第二百六話 戦場の混乱
「なっ」
その光景をルーイは目を見開いて見ていた。
敵の攻撃、おそらくストライクバーストかアレキサンダーの一撃によって要塞の一部がエネルギーの塊によって薙ぎ払われたのを。
戦場での攻撃の手が完全に止む。それは敵も味方も動きを止めてしまうほどの事態だった。
『ルーイ』
「リマ、わかってる。状況エコーはクリアしている。これより撤退する!」
その言葉と共に『悠遠』の力で地上にゲートを作り上げた。そして、そこに『天剣』アストラルソティスが真っ先に入り込む。続いてリマのアストラルソティスが入った。
「遅れるなよ」
『誰にものを行ってるんだ?』
『栄光』アストラルレファスが金色のオーラを纏う。それを見たルーイは小さく笑みを浮かべてゲートの中に飛び込んだ。
残るは『栄光』アストラルレファス。
「さて、いっちょ派手にやりますか」
「なっ」
その光景にゲイルは目を見開いていた。何故なら、その光景はある意味ありえない光景だったからだ。
アレキサンダーの一撃が要塞を薙ぎ払った。
言葉としては簡単だがそれはアレキサンダーがありえない、いや、ベイオウルフに匹敵する現技術水準では最高クラスの機体だというのがわかる。
「ゲイル!」
「わかっている。レヴァイサン出現準備。ゲイルダンサーも出すぞ。運がいいことに中央秘密基地は破壊されていない」
「わかった。ゲイルダンサーということはお前も」
「ああ。このままでは全滅してしまう。なら、こちらが全滅するよりも前に」
そして、ゲイルはニヤリと笑みを浮かべた。
「敵を殲滅すればいい」
イージスカスタムが前に走る。ローラーを使った加速は森をものともせず駆け抜ける。実際には頸線から作り出した鋭い刃を持つ靴のようなものを履いているからだが。
対する目前のアレキサンダーは信じられないという風に棒立ちだった。
それはそうだろう。攻撃を止められた上に地面に叩きつけられ、さらにはイージスカスタムのパイロットである七葉は自ら希望神と名乗った。混乱するのは無理もない。
「速攻で倒す」
七葉はそう言うと身に纏っていた頸線を解いて剣としアレキサンダーに斬りかかった。アレキサンダーはとっさに頸線で造られた剣をエネルギーソードで受け止める。
『貴様は何だ。自らを神呼ばわりするとは神に失礼ではないのか?』
「その言葉、そっくりそのまま返さしてもらうよ! 私は名乗ったはずだよ、希望神だと。だったら、神と自称するあなたは何の神なのかな?」
『それは』
クロラッハが言葉に詰まる。当たり前だ。クロラッハは神ではない。だからこそ、こういう質問には答えられない。
だが、七葉はどうどうと答えられる。何故なら、七葉は神となったから。
「私は希望の未来を掴む神。あなたみたいな紛い物には負けないんだよ!」
『紛い物。貴様、貴様こそ神を自称する』
「なら、試してみればいいじゃん。私の、私の神としての力を!」
頸線が槍となる。そして、イージスカスタムは槍を構えた。
ベイオウルフと打ち合うことが可能なアレキサンダーにとってこの申し出は笑みが浮かぶ状況だった。
例え、ベイオウルフ並みの出力があろうともイージスカスタムはアレキサンダーに勝てない。それを実現出来る力があるとクロラッハはアレキサンダーに信じているから。
だから、アレキサンダーは前に駆け出した。エネルギーソードを振り上げながらイージスカスタムと打ち合おうとイージスカスタムに向かって飛びかかる。
対するイージスカスタムは一歩後ろに下がった。アレキサンダーの振り下ろしたエネルギーソードは地面に突き刺さり大きな隙を晒す。
「これで終わりだよ!」
その言葉と共にイージスカスタムは槍を振り抜いた。穂先はアレキサンダーの両腕を肘辺りから斬り飛ばす。そのまま返した穂先がアレキサンダーのコクピットを斬り裂くより早く、穂先をエネルギーソードが受け止めた。
