーイが見るのは悠遠が飛び去った方角。同じようにアル・アジフもそちらを見ながら小さく溜め息をついた。
「神、という表現が一番近いの。フュリアスでは本来到達出来ぬ高みを目指したのが悠遠じゃから」
「神、か。冗談ではなさそうだな」
「当たり前じゃ。フュリアス。神に対する怒りの力。我はそう名付けたのじゃから」
「神に対する怒りの力ね。神に対抗するには神しか存在しないから神のごとき力というわけか」
「そういうものではないぞ」
そう言いながらもアル・アジフは魔術書アル・アジフを浮かばせそこに腰を下ろして宙に浮く。
「そもそも、神というのはユニークスキルと不老能力を持つ存在じゃ。ユニークスキルの効果にもよるが、超一流の人間ならば倒すのは難しくもない」
「そういうものなのか」
「そういうものじゃ」
「難しいな。この世界は」
その言葉にアル・アジフは何も返さない。アル・アジフも同じように思っているからだ。
いくら悠遠のような機体を作り上げても勝てない相手だって存在するから。
「悠人。そなたはどこに向かおうとしているのじゃ?」
だから、その呟きを答えられる人物は誰もいなかった。
「メリル。お願い」
「わかりました」
僕は周囲を見渡しながら背中の六翼を大きく広げる。今の出力はFBDモードに匹敵する。しかも、FBDモードの不安定さはどこにもない。
戦場での攻撃は止み、代わりに全ての視線が悠遠を貫いている。
「皆さん、これ以上の戦闘は無意味です。武器をしまいお互い退却してください」
メリルが全体無制限通信でこの戦域にいる全員に語りかける。歌姫の力を使わずに歌姫の言葉で語りかける。
「私はメリル。歌姫メリルです。これ以上の戦いは望みません。もし、これ以上戦闘するならば私は」
メリルはそこで言葉を切った。そして、決心したように口を開く。
「歌姫の騎士に敵味方関係なく撃破するように通達します」
「ちょっ? メリル!?」
その言葉に真っ先に反応したのは僕だった。すぐさま振り返りメリルを見ると、メリルは楽しそうに笑みを浮かべていた。
まるで悪戯を行った子供のように。
確かに、今の悠遠ならストライクバーストやアレキサンダーが束になっても負けない自信がある。すでにエネルギーライフルの通常出力がグラビティカノンダブルバレット並だし、グラビティカノンダブルバレットもカートリッジ無しで最大駆動が可能だ。
機動力も変形時のエクスカリバー並にあるかもしれない。『守護』、『悠遠』、『栄光』の力がある以上耐久性も文句無し。
これでまだ一つ欠けてあるのだから信じられない。
「私は戦いを望みません。それは、過去の戦争によって私はたくさんの苦しみを知っているからです。食料が無く飢えていく人達。友達が一人、また一人と倒れていく姿。幼い時の私はそれを見ていました。戦争を直接見ていなくても、戦争による爪痕は大人達ではなく子供達に大きな傷を残します。ですから、私は戦いを望みません。そして、宣言させていただきます。今の私はどちらの味方でもないと。私はレジスタンスの勢力ではなく、歌姫の勢力としてここにいます。悠人、お願いします」
「はぁ、わかった」
僕は小さく溜め息をついてグラビティカノンダブルバレットを作り出した。
この状態におけるグラビティカノンダブルバレットは極めて強力だ。カートリッジ無しでの最大出力でもかなりの威力を見込める。
「歌姫メリルの提案を聞かないなら、この僕が、『歌姫の騎士』真柴悠人が全機撃破する。その覚悟があるなら戦えばいいよ。僕は、何にも負けないから」
『邪魔をするな!』
その声と共に上から何かが向かってくる。僕はすかさず視線を上に向けるとそこにはアレキサンダーの姿があった。どうやら腕を換装したらしく、その腕はどこから真新しい。
アレキサンダーが悠遠に向かってエネルギーソードを振り下ろしてくる。僕はそれを作り出したエネルギーソードで受け止めた。
『この戦いことこそが音界の運命を決める戦い。それを個人の事情で止めるな!!』
