第百四十六話 敗北
その瞬間を文字で表すなら、真っ白だった、になるだろう。
操られた冬華と戦っていたオレが冬華と距離を取った瞬間、光が爆発した。その光景はまさに光の暴力であり、どれだけ頑張っても視界が真っ白に染め上げられるのを防ぐ手段が無かった。
さらに後ろに下がろうとするが足を何かに引っ掛けてその場に転んでしまう。
とっさに体勢を立て直しながらオレは拳を握り締めた。
こういう時はあれをするしかない。
視覚とがおかしい今、頼れるのは他の感覚だけ。
オレはありったけの魔力を周囲にバラまいた。魔力が散った際に周囲の光景が頭の中に広がる。それこそ、まるで見ているかのように。
すかさずオレは後ろに下がる。今の光はディアボルガの攻撃だろう。最大出力の光を落とす魔術。使い勝手はいいけど攻撃範囲が狭いんだよな。
ルカ、無事か?
オレの言葉にオレの中のルカが頷く。何回か瞬きをしていると真っ白に染め上げられた視界がゆっくりと色が戻っていく。それでも、未だに見るのは辛い。
本当ならこのまま離脱するしかないが、今はそういうわけにはいかない。ディアボルガを回収しなければならないから。
ルカ。常に最大出力を出せるように。視界が戻ったらディアボルガを取り戻すために突撃する。
『ダメ。セルファーはディアボルガより強い。このコンディションで戦えば確実に』
オレはディアボルガを信じている。だから、助けに行く。
周囲に散らばった魔力を感じながらオレは必死に治癒魔術をかけているとカサッと誰かが草を踏む音が鳴った。
オレがとっさにその方向へ向く。朧気な視界の中、オレはその姿を捉えていた。
「黒、猫」
「あの光を真っ正面から受けてもう動けるのか。若いのは元気があっていいの」
そこには黒猫がいる。笑みを浮かべた姿の黒猫がそこにいた。隣には冬華の姿。
「貴様、貴様っ!!」
すかさず地面を蹴って黒猫に向かってルカの剣を振る。だが、その剣は冬華によって受け止められていた。
「さすがだ、冬華。やはりお前は儂の最高傑作だ」
「誰が、あんたの作品よ!」
「強がるその姿も美しい。『黒猫子猫』の中で、お前が最高だよ」
「ロリコンに誉められたって嬉しくないわよ!」
「私は不能だ」
「どや顔で言うな!」
黒猫がそこにいるのに、冬華が邪魔で全力で剣を触れない。操られている冬華をまずどうにかしなければ。
「悔しいかの? その顔を見るのが儂は好きじゃ。愛し合う者同士が戦い合うその姿こそが最高の姿だと思わないかの?」
「「このゲスが」」
オレと冬華の言葉が重なる。だが、黒猫は笑みを浮かべたままオレ達の姿を見ている。
オレはすかさず冬華から距離を取った。そして、剣を構える。
「戦わないのかの?」
「お前の思い通りになんかさせるかよ」
そうは言っても、今のこの状況はかなりキツい。冬華が本来の力を出し切っていないとは言え、黒猫まで出てきた以上、このまま戦い続ければ負けは濃厚だ。かと言って、離脱を許してくれるほど甘くはないだろう。
最善の策はルカが持つ真の精霊武器を利用した冬華を含む二人の瞬殺。だけど、冬華が助かるかはわからない。
どうすればいい。どうすれば、この状況を離脱出来る?
『私を抜いてください』
ルカ?
『この状況で道を作り出すなら真の剣を抜いてください。白川悠聖』
だけど、冬華を傷つける可能性が、
『優しさという刃を作る。それが出来るのは私のマスターだけ。だから』
オレの持つルカの剣にひびが入る。それを見た黒猫の顔には驚きが出ていた。
ルカが幼い(精霊基準)ながらも最上級精霊になれたのはルカが持つ能力と類い希なる剣技があったからだ。だが、それだけで最上級精霊を名乗れるかと言えばそうではない。
最上級精霊には最上級精霊に相応しい精霊の武器がある。例えば、ディアボルガは栄光と破滅を作り出す剣。ただし、すでに二度の栄光を掴み、最後に破滅だけを待つ剣と説明されているため使ったことはない。そもそも、ディアボルガの能力的にあの錫杖がぴったりなのだ。
他にもイグニスランスやグラウハンマー等、最上級精霊の下にいる二番手ですら固有の名前がある武器がある。対するルカは普通の剣を使う。丈夫に鍛えられた剣だから精霊の武器並みの威力だけど、それでも剣だ。
ルカが持つ剣の真なる姿。それはオレの手の中にあった。
ルカが最上級精霊になれたのは能力と剣技とそして、
「オレの思いを刃に変えて、冬華を取り戻す!!」
思いを刃に変える純粋無垢な柄のみの剣だった。これがルカがセイバー・ルカと呼ばれる原因となったルカの精霊武器。
「剣が砕けた?」
黒猫が不思議そうに首を傾げる。オレはそれに合わせるようにニヤリと笑みを浮かべた。
「見た目はな。セイバー・ルカが持つ不可視にして最強の剣。操られた程度の冬華じゃ止められないぜ」
「不可視の精霊武器か。面白いの。なら、冬華」
黒猫が懐からちょうど手のひらに収まるサイズのクリスタルを取り出していた。それを見た冬華の目が強張る。まるで、何かに怯えるように。
冬華は一体何に対して怯えているんだ?
