第百七十話 コピーライター
悠聖が前に踏み出しながら剣を振る。だが、それはアークセラーによって受け止められ、模写術師が放つ矢によって大きく弾かれた。
がら空きとなった悠聖に模写術師は矢を放つが悠聖は風を叩きつけて矢を吹き飛ばす。
「悠聖を、助けないと」
アークレイリアを握り締め走り出そうとした私の体をアルネウラが両手を広げて止める。
『悠聖はわかってるよ。この戦い、あの模写術師とはリリィが決着をつけないといけないって』
「だったら」
『アークレイリアの本質を理解していないあなただったら、今の模写術師と戦っても相手の隠している技に負けるだけ。それがわかっているから模写術師は私達の前に現れたんだよ』
その言葉に私はハッとする。悠聖は模写術師と不用意に距離を詰めていない。悠聖の実力なら今すぐに模写術師を拘束出来るはずなのに。
「アルネウラ。アークレイリアの本質って」
『あらら。気づいていなかったんだ。アークの武器はたった一つの能力しかないはずだよ』
「私のアークレイリアの能力は反射」
すると、アルネウラは首を横に振った。そして、優しい笑みを浮かべながらアークレイリアを握る手を上から優しく握ってくる。
それは暖かく懐かしい、どこか不思議な感覚だった。
『目を閉じて。私と息を合わせて。そして、私と同調して』
アルネウラの言葉の通りに私は従う。目を閉じる。息を合わせる。そして、同調する。
その瞬間、冷気が体に叩きつけられるのを感じた。驚いて目を開けるとそこには銀世界が広がっている。
「ここは」
『精霊空間。簡単に言うなら精霊が術者とリンクすることで精神内に作り上げる疑似空間かな』
そこにはまるで雪の妖精とでも言うかのような雪をモチーフにしたドレスを着るアルネウラの姿があった。
『精神内だから精神的な強化、魔術の練度にしか影響しないけど、ここならアークレイリアの本質を気づかせるには最高の場所だから』
その言葉と共にアルネウラが手を上げる。すると、そこには膨大な魔力と共に力の流れが渦巻いているのがわかった。怖いまでの冷気を作り出している。
今からアルネウラは何をするつもりなの?
『全部避けてね。受け止めたらやり直しだから。今回だけは心を鬼にしてリリィを攻めるよ』
「消えた」
模写術師が驚いたような表情になる。その瞬間にオレは踏み出していた。エルフィンの剣に風を纏わせ突く。対する模写術師はアークセラーの力でエルフィンの剣を払ってきた。
すかさず後ろに下がりながら模写術師に風を叩きつける。
「どうした? 戦闘中に余所見とは余裕みたいだな」
「なるほど。これが噂の精霊空間ですか~。噂では聞いていましたけど本当に作り出せるとは」
「ちゃんとした契約によって存在している精霊しか使えないからな。姿を隠すだけで逃げることは出来ない。むしろ、罠を張られるだけ」
「では、何故、あなたは精霊空間に行かせたのですか~」
オレは剣の切っ先を模写術師に合わせる。
「悪いが、少しの間だけ付き合ってもらうぜ。今回ばかりはオレがお前を倒すわけにはいかないからな」
「そうなんだ~。だったら、このまま逃げても」
「そう言えば、知っているか?」
オレは笑みを浮かべながらいくつもの魔術陣を展開する。ここからは精霊召喚師の豆知識の部分に入っていくから相手は聞くだろう。相手がオレだから。
「召喚した精霊には二種類の戦いがある。一つは精霊武器を使用した近接戦闘を中心とした精霊達。もう一つは精霊武器を使用しない魔術を使用した中距離戦闘を中心とした精霊達。精霊召喚符で呼び出した精霊や近接に強い武器を持つ精霊は前者だ。だけど、たった一つだけ例外がある」
オレは剣を構える。周囲に風の刃をいくつも形成しながら模写術師の後方に濃厚な空気の塊を作り出す。
「風属性の精霊達は必ず後者になる。それは、風と言うのが待機を操るからだ。その威力は極めて高い。何なら、逃げてみればどうだ? すぐに進めなくなるぞ」
「これを狙っていたのですか~? 壁を壊せば」
「水中の中では外開きのドアは開かなくなる。濃密な空気を固定させておけばおなじ状況を作り出すのは簡単だ。しかも、壁を押さないからお前は気づかない。さあ、逃げれるものなら逃げてみろ」
風属性という特殊性を利用した室内専用の拘束技だ。あらゆる通路、出口を濃密な空気で包む、人の侵入を妨げるようにしておけばそこは完全な聖域となる。もちろん、相手が風霊神のような風属性のスペシャリストなら話は変わってくるけど。
この状況で模写術師がこの場から逃げるのは至難の業だ。
「私は模写術師ですよ~。何なら、今すぐあなたの能力を」
「写した瞬間に、お前の今写しているものである風霊神アークセラーの力は失い、アークセラーは持てなくなるだろうな。それでもいいならしたらどうだ? こっちはそのままアークセラーを破壊するだけでいいから」
「あなた、意地悪いですね」
こいつらはアークセラーを使ってアークの戦いを勝ち抜こうとしているはずだ。そうじゃなかったらセルゲイの姿でここにはやってきていない。そして、リリィを狙っていない。
模写術師は原則として一つの能力、又は人物しか写せない。ほんの限定的ではあるが裏技があるためその限りではないが、今この場で今のオレを映したなら風霊神としての体とその裏技を捨てることになる。だから、相手は出来ない。模写術師でありながら模写術師の能力に拘束されている。
「だから、付き合ってもらうと言ったんだ。ちょっとくらいお前の体力を削っておかないと、示しがつかないだろ?」
そう言いながらオレは笑みを浮かべ剣をしっかりと構えた。
「っつ」
叩きつけられる冷気をアークレイリアで払う。だけど、冷気の大部分は払い切れず私の体から体温を一気に奪っていく。
『どうしたのかな? まだまだこれだけじゃないよね?』
アルネウラを見ると、そこには渦巻く力の流れがいくつも見ることが出来た。そのどれもが今までよりも強い。どうして、氷属性なのにこんなに強力な力が使えるの?