「例えそうだとしても、戦うのはおかしいよ! 僕達はわかりあうことが出来るのに!」
『わかりあうことなど出来るものか。ならば何故、戦争が起きた。何故、この状況になっている? 全ては政府がふがいないからだ。このまま政府側の意見を聞いているわけにはいかに。我らは新たな秩序を作り出し、この音界に平穏と安寧を与えなければならないのだ! それが我が神としての使命。我はそれを成し遂げねばならない! 邪魔をするな、歌姫!』
「邪魔をするよ。この場ではもう戦わせない。誰も、殺させはしない。僕が歌姫の騎士だからじゃない。僕は同じ人間としてあなたを止めるんだ!」
僕はアレキサンダーを弾き飛ばした。そして、背中についてる『天剣』を抜き放つ。
エネルギーソードなんて必要ない。この力さえあれば僕はこのままアレキサンダーを戦闘不能に出来る。
「悠遠。力を貸して。僕に、力を!」
『出来ると思っているのか!? そのような力で、そのような能力で、そのような技量で全ての戦いを止められるとでも思っているのか!?』
「諦めなければどうどでもなるんだ!」
『天剣』を振り上げてアレキサンダーに斬りかかる。アレキサンダーはエネルギーソードで『天剣』を受け止めた。だが、そんなもので受け止められるほど『天剣』の刃は弱くはない。
出力を上げながら押し込むように力任せに振り抜いた。アレキサンダーは大きく後ろに下がりエネルギーライフルを構える。
引き金なんて引かせない。僕は『悠遠』の力を使い悠遠をアレキサンダーの背後に出現させた。そして、『天剣』を振りかぶる。
「これで」
その瞬間、体中にソグリと嫌な予感が駆け回った。僕がすかさずその場から離れるとアレキサンダーがゆっくりと振り向いてくる。
「悠人?」
心配そうなメリルの声は耳には入るが頭の中をすぐに通り抜けた。
おかしい。前に少しでも進もうとすれば嫌な予感が襲ってくる。おかしい。絶対におかしい。
今の悠遠はアレキサンダーとは比べ物にならないはずなのに、どうして、こんなにも体が震えるのだろうか。恐怖じゃない。これは、何?
『ふっふっふっ。悠遠。やはり、その力は凄まじい。だが、我がアレキサンダーの進化の前には適わない』
「どういう、こと?」
嫌な予感がする。全ての感覚が僕に逃げろと叫んでいる。でも、逃げれるわけがない。
レバーを握り締めながらアレキサンダーの動きを注視する。どうすればいい? どうすれば、他に選択肢がある?
『見せてやろう。フュリアスの新たな進化の先を!』
その瞬間、アレキサンダーの背中の砲がまるで翼のように開いた。そして、巨大な魔力の翼が現れる。
その瞬間、僕の頭の中で叫びが響き渡った。あまりの衝撃に僕は思わずレバーを握る力を強める。
この叫び、いや、嘆き? 悲しんでいる。理由はわからないけど悲鳴を上げている。
『今ならまだ間に合う。投降しろ。この機体の、進化の極限に辿り着いたアレキサンダーに勝てるものなどいない!!』
「進化の極限だって? これが進化の極限だと言うの?」
身を切り裂かれたかのような叫びがわかる。悠遠と深く繋がっているからかもしれないが、その叫びはやってはいけない部類の叫びだ。何かを犠牲にしている。
あの紛い物の翼は何かを犠牲にして作り出している。直感的にそうわかるから。
「クロラッハ。アレキサンダーは何を犠牲にしているの? あなたの機体からは悲鳴が聞こえる」
『悲鳴? なるほど。精霊結晶の叫びを聞くか。これは人類に叡智を授けるものだ。犠牲などではない』
「犠牲だよ。それは犠牲なんだよ! あれを破壊しないと。精霊はそんなことのために使っていい存在なんかじゃない!」
『何とでも言え。音界の平穏のためなら何でも使う。そういうものではないのか? だからこそ我は』
『動物愛護団体もとい精霊召喚師達を敵に回す覚悟があるならそれでもいいんじゃないか?』
そこに、水晶の花弁から作り上げられた翼を持つ悠聖さんと純白の翼を持つルーリィエさんが悠遠の前に飛び出してきた。
どうして、二人がここに?
