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新たな未来を求めて  作者: イーヴァルディ
第一章 狭間の鬼
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第六十八話 エレノア

「周よ、茜は元気か?」


エレノアは『炎熱蝶々』をオレに向けながら尋ねてくる。


オレはレヴァンティンを構える。


「元気だ。病院に入院しているけどな。体はいたって正常さ」


オレは周囲に目を走らせる。


結界は完全に破壊されいるから下手をすれば周囲に被害が飛び散る。音姉も結界の再展開がしたいだろうが、エレノアから目を逸らせない。


「まさか、エレノアが貴族派代表だとはな。聞いてないぞ」


「余の存在は秘密にしてもらっていた。余は魔界五将軍なのでな。対策をとられかねん」


「だろうな。クラインが話した貴族派の目的、本当なのか?」


オレの額に汗が流れる。緊張で手が震ええそうになる。今まで相対した中では時雨クラスの実力しか感じない。


攻めれば死ぬ。


「余は、いや、余達は強くあらねばならない。なら、犠牲は気にしない方がいい」


「っつ、変わったな」


あの頃は、あのパーティの中ではずっとオレ達の面倒を見てくれた。オレと茜は人が多くて緊張しているからエレノア一緒にいてくれた。


エレノアはお姉ちゃんのようだった。


「オレの知っているエレノアは優しかった! 音姉と同じように! 何があんたを変えた!」


「現実を知った。周、余のものとなれ」


「何?」


オレは思わずレヴァンティンを下ろしていた。あまりのことに音姉もポカンとしている。


「世界を救う方法を余は知っている。共に世界を救おう。今なら、最小限の犠牲で済む」


「最小限の犠牲だと?」


「そうだ。人間の半分ほど死ぬで済む」


オレはエレノアにレヴァンティンを向ける。


「誰かを犠牲にする平和なんていらない」


「世界が滅びるとしても?」


「滅ぼさせない。エレノアが変わった理由がわかったよ。結局はオレと似ているんだな」


エレノアは世界を滅ぼさせないために力を手に入れようとしている。誰かが犠牲になったとしても。


オレも力を手に入れようとした。自分のせいで誰かが犠牲になるなら、自分が犠牲になればいい。力を手に入れるためなら何でもしようと思った。


「エレノアは優しいままだ。優しいままだからこそ、オレはお前を止める」


「何がわかる? お前に余の何がわかる? わかってたまるものか!」


エレノアの『炎熱蝶々』が赤く光った。その瞬間にオレはエレノアに向かって地面を蹴っていた。それと同時に屋上が結界に包まれる。音姉が張ってくれたか。


「レヴァンティン!」


エレノアが放った炎弾が全て消え去った。


オレはそのままレヴァンティンを振り切ろうとしてレヴァンティンが止まる。いや、体が一気に重くなり体の動きが止まった。そのままオレの体が地面に転がる。


「弟、くん」


音姉も片膝をついて苦しそうにしている。


何が、起きた。


「手荒なことはしたくはなかったが、仕方あるまい。魔界の空気は人間には毒と聞いたことはないか?」


「魔力、粒子が、濃いから」


「そうだ。余は限定的にその空間を作り上げただけだ」


簡単に言うがやることは難しい。実際に同じような魔力粒子の濃さにするならその魔力粒子を空間に固定しないといけない。


魔界の空気は遥かに魔力粒子が濃いため固定は大変だ。


エレノアがオレの体を仰向けにする。


「本当は、こんなことはしたくなかった。周が自ら来て欲しかった。でも、ごめんね」


エレノアの話し方はオレの知るエレノアに戻っていた。


オレは小さく息を吐く。


「そうか」


オレはそう答えてレヴァンティンを握りしめた。


エレノアがレヴァンティンを握りしめる音に気づいて一気に下がる。オレは笑みを浮かべながら立ち上がった。


「バカな。魔界の空気に立っていられるというのか?」


エレノアが驚いたように口調を戻して言う。オレはレヴァンティンを鞘に収めた。


「慣れればこの魔力粒子の量はありがたいな。魔術が使いやすい」


「慣れただと。そうか、腐っても総長の孫が」


「腐ってもは余計だ」


正直に言って、ここにいたのがオレ以外だったなら確実にまだ動けない。魔力の濃さは普通の四倍ほど。この空気の中で動こうと思えば特殊な訓練が必要だ。あの日、鬼が作り出したフィールドでは二倍弱だったことを考えると明らかに体への負担が大きい。


だが、オレは違う。オレなら簡単に順応出来る。


「エレノア、オレはお前が何を知ったか知らない。でも、オレはこれだけは言わせてもらう」


レヴァンティンをしっかり握りしめたまま腰を落とす。空気中に漂う魔力粒子を魔力に変えつつ鞘に最大限まで入れていく。


「誰かを犠牲にして世界を救えたとしても、それは世界を救えたことにはならない。世界を救うということは、自分も仲間も知り合いも誰もかも救うことだ。それが出来ないと思うなら、世界を救う資格なんてない」


