第百四十七話 不穏な空気
なかなか特殊なポジションにいる七葉を中心として首都の話は進んでいきます。
「聞いたか。歌姫様がレジスタンスの一派に襲撃されたらしいぞ」
「本当かよ。姫様はレジスタンスと交渉に行ったんじゃないのか?」
「レジスタンスも一枚岩じゃないってことだろ。まあ、悠人の坊主がレジスタンスの基地ごと守ったらしいけどな」
「あの坊主はすげえよな。肝が据わってる。戦闘があったってことは整備をしなければならないのか」
「整備士の仕事なんて必要最低限でいいってのによ」
「だな。っと、じゃ、仕事に戻るわ」
「俺も」
話し合っていた整備士が離れていくのを七葉は静かに見ていた。そして、その手に作り出したボール状の物を手首のスナップだけで高く放り投げている。
このボール自体が頸線で編まれており、よく見ればボールの内側には見事な馬が存在していた。
普通の才能ならこんなものはまず作れない。これだけを見れば七葉が非凡な才能を持つとわかるのだが、七葉は未だに凡人の域に止まっている。
「不穏な空気が流れているね」
小さく溜め息をつきながらも七葉ははっきりと言葉を発した。だが、それを聞く人はいない。
「レジスタンスが歌姫を襲う。それに、この首都でも変な動きがあるし。まあ、それは楓さん達の仕事だから関係はないけど」
そう言いながら七葉は目を瞑った。本当なら暗闇、目蓋の隙間から光を感じる暗闇になるのだが、七葉の頭の中には鮮明な光景として移っていた。
燃え盛る首都。その燃え盛る首都の中で七葉が泣きながら血まみれの和樹を抱きかかえている。そんな二人に銃口を向けるイージスカスタム。
「どうしたんだろ。私の目、おかしくなったのかな?」
こうなったのは昨日、周から連絡を受けてからずっとだった。目を瞑れば場所によって光景が違う。だが、同じなのは燃え盛る首都ということだけ。
首都が戦闘によって破壊される。そして、イージスカスタムが奪われる。
そんな未来を暗示しているかのようだった。
「本当に、何なんだろう。未来がわかるなんて凄いレアスキルだよな」
「一人寂しくそなたは何をやっておるのじゃ」
その言葉に七葉が振り向くと、そこには呆れたような表情で魔術書アル・アジフに座って浮遊しているアル・アジフの姿があった。
七葉は小さく息を吐いて頸線で出来たボールを解く。
「何もないよ。あったとしてもアル・アジフさんとは関係ないかな」
「そういう時は素直にならねば隠し事をしていると思われるぞ。そなたはそう思われるのは嫌いじゃろ」
「うぐっ。ま、まあ、そうなんだけどね。こればかりはアル・アジフさんに話してもわからないというか」
「それは話してみるまでわからぬの。我は永く生きておるから相談に乗るのは得意じゃ。特に、恋バナはの」
「私にはカズ君がいるからいいの。じゃなくて、アル・アジフさんは目を瞑れば光景が頭の中に浮かぶって言ったら信じる?」
その言葉は言外に信じられないよね? と言っているようだった。だが、アル・アジフは確かに頷いて返した。
七葉は数回瞬きをしてアル・アジフを見ている。
「本当に?」
「そなたは何を疑っておるのじゃ。まあ、そなたの目を見させてはもらうがの」
そう言いながらアル・アジフは七葉の瞼を開いて目を覗き込んだ。そして、小さく頷く。
「七葉は目を瞑った時にどういう状況な頭の中に思い浮かぶと思っておる?」
「えっと、トラウマを連想させる土地とか、寝る寸前とかかな?」
「そうじゃな。前者の場合は今では『クリスマス現象』として有名じゃな」
「『赤のクリスマス』で生き残った人がクリスマスで楽しそうにしている人を見ると無性に腹が立つってあれ?」
「そうじゃ。『赤のクリスマス』自体が多くの傷跡を残したからの。じゃから、クリスマスということにトラウマを覚えている者も多い。第76移動隊でもクリスマスだけは祝わないじゃろ」
