第百八十五話 子猫の加勢
「なな!」
和樹は必死に腕の中にいる七葉に呼びかける。だが、七葉は体中から血を流し、誰が見ても助からないのは明白だった。
和樹が施す治癒魔術もたかが知れているため効果的に作用することがない。だが、和樹は必死に七葉に治癒魔術をかける。
そんな和樹を嘲笑うかのようにイージスカスタムがエネルギーライフルの銃口を二人に向けた。そして、引き金に指がかかる。
「ダメ!!」
リースの叫びが響き渡る。
無情にも二人を狙ってエネルギー弾が放たれ、そして、エネルギー弾が散った。突如として割り込んだ二人の少年少女によって。
「何故、僕達がこんなことをしなければならないのか意味がわからないのだけど」
「うーん。それは反乱を起こした人達が悪だからじゃないかな? 第76移動隊は敵でも味方だよ、ラウ」
「意味が分からない」
呆れたように溜め息をつくラウとラウの隣で振り抜いた剣を握り締めミルラ。本来なら敵であるはずの二人が七葉と和樹を守ったのだ。
「どうして?」
リースが光の刃を手から出しながら尋ねる。ミルラはそれに振り返って軽く両手を挙げた。
「戦うつもりはないよ。だって、明確な敵がいるんだから」
その言葉と共にレヴァイサンがエネルギー砲を構えた。だが、その内の一機をブラックレクイエムから放たれた収束砲が貫く。
だが、残ったレヴァイサンは一斉にエネルギー弾を放っていた。いや、エネルギー弾という言葉では生易しいかもしれない。言うならばエネルギーの塊。
とっさにリースが四人の前に飛び出しながら突如として現れた本を掴む。そして、それを開きながら腕を一を描くように横に振り抜いた。
リースの前に現れるのは無数の光弾。防御するための竜言語魔法じゃない。攻撃するために使用した雨霰だった。
「消え去れ」
心の底から凍らすような怒りの声と共に雨霰が一斉に放たれた。光弾は一瞬でエネルギー弾を消し去りレヴァイサンを消し去る。だが、イージスカスタムは持ち前の防御力で雨霰を防ぎきっていた。
雨霰の攻撃から難を逃れたギガッシュが肩の砲をリースに向ける。だが、それより早くカグラとブラックレクイエムから放たれた収束砲がギガッシュを貫いていた。
「カグラ、最大出力!」
残るギガッシュに向けて楓がカグラを向ける。ギガッシュは楓に向かってエネルギー弾を放つが遅かった。
すでに収束を終えた楓は巨大な魔力の塊をギガッシュに叩きつける。ギガッシュが放ったエネルギー弾すらも消し去りギガッシュを完全に消滅させていた。
「すごいね。あれがリュリエル・カグラなんだ」
「そういう問題じゃないよね。ブラックレクイエムの先、明らかに僕達を向いているけど」
ミルラとラウは両手を挙げた。すぐさまリースが距離を詰めて首筋に光の剣を当てる。剣を当てながらも七葉を治癒しようと新たな書物を取り出していた。
だが、その書物が閉じられる。七葉によって。
「大丈夫だよ」
その言葉に一斉に七葉から全員が飛び退いた。もちろん、和樹ですら。
和樹の腕に抱えられていた七葉はその場から地面に落ちる。
「いったー、カズ君! 何をするの!?」
「いや、えっ? いや、えっ? だって、なな、傷が」
「大丈夫大丈夫。さて」
七葉が槍を構える。視線の先にいるのはイージスカスタム。エネルギーライフルを向けているものの動きはない。
「出て来たらどうかな?」
イージスカスタムのコクピットが開き、そこから現れたのはあの時の爆弾魔の少年だった。
「おかしいな。確実に君は死ぬはずだったのに」
「そうだね。私だってこのまま消え去るはずだった」
七葉は静かに槍を構える。すると、七葉の目の前で爆発が起きた。だが、七葉は動じない。
「僕は君を殺すために綿密な計算をした。たくさんの力を借りて僕達はここまでやってきた。なのに、なのに! 何故だ! 何故、お前は定められた運命すらも覆す!」
「私は、ただ、希望を掴むために動くだけだよ」
