第百六十六話 機関部
七百話目です。我ながらよく続けていられるよなと思います。
「あそこが緊急用の出口。中からしか開けることができません」
『数8。機関部に続く通路には完全武装した兵士たちが一杯だよ。まあ、悠聖一人でどうにか出来る集団だとは思うけどね』
斥候として放っていたエルフィンの声を聞きながらオレは目の前にいた兵士にここら辺のことについて聞いていた。どうやら配属されたばかりらしく有用な情報は全く聞き出せていない。
「質問は終わりでしょうか」
「ああ。悪かったな。勝手に引き留めて」
「いえ。これも仕事ですからでは」
完全武装をした男がそのまますれ違うように歩いて行く。今までオレ達と同じ方向に歩いていたはずなのにな。どうやら上に報告しに行くみたいだ。
オレは近くにあった見取り図を見た。そして、先程教えられた緊急脱出口の位置を確認する。
中から開けられたら機関部までほぼ一直線。さすがに開け方まで教えてはくれなかったけど、内通者がいればほ確実に機関部は押さえられる。地上を走っていたなら大丈夫だが空を飛んでいる最中に占領されればオレ達は確実に落下して大怪我を負うだろう。
トラップを張ろうにも緊急脱出口として利用された場合はかなりややこしい事態になる。
「こういう時に周がいれば最善のトラップを展開していたんだろうな」
『別格だからね、周は。精霊と契約したらどうなるんだろ』
「神話級の精霊と契約できたりして」
『冗談に聞こえないんだけど』
それほどまでにあいつの才能はずば抜けているからな。あらゆる全てを器用にこなすオールラウンダー。器用貧乏とも言われるけど、世界で最もバランスのいい人間という表現が正しいし。
まあ、今は機関部について考えないとな。
エルフィン。機関部に入れそうか?
『無理だね。僕達精霊が入れないような薄い結界が張られている。どうやら、僕達が来ることを見越しているかもしれないよ』
厄介だな。ともかくエルフィンは戻ってきてくれ。オレ達も戻るから。
『了解したよ』
『戻るんだ』
オレとエルフィンとの会話の中にアルネウラが入ってくる。オレは地図と睨めっこしたままアルネウラに応えた。
まあな。ここで止まっている方が怪しまれる。今は怪しまれるわけにはいかないからな。明らかに機関部が怪しいし。
もしかしたらかもしれないが、機関部の中ではオレ達に見せられないような何かをしているかもしれない。だから、さらに怪しまれるわけにはいかない。
エルフィンが戻ってきたのを確認してからオレは小さく頷いた。
「アルネウラ、戻るぞ」
『えーっ、機関部の中身を見たいんだけどな』
「あのな、機関部は危険だって話を聞いただろ。この大きさで老朽艦だから事故が起きる可能性が高い。そんなところに客人を行かせると思うか?」
『思わない』
アルネウラが不満そうに頬を膨らますが、オレは無視するように歩き出した。少しくらいは怪しまれるのを回避したかな。
でも、警戒は厳しいみたいだから二回目は無理だな。
“誰か助けて”
オレは立ち止まった。そして、振り返る。
『悠聖、どうかしたの?』
不思議そうに首を傾げるアルネウラが言ったわけじゃないのはわかる。だけど、今の声は何だ?
