第百九十話 新生『運命』
漆黒の剣が振り抜かれる。ブンといい音が鳴り響きながら漆黒の剣は空を切り裂く。
横に振り抜き下から上へ振り上げる。そして、振り下ろす。淀みなく高速で振り抜かれた漆黒の剣は確かな感触を持って孝治の手の中で存在感を発揮している。
今までの運命とは違うフォルム。長剣ではあるのだが片刃の長剣でありもう片方は峰打ち用に柄から伸びた魔鉄製の棒によって封じられている。
柄には漆黒の輝きを示す玉が収められている。強力なアカシックレコードの破片というべき存在。
「いい剣だ」
孝治は運命を見ながら笑みを浮かべた。
孝治の手にはその運命がしっくりときていた。正の手によってさらに開発されたはずなのに寸分変わらない運命を孝治は静かに鞘に収めた。
そんな孝治を見た正が安心したように息を吐いて工房の中にある道具を片付けていく。
「良かった。一日で作ると言っておきながら一日以上かかったからね」
「いや、それ程難航したのだろ? ならば俺はそれに答えるだけだ」
「なら、良かったよ」
孝治は鞘に入れたまま運命を握り締める。そして、眉をひそめた。
「やはり気づいたようだね」
それに正がクスッと笑う。
「運命システムの解析に時間をかけたからね。ちょっとだけシステムを改造させてもらったよ」
「それが伝わりにくい魔力か」
「エネルギーバッテリーを装着出来るのに自前の魔力を与えるのは非効率だよ」
「わかっていたのか?」
「解析してたらね。周も気づいていないだろうね。運命のエネルギーバッテリーと君の魔力を合わせて効率が悪くなっていたからね。君の魔力を通さずエネルギーバッテリーとアカシックレコードの魔力供給だけにしたよ。アカシックレコードは限定時の使用に変えたから基本的にはエネルギーバッテリーだけだね」
だがそれに孝治は眉をひそめる。
運命の能力は莫大な魔力を必要とする。エネルギーバッテリーでは効率が悪いのだと感じたのだろう。
「運命システムは極めて効率が悪いからね。発動に莫大な魔力を消費してしまうから。だから、少しだけシステムを改造させてもらった。本来の剣の機構と運命システムを切り離し、運命システムとアカシックレコードを連結したんだよ」
「つまり、運命の力を発動する時はアカシックレコードから使用されるのか」
「そういうこと。その代わり、運命の特殊な機構はかなり排除させてもらったよ。リバースゼロとの互換性も無くしたそこは気をつけてね。そして、運命の最大の変更点がいつでも運命システムを使用出来るところ」
「いつでもだと?」
孝治の驚きに正が笑みで返す。
「そう。運命システムの根幹となる発動ワードは本来なら必要な運命の選択という莫大なエネルギーを必要とする項目を飛ばすためにつけられていたものだからね。運命を断ち切るということはこの世の概念すらも切り裂く。概念を切り裂くエネルギーなんて文字通り桁が違うからね。だから、最大限に効率よく魔力を使えばワードは必要はない。試してみるかい?」
正がレヴァンティンレプリカを取り出した。だが、孝治は首を横に振った。
「いや、お前が言うならば正しいのだろう。慣れるなら実戦で慣れればいい」
「相変わらずだね。なら、早速行くかい?」
孝治は振り返る。そこにはルネと刹那、そして、ニーナの姿があった。すでに全員が武装を整えニーナも防護服を着ているようだ。
さすがのその姿には正も驚いており孝治はまるで諦めたように肩をすくめる。
「私も行きます。灰の民の巫女として、私は見届けなければなりません」
「今から僕達がいくのは天王の居場所。そこまで行くということは君は裏切り行為をするのと」
「わかっています。一晩考えました。皆さんは未来のために様々なことを考えている。そして、行動しようとしている。だからこそ、見届けたい。私として見届けたいのです」
「孝治。君はいいのかい?」
「いいに決まっているだろう。守ればいいだけだ。そう、守ればな」
「簡単に言うね」
正は楽しそうにクスクス笑う。そして、一歩だけ前に踏み出した。
「孝治。君がリーダーだ」
「ああ」
孝治は頷き、そして、新生『運命』を引き抜いた。
「行こう。この世界を救うために」
孝治達がそう決意した頃、灰の民の居住区の近くに中規模の天界の部隊が結集していた。もちろん、それは居住区の中にいる孝治達を捕らえるためであり、そのために今駆り出すことが可能な全兵力だった。
決して崩落によって被害を受けている灰の民を救うためではない。
その部隊を指揮するのは特別自治区代表のユリウスだった。ユリウスは全身に鎧を着ている。
「いいか。この腐った集落の中にはこの天界を滅ぼそうと天神マクシミリアン様の命を狙う地上の虫けら達がいる。とても危険な武器を持っており、これ以上は天界がひいては穢れなき者達が危険に晒される。だからこそ、我らは消し去るのだ。忌むべき翼を持つ種族と共に消し去らなければならない。正義は我にあ」
コツン。
ユリウスが身につけている鎧に石があたり音を立てた。
ユリウスは言葉を止めて振り返る。そこには集落の中からユリウス達に向かってツァイスが石を投げていた。
コツンとまた音を立てる。
「お前達なんかにお兄ちゃんを渡すもんか! お兄ちゃんはお前達と違って僕達を含めた天界のことを考えているんだ!」
「小僧。どうやら死にたいようだな」
ユリウスが杖を構える。そして、魔術陣を作り出し、
ガツン。