「世界を救う資格がない? 力さえあれば世界は救える。それがわからないのか!」


「ああ、結局は全て力だよ。力は否定しない。力が無ければ世界は救えない。でもな、誰かを犠牲にすることが間違っているんだ!」


「もういい」


エレノアがオレに手のひらを向ける。


オレは横に跳ぼうとして後方に誰かいることに気づいた。


アリエとベリエの二人だ。このまま避けたら二人に直撃する。


「消えてなくなれ!」


エレノアの声はもう叫びだった。手のひらに魔力が収束する。対するオレは後ろに下がってアリエ達を守るようにレヴァンティンを握りしめた。


「いくぞ!」


オレが一歩を踏み出すと同時にエレノアが魔力の塊を放った。見ただけでわかる。当たれば即死。掠っても即死。まさに一撃必中の攻撃。


だから、オレはレヴァンティンを振り切った。


白百合姿崩し『鬼斬り』。


凄まじい魔力を収束させたレヴァンティンは魔力の塊に当たる瞬間に魔力を全て打ち消した。


レヴァンティンの使える相殺とよく似た原理だ。今回はレヴァンティンにまとった魔力でやっただけで成功率はかなり低い。


「無事か?」


オレは振り返りながら尋ねた。アリエは頷いている。


「どうして、助けたの?」


「誰かが死ぬところなんて見たくはないからな。まあ、無茶したけど」


今の余波を受けてレヴァンティンを握っていた腕の筋肉を微かに痛めていた。それだけで助かったのは幸運だ。レヴァンティンの刃はパーツ交換が必要だけど。


オレはレヴァンティンを左手に持ち帰る。


エレノアは少しだけ呆然とした後首を横に振った。


「興味が削がれた。クライン、後は任せる。アリエ、ベリエを連れて来い」


「あっ、はい」


アリエがベリエを軽々と持ち上げ、オレに会釈してからエレノアに駆け寄る。


オレはそれを見届けてからクラインの方を向き直った。


「エレノア様が行くまでに貴様を倒してやる」


「音姉は手を出さないでくれ」


「ごめんなさい。出したくても出せない状況かな」


音姉は少し青ざめた顔で片膝をついている。魔力は大分薄まったとは言えまだ慣れるほどの時間と量ではない。


「確か、貴様には絶対防御があるらしいな」


「ああ」


魔術には全く作用しない絶対防御なら持っている。


「使われたら邪魔だ。打ち消してやる」


そして、クラインが口を開いた瞬間、かん高い音が鳴り響いた。思わず耳を押さえようと両手を動かし、右耳だけを塞ぐ。そう、右耳だけを。


この事実に気づいた瞬間、クラインが何をしたかわかった。


オレの左手からはレヴァンティンが落ちている。もう一つ言うなら左手が全く動かない。


クラインが口を閉じる。頭はがんがんするが動けないというほどじゃない。でも、両手が使えない。


「さあ、処刑の時間だ」


クラインが近づいてくる。クラインの手には装飾が多い片手剣。オレは右手でレヴァンティンを握りしめるが大した力が出ない。


このままじゃ、やられる。


「さあ、死ね」


そして、クラインが剣を振り上げた瞬間、クラインの体が横に飛んだ。自ら飛んだんじゃない。わき腹に何かを受けたのかくの字になりながら横に飛ぶ。


「お兄ちゃん!」


何故か屋上に由姫の姿があった。由姫はオレに駆け寄る。音姉の方には亜紗が向かっていた。


「どうしてここに」


「かん高い音が聞こえたので慌てて。教えてくれれば一緒に戦ったのに」


「向こうの要求だったからな」


屋上を見渡すと、いつの間にかエレノア達の姿は見当たらない。残っているのはクラインだけか。


由姫はクラインに向かって身構えた。


「お兄ちゃんは後ろに下がって。私はあいつを」


「よくも。よくも! よくも!!」


クラインが立ち上がりながら地面を蹴る。目標は由姫だ。凄まじい速度で由姫に迫る。ついでに由姫の背後からもクラインが現れる。


対する由姫の動きは速かった。


迫り来るクラインに自ら距離を詰め、肘を鳩尾に叩き込む。現れたクラインの影は霧散し、クラインの体はくの字に折れ曲がった。


由姫はクラインの横に動き、クラインのわき腹に肘を上から叩き込む。


オレが鬼に放った時は鬼が地面を跳ねただけだったが、クラインは側頭部から地面に突き刺さっていた。


由姫が小さく息を吐く。その時、屋上に新たな敵というか音姉に倒されたはずの一人が着地した。手には鎌が握られている。


「今の内に拘束を」


振り返った由姫をオレは押し倒した。オレ達がいたところに鎌が通り過ぎる。


「ボスを回収するから」


鎌を持つ少年はそのまま屋上から跳んで逃げる。今のオレ達に追う能力はない。


「由姫、無事、か」


オレは思わず固まってしまった。


右手が由姫の胸の位置に置かれている。ちなみに由姫の顔は真っ赤で拳は握りしめられている。


「バカぁっ!」


由姫の拳を受けてオレの体は見事な放物線を描いていた。


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