第百六十三話 星剣の問答
『我は汝に問いているのだ。汝は我を救う者か?』
「お前は誰だ?」
孝治が運命を握り締めながら尋ねる。それに答えるように世界が震えた。
『汝はすでに我を見ている。我は汝をずっと見ている。汝は我を気づかない。我は汝を気にもしない』
「どういうことッスか?」
困惑気味に尋ねる刹那だがそれに対する答えはない。まるで、孝治以外との会話を拒否しているように。
孝治は小さく舌打ちをして運命を鞘に収めた。
「もう一度聞く。お前は何者だ?」
『汝はすでに我を見ている。我は汝をずっと見ている。汝は我を気づかない。我は汝を気にもしない』
「どういうことだ?」
『汝はすでに我を見ている。我は汝をずっと見ている。汝は我を気づかない。我は汝を気にもしない』
同じ回答しか返って来ない。だが、同じということは意味することがあるということだ。
「どうやら僕達は試されているようだね。アカシックレコード、いや、星剣の意志に」
「試されている、ですか?」
「なるほど。同じ言葉が続くってことは最初の試練ってこと?」
「まずは正体を知るのが先ってことッスね。星剣ということは星」
『汝はすでに我を見ている。我は汝をずっと見ている。汝は我を気にしている。我は汝を気にもしない』
繰り返される言葉に全員の視線が刹那に突き刺さる。刹那は乾いた笑みを浮かべながらゆっくりとみんなから離れた。
今までの話を総合してもアカシックレコードが星という意見は正しいだろう。だが、それでは回答にならないということになる。
「一から考えた方がいいな」
「そうだね。汝は我を見ている。僕はこれをあの星だと判断するよ」
そう言いながら正はこの空間にある青い星を指差した。誰もが足下にある青い星を見る。
「星の意志、ということか? ならば、答えはあの星」
『汝はすでに我を見ている。我は汝をずっと見ている。汝は我を気づかない。我は汝を気にもしない』
「ではないようだな」
孝治の言葉を遮るように繰り返される言葉。つまりは正の考えが間違っていることを示している。
「我は汝をずっと見ているということは孝治さんがいた人界ではありませんか?」
「人界と音界、天界は別の星だよ。同じだけど同じじゃない世界。だから、その場合はずっと見ているというのは間違っている」
「それだとまるで空みたいだね」
「空か。だが、地球は絶えず回っているだろ? 空だとしても反対側にいる姿を見るのは不可能だ」
「反対側? あっ、そっか。反射でもしない限り姿を捉えるのは」
「それだ!」
ルネの言葉に正は声を上げた。
「反射だよ。光の反射。孝治は『影渡り』を使う際に光を気にする。だけど、光は無差別に君を照らす。反射してでもね。だから、答えは」
「太陽か」
孝治の声に空間は震えた。
『汝は我を扱うものか? 汝は我に焼かれぬものか? 我は汝の敵か?』
「また問答ッスね」
「いや、問答じゃない」
「そうだね。これは問答じゃないよ」
孝治と正の二人が笑みを浮かべながら答える。そして、二人は同時に同じ言葉を口にした。
「「そうだろ、スターゲイザー」」
その言葉に空間が震える。まるで、それが正解と言わんばかりに大きく震えていた。
「俺はお前を使うものじゃない」
「スターゲイザーの持ち主は今でもレイ・ラクナールだからね。僕達には資格がない」
「俺はお前に焼かれている。もちろん、微かにではあるが」
「太陽の光を避けることは難しいからね。『影渡り』の最大閾値ですら光は受けている」
「俺はお前の敵にはならない。だが、説明して欲しい。天界とはなんだ?」
孝治の言葉に空間が止まる。まるで、何かを考え込むように。そして、孝治達を見定めているかのように。
一秒、また一秒と時が過ぎる。そして、空間が震えた。
『天の大地は我が作りし世界。迫害から逃れる我が主の一族を安寧へと導く大地』
「もしかして、それは空の民のことかな?」
『肯定。我が力を持ってしても大地を空に上げることは不可能。故に、我は限定的な力を使うことにした』
「それがスターゲイザーの分割だな」
『肯定。スターゲイザーの力は一割にはなるが民を救えると判断』
「ちょっと待って。スターゲイザーの分割の時点で僕にはかなり信じられないんだけど」
正がスターゲイザーの意志の言葉を遮って呆れたように言った。
「スターゲイザーは元々強力な神剣なんだ。天空属性最強の魔術である具現化魔術を使用するために必要な神剣と言えば分ると思うけど、スターゲイザーの力は文字通り大地を灰燼にすることが可能な威力。それが分割されてその力なら本当のスターゲイザーの威力は世界を破壊するレベルになる」
『肯定。真のスターゲイザーは真の破壊者。我が力はそこまである』
「危険なものッスね」
『肯定。だからこそ、我は分割した。我が授けたかったのは破壊の力ではない』
「と、言われてもね。スターゲイザーは劣化タイプがいくつかあるけど、あれも威力がかなり高いし」
『我が力の本質は強大な力を封印するためにあり』
その言葉に誰もが眉をひそめた。スターゲイザーと言う絶大な破壊力を持つ神剣、いや、星剣でありながらその本質は封印と言っているのだ。
誰もがそれには眉をひそめるだろう。ただ一人を除いて。
『分割した力であるものを封印し、我はさらに身を砕いた。それが、この浮遊大陸』
「あるもの?」
『我よりも詳しいものが汝らにはいる。我が語ることではない』
その言葉に、誰もが正を向いた。正は俯いて表情を暗くしている。
「正」