イージスカスタムはとっさに後ろに下がると乱入してきたストライクバーストが肩の砲をイージスカスタムに向かって放つ。イージスカスタムはそれをエネルギーシールドで受け止めながら後ろに下がった。
『クロラッハを殺させるわけにはいかないのでな』
「ストライクバースト。天王マクシミリアン」
現れた機体の姿に七葉はレバーを強く握り締める。いくら七葉が強力な神の力を持っているとはいえ相手がストライクバーストだと分が悪い。
『やはり、お前はとっくの昔に殺しておくべきだったかな?』
「どうかな? この未来だからこそ救える人達もいるかもしれないよ?」
『どうだろうな。今となっては話は変わってくるが』
「やるの?」
イージスカスタムが槍を構える。対するストライクバーストはアレキサンダーを抱えた。
『こちらマクシミリアン。アレキサンダーを連れて撤退する。援護を頼む』
その言葉と共にストライクバーストが飛び上がる。そんなストライクバーストに狙い定めるようにエネルギー弾が放たれるがそれを弾くように一機のイージス、いや、七葉が乗るイージスカスタムと同じような、ただし純白の機体がアレキサンダーを守るように展開する。
七葉はその機体を睨みつけながらこの場を動けないでいた。相手が同じイージスカスタムなら変則的な攻撃を仕掛けてくる可能性がある。守りきる自信はあるが攻めながら守る自信は七葉にはない。
純白のイージスカスタムは静かに身を翻してエネルギーシールドを展開したままストライクバーストを追いかけて行った。
『その機体、イージスカスタムってことは、七葉さん?』
その言葉に七葉は振り向く。そこにはクラスターエッジハルバートを一本だけ持つ悠遠があった。そのままベイオウルフの近くに着地する。
「ハロハロ。元気だった?」
『無事だったんですか?』
『首都は反乱が起きたと聞いていましたが』
「大丈夫大丈夫。一度死んだけど大丈夫」
『さすがに冗談だよね?』
冗談ではないのだが冗談にしか聞こえない。いや、冗談しか普通はあり得ない。だが、七葉は嘘はついていない。
『アル・アジフさんは』
『ここじゃ』
その言葉には七葉も振り向いた。そこにはベイオウルフのコクピットを開けてコクピットの中で血だらけになっているリリーナの姿と、そんなリリーナに治癒魔術を当てているアル・アジフの姿があった。
『リリーナ!?』
『悠人、落ちつくのじゃ。今は安定しておる。我を信じよ』
『だけど』
『悠人』
突如として現れた反応と声にイージスカスタムは咄嗟に振り返った。そこには空中に生まれたゲートから現れる『天剣』アストラルソティス、アストラルソティス、アストラルルーラの姿があった。構えたやるを戻しながら七葉は小さく息を吐く。
戦場は混乱している。アレキサンダーの攻撃によってゲイル側レジスタンスは大きな打撃を受けた。そこにクロラッハ側レジスタンスが攻勢を強めているのだ。いくらイグジストアストラルが戦線を支えているとはいえこのままでは戦線の崩壊も近いだろう。
「でも、そろそろかな」
イージスカスタムが槍を頸線に戻し身に纏う。そして、一気に駆けだした。向かうは最前線。
「このまま時間稼ぎ。アル・アジフさんが言うには20分だけど、大丈夫かな?」
エネルギーが過ぎ去った後、そこには焼け爛れた大地とその中を何事もないかのように走る音姫の姿があった。歌姫の加護を最大限まで使って防御性を上げて走っているのだ。さもなくばアレキサンダーの攻撃かこの焼け爛れた大地によって今頃は溶かされているだろう。
「今の攻撃は、ちょっとまずいかな。このままだと奥の手を使うかもしれないし。私の想像が正しければ」
