第百五十七話 最悪の記録
蹂躙される村。フュリアス達の射撃の的にされる建物から逃げ出した人達を今度は的にしてフュリアスは射撃を行う。
機体の種類はバラバラではあるが、共通しているのは明白な意志を持って人を殺しているということ。
僕は一瞬だけ吐きそうになって口を手で覆い目を逸らした。
「悠人、大丈夫ですか?」
隣で見ていたメリルが優しく背中をさすってくれる。僕は頷いて映像を再び見た。
助けを求める声は届くことなく消え去っていく。そして、残ったのは原形を留めない人の死体ばかり。
リリーナも鈴も顔を真っ青にしていたのはこういう光景を見たからだろう。それほどまでに直視出来るものじゃなかった。
そこで映像が途切れる。誰かはこれをメリルに見せたかったのか。
「ここもか」
ゲイルさんが悔しそうに言葉を吐き出した。
「ここも?」
「悠坊っと。悠がつく奴は二人いるんだったな。悠人は見てないが映像はもう一つあったんだ。内容は同じ」
「正直に言って、ここまで酷い光景は見たことがないな。人界じゃ、『GF』に『ES』がいるからこうなる前に止めることが出来るし」
「人間のやる事じゃないよ」
悠聖さんと音姫さんの声は完全に怒りに染まっていた。その意見に関しては賛成だけど、不思議に思うことがある。
この映像が入ったメッセージカプセルは誰が僕達に渡そうとしたかだ。
「ゲイル。これはどう思う?」
「ケンゾウ。お前の気持ちはわかるが今は堪えろ。確定しない中で動けば俺達は完全に孤立する。俺達だけならともかく、ここにはたくさんの非戦闘員がいるんだ」
「だが!」
「俺だって今すぐクロラッハ達に喧嘩を売りたいさ! だがな、歌姫様がいる中でそれをすれば今まで以上に音界が混乱する! 俺達は音界をむちゃくちゃにするためにレジスタンスを作ったわけじゃないんだ! わかってくれ」
「ゲイル。済まない。お前がそれほど考えているとは」
「俺だって腸が煮えくり返るくらいに怒っているんだ。悪いな。当たったりして」
ゲイルさんの中ではクロラッハ達のレジスタンスが起こしたことらしい。でも、どうしてこんなことをするのだろうか。
人を殺す必要なんてないのに。
すると、僕は気づいた。映像が繰り返されていることに。しかも、高速でだ。制御盤の近くには音姫さんと悠聖さんの姿。
「なるほどね」
「ここまで来ると逆に絞れるか。なあ、悠人」
悠聖さんが声をかけてくる。
「お前が人を撃つ場合の命中率は?」
「えっと、四割くらいかな。訓練すれば命中率は上がるけど、あまり撃ちたくないし」
「四割か。だったら、かなり手馴れている奴らだな」
その言葉に僕は映像を見る。確かにそこにはかなりの命中率で人が撃ち抜かれていた。飛び散る鮮血に口を覆いたくなる。
どうして、こんな惨いことが出来るのかな? 同じ人間なのに。
「フュリアスの対人専用部隊だね」
「ちょっと待て。この音界に対人専用部隊の必要性はないぞ。俺みたいな人界の人間がいるならともかく」
「第76移動隊」
ゲイルさんの言葉を音姫さんは完全に塞いでいた。そう、第76移動隊なら確かに対人専用部隊をぶつけなければ止められないだろう。
つまり、この映像は僕達が音界に来たから?
「僕達のせいなの?」
「悠人」
メリルがギュッと手を握ってくる。
「僕達が音界に来たからこんなことになったの?」
「否定は出来ないな。だが、今はそれを考えている状況じゃないってのは悠人もわかっているだろ?」
悠聖さんの声に僕は俯いた。確かにそうだ。確かに否定している状況じゃない。だけど、僕達がいなければこんなことには、
「こんなことにはならなかったと、悠人は思いたいんだろ? オレ達がいなければ人が死ぬことは無かった」
悠聖さんの言葉に僕が頷いた瞬間、僕は大きく吹き飛んで背中から床に転がっていた。頬が痛いくらいに痺れているから殴られたのだとわかる。悠聖さんに。
「悠人。お前はまだ甘えているんだ。この世界に。この世界がそんな簡単なことで終わるわけがないだろ?」
「だけど、僕達がいなければ!」
「オレ達がいなくてもやる奴はいる。たくさんの人を実験道具扱いして殺したり、大規模な人身売買をしたり。オレ達がいなくてもこういうことが起きるんだ。この意味がわかるか? わからないなら、お前はもう戦うのを止めろ」
悠聖さんの目は僕が今まで見た中で一番冷たい目だった。
「お前は戦うことに向いてない。守ることには向いているかもしれないけど、戦うのはお前には無理だ」
「実際にそうじゃないか。対人専用部隊なんてどう考えても僕達に対抗するための部隊じゃないか! この映像の人達は僕達がいたから!」
「見せしめです」
震える声でメリルは僕の手を改めて握りながら言った。
「悠人は第76移動隊がいたからこれが起きたと思いますよね? ですが、これは私達政府の力が及ばない場所では当たり前のことなのです」
「俺達はそんなことはしない、とは言えない。さすがに民間人を殺しはしないが、見せしめ一つなければレジスタンス内部で内乱が多発する」
「この目的は刃向かう者を少なくするためです。おそらく、クロラッハ達も切羽詰まっているのでしょう。違うレジスタンスと手を組むことになったのですから」
クロラッハ。もう一つのレジスタンスのリーダー。
メリルやゲイルさんの中ではこの犯人はクロラッハ達のレジスタンスらしい。本当かどうかはわからないけど。
「一度、向かわないといけませんね」
「危険だよ。このメッセージカプセルが誰が渡したかわからない以上、相手が何をするかわからない。私や悠聖君、俊也君みたいに単体でどんな敵でも対処出来るならともかく」
「わかっています、音姉様。だから、私は悠人とルーイ、リリーナを連れて行きます。そちらからも人員を出していただけませんか?」
「私と」
「いや、オレと俊也、リリィの三人で向かう。音姫さんはここを頼む」
「じゃ、こちらのレジスタンスからは白騎士をつけようか」
いつの間にかメンバーが完全に決まっていた。僕にルーイにリリーナ。悠遠もアストラルルーラもベイオウルフも全ての世界において最高峰の技術が使われている機体。並みのフュリアスでは勝負にならないのはわかっている。
悠聖さんに俊也にルーリィエさん、ミスティ。悠聖さんと俊也はそもそも人界最高峰の精霊召喚師だしルーリィエさんもミスティも音界基準で言えばかなり強い。
そんなメンバーで行くだなんて。
「これなら安心だね」
「音姫さん。安心ってレベルじゃないから。ゲイル、だっけ。お前はいいのか? オレ達みたいな得体の知れない化け物みたいな奴に歌姫を預けて」
「悠坊がいるなら大丈夫だ。それに、こっちの主力を出しているんだからな。だが、頼むぜ、『万世術師』」
「お前、その名。なるほどね」
悠聖さんには説明していなかったけど説明しなくてもわかったようだ。
「悠人」
メリルが優しく僕に語りかけてくる。
「後悔する暇があるなら私と共にこれからのために動きましょう。あなたがいたことを本当に無駄にしないために」
「メリル、僕は」
「私が共にいます。いますから」
「うん」
その言葉に僕は小さく頷いていた。