「わかっているよ、孝治。この世界もそういう未来だったんだね。僕達の時と同じ。やはり、僕が介入するだけじゃ、世界は変わらないのかな?」
ほとんどが小さな声で聞こえないほどだが、何故か誰もがその言葉を聞いていた。
正の目から流れ出た涙と共に。
「あるものとはシークレットレコード。史上最強の神剣、いや、史上最強の人造神剣である『伝説』の片割れが安置されている聖域の城の扉を開けるための鍵」
「正。お前は何を話しているんだ?」
「孝治。君はもう気づいているのだろう? 僕の本当の正体を」
「それは」
「三人に隠そうとしているのはわかるよ。だけど、これから先に進むにはみんなにしてもらわないといけなくなる。だから、話すよ。僕は海道周。すでに滅びた平行世界から未練と共にやってきた並行世界のの海道周だ」
その言葉にニーナは目を丸くした。ルネは口をぽかんと空けて驚き、刹那は、
「ふーん」
とだけ言った。それにはさすがの正もずっこける。
「いや、ふーんはないよね?」
「わかっていたッスから。親友を舐めないでほしいッスね。正が周と似ていることなんてお見通しッスよ」
「正≒海道周ってわけだけど、別に今問題視するようなことじゃないし」
「皆さん、正さんが落ち込んでいますよ」
「いいんだ。僕は別に。話を戻すよ。周は近い将来その『伝説』片割れを手に入れに行く。そこで必要となるのがシークレットレコードだ。おそらく、スターゲイザーは『伝説』が相応しい持ち主を得るまで封印するつもりだったんだろうね」
『肯定。我の前の主はそのためだけに我の片割れを握った。汝に問おう。汝は我が守りし者を掴む者か?』
誰もが視線を孝治に集中させる。
この場で一番ふさわしいのは誰もが孝治だと思ったのだろう。だから、孝治は一歩前に出る。
「無理だな。俺には運命がある」
『了承。汝は我を救うものか?』
「救いとは?」
『世界を救うものか?』
「俺一人で救えるものはたかがしれているさ。だが、俺は周と共に守ると誓った。周や悠聖達共にな」
『了承。世界を救う可能性はあるのか?』
「やってみなければわからない。だから、俺に力を貸せ。アカシックレコード!」
『何故?』
「お前の力があれば世界を救う可能性が跳ね上がる。シークレットレコードなんて関係ない。俺は自らの意志でこの運命を切り開く。その助けをして欲しい」
『運命。人間が出来るとでも』
「不可能を可能にしてこそ、人間の可能性を示せることなんだ。周はずっとそうしてきた。不可能だ無理だありえない。散々言われながらも周は自らの夢のために、左腕の秘密を守りながら必死に戦ってきた。敵や大人や世界と。ならば、俺達が周をさらに助ければ俺達はもっと出来る。何だって出来る。この運命と共に」
『面白い。お前の未来を見てみたくなった。我が記す未来と異なる未来を』
その言葉に周囲の世界が白く輝き始める。それに誰もが身構えた。
『我が力を受け取れ。運命のその先を作り出せ。友よ』
「友か。ああ、力を借りるぞ。友よ」
そして、世界が白に染まり、元の世界に戻っていた。
刹那が小さく息を吐いて肩から力を抜き、ルネが展開していた魔術陣を消滅させ、正が静かに腕の中に抱えていたニーナを離す。そして、孝治の手にはアカシックレコードとは違う漆黒の玉が握られていた。
それはまるで鼓動するかのように魔力を発している。
「正」
「なんだい?」
「この玉を運命に組み込むには何日かかる?」
「二日、いや、一日だ。でも、君は何故僕に頼むのかな?」
「周だからだ」
その言葉に正はきょとんとして、そして、小さく息を吐いて手を出した。
「わかった。僕の全ての技術を使って君の運命を新たに作り替えよう。刹那、ルネ、出発は一日延期でいいよね?」
「まあ、本音を言うなら急展開過ぎて整理する時間が欲しいッス」
「私も、かな。正には色々と聞きたいことが出来たし」
確かにそうだろう。マクシミリアンに殴りこみに行こうと思っていた矢先にこういう事態になってスターゲイザーが出てくるわ正の正体はばれるわ孝治が変な玉をもらうわと普通なら信じられないくらいの事態だろう。
だが、四人は理解していた。これもすべて 運命なのだと。
「皆さんは、怖くないのですか? あんなものと対峙して」
「ニーナ。俺達はいつか真実を知るだろう。世界の真実を。そのためには前に進まなくてはならない。アカシックレコードに描かれた記述を読み解き、この天界を救う本当の手段を作らなければならない」
「それまでは例え真実を知っても考えるより先に動くッスよ。答えは全てを知ってからでも遅くないッス」
「さすがにそれは同意できないけど、世界を救おうとするってことはどんなおかしなことにも対応しなくちゃいけないからさ。正の話は興味深いけど、今は置いておいて天界を救わないとね」
「うーん。僕の話が置いておかれるのはどうかと思うけど、まあ、そういうことだね」
その言葉にニーナは絶句する。わり切りがいいというレベルではないからだ。
そんなニーナの頭を孝治は優しく撫でた。
「世界を救うのは並大抵のことじゃない。だから、今は目先のことに集中しないといけない」
「そう、ですか」
納得はしていないようだがニーナはしぶしぶ頷いた。それに孝治は頷き返して全員の顔を見る。
スターゲイザーとの話。正が語った未来の話。もちろん、どちらも重要なことだしどちらも解決しないわけにはいかない。だが、孝治達には今、やらねばならないことがある。
孝治は静かに運命を鞘から抜いた。そして、その漆黒の刀身に語りかける。
「運命。俺と共に新たな未来を築くぞ」
その言葉に反応するかのように運命はその刃を怪しく輝かせた。