第百八十六話 希望の未来を掴む力
「一度死に、神となって復活した希望の神だよ!」
その言葉に隠れて見守っていたアル・アジフは笑いをかみ殺すのに必死だった。それを不気味そうにグレイルが見ている。
「なるほどの。希望の神か。ルエルナエリナも粋な計らいをするの」
「お前は何を言っているんだ?」
グレイルが不気味そうに尋ねるがアル・アジフはそれに答えなかった。いや、答えられなかった。
何故なら、頭の中で七葉とルエナの会話がどんなものだったか考えていたからだ。
おそらく、ルエナが泣きそうになりながらも七葉を説得したのだと。そういうことが得意なのがルエナだとアル・アジフは思っている。神からすれば七葉は希望の象徴となりえる。それは、いくら死の運命にあっても偶然によって生き延びているから。
周が必然として掴むだめに動いているとするなら、対する七葉は偶然によって生き長らえている存在。
だからこそ、アル・アジフは笑みを浮かべる。
「にしても、和樹の近くにいる二人、確か、黒猫子猫の二人じゃないか?」
フレヴァングを肩に担ぎいつでも飛び出せるように準備しつつアル・アジフが作り出した遠隔視認魔術を見ながら浩平が小さく呟いた。
浩平は二人と面識はないものの、特徴を事細かく教わっていたため思いついたのだ。緒美はわからないのか首を傾げている。
「言われてみるとそうじゃな。どうやら和樹を守っているようじゃが」
「人質にしてるのですかね? いや、それなら楓ちゃんが和樹ごと焼き尽くすか、リースが瞬殺するか」
「そなたの頭の中ではリースに恋人補正がかかっているようじゃな。まあ、我らは見ているだけで十分じゃろう。どうやら、あの少年は天界の人間のようじゃしな?」
「て、天界!? ルーリィエさんが来ていたり天王さんが来ていたりどうなっているのかな?」
緒美の言葉にアル・アジフは考える。確かに、天界が介入しているとしてもいろいろと腑に落ちない点が多すぎる。
まるで、最初から全て一本だったと考えれば簡単なように。
「天界の介入。アークの戦い。海道駿への協力。“義賊”。幻想種。精霊召還符。『赤のクリスマス』」
「アル・アジフ?」
『赤のクリスマス』の言葉に浩平が反応する。だが、アル・アジフはまるで聞いていないかのように通信機を取り出してすぐさま連絡を出した。
相手は、花畑孝治。
「至急、調べて欲しいことがあるのじゃ」
「神、だと」
イルベイの顔に驚愕が映る。
「信じない。僕は信じないぞ! お前みたいな悪が、地上の虫けらが! 僕を差し置いて神になれるわけがない! マクシミリアン様はそれをお許しになるわけがない!」
「哀れだよ。天王マクシミリアンは神じゃない。神は天の神とは名乗らないよ。私は希望の神。希望を掴み取る神なんだよ」
「希望、だと」
憤怒の色に染まるイルベイに七葉は小さく息を吸い込みながら体内で花を開かすように魔力を開花させる。
それが七葉の、希望神の神としての力を発揮するトリガーだった。静かに沸き起こる魔力の変調にイルベイは気づかない。いや、イルベイだけじゃなく、気づいているのはアル・アジフくらいだろう。
七葉は視る。そして、理解する。
次の行動をどうすればいいのかを。
「絶望を振りまくお前なんかに、神を名乗る資格なんてない!」
「その言葉、そっくりそのままお返しするよ!」
七葉が駆ける。それに反応するようにイルベイが手をかざした瞬間、七葉が横に跳んだ。それと同時に七葉がいた場所で小規模な爆発が起きる。だが、七葉はダメージを受けていない。
七葉はさらに駆ける。一直線にイルベイに向かって槍を握り締めながら駆ける。
イルベイはすかさず両手をかざした。それを見た七葉は視る。そして、槍を地面に突き刺して棒高跳びの応用で高く飛び上がった。
爆発が起きる。今までよりも遥かに巨大な爆発。だが、高く飛び上がった七葉はその爆発すらも飛び越えていた。
イルベイがすかさず飛び上がった七葉に向けて両手をかざす。だが、イルベイが見たのは腕を振り抜いた七葉だった。
次の瞬間、イルベイがイージスカスタムの上から吹き飛ばされる。蠅叩きのようなものによって叩かれたから。
「よくも!」
