第百九十五話 無謀
レヴァンティンレプリカが重い感触と共に兵士を吹き飛ばす。そのまま回転しつつ聖剣を振り回す。
周囲に血の雨が飛び散りすでに僕の服は赤黒く染まっていた。
レヴァンティンレプリカの刃は潰してあるけど聖剣の刃は潰していない。聖剣だけでは未完のはずなのにどうして切れ味が鋭いかははだはだ疑問ではあるけれど。
「さて、どうする?」
白想の塔の入り口を背中に僕は周囲に向かって笑みを浮かべた。
シュナイトは必死に白想の塔に入った孝治達を追いかけようとしている。だけど、それはさせない。孝治達はやらなければならないことがあるから。
天界については僕は直接関わらなかったから前の世界でどうなったかはわからない。だけど、孝治が上手くやったことだけはわかっている。
未来を知っているからこその安心感と頼れる親友としての安心感があるからこそ、ここを守らなければならない。
「これ以上来ないのかい? 僕としてはその方がうれしいよ。流れる血は少ない方がいいからね。だから、来ないで欲しい。来るなら今までと同じ光景にするだけだけど」
周囲に散らばる兵士の鎧。確実に殺した感触はないためすぐさま治療されているようだが、あれだけすれば恐怖によって普通は来ない。怒りで頭が沸騰しなければ。
「海道周!!」
「君が何故その名を知っているかはわからないし君の企みもわからない。だけど、孝治の邪魔だけはさせないよ」
「お前だけは、お前だけは!」
その瞬間、シュナイトの姿が消え去った。それと同時に周囲の兵士達がキョトンとする。
完全な認識外、いや、記憶すらも改ざんするレアスキル。事前にわかっていて対策をしていなければ危ないところだった。
聖天神のようなハインドスキルじゃない。自分の存在を完全に消し去るデリートスキル。散らした魔力粒子にすら反応しないところから考えるとかなり高性能。
これに当てはまるレアスキルを僕は知らない。どうやら、完全にシュナイト専用のレアスキルのようだ。頼りになるのはこの感覚だけ。
嫌な予感を感じた瞬間に嫌な予感に沿ってレヴァンティンレプリカを振り抜いた。レヴァンティンレプリカは何もないはずの空間で何かを上に弾き、何もないはずの空間からナイフが現れる。
感覚だけは有効みたいだ。ありがたいことだけど、これでシュナイトにやられる可能性は無くなった。
でも、仕掛けがわからなければシュナイトは倒せない。
「今すぐここから避難して欲しい! 姿の見えない暗殺者が僕を狙っている。巻き込まれたくないならすぐに逃げるんだ!」
迫り来る嫌な予感にレヴァンティンレプリカを振りながら僕は叫んだ。突如として現れたナイフを見ているからかみんなの動きは迅速でありすぐさま離れていく。
それはそれで兵士としてはどうかと思うけど。
「シュナイト。君の子飼いは逃げ出したよ。本性を現してもいいんじゃないかな?」
「何故、私が存在しているとわかるのですか?」
「簡単だよ。どのようなレアスキルにしろ魔力的な要素があるからね。レジスト系の魔術を重複させれば簡単な話。五感全てにレジストをかけて記憶にもレジストをかける。どうやら、君のレアスキルは存在消去と記憶改ざんの能力のようだ」
「本当に、鬱陶しい存在だ」
声が出ているはずなのにどこから出ているかわからない。レジストをしている以上感覚が狂っているわけじゃないが認識が狂っているらしい。
レジストがなかったら聞こえなかっただろう。ハインドスキルよりも厄介なのは目に見えていたけど、まさか、ここまでどは。
「さて、じゃ、君のスキルを試させてもらうよ」
「何をすれつもりですか?」
「なに、簡単な話だよ。全方位魔術を叩き込ませてもらう。ただ、それだけだから」
そして、僕は魔術を発動させる。上空ですら避けられないほどの密度を持つ攻撃はこれしかない。
「大地の瀑布よ、今ここに沸き起これ!! グランドスラム!!」
魔術陣展開と詠唱によるW強化。範囲と密度をさらに底上げしてシュナイトを逃がさない膨大な大地の雪崩と成す。
「これなら!?」
「当たりませんよ」
その瞬間、前方から嫌な予感が迫った。大地の雪崩の中からなのに。
「なっ」
僕はとっさにレヴァンティンレプリカを振るう。だが、レヴァンティンレプリカは虚しく空を切り、僕の右肩にナイフが突き刺さった。
持っていたレヴァンティンレプリカを取り落としながらすかさず左手で聖剣を振り抜く。
「ありえない」
ありえない。あの大地の雪崩の中からこちらに迫り攻撃出来るなんてありえない。
右肩からナイフを抜き取りレヴァンティンレプリカを放置したまま聖剣を構える。傷はすぐに治癒したが痛みは残る。右手で鳴らしたレヴァンティンレプリカは少しの間触れないだろう。
