第百六十一話 推測と仮説
漆黒が空を駆ける。それに反応するように向かい合うルネの袖からナイフが飛び出した。孝治はすかさずナイフを弾いて返した刃を叩きつけようとする。
だが、細い針がついた頸線が孝治の前方から迫り孝治はすかさず後ろに下がった。その瞬間にはルネはエネルギーライフルを構えている。
孝治の判断は一瞬。足が地面についた瞬間、前に向かって飛び出していた。ルネがエネルギーライフルの引き金を引くがそれは孝治の服を掠めるだけで終わった。孝治はすかさず運命を振り抜くがそれはルネが持つダガーによって受け流された。
ルネがすかさずダガーを振る。しかし、孝治はそれを転がることで回避し、転がりながらも弓を構えて矢を放っていた。さすがのルネもそれは想定出来なかったからか矢によって持っていたダガーを弾き飛ばされる。
転がった孝治は止まると同時にルネに向かって加速し運命を下から振り上げた。だが、それは盾を構えたルネによって受け止められ孝治は力任せにルネを吹き飛ばすだけで終わる。
「っつ~。完全に受け止めたはずなのに腕がかなり痺れるんだけど」
「抜いた感触はあったんだが。オーダーメイド品か?」
「アリエル・ロワソ様が作った海道周のファンタズマゴリアを参考にした盾。普通なら完全に受け流せたはずなんだけど」
「なるほど。いい盾だ」
孝治は静かに運命を鞘に戻した。そして、自分の拳を見つめ握り締める。
「完全復調?」
「ああ。派手に暴れることが出来るくらい回復出来た。後は、これからの行動に移るだけだ」
「そう言って勝手に一人で行動するのは止めて欲しいけどね」
その言葉と共に空から呆れたような表情をした正が降りてくる。孝治は静かに笑みを浮かべて運命を軽く鞘から抜いた。
正も笑みを浮かべたままレヴァンティンレプリカを引き抜いた瞬間、二人が同時にぶつかり合った。だが、孝治が若干押される。
孝治は微かに眉をひそむるが正は涼しげな顔でレヴァンティンレプリカを振り抜いた。孝治はすかさず後ろに下がって運命を構えた瞬間、正はレヴァンティンレプリカを運命に叩きつけた。
孝治はとっさに運命を手放して距離を詰めるが正は逆に後ろに下がる。その間に孝治は運命を蹴り上げて柄を握り締めていた。
「まだ完全復活ではないようだね」
「まさか、お前に遅れをとるとは」
「復調していない君を対処するなんて簡単だからだよ。さて、まだやるかい? 君が勝ったら僕は君の単独行動を認めてあげてもいいよ」
「諦める」
「それなら良かった。二人共、とりあえず僕の宿の部屋に来てくれないかな? 少し面白い情報が手に入ってね」
その言葉に二人が露骨そうに嫌な顔をした。さすがのそれは正も嫌だったのか不満そうな顔になる。
「正が言う面白い情報は変な情報が多いからね。ちなみに、君はどう思っているのかな?」
「信用出来る内容ではないな」
「だってさ」
「さすがにそれは酷いんじゃないかな? 僕でも心が痛むよ」
「ゴキブリの生態系についてご高説をしたのはどこの誰だったかな?」
その言葉に正は横を向いた。どうやら指摘されたくなかったことらしい。
孝治は呆れたように溜め息をつきながらも歩き出した。
「行くしかないようだな。今回はくだらないものではないのだな?」
「それはないと断言させてもらうよ。今回ばかりは冗談じゃなくね。だから、心配しないで欲しいな」
そう言いながら不安そうな顔になるルネに向かって笑みを浮かべる正。疑わしいことをしている正が悪いのだが、正はいつも本気だから呆れるしかないのだ。
もちろん、正の言葉に嘘はない。それを二人はわかっている。だから、渋々でも二人は頷いた。
「スルメと酒は準備出来ているのか?」
「君は一度人生をやり直すべきだよ」
「あー、それは私も同感で」
「何故だ。かれこれ禁酒生活八日目だ!」
威張る孝治だがそんな浅い日数では威張れるようなことじゃない。セリフから考えても明らかにアル中の発言にしか思えない。
「いや、威張られても私は酒を飲まないし君はまだ二十歳じゃないし」
「十八歳は合法だ」
「高校生は駄目だってことだよ。僕達は先に向かおうか」
「賛成。君達の相手をするのは疲れるな」
「「一緒にするな!」」
二人の息の合った言葉にルネは苦笑して歩き出した。
「意味がわからないッスよ」
「現実が異なっているということなのですかね?」
扉を開けた孝治達を待っていたのは腕立てをしながらニーナと会話をする刹那の姿だった。
孝治は無言で扉を閉める。
「ちょっ、何で閉めるんッスか!?」
すかさず天雷槍を纏った刹那が閉めかけた扉を掴んで力づくで開ける。天雷槍を纏っているから紫電がパチパチと跳ねているのだが孝治は気にした様子も無く呆れたように溜め息をついていた。
「女の子の部屋で筋トレをするか?」
「女の子の部屋で酒を飲もうとしていた君も同類だよ」
「男ってろくなのがいないよね?」
「さすがに孝治とは一緒にされたくないんッスけど。ともかく、話を詳しくしてもらいたいッスよ」
「発起人はお前ではないのか?」
部屋の中に入りながら尋ねた孝治は部屋の中に鎮座するものを見て何の話をするのか納得した。
アカシックレコード。
未来の記述が書かれた石板であり『創世計画』に関わりを持つ重要なもの。
「『創世計画』に何かあったのか?」
だから、孝治はニーナに尋ねた。ニーナは小さく首を横に振る。
「アカシックレコードに描かれた未来を読み取り最善の道を見つける『創世計画』はそう簡単に何かあるものではありません。このアカシックレコード自体はかなり回収された断片なので正確な記述は推測するしかありませんでした」
「推測も僕とニーナの二人であれこれ考えたからね。とりあえず、アカシックレコードの周囲に座って欲しいな。これからは僕が説明する」
そう言いながら正はアカシックレコードの近くに座った。孝治達もアカシックレコードの周囲に座る。
全員が座ったのを確認して正は魔術陣を展開した。そして、この部屋を覆う結界を作り出す。
「さて、このアカシックレコードに書かれた記述だが、断片すぎて推測が多く入り混じっている。だから、正解とは限らない」
「これでも破片ッスからね。アカシックレコードが全て集まったならどうなることか」
「それこそまさに『創世計画』そのものじゃない? 規定された未来に沿って動く世界になる」
「そんな生易しい話だったら良かったんだけどね」
その言葉に正とニーナ以外の三人の表情が変わった。
「このアカシックレコードに描かれた記述は推測を含め、こうだ。『アカシックレコードに記された事柄は事実にして未来。未来を描くアカシックレコードは』この後少しの間は推測でも出なかったから飛ばすよ。『だから、異なる未来になることはありえない。未来は規定されている。星に集う未来によって。もし、この規定された未来が叶わない時はアカシックレコードの力は失われる』」
「アカシックレコードの力が失われる?」
「そう。推測をかなり混ぜた文だから正しいかわからないけどこれからは僕は、いや、僕達は一つの仮説を作った」
そう言いながら正はニーナを見る。ニーナはゆっくりと小さく、だけど、確かに頷いた。
「アカシックレコードはこの大陸を浮遊させている力。正確には、未来がアカシックレコード通りに行く限り浮遊を続ける究極の半永久機関です」