「空耳、じゃないよな? だったら、今のはなんだ?」
オレは首を傾げながらも歩を進める。機関部から離れるようにして歩き出した。
“誰か助けて”
その言葉に僕は周囲を見渡した。結界を展開したこの部屋の中で声が届くということはこの部屋の中の誰かが発言したか、莫大な魔力に声を乗せたかのどちらか。
メリルやルーリィエさんも聞こえたのか周囲を見渡している。だが、ここにいるのはミスティだけ。
「どうか、しました?」
白騎士の姿のままミスティが不思議そうに首を傾げる。
「ミスティには聞こえなかった? 今の声が」
そう言いながらもルーリィエさんがいつの間にか持ち出した艦内の詳しい見取り図を広げながらアークレイリアの柄に糸を巻きつける。
魔術の中でも占い魔術の一つであり正確な地図がある場合の探知に最も使えるものだ。
ルーリィエさんはすかさず魔術陣を展開するとアークレイリアの先は機関部を指していた。
「今の声は機関部から。空耳かと思ったけど、三人同時はさすがに」
「行きましょう」
メリルが立ち上がる。それを僕は慌てて止めようとした。
「ちょっと待って。このメンバーで行くのは危険だよ。リリーナやルーイは今ベイオウルフとアストラルルーラの整備をしているし、俊也は委員長さんと通信中。何かあったら」
「大丈夫です。私は皆さんを信頼しています。もちろん、悠人を一番信頼しています。だから、行きましょう」
「先陣は私が行こう」
ミスティがハイロスに変わったハイロスがアークフレイを背中に担ぎつつ立ち上がった。それにリリィが続き僕も立ち上がる。
非常用の装備を素早く虚空に投げ込んで二丁拳銃を腰のホルダーに差した。そして、腰の後ろにナイフを身につける。
「背後は僕が守るからハイロスとルーリィエさんは前をお願い。メリル、いいんだよね」
「行きましょう」
ハイロスが頷いてドアに近づく。そして、ドアを開けたそこには、たくさんの銃口が待ち構えていた。ルーリィエさんがとっさに防御魔術を幾重にも展開する。
僕は二丁拳銃を引き抜いて腕を交差させるがメリルは涼しげな顔で銃口の向こうにいる相手を睨みつけていた。
「グスタフ。これはどういうことでしょうか」
「歌姫様。あなた達は機関部を探るように動いていますね。それこそこのクルシスを落とす可能性があると判断し、歌姫様以外の三人を拘束しに来ました」
部屋に入り込もうとする兵達を引き抜かれたアークフレイが食い止める。ルーリィエさんもアークレイリアを構えているから勝てないわけじゃない。
「随分と冤罪を言うのですね」
「あなた達の行動は筒抜けなのですよ。それこそ、あなた達が間抜けなくらいに」
「そういうことですか。用心はしていたのですが最高級のカメラとマイクを使っているみたいですね」
「ええ。歌姫様を守るためですから。大人しく護衛の三人を」
「お断りします。【銃を下ろしなさい】! 誰に銃口を向けていると思っているのですか!!」
その言葉と共に銃口が一斉に下を向いた。誰もが目を見開き、そして、ハイロスとルーリィエさんが同時に前に踏み出していた。
ハイロスはアークフレイの鎧のままタックルで道を開き、ルーリィエさんがアークレイリアを振り抜きながら突撃する。
「悠人!」
「わかってる」
だから、僕も前に飛び出していた。二丁拳銃を交差させたまま素早く引き金を引く。メリルの拘束力はメリルに対して向けた銃口だけだ。だから、僕は左右に散って戦いだした二人の背後から狙う二つの銃を素早く放ったエネルギー弾で弾き飛ばした。
そのまま一人の顎を蹴り上げてもう一人の体にエネルギー弾を叩きつけつつ壁際まで避難して固まっていたグスタフに銃口を突きつけた。
「今すぐ兵を引け。これ以上するなら」
「若いの。ゆえに、状況判断が甘い」
その瞬間、僕は、いや、僕達は見えない衝撃を受けて吹き飛ばされていた。ルーリィエさんを受け止めながら僕は何とか倒れないように体勢を戻す。
そこには純白の衣装に身を包んだ純白の翼と金の装飾が入った弓を持つ老人がいた。弓の先をこちらに向けて顔に笑みを浮かべている。
「お爺ちゃん?」
ルーリィエさんが驚いたように口を開く。対する解答は弓から放たれた矢だった。
僕はすかさずその矢を撃ち落とす。
「ルーリィエよ。お前には軽蔑した」
その言葉にルーリィエさんがビクッとなる。まるで、何かを恐れるように。
「今、この場でお前を殺し、アークを破壊する」