第百五十話 仲間
「一つ目」
私はすでに見つけていた爆弾の一つに駆け寄った。見つけた爆弾は二つ。その内一つはすでに光姉達が見つけていたから残る三つ。だから、真っ先に見つけていたここにきた。
爆弾の解体の仕事は第76移動隊で習っている。まずは考えられる構造を想定して慎重に爆弾の内部構造を見れるように外壁を取り除く。続いて内部構造の種類によってさらに解体する手段を絞っていく。
その中でも爆弾の解体は得意分野だ。頸線を使った解体は細かな作業を可能に出来るから。
すかさず爆弾を覆っていた箱の一部を取り除く。すると、そこには複雑怪奇な魔術陣が描かれていた。普通ならこの魔術陣を解体するのが先決だ。だけど、これは罠。
魔術陣自体が爆発を起こす術式のようだけど、魔術陣を解除しようとすれば魔術陣の下に張り巡らされた回線の一部が爆弾の箱内部にある四角い小さな箱の中の魔術陣が作動するかなり厄介な爆弾。
通称ダブルボムと言って、複数のよく似た爆弾が仕掛けられていた場合、今までの作業通りにやると間違ってしまうタイプのものだ。
周兄からちゃんと習ったし、解体の仕方も頭の中に叩き込んでいる。
私がそう思いながらもう一つの小さな箱を開けると、そこには球体状の魔術陣があった。それを見た私の顔に笑みが浮かぶのがわかる。
立体型魔術陣は対象しにくいものの一つ。だけど、その解除の仕方は私にとっては簡単なものだった。
素早く頸線を立体型魔術陣に差し込む。すかさず確実に破壊すべきポイントを頸線によって破壊しながら魔術陣の内部構造を破壊していく。破壊というより書き換えるが正しいかもしれないけど今は破壊だ。
立体型魔術陣を破壊し終わったらすかさず通常の魔術陣の破壊に走る。慎重に、だけど大胆に。
魔術陣が色を失い見えなくなるのを確認してから私は大きく息を吐いた。
「これで、一個目」
時計を確認する。素早く、丁寧にやったつもりだがそれでも予定よりも時間がかかっていた。ほんの数十秒しか時間が経っていないような気がするのに。
私はゆっくりと立ち上がり、そして、次の爆弾を探すために頸線を張り巡らせた。
「なあ、なな見なかったか」
「バカップル乙」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」
呆れたように溜め息をつきながら和樹は浩平とリースが座る机の前に置かれていた椅子に座った。ある意味度胸のある行為である。
現にリースは今にも射殺さんばかりに睨み付けている。
「アル・アジフさんからななが見回りに代わってもらったって聞いたからそっちに向かったら、ななから代わってもらったって人がいてさ。ななが見当たらないんだ」
「心配することはないだろ。大方、あの日とかじゃないの?」
「それだったら残念だな」
「どうして残念がるかは聞かないでおく。七葉の奴が見知らぬ奴に簡単についていくわけないし、誘拐されるほど弱いわけじゃない。つまりは和樹の心配しすぎだ。さて、お前も何か飲むか?」
そう言いながらメニューを差し出す浩平に和樹は呆れたように溜め息をついた。
「あのな、デート中じゃないのか?」
「だったら毎日こうだな。まあ、オレとリースは一緒なんだ。気にするな。それに、嫉妬するリースは可愛い、ごふっ」
浩平の頭上から椅子が落下する。ちなみに、リースは顔を真っ赤にしてそっぽを向いていた。照れ隠しだがやることがえげつない。
「まあ、そうだろうな。お前らならななの居場所を知っているんだろ?」
「探せばわかる」
いつの間にか竜言語魔法書を持つリースは静かにその書を開いた。そして、驚いたように目を見開く。
「どうかしたのか?」
頭を押さえながら大丈夫そうな浩平がリースに尋ねた。リースは小さく頷く。
「ホルテパ」
「ホルテパ? ああ、占星予言か。何か面白い単語でも出てきたのか?」
「おい。俺にもわかるように教えてくれ」
「占星予言は占いの一種なんだ。行うことによって関係する単語がいくつか出てくるって奴。まあ、俺は的中率五割だけど、リースは九割を超えるからな」
「少年。四つ。爆弾。複雑怪奇。『赤のクリスマス』」
リースが呟いた単語に誰もが固まる。
爆弾と『赤のクリスマス』。これが関係する単語として合っているなら考えられる事態は一つだけ。
「ちっ。リース。探すぞ」
