第百六十八話 動力源
倒れている兵士を飛び越えて僕達は走る。
ハイロスを先頭に僕、メリル、俊也だ。背後に危険は無さそうだけど万が一のために俊也にお願いしてる。
「道はこっちだな」
時折存在する見取り図を見ながらハイロスは変わらぬ速度で駆ける。僕も同じように駆けるけど手を引くメリルはどうしても走るのが遅くなってしまう。
歌姫だけど身体強化魔術は使えないからだ。
「悠人。ごめん、なさい。私の、せいで、上手く、走れて」
「メリルのせいなんかじゃない。今は歩調を合わせることだけに」
「いたぞ!」
前方で声が響くと同時に完全武装の兵達が道を塞いだ。そんな兵に向かって僕は拳銃の引き金を引く。
ハイロスの横を駆け抜けたエネルギー弾は完全武装の兵の鎧に当たり、弾けた。ハイロスが息を呑むが僕はすかさず魔術を発動する。
「弾けて!」
衝撃が兵達を吹き飛ばした。
刻印弾。
かなり特殊なエネルギー弾で自分の魔力を固めた刻印をつけたエネルギー弾のことだ。この刻印弾は撃ち抜くよりも弾かれることを前提に放ち、エネルギー弾が散った瞬間に刻印の能力を魔術陣のように展開し、任意のタイミング、とは言ってもかなり時間は短いけど、に発動することが出来る。
相手が人界の対魔術装甲ならこんな小細工は効かなかった。だが、相手は音界の兵士。幾らでもやりようがある。
「はぁっ!」
ハイロスが周囲の壁を斬り裂きながらアークフレイを振り抜いた。周囲に鮮血が飛び散り、無事だった兵士が絶命する。
すると、ポケットの中に入れていたデバイスが震えた。走りながら通信機に繋げていたヘッドホンを被り、胸元につけた小型マイクを口に近づける。
「はい」
『悠人。無事?』
「僕は大丈夫。リリーナは?」
先程から連絡を取ろうとしていたリリーナからだ。安全だといいけど。
『ベイオウルフは囲まれてます。まあ、出力高めてエネルギーシールド展開してるから攻めに攻められない状況かな? ルーイも無事だよ』
「それなら良かった。こっちも全員無事だけど、悠聖さんとルーリィエさんがルーリィエさんのお爺さんと戦ってる」
『風霊神アークセラーと?』
「風霊神?」
聞いたことが無い名前だ。
『天界の五神だよ。魔界の五帝みたいな存在。まあ、五神と言っても光明神と風霊神が別格なだけで至って平凡クラスかな』
「そんな情報はどうでもいいけど、悠聖さんやルーリィエさんは」
『知ってるよ。リリィが一番風霊神を知っていると思う。それにしても、風霊神か。きな臭くなってきたね』
「まあ、ここに天界の人がいる時点でかなりきな臭いけどね。そうだ。リリーナ。そこから悠遠にデータを送れる?」
僕はそう言いながら素早くデータを転送した。リリーナはそのデータの意味を理解するはずだ。
『………。よし、送ったよ。それにしても、そのプログラムは悠人が組んだの?』
「周からもしもの時にもらっていたプログラムをちょっと改良してね。発動はまた追って連絡する」
『了解。あらま。向こうはパイルバンカーとか取り出してる』
「ネタ装備を持ってるんだ。あれ、弱いのに」
パイルバンカーが発売された時は当初、岩を砕くだけでなく敵の装甲を砕くために使える、と言われたのだがただの魔力を通さない(通すものもあるが燃費が悪い)杭なんかで魔鉄の装甲が砕けるわけがなく(通すものでもそれほど貫けるものじゃない)結局は岩盤掘削用で使われている。
『悠人は悠人の身を心配してね。ベイオウルフは負けないから』
「わかった。気をつけて」
僕はヘッドホンを外した。すると、先行していたハイロスがアークフレイを構えて曲がり角の壁にへばりついている。だが、様子がおかしい。曲がった先を気にしていると思ったのだが、微かに震えているような気がする。
そう思いながらハイロスに近づこうとした瞬間、血の匂いがやってきた。
濃厚な、先程ハイロスがアークフレイで人を斬ったのとは比べ物にならないくらい濃密で、そして、気持ち悪いくらいの血の匂い。
思わず口を押さえてしまう。
「ハイロス」
「悠人。ヤバい奴がいる」
よく見るとアークフレイの切っ先が震えている。僕はハイロスと場所を入れ替わるように移動して取り出した鏡で曲がった先を見た瞬間、総毛立った。
そこは血の海。真っ赤な、真っ赤な血の海の中に立つ何かがいた。シルエットは人間だ。だけど、あんな真っ黒な人間がいていいのかな?
