第百五十五話 崩落する世界
漆黒の軌跡が空を切り裂く。神速とも言える速度で放たれる漆黒の軌跡はまるで空間に絵を描いているようにも見えた。
無表情のまま漆黒の剣である運命を握り締め、ベッドの上で調度品を破壊することなく振り抜く姿はさすがというべきか、バカというべきか。
そんな孝治が素振りをしている中、部屋のドアが開いた。
「けたたましい素振りの音が聞こえると聞いて来てみれば、やはり君だったか」
いつものゴスロリ服ではなく白のシャツとチェックのスカートを着た正がまるでバカを見るような目で孝治を見ていた。
その後ろには純白で身を包む灰色の翼を持つニーナの姿。
孝治は運命を鞘に収めた。
「あれから一日経ったが進展は?」
「あのさ、孝治。さっきまで寝ていたのにすでに日にちを把握してないで欲しいな。しかも、この部屋に時計は無いし」
「訓練を一日しなかった時の動きと同じだった。それくらい簡単だ」
「いや、簡単じゃないからね。相変わらずの非常識だよ、君は」
「えっと、孝治さんは大丈夫だと言うことですよね?」
ニーナが二人のやり取りに困惑しながら孝治に尋ねる。それに孝治は頷いてベッドから降りた。
「心配をかけたな」
「い、いえ。孝治さんが無事で良かったです。目を覚まさなかったらって考えたら」
「彼はしぶといよ。だから、目を覚まさないなんてありえない。僕はそう信じている」
「魔力疲労で倒れただけだ。ゆっくり休めば回復する」
「仲がいいのですね」
ニーナが楽しそうに笑う。それに二人は顔を見合わせて笑みを浮かべあった。
孝治と正はそう何度と会う関係じゃない。そもそも、偶然会うという方が多いだろう。だが、正の正体を考えると二人の仲がいいのは当たり前のことだ。
「会ったのはそれほど回数は多くないけどね」
「親友だ」
「まるで、恋人みたいに思い」
「「ありえない!!」」
二人がニーナに詰め寄る。ニーナはキョトンとして目をぱちぱちとさせた。
「こんながさつでつまみ大好きで根暗な男が恋人だなんて絶対に僕は嫌だよ」
「全てを分かっているように振る舞う痛い奴とは恋人になりたくないな」
「孝治。喧嘩を売るなら買うよ。今の僕なら病み上がりの君に片手で勝てるから」
「笑わせてくれる。たった一日寝ていただけでそこまで実力の差が開くとでも思っているのか? 勝つのは俺だ」
「あー、はいはい。君達が言い争うのは別にいいけど、ニーナが困るから止めてもらえないかな?」
その言葉に二人が振り返る。二人が振り向いた先には笑みを浮かべたルネの姿があった。その後ろには刹那とツァイスの姿もある。
孝治と正はお互いに抜きかけていた運命とレヴァンティンレプリカから手を離した。
「君達は全く。本当に第76移動隊なのかな? 正直、私は不安になってきた」
「仕方ないッスよ。さて、本題を進めるとするッスよ」
「本題?」
その場にいた全員が部屋の中に入り、ニーナとツァイスがベッドに座る。孝治もニーナの隣に座り、立っているのは正、ルネ、刹那だ。
「『灰の民』が直面している現実。それを見てきたッス」
「正直に言って私達が対処できるレベルを遥かに超えているかな。それは正も同じ意見だよね?」
「そうだね。孝治。これから言うことは真実だ。『灰の民』が直面している現実は近い将来展開全てに広がる。君はもう、気づいているよね?」
「世界の崩落か?」
その現実を孝治達は見ている。捨てられた町とアカシックレコード。天界の現状を孝治達はここに来るより速く見ていた。
「そう。この浮遊する島。いや、大きさからして大陸と言うべきかな。その大陸は今、崩落の危機に瀕している。だからこそ、天王マクシミリアンは虎視眈々と天界の土地を手に入れようと画策している、というのはすでに分かっていると思う。問題は『灰の民』が直面している危機なんだよ。ニーナやツァイスが天王と話に行こうとしたのは『灰の民』が居住区から出るには許可が必要なこと。そして、その許可は最大で6人。つまり、多くて6人しか出られないということ」
