第百九十二話 救済
アーク・レーベが作り出した光の剣が運命とぶつかり合う。そのまま孝治は鍔迫り合いに持ち込んだ。
「お前達がいなければ、マクシミリアン様の計画は上手く行っていたはずなのだ!」
鍔迫り合いに持ち込んだ体勢のままアーク・レーベは叫ぶ。その叫ぶを孝治は真っ正面から受け止めていた。
「天界を救うために考えられる手段を考え、遥か昔からたくさんの方法を行い、ようやくこの未来へ辿り着いた。後一ヶ月で我らは全ての天界の民を救う大地を手に入れることが出来るはずだった! だが、お前達が介入した!」
「当たり前だ! 音界に突如として現れたのはお前達だ! いきなり攻めてきたことを忘れたのか!」
「貴様にはわからない! 我らが何年もかけてようやく手に入れるはずだった土地をほんの少しの戦いで反故にされ、あまつさえ侵略者とされたことを!! マクシミリアン様の計画を壊し、アカシックレコードの記述から脱却するための努力を無駄にしたことを!」
お互いに力を込めて弾き合う。そのまま孝治はバックステップをしながら弓を構え、アーク・レーベは光の剣を霧散させて光の槍を作り出していた。
孝治はすかさず矢を放つ。だが、その矢はアーク・レーベによって弾かれた。そのままアーク・レーベは孝治に向かって光の槍を振り抜くが孝治は飛び上がりながら弓の弦を引き絞る。
「上がれ、燕!」
ジャンプしながら放った矢は弧を描きながらアーク・レーベを狙う。しかし、アーク・レーベは光の槍から光の盾を作り出してその矢を受け止めた。
「駆けろ、隼」
だが、孝治は手を休めない。すかさず矢を放つ。今度は神速の矢がアーク・レーベの盾に激突していた。アーク・レーベが大きく後ろに下がり、そして、孝治は前に踏み出す。
運命を握り締め、下から上に斬り上げる。本来なら盾を大きく弾くか受け止められる一撃だが、運命の刃はいつの間にか取り付けられたエネルギーバッテリーによって極限まで研ぎ澄まされ光の盾を断ち切っていた。
エネルギーバッテリーを取り外しながら孝治は素早く運命を振り下ろす。しかし、それは光の剣によって受け止められていた。
鍔迫り合いのまま孝治は素早くエネルギーバッテリーを運命に装着する。
「お前達が目指す未来が何なのかはわからない」
静かに、だけどはっきりと孝治は言う。
「それがお前達天界の幸福に繋がっているかなんてわからない」
「我らの目的は天界の全てを救うことだ! 例え土地を失おうと、生きてさえいればやり直すことが出来る!」
「ならば! 他人の不幸と引き換えに自分達の幸せを手に入れるというのか!?」
孝治が力任せに押し込む。
「それは後の争いを生むだけだ! それがわからないのか!?」
「ならば、どうすればいいというのだ!?」
力任せに押し込んできた孝治を今度はアーク・レーベが力任せに弾き飛ばす。そして、素早く杖を取り出して光弾を孝治に向かって放った。
孝治はすかさず魔術を発動し光弾の当たる場所に漆黒の球体を作り上げる。それは、光すらも吸収する闇。アーク・レーベが放った光弾は闇に吸い込まれた。
「我らが必死に引き伸ばして崩壊はお前の行いによって早まった! このままではこの天界は遠からず崩壊する! ならば、たくさんの悲劇を産むより早く、他人を不幸にしてでも新たな土地に向かわなければならないのだ!」
「運命が砕いたあれか」
「ああ、そうだ。天界が滅びるまで作用するように設計したアカシックレコードを利用した概念装置。あの力さえあれば、マクシミリアン様達が音界に新たな土地を手に入れる時間があったはずだ! だが、お前が破壊するから全ては狂った!」
アーク・レーベは性懲りもなく大量の光弾を放つ。そのあまりの膨大さに孝治は防御に専念する。
「お前達に正義があるように我らにも正義があるのだ! 我らは人を殺したいから戦うわけではない」
「なら」
闇で光輝を受け止めながら孝治はアーク・レーベを睨みつける。
「ならば何故、音界に侵攻してきた。何故、歌姫メリルに話を通さなかった?」
「直接トップに話す大使がどこにいる!」
「むっ、それもそうか」
