第六話 帰宅
「ただいま」
オレと音姉は疲れた顔をしながら夜遅く、家に戻った。疲れた理由は簡単だ。部隊の出動には様々な書類提出を必要とする。それの作成には手間と時間がかかる。だから、遅くなった。
オレと音姉は二人で書類を作成して提出を終わらしたからだ。時刻は現在10時くらいか。
「疲れた通り越してバテた」
「弟くん、1日で書類全て作ったからね」
全員分の異動願いと任務受諾の書類。新部隊のメンバーの履歴書をまとめたり、報告書を書いたり、正直どれだけ書類を作ったかわからない。
「明後日には狭間市に入るんだから早めに仕事をしないといけないし。さて、由姫は」
オレがリビングのドアを開けると、ソファーの上で少女が横になって眠っている。
多分、オレ達を待っていたんだろうな。
「由姫」
「んぁ。お兄ちゃん?」
オレが由姫に声をかけると由姫はゆっくり体を起こした。眠そうな目を擦りながら起き上がる。音姉と比べても髪は短い。後ろで結んでいるが、紐を解けば肩近くまで長さがある。
「由姫ちゃん、ただいま」
「お姉ちゃんも。お帰りなさい」
由姫は本当に眠そうに迎えてくれる。オレは小さく溜息をつきながら由姫の横に座った。
「眠いなら寝たらどうだ?」
「ご飯、一緒に食べようと思って。カレー、だから」
そう言って立ち上がろうとする由姫。だけど、立ち上がろうとした由姫の肩を音姉は押して由姫をソファーに座らせた。
「お姉ちゃんがするから。弟くんは由姫ちゃんをお願いね」
「了解」
音姉はそう言って台所に向かった。まあ、オレは座ってしまっているし。
「ごめんなさい」
「謝るな。謝るのはオレ達の方だし。それにしても、三人一緒にご飯を食べるのは久しぶりだな。いつ以来だ?」
「四ヶ月ぶり」
由姫の言葉にオレの胸が痛む。オレも音姉も、義理の両親も仕事が忙しく、由姫にあまり構ってやれない。
「だから、久しぶりにお兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒にご飯が食べたかった」
オレは無言で由姫の頭を撫でてやった。由姫は嬉しそうに猫のように目を細める。
いつも辛い思いをさせてしまっている。これからもずっと。オレ達が戦い続ける限り。
「由姫、ごめん。でも、また辛い思いをさせるんだ。次の任務はかなり長期になりそうで」
「長期? お兄ちゃんはどれくらい家を空けるの?」
由姫は少し悲しそうに尋ねてくる。でも、これがオレ達の日常だ。
「短くて半年。長くて1年」
「えっ?」
オレの言葉に由姫は絶句した。
今までそんなに家を開けたことは無かった。あったとしても2ヶ月ほど。だが、今回は最低半年。それがオレと音姉で出した最低ラインだった。例え、1ヶ月程度であってもその後を見るために3ヶ月は様子を見ないといけない。
だが、一年以上任務を続けることは出来ない。それは任務の失敗を意味する。
「今回は音姉も一緒に行く。だから」
「嫌。嫌だよ」
由姫がそう言うのはわかっていた。わかっていたからこそ、オレは言葉を考える。
「お兄ちゃんとそんなに長い間離れ離れになるなんて、嫌。私も、一緒に」
「由姫。お前は、オレ達と一緒の世界に来たら駄目なんだ。お前だけがオレ達の希望だから」
あの日、オレ達は戦うことを選んだから。
「お前は普通の人生を送ってくれ。オレ達が過ごせなかった分も」
普通の人生を、誰もが笑える生き方を捨ててオレ達は剣を取った。
「お前だけは、幸せになって欲しいんだ。普通の人生を歩んで欲しい」
だから、由姫だけは普通の人生を歩んで欲しい。普通の女の子として暮らして欲しい。
「お兄ちゃん」
オレ達は戦っているから。みんなを守るために。あの日の再現をさせないために。
「だから」
「違うよ」
由姫が優しく言ってくる。
「確かに、お兄ちゃんの言う幸せは普通の幸せだと思う。それは私にとっての幸せじゃない。幸せと言うのは自分で決めること。それは、私の幸せはお兄ちゃんやお姉ちゃんと一緒に暮らす。上限があるのはわかっているけど、大人になるまで一緒にいたい。それが、私の一番の幸せ」
「でもな」
それは、オレ達の世界に体を入れること。首を突っ込むだけでは済まない。
「じゃあ、入隊試験をすればいいんじゃない?」
カレーの美味しそうな匂いと共に音姉が台所からやって来る。その手にはカレーの入った三つの皿。音姉は普通の動作で皿を机の上に置いた。だけど、カレーは揺れない。まるで、模型のように。しかい、視覚や嗅覚が模型ではないことを表している。
こんな芸当は出来ないだろうな。出来るとしても・・・いないや。
「弟くんは第76移動隊の隊長さんなんだから、由姫ちゃんに入隊試験をさせることが出来るよ。それをして、由姫ちゃんが落ちたなら、由姫ちゃんは何も言わないと思うし」
「うん。それなら、私は諦める」
入隊試験という考えは確かにありだけど、音姉はあの鬼の力を見ていたはずだよな。それを知って言っていると思うけど。まあ、由姫がオレに勝てるわけがないな。
オレは小さく溜息をついた。
「わかった。明日、朝一で近くの演習場を借りて入隊試験をする。内容は実力を見る。音姉も立ち会ってくれるか?」
「うん。それくらいならお姉ちゃんに任せなさい」
実力を見るなら由姫は落ちるしかないはずだ。
白百合の中で才能が無い普通の女の子として生まれた由姫。だからこそ、オレは普通に生きて欲しい。
「由姫ちゃん、頑張ってね」
「お姉ちゃん、入隊試験ということは本気を出した方がいい?」
「ほ、本気?」
音姉の顔が引きつっている。多分、音姉も由姫に諦めさせるために提案したに違いない。確実に。オレだってそう考えている。でも、由姫の言動からは不安を感じる。
オレは食卓の席につきながら冷や汗をかくのがわかった。嫌な予感がする。オレの鋭い感覚が警鐘を鳴らしている。
オレは小さく溜息をつきながらカレーを口に運んだ。
白百合家について
音姫と由姫の家系で昔から続く名門。剣術だけの戦いなら世界最強の剣術を代々伝えている。
実は白百合家の子供は剣術の才能以外に他の才能一つある。もちろん、音姫もあるが、由姫は剣術の才能はない。
海道家について
周や時雨の家系で新しい部類に入る。『GF』において親族が上層部の大多数を占める。
基本的に魔術が得意な者が多く、世界でもトップクラスの実力者を多く排出する。ただし、周はちょっと違う。