「『灰の民』の人口は?」
「数は少ないよ。約1000人。ただ、ほとんどが大人で、子供はニーナとツァイスを含めて5人だけ。街の総意は子供達だけ逃がす、だけど、子供達はみんなで逃げたいと思っているんだ」
「穢れた翼か」
「一番の問題点はそこだね。人は恐怖する。わからないものを恐怖する。特に、富や栄光から遠ざかるものには特に恐怖する。一番は死、かな。今回は『灰の民』の翼である綺麗な灰色の翼は天界にとって忌むべき黒が混じった翼。結論から言うと、ここ以外の天界に彼らの住む場所はない」
その言葉にニーナとツァイスの二人は俯いた。わかっているのだ。この天界に灰色の翼は居場所がないということを。どれだけ才能があっても純白でなければ上には登れない。純白こそが染まっていないとされているからだ。だから、展開に黒はもっとも嫌われる。
孝治がで歩けば一瞬で不審者扱いされかねないレベルで嫌われている天界に居場所などあるはずがない。
「ここも、同じなんッスよ。俺も少数民族出身ッス。昔から弾圧とかされていて、子供の頃の傷が未だに残っているッス。力を手に入れて、弾圧された奴らを倒しても終わらないドロドロの戦い。魔王様に拾われるまでどうにも出来なかったッス」
「少数民族が弾圧されるのは人界の歴史上にもそう少なくはないよ。私はそういうのとは無関係だったけど、やっぱりそういうのは見るのが嫌いだった。私や冬華、楓はそういう奴らを倒す仕事をたくさんしていたから」
「だからこそ、決めなければならない。僕達が介入するか。それとも、本来の目的である天界の姿を全て知るか。すでに僕達の答えは決まっているよ。君はどうする?」
「この世に平等などありはしない」
孝治は拳を握りしめて言葉を紡ぐ。
「世界は理不尽であふれている」
まるで、自分の人生を振り返るように。
「俺達はそんな世界に身を置いた。普通とは違う世界に」
だからこそ、孝治はこの選択を取る。
「救う。『灰の民』だけじゃな。天界も音界も全てを。音界は悠聖や悠人に任せればいい。俺達は天界を救う」
「達ってことは強制ッスね」
「刹那もルネも正も救うつもりのくせに」
「そうね。見捨てられるわけないじゃない。私達は守らなければならないんだから。そのために『ES』に入ったの」
「さて、総意は決まったね。これからどうするか、具体的な話を」
しよう、と言葉を紡ごうとした正を地鳴りの音が遮った。その場にいた誰もが身構える。正確にはいつでも飛び立てるように身構えている。
浮遊する大地で地鳴りがあるということは、大地が崩落していると言うことなのだから。
「全員外に出るぞ!」
孝治の言葉にその場にいた全員窓から外に飛び出した。そして、そこで見たものは、
崩落を開始した世界だった。視界に映る大地の切れ端近くの大地が浮き上がったと思った瞬間、砕かれ落下する。ニーナは手で口を覆い、ツァイスは目を逸らした。
すでに灰色の翼を持つ人達が空に浮かんでいる。いつ、大地が崩落してもいいように飛んでいるのだ。その誰もが目を逸らしている。この光景から。
「また、逃げないといけない」
ニーナが小さく呟いた。
『灰の民』は崩落から逃げるために敷地内の奥へと入っていっている。だが、すでにその敷地の端は見えており、『灰の民』の居住区が呑み込まれるのは時間の問題だと感じられた。
「大丈夫だ」
そんなニーナに孝治が声をかける。その声は自信に充ち溢れており、十分な気力があるように感じられる声だった。
「救ってみせる。俺達が、必ず。誰も犠牲になんかさせない。俺達が望む未来は全てを救う未来なのだから」
「そうだね。僕も同じだよ。みんなを救わないとね」
「そうッスね。魔界の住人ッスけど、ちゃんと協力するッス」
「多角的にアプローチしていく必要があるかも。しっかりと考えないとな」
『灰の民』達が絶望に染まる顔をする中、四人は笑みを浮かべていた。
まるで、やってもいないのにやれるとでも言うかのように。
「やるぞ、みんな」
孝治の言葉に三人は頷きを返した。