第百五十六話 浮遊の法則
『事情はわかった。で、何でオレに電話をかけてくるんだ!』
呆れが半分怒りが半分混じった周の声にその場にいた全員が困惑したように顔を見合わせる。
困惑する全員を代表して孝治が口を開いた。
「お前なら詳しいだろ」
『隣にいたら絶対ぶん殴ってる。そういうことなら正に聞け。オレと同等の知識はあるだろ?』
「僕は君から聞きたいんだよ。君なら電話しながらハッキングなんて簡単だろ?」
『あのな。ハッキングはリスクが高『それくらいならお茶の子さいさいですよ』お前は黙ってろ!!『壊れれます! 壊れれます! これ以上握られたら壊れちゃいます!』』
スピーカーから流れる漫才のような周とレヴァンティンの声にその場にいた誰もが苦笑してしまう。
聞いているだけなら滑稽で面白いのだが。
『あのな。今、何時だと思っているんだ?』
周の言葉に孝治が時計を見る。そこに示された時刻を見て頷いた。
「昼の3時半だ」
『夜の3時半だ!! 天界が雲の上よりあるからって昼夜を逆転するな!!』
「どうでもいいとして」
『いつかお前らに殺されるんじゃないかと思『ハッキングしてきたデータを送信しようと思』お前は勝手にハッキングするな!!』
「話が進まないね」
ルネが呆れたように言うが誰も止めるつもりはない。
『レヴァンティンがハッキングしてきたデータは容量が大きすぎて送信出来ない。せめて、人界だったら可能だったけどな』
「そうか。口頭で頼む」
『今度何か奢れよ。お前達が聞いてきたのは“天界が浮遊する理由”だよな?』
「ああ。浮遊大陸というべきか。あれだけの規模を浮遊させるのは本来なら不可能だろう。そこに崩落する手がかりがあるのではと思っている」
崩落する大地を食い止めるには浮遊する原因を探るのがいい。だが、その原因は『灰の民』の村では伝わっておらず、天王マクシミリアンと壮絶な戦いを演じた以上、外に行くのは不可能だ。
だから、孝治達は情報を集めることが容易な周へ連絡を寄越したのだ。
『レヴァンティンがハッキングした、というより集めたデータの大半が憶測だけで物を語ったものだ。まあ、オレの推測込みで可能性が一番高いのは、天界に伝わる翼の民についての話だな』
「なるほど」
周の言葉に正が納得したように頷いた。
『翼の民は天界にとって神に等しい一族。そんな激レアの存在が伝承として残るほどだから存在していたと言える。なら、翼の民はどういう一族か』
「それは僕が答えるべきだね。翼の民は魔力に対する感受性が高く、魔力を他とは違う使い方が出来る」
『そう。まさに神と言うべき力だな。魔力を操るのが上手いとも言える翼の民だがどう考えても圧倒的に少数民族になるだろ? しかも、光の翼すら持つ』
「そんなものを普通が見たら確実に弾圧の対象ッスね」
『だから、翼の民は自らの楽園を作り出すために持てる全ての力を持って浮遊大陸を作り上げた。これが可能性その1』
確かに筋は通っている。そもそも、翼の民自体が未だに未知数の部分が多いのだ。
悠人みたいな、相手の魔術を吸収してストックし解放することで自らの力とする者もいれば、周や正みたいに翼を武器に纏わせ高出力のエネルギーソードすら受け止める力や、強化することで魔術すら受け止める翼。
そんなことが出来れば浮遊させることが可能だとしても驚かない。
『その場合は崩落する原因としては魔力粒子の現象。何らかの実験によって大量に魔力粒子を消失する原因があれば可能性その1だ』
「何らかの実験か。それは魔術的なものか?」
『それこそ、滅びを回避するための攻撃クラスの人知を超えた威力になるけどな。はっきり言って、浮遊する原因である魔術の劣化の方がありえないけどありえる事態になる』
魔術は持続性のあるものなら永久的に続く。ただし、解析はされ放題だし進化がしないから永久的に発動するメリットはほぼない。