ツァイスが投げる石よりも遥かに大きな石がユリウスの鎧に直撃していた。もし、顔に当たったなら無事では無かっただろう。
「お前達に屈するものか!」
「お前達が俺達を見下すなら俺達は地上の民を助ける。あいつらだって俺達の仲間なんだ!」
「お前なんかよりもずっと人間が出来ているんだ!」
「そうだそうだ!」
ツァイスに続くように灰の民の大人達が意志を拾って投げつける。
だが、両者の間には圧倒的な力の差がある。その差を知っているからこそ、ユリウスは笑みを浮かべる。
「全部隊進撃。これより灰の民の居住区を焼く払う。汚物を消毒するのだ」
「不気味なことを話しているッスね」
その言葉はユリウスの目の前から聞こえてきた。そこには紫電を身に纏う刹那の姿。
さすがのそれにはユリウスも空いた口がふさがらないのか固まっている。
「直に孝治が来るッス。それまで、少しだけ付き合ってもらうッスよ」
「天界の軍とは。よりにもよってこんな時に」
緊急の連絡を受けた孝治達は刹那を先に行かせて全速力で、ニーナが間に合う全速力でユリウス達が集結している場所に向かって飛んでいた。いくら飛べるとはいえ居住区はそこそこ広い。しかも、運が悪いことに正がこもっていた工房とはかなり遠い位置に集結されていた。
さっきまで運命を改造し続けていた正は万全の状態ではない。孝治も運命を未だに使っていないため未知数だ。だからこそ、刹那を先に行かせた。
「文句ばかり言っても仕方ないよ。でも、ちょうどいいんじゃないかな?」
ルネが腰のホルダーにナイフをいくつも収めて行く。その背中には一本の剣。その手にはガントレットが身に付けられている。
「このまま部隊を蹴散らして進軍する。目標は天王がいる場所」
「確かに名案だ」
「いや、ただ、猪突猛進なだけだよね? 君達の特攻っぷりには冷や汗をかかされるよ。ところで、孝治。愚問だと思うけど」
「愚問だな」
「僕はまだ何も言ってないはずなんだけどね」
「使えるさ」
そう言いながら孝治は握り締める運命を軽く上げた。そして、前を見る。そこではたくさんの翼の民が見守る中で紫電を纏う刹那が大暴れしていた。
「ニーナは下がっていろ」
「いえ、私は誰よりも近い位置で見ています。何かあれば助けてくれますよね?」
不安そうに、だけど、信頼した表情で孝治を見るニーナに孝治は小さく息を吐いて頷いた。
「離れるなよ」
その言葉と共にニーナが真剣な表情で頷く。
「遅いッスよ!」
地上で暴れていた刹那が上空まで浮上してきた。そして、孝治の横にまで並ぶ。
「制限時間は30秒。それ以上は灰の民に危険が及ぶ可能性があるっす」
部隊の混乱状況と位置から刹那が大まかに危険な領域に達するまでの時間を言う。確かにユリウスは必死に声を上げて部隊を纏めようとしている。
「ニーナ」
「はい」
孝治はニーナに手を伸ばし、ニーナはその手を掴んだ。そして、二人は揃って地上に向けて降下する。
「聞け!! 天界を統べる王の軍隊よ!!」
地上に降下した瞬間、孝治は声を張り上げた。その声に全ての動きが止まる。
「俺の名は第76移動隊副隊長花畑孝治」
「うわっ、最悪の名乗りをしたッスよ」
「バカなの? ねえ、あいつバカなの?」
「さすがにこういう場であの名乗りはないと思うね」
三者三様の言い方をしながらも同じように引きながら孝治に言い放つ三人。それを聞いてか聞かずか孝治は胸を張りながら運命をユリウス達に向ける。
「お前達がしようとしていることはただの虐殺だと理解しているか!?」
「灰の民のような穢れた者達を消し去らなければ完全な平和などありえない! 汚物を消毒するのが我らの使命だ!」
「人を汚物扱いか。地に落ちたな、空に住む者よ」
「何だと」
「天界の気高き精神はどこにいった!? 人の上に立つ存在として視界を見守っていたその気高き心はどこに消えた!? いつから白が全てと勘違いしていた!?」
孝治は声を張り上げる。まるで、灰の民の心を代弁するかのように。
「色は生まれた者達にとっては関係のないものだ! なのに、お前達は翼の色で全てを判断する。それこそ、お前達が地に落ちた証拠だ。彼らは生まれたくて灰色の翼をもったわけではない!」
「うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい、うるさい! 地上の虫けら共に惑わされるな! ここで消し去らねば次はお前達の恋人や子供から生まれるかもしれないのだぞ! それを許容できるわけがない!」
「ならば、その運命を断ち切らせてもらう!」
孝治が運命を構えた瞬間、その場にいたものだけじゃない。天界にいた全ての者が感じた。
世界が変わるその鳴動を。
「運命よ、力を貸せ。我が友よ、全てを救済するために力を貸せ。俺は運命を書きかえる。【生まれた色によって全てが決まる価値などいらない。誰もが平等で、誰もが肩を組んで暮らせる世界を夢見てもいい。そのために、今の概念を打ち砕け、運命】!!」
その瞬間、世界が変わった。
世界が鳴動する音。膨大な魔力が運命から膨れ上がり、桁違いの魔力が世界を覆い尽くす。
新生『運命』は概念を斬り裂き、新たな概念を創造するための道筋を作り出した。それは未来の定められた運命を破壊し、新たな未来を彼らに託したということだった。だが、それを理解できるのはほんのごくわずか。孝治すら理解できていない。
だは、正は正しく理解していた。だからこそ、興奮で体が震えている。
「君こそ、僕の一番の親友だよ、孝治」