第百八十七話 戦争準備
慌ただしくたくさんの人達が動く中、僕は悠遠のコクピットの中にいた。
FBDシステム。フルバーストドライブというダークエルフに搭載されていた極限突破システムを自動移動プログラムと一緒に送りつけ発動したものの悠遠のシステム及びフレームが限界ギリギリで悲鳴を上げていたのだとログを調べていてわかった。
ダークエルフはアーマーパージ時は常時FBDシステムを起動するように改造されていたけど、悠遠は違う。
そもそも、悠遠の翼のオーバードライブ自体が危険な行為だったようだ。
「悠遠。ごめんね、無理させて。今すぐ調整を入れるから」
こういう時はアル・アジフさんか周さんがいてくれたらありがたいと思う。だけど、二人に頼るべきじゃない。ここにいない二人に。
調整自体は僕でも可能な範囲のはずだ。悠遠の限界領域を確認し、FBDシステムの限界駆動閾値をそこに設定。FBDシステムのプログラムを書き換えて互換性を高める。もちろん、フレーム強度も計算にいれないとダメだから一つの失敗が全てを失敗に導く。
「悠人!」
その言葉に僕はコクピットから顔を出した。そこにはこちらに向かって手を振るリリーナと呆れたようにリリーナを見るルーリィエさんの姿がある。
僕は悠遠の電源を落としてコクピットから飛び降りた。
「リリーナ、どうかしたの?」
「鈴が用意出来たって。聖砲ラグランジェについて」
「聖砲ラグランジェ」
あのストライクバーストに乗ったマクシミリアンですら戦うことから逃げたイグジストアストラルの特殊兵装。
イグジストアストラルの速度や最大火力を底上げすることはわかるけど、背中の砲の半分以上と連結しているみたいだから手数は少なくなりそうな気がする。
「まさか、聖砲ラグランジェとはね」
「リリィは知っているんだ」
「一応、ね。でも、口止めされているから話したくはない。悠聖と相談するけど」
「オレが何だって?」
ルーリィエさんが小さく溜め息をついた瞬間、背後から悠聖さんが声をかけた。その言葉にルーリィエさんが飛び上がりリリーナの背後に隠れる。
その顔は真っ赤だった。それを見る悠聖さんは苦笑している。
「いや、まあ、アル・アジフさんから口止めされているからその気持ちはわかるけど、そのことについて話したいんだ。リリーナ、リリィを借りるぞ」
「なっ、ちょっ、リリーナ! 私を動物のように持ち上げないで!」
「動物よりも可愛いけどね」
「あんたは私をどんな目で見てるのよ!?」
ひょいと持ち上げたリリーナが悠聖さんにルーリィエさんを渡す。ちょうどお姫様だっこみたいになってルーリィエさんの顔はさらに赤くなった。
確かに、これだけ人目がある中でそんなことをされたらルーリィエさんは恥ずかしいだろうな。
「リア充タヒね」
「リア充爆発しろ」
「俺らなんて何ヶ月も禁欲生活なのに」
「言うな」
あー、うん。嫉妬って醜いね。
「悠人。それ、勝者の余裕だよね。じゃ、私と悠人は先に向かっているから。鈴は絶対に緊張しているから私達でサポートしないと」
「だろうな。こっちもすぐに行くって伝えてくれ。理由を尋ねる奴はいないだろうけど、もし尋ねられたら」
「二時間くらい席を外してるって言っておくね」
「生々しいよ!」
「悠人に賛成だ。直接すぎて笑えない」
僕と悠聖さんの言葉にリリーナは不満そうだった。確実に言うつもりだったに違いない。
「じゃあ、またな」
悠聖さんがルーリィエさんを抱えたまま歩いていく。僕とリリーナもそれを見て歩き出した。
「聖砲ラグランジェ、か。リリーナはどう思う?」
「あのストライクバーストすら戦うことから逃げた武装だよね。だとしたら、イグジストアストラルの同時代に造られた装備ってこと?」
「イグジストアストラル自体が規格外の性能だから何となく察しはついていたけど。でも、マクシミリアンが恐れる兵装ってのがちょっとわからないかな。ストライクバーストは堅固な装甲があってイグジストアストラル並の防御力。ストライクバーストを倒すには中のパイロットに衝撃を叩き込まないとダメなのに」
「マクシミリアンはそれから逃げたってことだよね。イグジストアストラルは完璧だけどストライクバーストは完璧じゃないからじゃないかな? 聖砲ラグランジェの火力ならストライクバーストの装甲を貫けると」
「うん。それも考えた。でも、そうじゃない気がするんだ」
僕の言葉にリリーナは首を傾げる。
「どういうこと?」
「ストライクバーストを破壊出来る火力を逆算したことがあるけど、FBDシステムを使った悠遠ですらエネルギーが全く足りない。1%すらね」