だからこそ、これはないと周は言外に言っているようだった。もしあるなら、すでに天界が解析していてもおかしくない。
『次の可能性は、まあ、これも推測なんだが、天界は神が作り出した世界だから』
「ちょっと待った。話が飛躍しすぎて君の話が私にはわからないんだけど」
『まあ、そうなるわな。過去に神威時代があった。神の威光が存在する世界。そんな世界があったなら神が存在していた証明にならないか』
「助言を言わせてもらうなら実際に神は存在しているよ。孝治なら見ているんじゃないかな?」
「エルブスか」
精霊を作り出した存在と言われ、アル・アジフからは今にも戦いが起きそうなほど憎まれている神。
『エルブス。エルブスニーニャのことだな。裂光神やら天罰神やらで様々なデータがあるって、レヴァンティン。こんなデータをいつ集めたんだよ。『趣味です』まあ、いいや。神が作り出した世界が天界であり、浮遊する大陸は神の魔術、ここは神話魔術としておこうか。それによって大陸が浮遊している可能性その2』
「そんな可能性もあるんッスね。神の存在なんて宗教にしか存在しないと思っていたッスけど」
「それは神格化された人間の姿だよ。まあ、一応は神にカテゴライズされるけどね」
「確かに、神話魔術みたいな神が扱う魔術なら天界が未だに有効策を取っていないのはわかるけど、少し不思議かな。天王とか魔王とか善知鳥慧海みたいな化け物じみた人達なら簡単に解析出来ると思うけど」
『さすがは『ES』のエース。それこそ、浮遊する原因が未知のものならわからないではないけど、神から授かる竜言語魔法を見ても解析は可能だ。つまり、可能性その2の場合、対抗策は一切無くなる』
天王マクシミリアンや魔王ギルガメシュ、善知鳥慧海みたいな魔力が極めて高い人物なら無理やりに解析することは不可能じゃない。
他の世界のことをどう思っているかは明白な天王マクシミリアンは天界を同じようには思っていない。持てる力、全てを振り絞って解析はしたのだろう。それでも無理なら神話魔術は人智を超えた何かとなる。
「周。君は可能性の話をしているけど、君はどの可能性が一番高いと思っているんだい?」
『正。わかって尋ねているだろ』
「そうだよ。君の目的もわかっているからね」
『あー、はいはい。オレはどちらもほぼありえないと思っている。一番確率が高いのは、浮遊する原因は大陸が浮遊する法則がその世界に内包されているから。って言ったけど意味がわかってないよな?』
「つまり、そういう理を内包するのか」
『まあ、そういうことだ』
そう簡単な理屈ではないが、簡潔に説明しようと思えばそうなってしまう。
『それぞれに異なった世界がある以上、そういう世界があってもおかしくないし、現実的にそれが説として有名だからな。ただ、この場合は崩落を止める手段はない。一応、人界に避難出来るか聞いてみるけど』
「場所がないだろ。あったとしても、劣悪な環境下になる」
『ああ。だから、音界が一番なんだけどな、そう簡単な事態じゃないし。一応、こちらでも尋ねてみる』
「頼んだ」
孝治が通信を切った。それと同時に部屋中が嫌な空気に包まれる。
今の周の推測から考えて、天界を救う手段は無いに等しい。つまりは天界の民全てを救うには移住が不可欠となるのだ。
「諦めない」
孝治は小さく呟いた。
「諦めるものか。全てを守れずして何が第76移動隊だ」
「孝治。君はすごいね」
正が本当に感心したように言う。いや、感心しているのだろう。
「はっきり言うけれど、僕は半ば諦めていた。到底不可能な命題だからね。だけど、君は諦めるつもりはない。そんな人が世界を動かすのだろうね」
「違うぞ、正」
孝治は笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。
「ただ、諦めが悪いだけだ」
その笑みに誰もが肩をすくめる。そして、笑いあった。
「さあ、考えようか。天界を救う方法を」