幕間 もう一人の歌姫+α
新キャラ、になるのかな?
音も無く気配も無く縦横無尽に走り回る。足を止めずに走りながら音姫は懐かしい気持ちになっていた。
周の後を追って『GF』に入った後、音姫は訓練で敵陣侵入作戦というのをさせられた。入隊当初から一目置かれていた音姫はその訓練で本職顔負けの戦果を叩き出したのだ。
敵陣侵入作戦訓練はどれだけ見つからずに目的地につけるか。見つかった回数がカウントされて到着後に申告される。それは部隊分けの一つとして参考にされる試験でもあった。
本職は見つかることなく到着出来る。だが、新人はどれだけ頑張っても二十回近くは見つかってしまうのだ。
だが、その中で音姫は一度も見つかることなく到着出来た。18歳未満では史上二人目の記録だった。
そんなことを思い出しながら音姫はクスッと笑いつつ地面をかける。
「確か、この辺りだったかな」
すかさず音姫は立ち止まった。そして、周囲を見渡す。
周囲は木々で覆われており、誰かが隠れていても普通は気づかないだろう。現に音姫もいないと判断して小さく息を吐く。
「リリーナちゃんやルーイ君は悠人君達の救援に向かったし、私は私で退路を確保しないと駄目だよね」
誰に言うでもなく音姫は小さく頷くとそのまままた走り出した。今度は地面ではなく木の上を駆ける。
音も無く気配も無く駆ける音姫にはまさに忍者という名前が相応しい。
白百合流舞空術『浮雲』。
まるで飛んでいるかのように高速で走る技だ。ただ、他の移動系の技と比べれば速度は落ちるし戦闘には向かない。だが、音を出さないという隠密行動時には利点となる特徴がある。
すると、音姫は止まった。枝の上で木にはりつきつつ光輝の柄に手をかける。視線の先にあるのはフュリアス。
第四世代型のアージュだ。上手くカモフラージュされるように土が盛られていたり枝を絡ませたネットがかけられたりしている。
その手にあるのは地対空高射砲。
地上から上空へ攻撃するための装備で設置して撃つためよほどのパイロットですら回避は難しい。
「一機、だけじゃないよね。多分、六機くらい隠れてる」
音姫は静かに木から飛び降りる。そして、最速でフュリアスとの距離を詰めた。そのままコクピットに光輝を突き刺して無理矢理切断する。
そこには、小太りのパイロットがいた。
「うひょ?」
目を見開いて固まっている。そんな小太りのパイロットに音姫は光輝を向ける。
「動かないで。変な動作をした瞬間」
「もしかして、音ちゃん?」
「お、音ちゃん!?」
あまりの変な呼ばれ方に音姫は一歩思わず後ずさった。代わりに小太りのパイロットが一歩音姫との距離を詰める。
「やっぱり音ちゃんだ。音界に来てから音ちゃんの姿を見れなくて残念だったけどまさかこんなところで出会うなんて。感謝感激だよ。サイン頂戴」
あまりの状況の読まなささに音姫は光輝を突きつけたまま呆然と固まってしまう。
「あー、でも、色紙持ってないや。せっかく、音ちゃん本人がいるのにサインもらえないなんて僕ちん最悪だな」
「えっと、状況わかってる?」
「そう言えば、僕ちんどうして刀を向けられているの?」
沈黙が二人の間を通り過ぎる。そして、小太りのパイロットは何事も無かったかのようにコクピットに座り直した。
「夢だ。きっと夢だ。禁欲生活をしてたからきっと夢だ。寝るか」
目を瞑った小太りパイロットに対して音姫は薄皮一枚を削るように光輝を振り抜いた。
外壁をも切り裂き小太りパイロットの額から血が流れる。
「とりあえず、両手を上げてコクピットから出て。少し聞きたいことがあるから」
「夢じゃない? リアル音ちゃん? つまり、僕ちん見つかった?」
頬をつねりながら尋ねてくる小太りパイロットに音姫はゆっくりと頷いた。
