幕間 信じていた正義
目の前のドアをノック無しであける。そして、部屋の中に入り込んだ。いや、部屋の中に逃げ込んだ。
第十三学園都市地域部隊の駐在所にいる学園都市でも有名な変質者な二人であるアレックスとロドリゲス(どっちも源氏名)から逃げ込むように部屋の中に飛び込んだ。
ロドリゲスとは初めてあったけど、まさか公然と尻を触られるなんて。反射的に蹴りを放ったけど眩しいくらいの白い歯で笑みを浮かべられたし。
正確には第十三学園都市地域部隊会議室だが紅の私室だからいいだろう。そして、不自然なまでに綺麗な壁紙をした部屋の中に紅とその膝の上で耳掻きされている女の子の姿。オレは無言でレヴァンティンを耳に近づけた。
「もしもし、第76移動隊駐在所ですか?」
「ちょっと待ったー!」
紅が飛びついてくる。そして、すかさずオレの手からレヴァンティンを取り除いた。
「不純異性交遊の現行犯として」
「待ってくれ。確かにこいつは見た目は子供だけど来年からは高校生なんだ」
「高校生でもまだ子供だからな。話は駐在所で聞く」
「駐在所はここだぁ!!」
オレ達の会話に女の子がクスクスと笑う。
「お兄ちゃんって面白いお友達が多いね」
「紅は人柄もいいからな。癖の強い奴が集まっているけど、リーダーとしての適性は高い」
「お兄ちゃんは昔からそうだったよね。ガキ大将でよく喧嘩していたし」
「そうそう。実家の机の引き出しの底に敷いた板の中に隠されているデータチップとか」
「その中に巧妙に隠された隠しフォルダの中の隠しフォルダの中にあるちょっと危ないものとか」
「ちょっと待て。なんで俺のデータチップの場所を知っているんだ?」
「そもそも、どうやってここに来たんだ?」
「大オープンキャンパスは近いからお兄ちゃんに無理を言って」
そう言えばそういう時期だな。後二週間くらいだけど、特例でも一週間前のはずなんだけどな。
「なあ、どうして知っているんだ?」
「さて、本題に入ろうか」
「人の質問に答えろ!」
紅が血の涙(もちろん比喩)を流しながら尋ねてくる。まあ、オレはそんな話をしてきたわけじゃないから本題に入らないと。
ここにいられる時間はそれほど多くないし。
「えっと、紅の妹」
「智子です。紅智子。来年から学園都市『GF』に入らさせていただきます、第76移動隊隊長海道周殿」
その言葉にオレは驚いていた。紅妹とはほぼ初対面のはずだからだ。急な来訪で驚いているはずなのに顔と名前をすぐさま一致できるだなんて。
「あらま。オレを顔まで知っていたのか。オレは紅と、紅銀次郎と話があるから少しだけ席を」
「海道」
紅がオレの肩に手を置く。振り返るとそこには首を横に振る紅の姿があった。
「ロドリゲスはな、バイなんだ」
「さすがに犯罪だろ」
オレは紅妹を見ながら言うが紅の視線は本気だった。どうやら、紅妹を出したら狙われるらしい。かなりアウトだが戦う気がしないんだよな。あのロドリゲスとは。
「お前がそこまで言うならヤバいんだろうな。ただ、あまり部外者に聞かせたくない話だからさ」
「そんなにか?」
「学園都市騒乱のその後。第76移動隊を除けば紅が最高位だからな」
「なるほどな。智子。悪いが部屋から出て行ってくれないか?」
「お兄ちゃんは私を売るの?」
「海道、どうにかしてくれ」
かなり頑なだよな。まあ、理由はなんとなくわかるけど。
オレは小さく溜め息をついて手で紅妹をこちらに呼び寄せた。紅妹は一瞬だけ怯えたような表情をしてからこっちにやってくる。
「後で話すさ、スパイさん」
紅に聞こえないように呟いたその言葉に紅妹は少しだけ目を見開いた。紅はそれに気づいていないだろう。多分、紅妹も気づかれないと思っていたに違いない。
「何のこと?」
紅妹はそれでも知らない振りをしようとする。だが、オレは次の言葉で全てを終わらせた。
「どうやって今回の許可証を手に入れた?」
「だから、大オープンキャンパス」
「ちょっとばかし早いんじゃないか? 特例で許されるのは一週間前から。でも、今はそれよりも前だ」
「それは」
そろそろ学園都市の大オープンキャンパスの時期だが早すぎる。後少し遅ければ違和感を感じなかっただろう。それくらいのレベルだ。
そして、家捜しの技術。普通はそこまで調べない。
「最悪、叫べばオレ達が助けるから」