イルベイは上手く着地して横に転がり未だに浮遊している七葉に向かって手を伸ばした。そして、七葉を中心に魔術を発動させた、はずだった。
とん、と軽い衝撃がイルベイを襲う。イルベイが自分のお腹周りを見ると、そこには槍が突き刺さっていた。声を上げるより早くイルベイの首に刃が突き刺さる。
「イルベイ・イグニッツァ。よき来世を」
七葉の呟きと共にイルベイが崩れ落ちる。誰が見ても七葉の繰り出した頸線から伸びる槍と刃はイルベイの命を削り取っていた。
「ふぅ。さてと、みんな! 終わったよ!」
呆然とする楓やリース達に対して七葉は無邪気な笑みを浮かべて手を振った。
『目標確認。アクセル1、配置につきました』
『こちらも目標確認。アクセル3、配置につきました』
『アクセル2もつきました』
『バースト1から3まで配置完了』
『バースト4から6も配置完了です』
『バースト7から9も同じ』
イージスカスタムのコクピットの中。そこで七葉とアル・アジフの二人は二人では狭いコクピットのシートに座りながら近くの配線に繋げたヘッドホンを身につけていた。
二人が傍受しているのは政府軍の動きだ。どうやら、イージスカスタムを囲むように配置が動いているらしい。
「そなた、思い切ったことをするの」
イージスカスタムの貧弱な電子戦装備で政府の通信網にハッキングを仕掛けながらアル・アジフは七葉に向かって尋ねた。
対する七葉は周囲を警戒しながら軽く笑う。
「そうかもね。でも、この力があればたくさんの人を助けることが出来るから」
「そうじゃな。希望神の能力は単体では非常に使えぬ能力じゃ。まあ、宝くじを当てるくらいは可能じゃがな」
「だよね。希望神の能力、『希望の未来を掴む能力』。聞けば能力としては凄そうだけど、正確には運の改変だもんね」
「しかも、たった一つにしか作用せぬ上、複数同時にかけられない貧弱な能力じゃが、そなたの能力との相性は抜群じゃからな」
七葉が持つレアスキル『曇り無き真実の未来』。極めて強力な未来視のスキルではあるが、その発動は任意では出来ない。そのため、スキルの所有者の中でも気づく人は少ないレアスキル。
だが、その力は希望神の能力を使うことで最大の効果を発揮する。
『曇り無き真実の未来』の発動を『希望の未来を掴む能力』によって任意に発動することが出来るのだ。つまり、今の七葉はいつでも未来を視ることが出来る。
ある意味究極の組み合わせと言ってもいい。
イルベイの攻撃を避けることが出来たのも、イルベイの動きを予測して攻撃することが出来たのも全てこの二つの能力によるものだった。
「そなた、重き宿命を背負うぞ」
「大丈夫大丈夫。だって、私は一人じゃないから。そろそろかな?」
七葉の言葉にアル・アジフは頷く。
イージスカスタムの周囲にいるのは楓とリースの二人だけ。浩平達は一足先に逃げているのだ。もちろん、囲んでいるであろう政府軍はそれに気づいていない。
「では、そなたの能力を最大限発揮してもらおうかの。そなた、思考並列化は可能なのじゃろ?」
「あー、うん。一応は。でも、すごく違和感があるんだよね。頭の中でもう一つ頭の中が出来上がるというか」
「本来なら脳の処理が追いつかないくらいのことすら可能になるからの。さて、ハッキングは完了じゃ。システムダウンは」
「39秒。正面突破は十二分に可能だよ」
その言葉にアル・アジフが軽く肩をすくめる。そして、シートから立ち上がった。
「そなたの能力は乱用すべきではないの」
「私は神だよ。能力の使い道は私が決める。みんなを守るためには出し惜しみはしないよ」
「そうじゃな。開始は10秒後。行くぞ」
アル・アジフがコクピットから飛び降りる。七葉は小さく息を吐きながらイージスカスタムを完全に起動させる。
「行こう、イージスカスタム。私達が次に向かう場所は悠兄達がいるレジスタンス基地。行くよ!」
その言葉と共に首都全域の通信システムが一斉にダウンした。
七葉の能力は一見チートですが一歩先を行けるだけで周や音姫には普通に身体能力の差で負けます。あくまで未来を常に見れるようになっただけで圧倒的な力の差を覆せる能力ではありません。