「じゃ、違う装備ってことだよね。今回ばかりはイグジストアストラルに頼らないとダメな部分が多いし」
「そうだね」
イグジストアストラルは本来防衛戦用の機体だ。絶対に破壊されない装甲で前線に立ち、圧倒的な手数で敵を蹴散らしていく。
もちろん、ストライクバーストとは相性は悪いけど、ストライクバーストは悠遠やベイオウルフ、アストラルルーラが押さえ込めばいい。
「あれ?」
リリーナが立ち止まった。そして、視線を僕から僕の向こうに向ける。僕もそちらに視線を向けると、そこには小太りの男とあの時、特攻してきたアージュ部隊の僕が助けた女性が整備士から独特なフュリアスの前で話を聞いていた。
僕とリリーナは顔を見合わせてそちらに向かう。
「セリーナさん」
「悠人に、リリーナ。どうして」
セリーナ・イスベルク。
あの後、レジスタンスに引き渡す前に彼女は僕に向かってこう名乗った。セリーナさんは少し驚いて僕達を見ている。
「見かけたから。この人は?」
「フヒヒ。僕ちんを知らないとは世間知らずですね。僕ちんこそ最強のフュリアスパイロットの」
「そういう冗談はいらないよ」
リリーナがアークベルラを小太りの男の首筋に当てる。
まあ、確かに僕が最強のパイロットだからリリーナがそういうのは無理もないかな。
「ゲッペルは狙撃に関してはレジスタンス一。悠人には負けるけど」
「セリーナ、それは酷くないかね? 僕ちんに狙撃で勝てる人はいないよ」
ニヒルな全く似合わない笑みを浮かべる小太りの男、ゲッペル。リリーナは小さく溜め息をついてアークベルラを下げた。
「浩平さんなら勝ちそうだよね」
「あれは別格だから。人界最強クラスの狙撃手だよ。スコープ無しで数km先の標的を撃ち抜くし」
「僕ちんのすごさがわからないのか。ぐふふ、じゃあ、レジスタンスとの戦いで見せてあげよう」
「あれ? 二人は寝返るの?」
その言葉にセリーナさんは頷いた。
「そう。私は悠人に助けられた恩返し。ゲッペルは白百合音姫がこちら側にいるから」
「追っかけ?」
「あの麗しくも世界最強である音ちゃんと敵対するくらいなら、全世界を敵に回すね」
「それはそれですごい理由だよね。でも、レジスタンス側はいいのかな?」
リリーナが整備士に顔を向けると整備士ははっきりと頷いた。
「はい。麒麟工房の新型フュリアス十機中、特殊特化の二機をこの二人に与えるようゲイルさんが」
その言葉に僕達は近くの二機を見た。
装甲は灰色。片方は背中に長距離狙撃用のフュリアス用スナイパーライフルと長距離砲撃用のロングレンジバスターライフルを持つ砲撃支援用フュリアス。もう片方は四つのメインブースターとそのメインブースターにいくつもの板のようなサブブースターがついた機動力を高めた万能型フュリアス。
今まで翼のようなスラスター群だったのに麒麟工房は開発の流れを変えたのかな?
「悠人。麒麟工房が新型フュリアスをレジスタンスに供給していることに疑問をもとうよ」
「メリルがアンにお願いしただけじゃないかな?」
「もう納得してるんだ。でも、大胆なことをするよね。言い方は悪いけど裏切り者に新型フュリアスを与えるなんて」
「違うよ」
反論しようとしたセリーナさんやゲッペルより先に僕は口を開く。
「二人がレジスタンスだからだよ。レジスタンスはメリルを、歌姫を尊重し歌姫を蔑ろにする政府を打倒するための組織。セリーナさんもゲッペルも味方なんだよ」
「じゃ、クロラッハ達はどうしてここに攻めてくるのかな?」
「それはクロラッハが野心家だからだ」
その声に僕達は振り返った。そこには呆れたような表情のゲイルさんがいる。
「クロラッハはこのレジスタンスよりも遥かに過激だが、力がある。強力なフュリアスアレキサンダーで敵を全て滅ぼしていたくらいにな。歌姫様を手に入れようとしたのも歌姫がいれば正当性を訴えられるからだ」
「そんな。じゃ、クロラッハ達レジスタンスがゲイルさん達のレジスタンスを攻めるのって」
「歌姫様を戦争の道具にするつもりなんだ。実際に、先程大人しく歌姫様を渡すように最後通牒がやってきた。悠坊、この意味がわかるな」
「メリルを使って、この音界を我が物にするため」
「そうだ。だから、麒麟工房もなりふり構っていられないのだろう。首都ではクーデター。首相一派が捕まり新たな政府が樹立したと聞いている。もしかしたら、それすらもクロラッハの仕業かもしれん」
「くっ」
僕は拳を握りしめた。そして、振り向く。ここからでもまだ悠遠の姿は見ることが出来た。ほんの少しだけど。
「守らないと。僕が、守らないと。メリルを」