光輝を鞘から走らせる。そして、大地を抉りながら吹き飛ばした。そこに現れたのは通路、いや、通気口。音姫は迷うことなくその中に飛び込んだ。そして、前傾姿勢になりながらも変わらぬ速度で通気口を音もなく駆け抜ける。
要塞内の図を完全に覚えていなければ難しいことだが、音姫はすでにこの基地の見取り図を知っている。歌姫の力で。
「ここを抜けてこっちに行けば。そして、ここ」
素早く抜いたままの光輝を通気口の壁に走らせる。そして、斬り抜いた壁から飛び出すと、そこは薄暗い空間だった。だが、音姫はその暗さにすぐに順応する。そして、一気に駆け抜ける。
「さすがに、あんな攻撃がくるとは思わなかったな。今頃最前線は混乱しているし、あの攻撃方向だと悠聖君達も心配だけど、悠聖君とリリィちゃんがいるから大丈夫だよね。こういう時に弟くんか由姫ちゃんがいてくれたなら安心できたのに」
ぶつぶつと小さく文句を言いながらも音姫は薄暗い空間を駆け抜ける。そして、立ち止まった。そこにはるのは床にある小さな扉。おそらく、この空間に入るための扉。
音姫は慎重に光輝を走らせてゆっくりと扉をくりぬいた。そして、そこから顔をのぞかせると、そこにはフュリアスの格納庫があった。ただし、今までの格納庫とは違う。
そこに揃っているのは純白のドラゴン型フュリアスのクロノス。そして、格納庫の一番奥には真っ赤な装甲を持つ鎧を着たようなフュリアスの姿があった。
「新型? でも、レジスタンスにそんな機体を作れる技術なんて。いや、天界と繋がっているなら技術提供を受けてもおかしくはないけど」
この光景を見ていたなら不安になってくる。だが、音姫の憶測が正しいということをこの格納庫は証明をしていた。
「どうやらお気に召したようだね、歌姫様」
その言葉に音姫は咄嗟に扉から身を躍らせた。そして、光輝を鞘に収めたまま構えつつ着地する。
そんな音姫を取り囲むのは何人もの完全武装をした兵士。そこから少し離れた位置でゲイルとケンゾウが立っている。
「完全に気配を消していたはずだけど?」
「悪いが、こっちには気配を察知する手段があってね。この格納庫、気に召したかな?」
その言葉に音姫はゲイルを睨みつける。
「あなたは、指令室にいたんじゃないの?」
「この格納庫と指令室は繋がっていてね、鼠が侵入したからと来ていればまさか、敵の迎撃に向かったはずの人界の歌姫だったというオチ。まさか、俺達を裏切っていたなんて」
「裏切っていたのはどっち?」
そう言いならが音姫は深く腰を落とした。それにゲイルは軽く肩をすくめるだけ。
証拠がないと言うように。確かに証拠はない。今から探すために音姫はここに来たのだから。
「さあ、どっちでしょうね?」
そう言った瞬間、突如として壁の一角が吹き飛んだ。音姫は咄嗟に踏み出す。
ゲイル達にではなく壁に向かって。そして、土煙と共に吹き飛んだ壁に向かって光輝を鞘から抜き放ちながら上に飛び上がりつつ振り上げた。
「舞華絶楼!」
気合いの声と共に吹き飛んできた壁を切り上げて吹き飛ばす。そして、着地をしながら光輝を鞘に収めた瞬間、土煙の中から何かが音姫に向かって飛び出してきた。音姫はすかさず紫電一閃で迎撃する。
だが、光輝の刃は現れた何かに受け止めらていた。
「ぐ、グスタフ!?」
光輝の刃を腕で受け止める男の姿を見たゲイルが声を上げる。だが、音姫は眉をひそめながら後ろに下がった。
今の一撃は殺す気で放った一撃だった。それなのに、相手は受け止めた。なんの魔術も無しに。それはつまり、相手が人間と言う範疇を超越した存在であると音姫には理解出来た。
「あなたは、誰?」
光輝を鞘に納めて腰を落としつつ音姫は尋ねる。一瞬の沈黙。そして、グスタフの姿をした何かが口を開く。
「ああ。我に尋ねていたのか。我は救済のために生まれた存在。我が名はレザリウス。力を司る神鬼である」