「わかった。だけど、必ず後で」
「ああ、約束だ」
紅妹はまだ納得していないようにしぶしぶ会議室から出て行った。それにオレは少しだけ安心して、
「あらあら、まあまあ。追い出されちゃったの? 私が慰めてあげようか?」
「いらない!!」
「ロドリゲス殿。やはり女は邪道です」
「わかっていないな、アレックス。俺はバイだ。さあ、智子ちゃん、一緒に楽しいことをしましょ」
「お兄ちゃん、助けて!」
オレは小さく溜め息をついた。
「この部隊、いつか潰れるだろうな」
「言うな」
小銭を自販機に入れて冷たいコーヒーを買う。ついでにジュースも一緒に。
「自分で買うけど」
警戒しながら言う紅妹にオレは苦笑しながら買ったばかりのジュースを紅妹に渡した。
「ロドリゲスの相手、悪かったな」
「オカマな上に男の前だとオッサンだなんて理解出来ないんだけど」
「さすがのオレもバイだけは理解出来ない」
「ふーん。で、お兄ちゃんにした話は?」
紅妹が敵意満々で尋ねてくる。まあ、仕方ないだろうな。『GF』でスパイはまず認められていない。紅妹もオレが来るとは思っていなかったはずだ。
まあ、バレるとも思っていなかったはずだけど。
「その前に、今回は紅に伝えた内容以外に話す内容がある。上に伝えるかどうかはお前が判断しろ」
「わかってる」
「なら、いいか。学園都市騒乱で捕まった犯人グループは『GF』発表では約3000人。『GF』隊員が全部で8000近くはいたから怪我人から考えて妥当な敵数だろうな。だけど、問題が捕まった犯人グループの輸送された刑務所。あまりにバラけている上に数が少ない。日本中に関しては連絡を取り合って確認したからわかるけど刑務所に入ったのは確認出来ただけで20名弱。大体、日本だけで800人くらいが輸送されたはずなのにだ。この意味がわかるか?」
「かなりマズい事態ってことは」
「そう。捕まった残りの人達はどうなったか。簡単だ。政治的に釈放されただけ。つまり、学園都市騒乱は『GF』と国連が組んだ茶番だった、というわけだ」
紅妹が絶句する。
当たり前だ。『GF』は正義だと信じられていた。だが、この報告を聞けばそれが正しくないとわかるはずだ。
今回の茶番の理由はわかっている。問題はこの次の話だ。
「これは紅には言っていないが、学園都市騒乱の元凶となったものなんだが、すでに運び出されていた。この意味がわかるな?」
「えっと、どういうこと?」
「オレ達はただ、慧海の手のひらで踊っている役者にすぎないってことだ。まあ、端的に言ったんだがこれくらいでいいか?」
「いいけど、これを報告したら消されかねないかも」
消されはしなくても軟禁を受ける可能性は高い。未だに確定情報では無いが、危険性は極めて高い情報だ。
これが公表されたなら『GF』の評価はひっくり返るだろう。
「まあ、そっちだってオレ達第76移動隊の話がわかっているんだろ?」
「何が?」
「第76移動隊が反乱する気配があり」
その言葉に紅妹がピクリと動いた。
やっぱり、そういう話は流れているか。今回の学園都市騒乱はあまりにも綺麗過ぎたからな。あれだけの民間人がいながら負傷者の数は多くとも死者が一人だけというのもおかしい。
誰だって茶番だと疑うだろう。
「スパイに向いていないな」
「うっ。し、仕方ないじゃない。お兄ちゃんに近づくにも私は実力が無いから裏方に回るしかないし」
「だろうな。じゃあ、オレは戻るわ」
オレは小さく笑みを浮かべながらコーヒーの缶のプルタブを開ける。
「ねえ、一つ聞いていい?」
背後からかけられた言葉にオレは振り返った。そこには真剣な表情をみた紅妹がいる。
まるで、大人になったかのような真剣な表情だ。
「怖くないの?」
「怖い」
即答した。隠すようなことじゃないから。
「だけど、みんなを守れない方がもっと怖い。それだけだ」
「ありがとう」
その言葉を背中に受けて歩き出す。
今回報告した内容はかなりマズいものがたくさん混じっていた。特に学園都市騒乱関連は世界を大混乱に陥らさせるには十分な内容。
どのタイミングで公表するかは難しいところではあるけど、それは今じゃない。
「予想が正しければ、世界の八割は敵に回るんだよな。人脈を気づいていても無意味だし。さて、海道周。ここからが本番だぞ」
オレは小さく息を吐いて拳を握り締めた。