「闇雲に?」
「時間の無駄だ。爆弾が四つって言ってたな。和樹は七葉を探せ。俺とリースが他の二つを捜す」
「わかった。ななを見つけたら連絡してくれよ」
「わかってる」
その言葉と共にリースと和樹は別々に走り出し浩平は伝票を持ってレジへ走って行った。
「二つ目」
二つ目の爆弾を見つける。一つ目とよく似た爆弾だけど、同じとは限らない。いや、同じであるわけがない。
あの少年が言ったゲームが事実だとしたなら、違うものを用意する。
先入観を捨てないと。じゃないと、解体出来ない。
そう思った瞬間、私は地面に向かって倒れているのがわかった。地面とぶつかる。だけど、痛みを堪えてゆっくりと立ち上がる。
ここまで全力疾走したからか足が言うことを聞かない。体力はまだまだあるはずなのに、周兄達の訓練についていっているのに。
「私が、私が頑張らないと。私がやらないと」
「もう諦めたらどうかな?」
背後からかかる少年の声。その声に振り向くことなくゆっくりと爆弾に向かって進む。
「君の体力は限界だ。この爆弾は精密な作業を必要とするからね。体力も精神力も削る。素直に負けを認めれば、僕は君に慈悲を与えてあげるよ」
「くっ」
辛い。こんなに辛いのは嫌だ。本当は平和に笑っていたかった。悠兄や周兄やと一緒に登校してかず君と合流して放課後の話をする。笑いながら、楽しい一日を夢見ながら。
だけど、悠兄も周兄もそんな世界にはいない。私は二人に追いつきたい。追いついて、そして、サポートしてあげたい。
「諦めない」
そう。諦めない。
「絶対に諦めない」
二人もこんな状況でも絶対に言うだろう。
「体力が尽きようが精神力が尽きようが」
例え意識不明の状態だったとしても、二人は必ず前に進む。
「どれだけ理不尽な現実が待っていようがいよまいがそんなの関係ない!」
私は決めたから。二人の背中を追いかけるって決めたから。本当なら死んでいた命をそのために使うと決めたから。
私に才能が無いのはわかっている。だけど、努力を忘れなければメグみたいな実力はつけられる。
「私は戦う。今と、あなたと!」
「そうかい。まあ、いいけどね。その体力で君がこのゲームをクリアーするのは不可能だ。だから、終わりだよ」
「それはどうかな?」
「誰だ!?」
少年が振り返る。そこにいた人を振り向いて私は驚いていた。
ここにいるという情報を聞いていない人物。善知鳥慧海。
「確かに、今の七葉なら残り三つの爆弾を解体する体力はないだろうな。まあ、七葉だけならの話だけど」
少年の顔に怒りが浮かぶ。それを見ながら私は慧海さんの顔を見た。慧海さんは薄く笑みを浮かべながら私を見ている。
「なあ、七葉。オレはお前の可能性を知らないんだ。前の世界ではお前は死んでいたから。だから、見せてくれよ。お前の実力を」
「期待しすぎたよ。私はあくまで普通の女の子」
なんでたろう。一人じゃないとわかればこんなにも力が出る。さっきまで辛かったのに体が軽い。
わかる。かず君が私を探してくれている。リースさんが爆弾とにらめっこしている。楓さんと光姉がアル・アジフさんと一緒に爆弾を解体している。浩平さんは爆弾を見逃していないか探している。
私は一人じゃないんだ。
「白川七葉! どうやって他人に爆弾を教えた!? 僕は知らないぞ」
「教えてなんかない。私はみんなを甘く見ていただけだよ。みんな、みんな必死に動いてくれる。馬鹿だな、私。みんなに頼れば良かったのに」
「くっ。ならば白川七葉。お前だけはこの場で」
「無駄だよ」
私は静かに爆弾を解体していた頸線を引き抜いた。
慧海さんが現れた瞬間にとっさに行ったけど、爆弾自体は簡単なものだった。頸線だけで簡単に解体が出来た。
「爆弾が全部解体されただと! ありえない。パパが作り出した爆弾が、お前達みたいな奴らに解体されるわけがないんだ!」
「哀れだね。解体出来ない爆弾なんてない。だから、言うよ。大人しくして。今からあなたを捕まえるから」
だが、その瞬間、光景が重なった。イージスカスタムの前で見た光景と同じ。だけど、敵はイージスカスタムではなく、黒い巨大な動物のようなものだった。
この光景は一体。
「白川七葉。お前だけは許さない。お前だけは絶対に許さない! だから、死ね!」
少年の手のひらで魔術陣が輝きを増した。