「どうか、どうかサインだけはお腹に書いてから殺してください!」
「意味がわからないんだけど!」
見事な土下座を決める小太りパイロットにドン引きしながら音姫は鞘に収まった光輝の柄を握り締める。
「私が聞きたいのは他に味方がいるかどうかだけで」
「味方? いないない。僕ちんは単独行動大好きですから、グフフ」
「単独行動?」
本来、地上からの対空放火は一機だけでは成り立たない。何機もで対空放火を行うことでその時に成果を発揮する。
だから、戦略的にはあらゆる魔術に精通したアル・アジフや火力の高さなら他に追随を許さない楓や茜よりも光の面で制圧する攻撃の方が有効だ。
ただ、楓の広域殲滅魔術とか茜の具現化圧縮魔術を見せられたら戦意を失うのが大半だが。
「僕ちんは射撃に関しては天才だから」
「あー、そうなんだ。他に敵がいないならいいけど、本当なんだよね?」
「音ちゃんには嘘をつきません!」
「いや、それはいいから。ちょっと待ってね」
音姫はそう言うとデバイスを取り出して通信機に繋げた。そして、周囲を警戒しながら通信を繋げる。
「こちら白百合音姫です」
『音姫さんですか? ああ、無事で良かったです。こちらから連絡しても返事が無かったので』
「ごめんなさい。隠密行動時はそういうものは遮断するので」
『わかりました。事情はこちらから説明しておきます。連絡事項はなんでしょうか』
「はい。今から送るポイントのところで敵フュリアスを見つけてパイロットを引きずり出しています。要員を送ってもらえますか?」
ほぼ誰もいない通路。周囲から火が吹き出し誰が見ても手遅れだと思えるような状況。その中に、男が一人いた。
クルシス艦長のグスタフだ。ゲイル側のレジスタンスに属していたが歌姫をクロラッハ側のレジスタンスに送る名誉を受けてゲイル側のレジスタンスから裏切った男。
爆発による影響から額から血を流しながらもグスタフはゆっくりと手すりを持ちながら通路を歩いている。
「くそっ。くそっくそっくそっ! あの小娘が余計なことをしおって! 私の艦を私の名誉を全て無駄にしおって!」
自業自得なのだがそれを指摘する人物もいなければグスタフもそう思い込んでいるため間違いに気づかない。
「機関部まで行けば、精霊結晶さえあれば、クロラッハ様は必ず私を新たな艦の艦長にしてくださる。私はこの場で朽ち果てていいような雑魚とは違うのだ」
グスタフは機関部への道を曲がる。そこを曲がれば機関部への入り口に繋がる通路が見えるはずだった。だが、そこにあったのは真っ赤な通路。そして、真っ黒な何かが立っていた。
その姿を見たグスタフは口を開いて悲鳴を上げようとする。だが、それより早く真っ黒な何かが動いていた。
『我は何だ?』
「ひっ」
真っ黒な何かはグスタフの首を掴みながらグスタフに問いかける。だが、それにグスタフは答えることは出来ない。
『我は我がわからない。我は正体がわからない。お前ならわかるか?』
「わ、わからない。お前はなんなんだ!?」
『我はお前がわからない。お前はなんなんだ?』
「お、俺はグスタフ。クルシスの艦長だ」
『ああ、そうか。お前を喰らえば我は我がわかる』
その瞬間、真っ黒な何かが膨れ上がった。それを見たグスタフは口を開けられるまで開けそして、
闇に喰いつかれた。上半身の半分を一瞬にして喰われ周囲に血が飛び散る。だが、それを追いかけるように闇が動き、残った体も闇が喰らい尽くした。
闇が一つに固まり人の姿を取る。その姿はまさにグスタフだった。
「ああ、ようやくわかった。我はグスタフではない。さあ、我の目的を達成しよう。我は侵入者を滅ぼす存在。我は世界を救うために生まれた存在。異物を排除し世界に安寧を与える存在。我はレザリウス」