第百八十一話 反乱の始まり
気づいたのはアル・アジフだった。いや、ずっと気づいていたというべきか。
その日の朝に首都にいた第76移動隊全員、アル・アジフ、楓、光、浩平、リース、七葉、和樹が女子の広い寝室の中に集まっていた。
「そなたら、気づいていた者は何人じゃ?」
その言葉に光、浩平、七葉、和樹の四人が首を傾げるが楓、リースの二人は手を上げた。
「ちなみに、アル・アジフはいつから」
リースが逆に尋ねる。その言葉にアル・アジフは苦笑しながら窓へと近づいた。そして、窓の外を見つめる。
そこに映るのは至って平凡な首都の市街地を見下ろす光景。だが、アル・アジフの目にはこちらを監視する姿がいくつも入っていた。
「我らがここに来てからずっとじゃからな。さすがに、昨日から人数が三倍に増えたことは驚いておるが」
そう、どう考えても口の動きは別の言葉を発しているはずなのに声はスラスラと聞こえるようにアル・アジフは言う。
ありえない。だからこそ、アル・アジフは姿を見せながら唇を読まれても大丈夫なように話す。
「楓やリースも同じみたいじゃったな」
「これって私達も同じようにしなくちゃダメ?」
呆れたように尋ねる楓にアル・アジフは苦笑で返した。
「このような芸当が出来るのは我だけじゃ。だから、我は姿を見せている。音は伝わらない結界を展開しての」
「じゃあ、私から。私はアル・アジフみたいにすぐさま気づいたわけじゃないけど、監視の目が厳しくなったと感じたのが首都の戦いが終わってから。まるで、私達を警戒しているかのような視線だった」
「私も同じ。浩平とのデートを視線で邪魔するから何度殺そうと思ったか」
多分、あまりの殺気に手が出せなかっただけだとは誰も言えない。リースがキレたらそれこそ首都が消え去るだろう。
浩平は苦笑しながらリースの頭を撫でた。リースは気持ちよさそうに目を細める。
「アル・アジフさん。つまりは何か動きがあるってことですか?」
「そうじゃ。浩平にしては鋭いではないか」
「ありがとうございます」
誰もが褒められていないと心の中で思うのだが誰も口には出さない。恋人のリースはそれが浩平らしいと思っているためむしろそれでいいと思っていたりもする。
アル・アジフは苦笑しながらも街を見回している。
「おそらく、今日か明日に奴らは動くはずじゃ。我らは先手を打つか、後手を取るか」
「難しいところだね」
楓が眉をひそめながら言った。
「先手を打てば相手が警戒を強めただけなら私達は犯罪者扱いだし、後手に回れば七葉や和樹君は危険にさらされる」
「俺達で守りながら戦うってのは?」
「難しい、と思う。周君がいたら話は変わるけど、私達は全員純粋な攻撃役。フロントやバックなどの違いがあっても防御力の高さはないから」
「じゃあ、私がイージスカスタムに乗れば」
「問題は、そこまでどうやって守るか」
リースの言葉に七葉が沈黙する。確かに、七葉はこの中では強くなくてもイージスカスタムに乗った時の実力は機体との相性も相まって主力というに相応しい力となる。
だが、その域に達するには七葉を守りながらイージスカスタムへ辿りつかないといけない。
その時、部屋がノックされた。全員が頷き合い楓が防御魔術を全開にしながら扉に近づく。
「はい」
『アル・アジフ様はご在室でしょうか? 真柴悠人様からの連絡を届けに来ました』
楓が振り返ってアル・アジフを見る。アル・アジフは小さく頷いてその手に持つ魔術書アル・アジフを一回開き、そして閉じて扉へと近づいた。
「悠人からじゃな。わかった。今すぐ開ける」
そう言いながらアル・アジフは器用に薬指だけを立てている。
それを見た部屋にいる誰もが体をこわばらせ、そして、かすかにドアから離れる。楓は全身に張った防御魔術の一部をアル・アジフに移してその場から飛び退いた。そして、アル・アジフがドアを開けた瞬間、そこには銃口があった。