そして、髪も皮膚も服も何もかもが完全な黒。真っ黒な人間じゃない。黒い人型の何か。
「あれは、何?」
「聞きたいのは私の方だ。今まで出会った誰よりもヤバい存在だぞ」
ハイロスの声は震えている。アークフレイを着たハイロスがここまで震える相手なんて考えられない。
「悠人。ここは僕に」
「私が行きます」
止める間も無かった。メリルが曲がり角を曲がり、その存在に姿を見せる。
「【その場を動かず私の話を聞いてください】」
なるほど。歌姫の力なら相手を拘束出来る。
『理に作用するか。貴様、神か?』
「私はメリル。皆は私を歌姫と呼びます」
『歌姫? ああ、歌姫か。神ですら出来ぬ領域を可能とする神に愛された人。何の用だ、歌姫よ。我はこの場を守護する者』
「この奥に何があるというのですか?」
『我はただ生まれてすぐに守らされているだけ。何があるかはわからない』
「そうですか」
メリルが残念そうに俯くけど僕達は気が気ではなかった。何故なら、いつあいつが動き出すかわからないから。
ハイロスですら倒せないなら僕達が戦っても不可能ではないかと思えてくる。
「わかりました。では、【あなたの正体はなんですか?】」
『正体? ああ、理の作用を持ってしても正体を言えないとは。正体、正体。我は何。我は何? 我を定義するものは何? 我は、我は、我は、我は我は我は我は我は我は我は我は我は』
「今です」
その言葉と共にメリルが走り出す。僕も二丁拳銃を構えながらメリルの後を追い、そして、真っ黒な何かの横を通り過ぎた。ハイロスや俊也も続いてくる。
「メリル。何をしたの?」
「問答縛りです。答えの出ない問いを出すことによって相手を最大で一時間ほどその場に縛ることが出来ます。まさか、通用するとは」
「歌姫の力って怖いね。メリル」
僕はメリルを後ろにやって二丁拳銃を構えながら通路から大きな部屋の中に飛び出した。おそらく、機関部。そう、思ってた。
だが、そこにあったのは想像していた出力機関じゃなかった。そこにあるのは結晶。いや、たくさんの何かを閉じ込めた結晶。
「何、ここ」
僕が小さく呟いた瞬間、
『助けて!!』
何百という声が頭の中に響き渡った。さすがの衝撃に僕は片膝をついてその場に嘔吐してしまう。
「悠人!」
「駄目!」
部屋の中に入ろうとしたメリルを俊也が食い止めた。正しい。それが正しい動き。こんなところにメリルを入れたら喰い殺される。
助けを求める声に。
「精霊の声。しかも、あれは」
「精霊結晶。美しいのではないか?」
現れたのは一人の老人。だが、その隣には冬華さんの姿がある。つまり、あれが、
「黒猫!」
俊也の怒りの声が響き渡った。僕はすかさず二丁拳銃を黒猫に向けるが斜線上に怖いくらいに表情のない冬華さんが雪月花を構えて立ち塞がる。
操られているみたいだね。
「見つけた。見つけたよ、ノートゥング!!」
俊也が部屋に飛び込みながら大量のノートゥングを作り出す。だが、それを見ても黒猫の表情は変わらない。いや、まさか、
「俊也、下がって!」
僕は俊也を後ろに突き飛ばしながら視界の隅に捉えた影に向かってエネルギー弾を放った。だが、影は消え去り変わりに細い糸のようなものが僕の体に絡まる。
これは、魔力の糸だよね?
『おやおや。雷の王を狙ったつもりでしたが、まさか、邪魔されるとは』
「悠人!」
「俊也。通路から出ないで。多分、通路には精霊の力は及ばないから」
通路に突き飛ばした俊也が未だに狙われていない以上、この推測は正しいかもしれない。それに、この糸は悠聖さん達が話していた人を操る糸のはずだ。
精霊武器だから魔力の塊でもある。だから、ここは僕の力を使う時だ。
「精霊の力は素晴らしいではないか。この巨大な航空艦ですら浮かす力。たくさんの精霊が集まればそんなことすら出来る。まさに、最高の力、最高の技術だ。うひゃひゃひゃひゃ」
「最高の力? 最高の技術? ふざけるな。あなた達は何も感じないというのか。この光景を!」
「精霊は道具だ」
「違う」
僕は知っている。悠聖さんと一緒にいるアルネウラや優月さんの姿を。幸せそうに悠聖さんと一緒にいた。
「違う」
僕は知っている。契約した精霊達と楽しそうに話しながら暮らす俊也の姿を。楽しそうにたくさんのクラスメートに囲まれていた。
「違う!」
僕は知っている。二人がどれだけ精霊達を愛しているかを。
決して、道具なんかに、動力源なんかにしていいわけがない。
「ふん。興醒めじゃわい。セルファー」
『我が枷に捕らわれなさい! ダヴィンスレイフ!』
「この瞬間を待っていたんだ!」
僕は糸を掴み、そして、吸収した。
『なっ』
セルファーの声に驚きが混じる。そう、僕はこれを待っていたのだから。
「みんなを解放する」
『助けて!!』
「助けるよ、僕が、僕達が、必ず!」
僕は黒猫を睨みつけた。そして、自分のものにした精霊武器の糸を自在に操る。
「ここであなた達を捕まえます!」
悠人は精霊の天敵です。