第百九十九話 漆黒と金色
金色のオーラを纏うレヴァンティンレプリカがヘラクレスの持つ斧を大きく弾き飛ばした。そのまま金色のオーラを纏う聖剣がヘラクレスの体を斬り裂く。
血が出るのは一瞬。だが、すぐに傷は塞がった。
「いいぜ。本当にお前らはいいぜ。このまま叩き潰してやるよ」
「やれるのかい? 君のようなひ弱な男に」
「ああん?」
「そうだな。井の中の蛙だ」
金色のオーラを纏う正と漆黒のオーラを纏う孝治が二人並ぶ。その姿はまるで神と悪魔が並んだかのような姿でもあった。
ピリピリと肌をやく威圧感にヘラクレスは笑みを浮かべる。
「俺様に勝とうってか? お前らこそ井の中の蛙だ。上には上がいることを教えてやるよ、虫けら共」
「孝治」
「行くぞ」
二人は同時に地面を蹴った。ヘラクレスはすかさず斧を横に一閃にしようと振るがそれは一歩正より前に踏み出した孝治と正がお互いの武器を同時に振り大きく弾かせた。
そして、孝治がその勢いのまま回転しつつヘラクレスに向かって運命を叩きつける。だが、運命は斧の柄によって受け止められた。
動きの取れないヘラクレスに孝治の背後から身を低くした正が駆ける。そのままレヴァンティンレプリカをヘラクレスに向かって突いた。
ヘラクレスがとっさに展開した防御魔術を軽々と貫いたレヴァンティンレプリカはヘラクレスの肩をえぐる。
「弱いな」
それを見ながら二人は後ろに下がった。それにヘラクレスが顔を歪める。
「虫けらの分際で!! この俺様を!!」
「孝治。終わらせよう」
正が聖剣を鞘に収めてレヴァンティンレプリカを両手で構える。対する孝治も運命を構えた。
「俺様は負けねぇ。絶対に負けねぇ。俺様は最強だ。最強が負けるわけがな」
「破魔雷閃!」
「漆黒一閃!」
紫電と漆黒の一閃がヘラクレスの体を駆け抜けた。二つの一閃はヘラクレスの斧を砕き、ヘラクレスの体を大きく斬り裂く。
正は小さく溜め息をついてレヴァンティンレプリカを鞘に収めた。
「まさか、君が紫衣着装を使えるだなんてね」
紫衣着装。
かなり特殊な天空属性魔術で、分類的には強化魔術となる。発動時に魔力を纏うことでオーラとして威圧感を出すのにも使う。ただ、紫衣着装発動時に使用している強化魔術系統は全ての効果を失う。
紫衣着装の最大の特徴は大幅な力の上昇。これは魔力を纏うことによって全身の筋肉を活性化させるためである。
もちろん、紫衣着装自体は極めて難しい魔術であり力との引き換えに防御力及び速度を殺す効果もあり習得しても使わない人が多い。
「相手は攻撃に傾倒した奴だ。なら、こちらも力任せに戦えるようにすればいい。お前の鬼の力と同じだ」
「ごもっともだね。まあ、僕は力の強化というより技の強化だったけど」
「ところで、ルネは?」
「大丈夫。僕を誰だと思っているんだい? 傷口は完全に塞いだよ。ただ、血を大量に失ったから当分は起きないだろうね」
「無事なら良かった」
安心したような声と共に孝治が息を吐く。それを見た正はクスッと笑った。
「そうかい。さて、君は刹那達に何をやらしているんだい?」
そう言いながら正は模写されたアカシックレコードの周囲を走り回る刹那達を見た。
簡単に飛翔出来るアーク・レーベや刹那が上を担当し巫女服を着ているからか飛びにくそうにしているニーナが下を担当している。
「ルネが時間稼ぎをしてくれた間に頼み事をした。天界を救うために必要なことだ」
「天界を救うために必要なこと? うーん。思い浮かばないな」
正には孝治が考えたことがわからないらしく、少し困ったような表情と共にルネを抱え上げた。ルネは安心した表情で安らかに眠っている。
決して死んでいるわけではないが、本当に安らかに眠っている。
「途方もないことだからな。俺も上手くいくかはわからない」
「でも、やる価値があるんだろ?」
「ああ。失敗することを恐れるなら、俺は全てを使う。だから、力を貸して欲しい」
「なるほど」
そこまで言ってから正は孝治が何を言いたいのかを理解した。そして、笑みを浮かべる。
その瞬間で何を考えたのかはわからない。だが、正はその瞬間だけで孝治のやることをありだと思ったのだ。
「俺達が出来るのは時間稼ぎだけかもしれない。だが、時間稼ぎでも天界の者達を信じて時間稼げは大丈夫なはずだ」
「そうだね。さて、ちょっとだけ本気を出さないとね。みんなを救うために今まで以上に本気にならないと」
レヴァンティンレプリカが地面を削る。そして、正はレヴァンティンレプリカを鞘に収めた。
「こんな具合かな」
正が地面に描いたのはレヴァンティンやレーヴァテインのエネルギー源にアクセスするための魔術陣、真理の追求の術式が描かれていた。