『返してもらうぜ。精霊結晶を』
鞘から走らせた光輝が甲高い音と共に相手を弾きながら弾かれる。音姫はすかさすその勢いを利用して回転しながら前に踏み出した。だが、レザリウスは弾かれた勢いを利用して後ろに下がっているため攻撃は当たらない。
音姫も後ろの下がりながら光輝を鞘に収める。
「厄介だね。速度は勝てるけど、力が勝てない。それに、硬い」
「硬い? ああ。この体は魔力によってコーティングされている。物理的な攻撃なら簡単に弾ける」
「それに、ベースが人だからか神の力があっても光輝の力が発動しない」
「光輝? ああ、神殺しの刃か。確かに、今の我が体は神とは程遠い。だが、好都合だ」
レザリウスが身構える。レザリウスの戦い方は至ってシンプルだった。
力任せに殴る。ただ、それだけ。
その力というのが問題で一撃でも受けたなら音姫の体はばらばらになってしまうだろう。おそらく、対抗できるのは由姫か愛佳のどちらか。
「我が力は神の力。光輝に反応しないならそれこそ好都合と言うもの」
「どうかな? あなたは私の力を甘く見ているんじゃない?」
「どうかな? お前は我が力を甘く見ていないようだが」
「そりゃね。私は過小評価はしない。だって、私は生まれてから魔術なんて使えない体だったから。さて、時間もないしそろそろ終わりにしようか」
音姫が腰を落とす。それに反応するようにレザリウスも腰を落とした。
レザリウスに対抗するには音姫は白百合流の基本である連続攻撃を叩きこむのがいいだろう。だが、一瞬でも崩れればレザリウスの攻撃によって音姫は一撃でやられる。
誰が見ても音姫の方が不利だ。だが、音姫の表情にはそんな不利をものともしない自信で満ち溢れていた。
だから、レザリウスは警戒する。いつでも防御できるように距離を保ちながら一挙一足を注視する。それが、失敗だとわからずに。
「白百合流秘剣第二節」
そして、音姫は静かに光輝を鞘から走らせた。紫電一閃よりも遅く、だけど、普通に抜き放つよりも早い動き。それはまるでその動作が大事だとでもいうかのような動きだった。
「『風迅結閃』」
静かに音姫が技名を告げた瞬間、動きがあった。レザリウスの左腕が静かに地面に落下し切断面から鮮血を飛び散らせる。
レザリウスは何が起きたかわからなかった。対する音姫はそれを見ながら静かに光輝を鞘に収める。
「次で、終わらせる!」
そして、地面を蹴ろうとしら瞬間、大きな衝撃がこの場を襲った。走りだろうとした音姫はたまらずその場に膝をつき、その隙を見たレザリウスが右腕を振り上げながら音姫に向かって地面を蹴る。
揺れる地面に対して下半身に力を入れながら音姫は光輝を鞘から抜き放った。だが、力の無い一撃で光輝だけが払われる。
「終わりだ」
そして、レザリウスが右腕を振り下ろそうとした瞬間、何かが駆け抜けた。それと同時にレザリウスの前から音姫の姿が消えてレザリウスの右腕が地面を砕く。
「バカな」
完全に避けられない状況だったはずだ。それなのに、避けられた。その事実にレザリウスは気配がする方向を振り向く。そこには音姫を腕に抱えるようにして立つ一人の青年の姿があった。
腰に白と黒の刀を差した純白の衣装と白銀の紙を持つ青年。
「ギルバート、さん?」
音姫が恥ずかしそうに頬を赤く染めながらその人物の名を呼ぶ。呼ばれた人物であるギルバートは静かに笑みを浮かべて音姫を地面に下ろした。
「本当なら介入すべきじゃなかったかもしれないけど、僕は放っておけなかった。もう大丈夫だよ。僕がここにいるから」