「どうして、あの中から僕に攻撃が」
「簡単ですよ。ただ単に避けただけ。このレアスキルはあなたのような人には当たりませんから」
「僕のような人?」
周囲を警戒しつつ聖剣を片手で構える。周と違って僕は利き手が左じゃない。だけど、レヴァンティンを長らく右で使っていたからか右手で聖剣を振るうのは感覚が狂ってしまう。
「さあ、そろそろ死になさい、海道周。あなたはもう、不要なのですよ。あなたのような前世界の亡霊はね」
「前世界の亡霊か」
僕はクスッと笑みを浮かべて聖剣を構える。確かに亡霊なのかもしれない。聖剣の力が無ければ存在していないような虚ろの存在。
世界は同じ人間を二人も許容しない。だから、亡霊だ。
「そうだね。僕は亡霊だよ。ただ、『伝説』を作るためだけに生きている亡霊だよ」
「伝説を作る? 神にでもなるつもりですか?」
「さあね」
僕は小さく息を吸い込む。そして、両手でしっかりと聖剣を構えた瞬間、一騎のドラグーンが降り立った。
天界にいるはずなのにピンク色の鎧を着た騎士を乗せるワイバーン。背中に長銃を担いでいる。
「水皇神フラベール?」
「おう。よく覚えてたな。一回だけ紹介されたんじゃないか?」
「ピンク色の鎧なんて天界じゃ珍しいからね。でも、君はどうして」
すると、フラベールは何もない空間を指差した。
「アーク・レーベから連絡があった。シュナイトが暴れているってな。おい、シュナイト。アーク・レーベの邪魔をするな!」
「くっ、厄介な奴が来ましたね」
「ちょっと待った。フラベール、君はシュナイトが見えるのかい?」
「はぁ? あそこにいるだろ?」
フラベールにはシュナイトのレアスキルが効かない? だけど、これは好都合だ。フラベールの能力がわかればシュナイトの能力もわかる。
「フラベール。君のレアスキルは?」
「持ってねえよ。私は愛と無謀の戦士でな小細工なんて一個も無しだ」
「えっ?」
レアスキルが無いのにシュナイトの姿が見える?
余計に意味がわからなくなってきた。
「無謀でも突っ込む。それが私だ!」
「相変わらずバカですね」
「バカだけが取り柄さ」
「褒められてないよ、フラベール」
フラベールには何の能力もない。だけど、フラベール以外の他の人にはシュナイトがわからない。認識と存在が消えるレアスキル
フラベールは愛と無謀の戦士。自他共に認めるバカ。
シュナイトはそんなフラベールを厄介に思っている。つまり、バカには効かない能力? いや、違う。無謀には効かない能力と考えた方がいい。
無謀。失敗する恐れが高いのに行うこと。別の言い方をすれば失敗を恐れない行為。
「あっ」
僕の頭の中に一つのレアスキルが思い浮かんだ。
「そうか。ようやくわかったよ、シュナイト」
「何がですか?」
「『悪魔の囁き』。人の心にある恐怖心を増長させ様々な効果を発揮するかなり特殊なレアスキル。ただ、効果には個人差があり、能力の幅も大きい。それこそ、些細な攻撃すら当てられたり避けられない攻撃すら避けたり」
「本当にそうなのでしょうか?」
「なら、試せばいいだけさ」
僕は聖剣の力を使う。この剣は時間を超越した移動が可能だけどとある特殊な使い方が出来る。
停止能力。
僕自身に限定されるけど、一つだけ能力を止めることが出来る。もちろん、副作用も大きいから使わないけど。
「さあ、終わらせるよ」
そして、僕は地面を蹴った。シュナイトに向かって。シュナイトはとっさに逃げようとするけどもう遅い。
聖剣の腹で的確にシュナイトの頭を打ち抜いて気絶させる。
「うおっ、すげぇ」
フラベールの感心する声を聞きながら僕はシュナイトを縛り上げた。
「フラベール。君のおかげで助かったよ」
「何もしてないけどな。えっと」
「正。海道正だよ」
「正。アーク・レーベ達を追え。私がここにいるから」
「ありがとう」
僕はフラベールにシュナイトを渡すとそのまま地面を蹴って白想の塔の中に突入した。そして、フラベールの姿が見えなくなった瞬間、僕はその場に倒れ込んだ。
聖剣の停止能力の副作用。停止した能力は解放した瞬間に通常の数倍の効力を発揮する。僕が止めていたのは恐怖。
体中が震える。頭の中に様々な恐怖が駆け巡り思わず体を抱え込む。
「大丈夫。大丈夫大丈夫。こんな恐怖、僕が死ぬ恐怖なんて慣れているから。あんな絶望を見ていたら、これくらい我慢出来る」
僕は立ち上がる。僕や大事な人が死ぬ恐怖を味わいながら一歩ずつ歩き出す。
「僕は、新たな未来を求めて、戦っているんだ。だから、前に進むんだ」
立ち止まらない。振り返らない。全ては『伝説』を作り上げるまで。
「前に、進むんだ!」