アル・アジフアため息をつきながら腰に手を当てる。
「連絡ではなかったのかの?」
「動くな。そして、喋るな。お前達には黙秘権がある」
「いや、いきなり言われても理解できないのじゃが」
銃を構える兵士に呆れ顔のアル・アジフはまるで周囲が見えていないかのように肩をすくめ、そして、、魔術書アル・アジフを手放した。
兵士達からすれば武器を手放したと見えたのだろう。そのまま部屋に入ろうとして、ガツンと戦闘の兵士が見えない壁にぶつかったようにその場に崩れ落ちた。それを見たアル・アジフが笑みを浮かべる。
「そなたら、結界というものを理解しておらぬな」
「っつ、突入!!」
その言葉と共んじ浩平がフレヴァングを呼び出しながら窓に向けた。そこには窓から侵入を試みようとする兵士の姿。だが、兵士が放った蹴りは窓に跳ね返された。
「楓、リース。皆を頼む。我はこやつらを倒してからそなたと合流する」
「わかった」
楓はすかさずカグラを窓に向けた。射線上いいた浩平は同じく射線上いいたリースを抱えて横に飛ぶ。
「道を開けて!!」
その言葉と共に放たれた魔力の奔流はアル・アジフの結界を粉々に砕き、窓を破壊して部屋の大きな穴を作り出してた。もちろん、窓から侵入を試みようとした兵士達は頭を押さえてその場にうずくまっている。
つまり、前を塞ぐ兵士は誰もいない。
「今!」
七葉はすかさず頸線を放った。地面に伏せている兵士達を素早く縛り、そのまま窓の外へ駆けだす。すぐさま頸線を撃ちこむポイントを見つけ、七葉専用の空中の足場を作り出した。その時には炎の翼を背中に作り出した光がレーヴァテインで周囲を警戒しながら飛び出していた。
七葉は和樹に向かって手を伸ばす。
「かず君! 私に捕まって!」
「これは何のつもりかね?」
首相室。
首都の政府の最高権力者である首相の部屋の中でグレイルはラングレン副首相及び副首相の背後に立つ兵士達によって銃を向けられていた。首相の秘書は壁際まで下がっている。
グレイルの言葉にラングレンは笑みを浮かべた。
「見た通りだよ、グレイル。お前のやり方ではこの音界は救えない。だから、我らは放棄した。もちろん、お前のお仲間はすでに拘束させてもらっているがな」
「反乱、ということか」
「人聞きが悪い。世直しと言ってくれ。この世を上手く導きにはお前では役不足なのだ。そういう私も役不足だが、クロラッハが世界を変えてくれる」
「まさか、レジスタンスに政権を明け渡すつもりか!? そんなことをして世界は回ると思っているのか!?」
その言葉にラングレンは笑った。そして、引き金を引く。
放たれたエネルギー弾はグレイルの頬をかすめ、そして、背後の窓を割った。
「世界が回る? 違うな。私達のために世界を回すのだ。クロラッハとの協力はつけている。後は、邪魔ものであるもう一つのレジスタンスを滅ぼすだけ」
「貴様、それでも政府の人間か!? 私達は民のために国を動かしているのだぞ!」
「民のため? お前らしいな。だが、違うな。お前は政府の姿を見ていない」
「私利私欲のために働く連中は消したはずだが?」
「人は己の欲望のために動くのさ。そう、私利私欲のために。だから、私は私の欲望を」
「き。聞きしに勝る外道ですね」
完全な棒読みの声が部屋の中に響いた。
「そ、そのようなことが、えっと、ふ、副首相の口から聞こえるなんて、お、驚きです」
「誰だ!?」
ラングレンが周囲を見渡す。だが、そこにいるのは首相の秘書だけ。そう、首相の秘書だけ。
「ぐ、グレイルは」
「こ、ここです」
その言葉に振り向くと、割れた窓の窓枠の上に立つ少女、緒美の姿とその背中に背負われたグレイルの姿があった。緒美の手の中には簡易杖が握られている。もう片方の手にはマイク。
「こ、これが、なんだか、わ、わかりますよね?」
マイクを微かに掲げながら緒美はラングレンに向けて言い放った。
「さ、さっきの会話、全部、首都に、ほ、放送させていただきました」