そこに書き足されているのはアカシックレコードとエネルギーを共有するための術式。刹那達が必死に調べていたのはこのためのものだった。
ニーナを犠牲にして時間を稼ぐ策よりも、孝治は真理の追求による魔力供給によってアカシックレコードに魔力供給をする策を選んだ。もちろん、それは時間を稼げるかはわからない。だが、孝治は妙な自信があった。
「大丈夫なのでしょうか?」
ニーナが隣にいる孝治に尋ねる。孝治はその言葉に笑みを浮かべながら頷いた。
「信じろ」
「信じたいです。でも、アカシックレコードに作用出来るのは私のような巫女だけのはずです。空の民である正さんがいるとはいえ、アカシックレコードへの作用は魔術では不可能ではないのでしょうか?」
「普通はそうだ。だが、俺にはリバースゼロがある」
その言葉と共に孝治は展開しているリバースゼロを軽く撫でた。
「リバースゼロの原理は簡単だ。受けた力を吸収してオレに受け渡す能力。それを見て思いついた。アカシックレコードが灰の民の巫女を起爆剤として起動させられたなら、アカシックレコードに魔力を直接譲渡することが可能なのではと」
「えっと」
「リバースゼロの原理だ。莫大な魔力をまず集める。それを起爆剤の代わりとしてアカシックレコードに分け与える。人柱という存在は人という存在が生存しているエネルギーを利用している。本来ある存在が無くなった時、それは莫大なエネルギーを産むことになる」
「うぅ。孝治さんの説明は難しすぎます」
「むっ、そうか」
これでも孝治はわかりやすく説明したはずなのだがなまじ頭のいい孝治にとって自分が簡単に理解している内容を他人にわかるように話すのは難しいとはわかっていてもわかりやすく話すことは出来ない。
それでも簡単に言うなら人柱が生命という貴重かつ変えようのないエネルギーを利用する。それは途方もないエネルギーであり寿命を使うということはその寿命内で生産する魔力を使うということと同意義である。
だから、ニーナという生贄によってカバーするのではなく、真理の追求における世界を滅ぼすようなエネルギーを代用するのだ。
もちろん、その力を伝播させるのはニーナの仕事。
「孝治。準備が出来たよ」
「そうか。アーク・レーベ、刹那。ルネと共に避難してくれ。何が起きるかわからない」
「嫌だ、と言いたいところッスけど、大人しく避難するッスよ。先に上で避難誘導をしているッス」
「天界を頼んだ。お前達だけが頼りだ」
「ああ」
正が小さく息を吐いて手をかざす。それと同時に正が地面に描いた魔術陣が金色の光を放ち始めた。それを見たアーク・レーベと刹那がルネとヘラクレスを担いでエレベーターに乗る。
「全てを灰燼とかす力」
正がかざした手のひらを中心に地面に描いた魔術陣と同じ魔術陣が展開される。
「世界を滅ぼす力」
孝治も静かに正と同調するために集中する。すると、地面に描かれた魔術陣が金色の光と共に漆黒の光が共存を始める。
「されど、世界を救う力」
その輝きにニーナは目を見開きながら覚悟を決めるように両手を握り締める。
「全てを一つ。世界を救うために、世界を滅ぼすために、新たな創世のために、扉を開く。ニーナ」
「頼んだ」
二人の言葉と共に周囲に漆黒と金色の光が包み込んだ。それは暖かく、優しい光。まるで、母親の腕に抱かれているような優しい優しい光。
それにニーナは安心しながら静かに息を吸う。
本来なら真理の追求によって溢れ出した魔力粒子によって息を吸うことすら難しいはずだった。
だが、ニーナは普通に息を吸う。そして、息を吐く。
「行きます」
そして、ニーナは静かに踊り始めた。
巫女舞。
灰の民の巫女が継承する神聖な踊り。舞による魔力をアカシックレコードに奉納する効果があり、真理の追求から引き出した魔力をアカシックレコードに受け渡していく。
だから、ニーナは今まで以上に真剣に舞う。失敗すればたくさんの人が死ぬという感覚はあるのにニーナは真剣ながら気楽に踊れていた。
それは二人の魔力が暖かく包み込んでくれているから。二人が優しくサポートしてくれるから。だから、ニーナは失敗の出来ない場面で最大限の力で踊れていた。
そして、ニーナの動きが止まる。そのままニーナは柏手を打った。
「奉納」
その言葉と共に空間を包み込んでいた魔力が霧散する。
譲渡されたのだ。空間に満ちていた魔力が全てアカシックレコードに。
「孝治さん、正さん。地上に向かいましょう」
「ああ。俺達も避難誘導をしないとな」
「腕がなるところだね。さあ、行こう」
「はい。もう、誰も悲しませないために行きましょう」
天界編はこの話で一段落です。次から音界。何話で終わるかはわかりません。