「アークレイリア。力を貸して!」
アルネウラが動く。力の流れをこちらに向けて冷気を叩きつけてくる。私はすかさず横に跳んで回避した、はずだった。だが、冷気が方向を変えて襲いかかってくる。とっさに反射の壁を作り出すがそれを迂回するように冷気が動く。
今度は払うことすらできなかった。冷気の塊を受けて私の体は雪が覆う地面を転がる。
「くっ。どうして、あんな動きが」
『リリィ。悠聖が戦っているんだよ。それでもなお、まだアークレイリアに甘えようとしているの?』
「どういう意味?」
アークレイリアを構える。だけど、その切っ先は震えている。体温をかなり奪われているからだ。
でも、戦う気力は全く無くなっていない。
『リリィは甘えているんだよ。だから、まだアークレイリアに気づいていない。教えられた能力だけが全てだと思ってる』
「アルネウラ。あなたはアークレイリアを知っているの?」
『教えてもらったから。アークレイリアだけじゃなく、アークの全てをエルブスから。リリィ、次、行くよ!』
アルネウラが力の流れを操作して冷気を放ってくる。
教えられた能力だけが全てじゃない? アークレイリアの能力はリフレクション、反射じゃないの?
力の流れを見極めながら私は体を動かす。だけど、冷気は私を狙って方向を変えて動いてくる。
反射じゃないとしたらアークレイリアの力は何? アークの中で一番ポテンシャルを持つアークレイリアは他に力があるということ?
それは違うのはわかっている。もしそうなら、他の能力に気づいているはずだから。
反射がアークレイリアの能力じゃないとする。だったら、反射はアークレイリアの能力による副産物だと考えられる。そもそも、反射は攻撃の指向性を丸々変えて跳ね返す能力。
まさに、今のアルネウラが冷気を操作するように。
冷気を、操作?
『立ち止まっているよ!』
冷気が叩きつけられる。私はそれに向かってアークレイリアを振った。
跳ね返すんじゃない。力を周囲に散らせるように。
結果、成功。
アルネウラが満足そうに笑みを浮かべて全ての力を消し去る。
『ようやく気づいたんだね』
「これが、アークレイリアの力なんだ。操作制御。指向性全ての行動をたった一つで操る能力」
『そう。アークの武器は一つの能力しか持たない。だけど、そのたった一つの能力は武器によって絶大なポテンシャルを秘めたものになる。アークレイリアが一番の例かな。リリィ、ようやく、並んだね』
その言葉に私はアークレイリアを見つめた。
並んだ。そう、ようやく並んだ。
アークレイリアというポテンシャルは高いが最も弱いアークの武器を持つ私はようやく他のアークの持ち主と並んだ。
『うん。顔が変わったね。私が男だったら惚れていたかも』
「これから、なんだ。本当の戦いは」
『そうだよ。天王になるならリリィはその力を使って他のアークの武器を砕かないといけない。出来る?』
その言葉に私は笑みを浮かべた。
「やる。私は天王になるから。アルネウラ、私を戻して」
『うん』
その言葉と共に景色が変わる。目の前にいる満面の笑みのアルネウラを除けば精霊空間に入るまでいた場所と同じだった。
視線の先にこっちを振り返った悠聖が大きく後ろに跳んで下がってくる。
「アルネウラ、リリィ。無事に終わったか」
『悠聖。うん。リリィは素晴らしい生徒だったよ』
「そっか。リリィ」
悠聖が私の背中を押す。その力に押されるようにアークセラーを構える模写術師と向かい合った。そして、私はアークレイリアを構える。
アークレイリアの力はわかった。でも、私はまだ本来の部隊に足を乗せただけ。模写術師と戦うには最大限まで引き出さないといけない。
「アークレイリア。行くよ」
「小娘が相手ですか~。私に勝てるとでも思っているんですかね~」
「さあ。私だってあなたに勝てるかはわからないわよ。まだ戦ってないから。だけど、私はあなたに勝つ」
「何が言いたいのですか?」
模写術師の目が微かに細まる。それを見ながら私は地面を蹴った。光の刃を纏うアークレイリアを握り締めて模写術師に駆ける。
「私にはアークレイリアが共にいてくれる。だから、負けることはありえない!」