第百九十四話 敵対関係
「いきなりだな、シュナイト。お前はそういう奴だったか?」
「あなた達がまさかこういう手段を取るとは思いませんでしたよ。この白想の塔は我ら天界の民の象徴。それを破壊するためにここに来るなんて。アーク・レーベは一体何をしているのですかね?」
「へぇ、そういうことか」
正がしっかりとレヴァンティンレプリカを構える。それに反応するようにシュナイトを守るため何人もの兵士がシュナイトの前に展開した。
多勢に無勢、というわけではない。正の実力なら簡単に蹴散らすことが可能だろう。だが、問題はシュナイトが今言った言葉だ。
シュナイトはおそらく白想の塔について知りながら、そして、孝治達が来た理由をわかっていながら今みたいなことを言ったのだろう。
それは完全に孝治達を入れさせないため。入れさせたとしても塔の内部で戦わせるため。
「孝治、どうする? これは罠だよ」
「罠とわかっていながら俺達は前に進まなければならない。あいつらにとっては俺達の言葉は無意味だろうな」
「だよね。じゃ、サクッと片付ける」
「少し待て」
その言葉と共に孝治達の前にアーク・レーベが降り立った。そして、シュナイトの方を見やる。
「あなたがマクシミリアン様の息子だとしても、今回の件は私の直轄です。引いてください」
「アーク・レーベ。何故裏切ったのですか?」
「裏切ってなどいません。これは天界を救うために必要な」
「アーク・レーベを捕らえなさい。このままでは彼らに天界が破壊されます」
シュナイトの命令に兵士が動こうとした瞬間、紫電が両者の間を打ち払った。それにより誰もが動きを止める。
「いい加減にするッスよ。今は天界同士でいがみ合っている状況じゃないッス」
「見ろ。あれは『雷帝』刹那だ。アーク・レーベが魔界と通じ、天界を滅ぼそうと」
「いい加減にしたらどうかな?」
莫大な魔力が周囲を覆い尽くした。いや、そんな表現では生ぬるいかもしれない。莫大というにはあまりに大きな魔力に誰もが後ずさる。
そこには背中から巨大な光翼を作り出した正の姿があった。
「シュナイト。君はどうやら僕達を悪役にしたいようだけど、君は今の状況を理解しているのかな? いや、理解していないだろうね。君はわかっていない。今、天界で何が起きているかを。それなのに君は僕達を悪役だと勝手に決めて捕まえようとしている。アーク・レーベが必死に天界の民を救おうとする傍らにね」
「裏切ったのはアーク・レーベが先ですよ。この塔を破壊したのはアーク・レーベと花畑孝治です」
「君は破壊した瞬間を見たのかい? それがアーク・レーベや僕達が破壊した根拠として出せるものなのかい?」
その言葉にシュナイトは詰まる。
当り前だ。この塔が破壊されたのは運命による破壊。だが、その理論を平然と語れるのはこの場においては正だけだろう。
運命による運命を妨げる概念破壊。言葉としては簡単だが、その前にこの塔がその概念を放っていたことを証明しなければならない。そして、この塔が何の概念を放っていたのかを。
「根拠もなしによく言えるよね。君の都合のいい展開ばかりを夢見ているのがよくわかるよ。それに、君はあの天王マクシミリアンの息子だ。だが、息子でありながら次期天王にはアーク・レーベが相応しいとされている。だから、君はアーク・レーベに罪をなすりつけようとしているのではないのかな?」
正が何気なしに言った言葉にシュナイトの近くにいる兵士達に動揺が走る。つまり、全てはシュナイトが仕組んだというように正は言ったのだ。
そうではないとわかっていながら、それを証明するには大きな壁があるとわかっているからこその悪魔の言葉。どんな言葉がきたとしても正はこの状況をこのまま推移させる自信がありありとわかる。
「さて、君はこの場でどう釈明するのかな? 僕達やアーク・レーベが天界を破壊する存在だとするなら、それ相応の理由が必要だとは思わないかい? まさか、そんな根拠もなく言ったとは言わないよね?」
「貴様」
シュナイトの顔が歪む。だから、次に起きるであろうことは容易に想像できた。
「全員捕まえろ! こいつらは私を陥れようとしている! 悪に染まっているのだ!」
「無様だな。兵士も戸惑っている。天王の息子とは思えない」
「普通はそうなるよ。さて、ここは僕一人に任せてもらってもいいかな? 白想の塔内部にも敵が待ち構えている可能性もあるし。どうする? アーク・レーベ」
「白想の塔内部を案内できるのは私だけだ。このままニーナが合流するまで待ってから」
「お待たせ」
ルネと息を切らせたニーナが着地する。出来る限り急いだようだがやはりニーナには辛かったようだ。
「役者は揃ったね。道を開けるよ」
その言葉と共に正はレヴァンティンレプリカと柄に時計の針がついた剣、聖剣を鞘から引き抜く。