アーク・レーベの言葉に孝治は納得する。確かに、直接トップに話を通すことはまず無理だ。よほど親しいか同じくらいでなければ。
天界は大使を遣わした。だが、それは副首相によって止められていたということなのかもしれない。
「我らはもう後がないのだ! 我らは我らの力だけで新たな土地を手に入れなければならないのだ!」
その言葉を聞いた孝治は持っていた運命を横に投げた。運命は一直線に正に向かい、正は簡単にそれを掴む。
「何を」
「リバースゼロ」
孝治の肩付近に球体の神剣リバースゼロが浮かび上がる。
「アーク・レーベ。目を覚ましてやる」
そして、アーク・レーベに向かって走り出した。アーク・レーベはとっさに光弾を放とうと魔術を展開するが、そこに孝治の姿はない。
「間違いは二つ!」
その声に振り返った瞬間、アーク・レーベの頬に孝治の拳が突き刺さった。
「ぶほっ」
「お前は何でもかんでも背負いすぎだ!」
後ろによろめいたアーク・レーベを孝治はさらに殴りつける。
「ごふっ」
「そして、何故俺達に直接話さない!」
アーク・レーベは尻餅をついた。そんなアーク・レーベに対し孝治は手を伸ばす。
「時間が無いのだろ? ならば、俺に協力しろ」
「協力? 手を貸すの間違いではないのか?」
「お前は今俺に負けた。敗者は勝者の言い分を聞く必要がある。そうではないか?」
「負けてなどいない。まだ、戦える!」
立ち上がろうとしたアーク・レーベの肩を突如として現れた刹那が押さえた。
「負けを認めるッスよ。孝治は天界を救おうとしているッスから」
「何故」
「何故ッスか? そりゃ、孝治がお人好しだからッスよ。巻き込まれる必要のない戦いに自ら飛び込み厄介事を抱え込む。だけど、孝治は後悔しないッスよ。全てを最後までやり遂げるから」
「それは」
「不安なのはわかるッス。だから、アーク・レーベ。魔界も天界も人界も音界も若い世代に任せてみないッスか?」
「それはまさか」
アーク・レーベが息を呑む。それは刹那がアークの戦いから抜けるという意味に他ならなかった。
若い世代、つまりはリリーナやリリィに未来を任せるということ。
「天界だけで救えないなら、魔界も人界も力を貸すッスよ。いがみ合っていたとはいえ、同じ生物じゃないッスから」
「刹那。お前に魔王は似合わない」
「そういうアーク・レーベも天王は似合わないッスよ。アーク・レーベ、どうするッスか?」
その言葉にアーク・レーベは少しだけ考える。そして、ゆっくり孝治に向かって手を伸ばした。
「力を貸して欲しい。いや、協力しよう。我らでは全てを救えない。ならば、一人でも多くの命を救うために協力する」
孝治はその手を掴みアーク・レーベを立ち上がらせる。
「ありがとう、アーク・レーベ。お前の力があれば俺の計画はどうにか出来る気がする」
「計画だと?」
「ああ。天界を救うには圧倒的に時間が足りない理由はゲートの数だろ?」
「そうだ。どれだけ稼動させても時間が足りない。今は聖天神レイリアに避難誘導を頼んでいる、が、今の環境では灰の民を見捨てることは確実だ」
その言葉にニーナの顔が暗くなる。だが、対する孝治は笑みを浮かべて頷いた。
「道は俺が作る。だから、アカシックレコードのところまで案内しろ。出来れば模写したアカシックレコードも欲しい」
「お前はどこまでアカシックレコードについて知っているのだ?」
呆れたように言うアーク・レーベに刹那がポンと肩を叩いた。
「諦めるッスよ。いくら呆れたところで孝治は悔い改めないッスから」
「そのようだな」
アーク・レーベの言葉にその場にいた誰もが笑う。孝治ですらも。
「お前がどのような力を持っているかはわからない。だが、天界を頼む。灰の民を含む全てのものを救ってくれ」
「ああ。誓おう。全ての力を出し切ると。諦めるものか。全てを救わなければそれは成功とは言わないからな」
その言葉に正は頷く。そして、笑みを浮かべた。
「周。君は見ていないだろうけど僕達の精神は広がっているよ。だから、僕も最後まで諦めない。この命尽きぬ限り。孝治を最後まで導くよ、周」