「言われてみれば」
『GF』で第76移動隊だからかそういう行事はほとんど関わらない。ただ、元旦や大晦日だけは騒いではいる。
だが、第76移動隊ではクリスマスだけ祝ったことがないことを七葉は思い返して納得出来た。
「もう一つはそれはすでに夢の世界に旅立っておる。七葉の場合ではどちらでもなく特殊なスキルが関わっているようじゃな」
「特殊なスキル?」
「そなたは頸線を使う際、味方に引っ掛けたことはないの?」
その言葉に七葉は自分の戦い方を思い出した。
七葉は基本的には前線に立つのではなく防衛という観点での戦闘を行う。殿軍やら迎撃やら様々だが、七葉の頸線は確かに味方を引っ掛けたことはない。
乱戦の最中では使わないがそれ以外の戦いでは器用に味方を避けて頸線を作り出す戦い方をしていることを思い出した。
「確かにそうかも。でも、無意識だから」
「無意識じゃろうな。そなたのスキルは『曇り無き真実の未来』と呼ばれる激レアのレアスキルじゃ」
「そんなものがあるんだ」
「発動条件はかなり限られておるからちゃんと発動することはまずないがの。未来予知の一種でありながらその使いにくさから占い師としては敬遠されておるレアスキルじゃ。まあ、本人に自覚はないし普通のスキル検査ではまず見つからないから自覚していないのは無理もないの」
『曇り無き真実の未来』自体はレアスキルでもBランク相当のレアスキルだ。発見数ならAランク又はSランク相当なのだが、何分使い勝手が悪い。
七葉みたいに発動する気がなくても勝手に発動するという身勝手さすらあるのだ。
「して、そなたは何を見たのじゃ?」
「えっとね」
七葉が周囲を見渡した。そして、周囲に誰もいないことを確認してから口を開く。
「燃え盛る首都。その中で私が血まみれのカズ君を抱いていて、イージスカスタムが銃口を向けている」
目を瞑りながら語る七葉の声は少し震えていた。それはつまり、大切な恋人を失う未来だからだ。アル・アジフはそんな七葉を優しく抱き締める。
「大丈夫じゃ。我がそんなことをさせぬ。『赤のクリスマス』を防げなかった以上、我らは同じ惨劇を繰り返すわけにはいかないのじゃ」
「うん。でも、カズ君が」
「七葉。今から我は唇を動かさずに話すぞ」
すでにアル・アジフは唇を動かしていないが、七葉はゆっくりと頷いた。
「今からイージスカスタムに乗るのじゃ。『曇り無き真実の未来』は近い未来を示す未来予知。もしかしたら、今日中にあるかもしれぬ」
「えっ?」
その言葉に七葉は驚きそうになりながらアル・アジフを見るのを止めた。それだとアル・アジフがどうして唇を動かしていないかわからなくなる。
「今、首都に不穏な空気が流れておる。すでに和樹はリースに託した。我らはすでに臨戦態勢じゃ」
「でも、そんなことが本当に」
「『赤のクリスマス』でニューヨークを消し去った張本人がいるとしたなら?」
その言葉に今度こそ七葉は驚いてしまった。アル・アジフは笑みを浮かべて七葉をゆっくり話す。
「まだ不確定情報じゃし、周や楓、光に黙っていたことじゃ。よもや、あの原因を作った張本人がいるとすれば目の色を変えて殺しに行くじゃろ?」
「そうかも。でも、学園都市騒乱で捕まったんじゃ」
「あやつがもし、学園都市騒乱に参加していれば学園都市は火の海じゃ。我は今からそやつを探す。そなたは今から我の代わりに見回りに出かけて欲しい」
「それって」
「そなたの技術なら無理はないはずじゃ。頼むぞ」
アル・アジフがゆっくり離れる。七葉はその背中に向かって頷いてすぐさまイージスカスタムのコクピットまで駆け上がった。
すぐさまコクピットを開いて、
「やあ。君が白川七葉。万世術師の最高の精霊術師、白川悠聖の妹だね」
そこには顔に嫌な笑みを浮かべた半袖半パンの髪の長い少年の姿があった。