「お前は本来なら三回は死ぬはずだった! しかし、その三度共に生き残った。お前が生き残ることが天界の崩壊へと繋がるのに!」
「いい加減にしなよ、イルベイ・イグニッツァ。それ以上はルール違反だ」
ラウが静かに刀を構える。その刀の刃には薄い膜が包んでいた。隣にいるミルラも呆れたように肩をすくめる。
そんな二人を見た少年イルベイは顔を真っ赤にした。
「子猫風情が僕に指図をするのか!? 僕はマクシミリアン様とクロラッハ様に選ばれた至高の存在だ! 僕は将来神になる人間なんだぞ!」
「神かどうかじゃないよね。そんなのだから黒猫様は私とラウをここに行かせたんだよ。お姉様のそばから離れるのは悲しかったけど、お姉様を助けるには仕方ないよね」
「貴様ら。貴様らまとめてここで消し炭に」
「イルベイ・イグニッツァって言うんだ」
七葉が静かに踏み出した。その姿にその場にいた誰もが後ずさる。何故なら、七葉は今までとは考えられないくらいの存在感を発していたからだ。言うならばあらゆる生物の頂点である存在、神。
そんな存在感を七葉から誰もが感じたのだ。
「私を殺すためにこんな馬鹿げたことをしたんだ」
「そうだ! お前は死ななければならない! お前が生きていたから何千何万という人が亡くなったんだ! だから、お前を殺す! 殺さなければ未来が変わり、たくさんの人が命を失うんだ! だから、僕は」
イルベイの周囲で魔術陣が煌めく。それを見たミルラとラウはとっさに後ろに下がった。だが、七葉は動かない。一歩も動かない。
次の瞬間、七葉を中心に巨大な爆発が起きた。七葉の周囲で爆発が起こり七葉を爆煙が包み込む。
イルベイの顔に愉悦の笑みが浮かんだ。
「マクシミリアン様、クロラッハ様。僕は、ついに」
「希望の力、か」
その言葉にイルベイが固まる。そして、目を見開いて爆煙を凝視する。
爆煙が晴れた先、そこには服装は少し汚れているものの無傷の七葉の姿があった。爆発の中心にいたはずなのに七葉は傷一つ負っていない。
さすがのそれにはリースですら驚きで固まっていた。
「イルベイ・イグニッツァ。あなたが私を殺すのが目的でその理由を語るのはルール違反なんだよね」
振り返ってラウに尋ねる七葉。ラウは確かに頷いた。
「でもね、そんなのはどうでもいいかな」
静かに、いや、静かだが威圧感を叩きつけながら七葉は槍を構えた。
「私はね、怒っているんだよ。私だけじゃなくカズ君を巻き込もうとしたこと。だから、私はあなたを倒す。ただそれだけ」
「なんだ、恨みか。僕を倒そうだなんてあの白川七葉に言われるなんて。いいよ。僕は負けない。お前みたいな地上を這う虫けらは僕が倒すんだ。そして、僕は選ばれる。世界を救った新たな神に。マクシミリアン様やクロラッハ様から褒められ、そして、新たな神の名を貰うんだ! 邪魔なんてさせない。邪魔した奴は全員殺す」
まるで狂ったかのようにイルベイは高らかに宣言した。そんな姿に楓はカグラの先をピタリと向け、光がレーヴァテインをコピーする。だが、そんな二人にミルラとラウが明確にわかるように手で制するような動きをした。
「ダメだよ。この戦いは二人の戦いなんだから。私達が入る場所はない」
「僕達は見ているだけがいい。黒猫様が言ったことが事実なら、彼女は大丈夫だから」
その言葉にリースが首を傾げる。その疑問に答えるのは自分ではないという風にラウは口を閉じている。
「『GF』に所属する虫けらが僕に勝てるわけがない。そう、勝てるわけがない。僕は最強なんだ。僕は最強の最強の存在なんだ!」
「哀れだよね」
呆れたように言う七葉にイルベイの顔が怒りで歪む。
「自らを最強だと思い込んでいる。本当に哀れだよ。上を見ることはしない」
「何がいいたい!」
「名乗らせてもらうよ。私は『GF』第76移動隊所属希望神白川七葉。一度死に、神となって復活した希望の神だよ!」
今まで混迷としていた勢力が次第に一つになっていってます。話数は思ったよりもかかっていますが思い通りの展開で進んでいます。