「君達がどんな未来を望んでいるかはわからない。だけど、僕の望むのはただ一つ。真なる平和だよ。それを邪魔するなら命を投げ出す覚悟で来るんだね」
「やりなさい!」
シュナイトの命令で兵士達の一部が地面を駆けた、はずだった。だが、それより早く動き出した兵士の一人にレヴァンティンレプリカが叩きつけられる。
鎧をいとも簡単に砕きながら吹き飛ばした正はそのまま回転しつつ聖剣を振り抜いた。聖剣は軽々と鎧を斬り裂き兵士の体に深手を負わす。
兵士はその手に持つ武器、主に槍や剣を正に向かって振るがレヴァンティンレプリカと聖剣によって、弾かれる又は吹き飛ばされて鎧を破壊又は斬り裂かれていく。
乱戦の最中であるはずなのに正は背後からの攻撃すら弾いて敵を捌いていく。攻撃の手が止んだ瞬間、正はすかさず聖剣を鞘に収めレヴァンティンレプリカを両手で握り締めた。
「風陣砂月!」
そして、一回転しながらレヴァンティンレプリカを振り抜く。
普通に見たならただの回転斬り。だが、正が放った風陣砂月は風を周囲に撒き散らし、正をほぼ円状に囲んでいた兵士達を吹き飛ばしていた。
出来たのは白想の塔へ続く道のり。
「今だよ!」
その言葉と共に孝治達が走り出す。兵士達は慌ててそれを止めようと動き出した。
だが、それを正はさせない。
「氷帝炎舞!」
振り回したレヴァンティンレプリカを地面に突き刺した瞬間、氷の壁が道を作り出していた。その氷の壁には青い炎が纏っている。
「邪魔はさせないよ」
「助かる」
孝治達が一直線に炎を纏う氷の壁によって出来た道を駆け抜ける。それを見ながら正は笑みを浮かべた。
「後は頼んだよ、孝治」
白想の塔。
見た目と同じく白想の塔内部も全てが真っ白だった。あまりに真っ白であるため平衡感覚を失いそうになる。
「これはキツいッスね」
先頭をアーク・レーベと一緒に駆ける刹那が小さく呟いた。
「白想の塔が白を至高とする概念を発していたからな。内部も白でなけねばならない」
「だから、孝治の運命によって破壊されたんだね」
「さすがにそれは予想外ではあったが」
「俺と運命に不可能なものなどない」
そう言いながら孝治は笑みを浮かべる。笑みを浮かべながらも微かに眉をひそめるという微妙な表情をしていた。
あまりに白すぎる空間は境目が全くわからない。見た目は完全な白だからだ。しかも、どういう原理か光度の違いすら存在していない。
本当に一直線に走っているのか。それとも別の場所に向かっているのか。それすらもわからない。
「これが、塔内部」
ニーナが苦しそうに呟く。孝治達は平衡感覚を鍛えているためまだ大丈夫でいられるが、ニーナは戦闘技術を身につけているわけではない。
だから、真っ先にダメージを受けやすい。
孝治は立ち止まるとそのままニーナを抱え上げた。
「た、孝治さん!?」
「目を瞑っていろ。目的地まで送り届ける」
「それがいいッスね。この中だと孝治が適当ッスから」
「女の子の私が適当じゃない?」
その言葉に孝治達男三人が首を傾げる。
「「「子?」」」
「三人揃って疑問に思うのは酷くないかな!? まだ二十歳にもなってないよ!?」
「十八超えたら大人ッスよ」
「女の子は少女に相応しい言葉だ。一番はやはりJKだろ。こんなことを聞かれたら光に殺されるな」
「十八超えれば婆だな」
二人が生命の危険に直結しかねない発言とかなり危うい発言をしているが孝治の腕の中でニーナがクスッと笑った。
「皆さん、仲がいいですね」
「協力関係だからな」
孝治が笑みを浮かべた瞬間、刹那とアーク・レーベが足を止めた。何故なら、白の壁が左右に開いたからだ。いや、これはエレベーター。
そこから現れたのは白衣を来た純白の翼を持つ男。
「物霊神ゼルハート」
「光明神アーク・レーベ。お前は複写したアカシックレコードに向かおうというのか? 天界の住人ではない者達を連れて」
「そうだ。我らではどうにもならない未来だとしても、彼らの力があれば可能だ」
「なるほど。だが、通すわけにはいかない」
物霊神ゼルハートはエレベーターの前で大きく手を広げた。
「ここを通りたければ俺の屍を越えて行け!」
「わかったッス」
そのまま手加減のない加速で刹那は物霊神ゼルハートを蹴り飛ばしていた。
物霊神といいながら凄く弱い。一撃で気絶している。
「みんな、行くッスよ」
「物霊神ゼルハートにここまで容赦ないとは」
「機械化兵団とはよく戦ったッスから。毎回毎回スクラップにしたッスけど」
「なるほど。バカ補正か」
「なんですか? それ」
「君には少し早いかな」
誰もがぐったりと倒れる物霊神ゼルハートを越えてエレベーターの中に入る。そして、アーク・レーベが真っ白な壁に初めて存在するパネルを叩きながら全員の顔を見た。
「手すりを出す」
その言葉に周囲に手すりが現れる。それに誰もが嫌な汗を流したから。
「捕まっていろ、落ちるから」
数瞬後、四人の悲鳴がエレベーター内にこだました。