「雪月花を抜け」
「なっ」
その言葉から推測出来た。黒猫が持つクリスタルの中にはフェンリルが封じ込められている。しかも、身動きが取れない状況で。
ルカ。あれからフェンリルの気配は感じるか?
『感じない。一切、何もかも感じない。ありえない。精霊の気配を完全に遮断させたまま封じ込めるなんて』
冬華がゆっくりて腕を伸ばす。だが、それは完全に拒否している顔だった。
「嫌。抜きたくない。こんな私がその子を抜くなんて、嫌」
「さあ、抜くのだ。それを拒めるほどダヴィンスレイフの呪いは甘くはないぞ!」
「ダヴィンスレイフ?」
名前は聞いたことがある。確か、呪われた武器の一つとして聞いたことがある。だけど、それは少し違うような気がする。
ルカ。ダヴィンスレイフって何だ?
『セルファーが扱う呪いと束縛を表す精霊武器。もし、冬華が操ってるのがダヴィンスレイフだとしたなら納得がいく』
詳しい話は後でしてもらうぞ。
オレは柄だけとなった剣を握り締めて前に踏み出した。それと同時に冬華がクリスタルから雪月花を抜き放った。
踏み込みながらも剣を振る。それに合わせるように泣いている冬華が雪月花を合わせ、そして、冬華が大きく弾き飛ばされた。雪月花と柄がぶつかり合ったわけじゃない。
これがこの剣の真骨頂だ。
「何が」
絶句した黒猫に向かってオレはさらに一歩を踏み出した。そのまま右手で柄を握り締めて縦に振り下ろす。だが、それは鈍い音と共に雪月花によって受け止められた。
本当ならここで上に跳ね上げられて雪月花に斬りつけられて終わるがこの剣はそれでは終わらない。
質量を伴った絶対に砕けない想像の剣。
幻想神剣。
不可視の刃でありながらありえない質量を誇るも持ち手であるオレが感じる重さは柄の重さだけ。そして、不可視だからこそ砕けない。
「冬華! 早く白川悠聖を倒すのだ!」
「悠聖」
冬華が優しく語りかけてくる。オレはその視線に頷いて後ろに下がった。操られた冬華がとっさに前に踏み出してくるがオレはすかさずエッケザックスを横に薙ぎ払った。
雪月花を構えた冬華を吹き飛ばし、本来当たる距離にいないはずの黒猫を切り裂く、はずだった。
『エッケザックスですか。本当に上位精霊達のオンパレードですね』
だが、エッケザックスは黒猫に当たる瞬間に糸によって受け止められていた。その糸はまるで悪意によって編まれた糸。
とっさに想像を霧散させることでエッケザックスを糸からの拘束を解く。そして、後ろに下がった。
『ダヴィンスレイフ。拘束しなさい』
すかさず迫り来る糸にオレはとっさにエッケザックスを振り抜いた。想像によって作られたエッケザックスの刃が糸に絡みつきすかさず霧散させる。それだけで糸の動きが止まっていた。
後ろに下がりながらもオレはゆっくりとエッケザックスを握り締める。
「セルファーか。無傷、とは言い難いの」
そこに現れたのは執事服がボロボロになったセルファー。ディアボルガと戦っていたはずなのに。
『申し訳ありません。やはり、ディアボルガ様は新たな道を開拓した者です。無傷とはいきませんでした』
そう言いながらセルファーが広げた手のひらの上には、
クリスタルの中に閉じ込められたディアボルガの姿があった。
オレの中でルカが動揺する。オレも動揺を顔に出さないようにしっかりとエッケザックスを握り締めた。
『これで後は二体です』
一体はルカ。もう一体はおそらく、ミューズレアル。
どうやら俊也はセルファーの魔の手から逃げ出せたようだ。ただ、フィンブルド達は捕まってしまった。
「くっ」
「引くとするかの。白川悠聖。冬華を助けたいならセイバー・ルカを差し出せ。そうすれば冬華は指一本触れずに返してやろうぞ」
「お断りだ。冬華、絶対に助ける。ディアボルガも」
「悠聖。私は大丈夫だから。だから、気にしないで」
「それこそお断りだ。なあ、黒猫」
オレは黒猫を睨みつけた。そして、言葉を投げつける。
「オレ達を、オレと精霊を舐めるなよ」
「楽しみにしようかの」
黒猫達がオレ達に背中を向ける。オレはエッケザックスを握り締めながら姿が見えなくなるまで睨みつけ、そして、近くの木に拳を叩きつけた。
「ちくしょう」
噛み締めた歯の隙間から声が漏れる。負けた。完全に負けてしまった。
「くそっ。くそっ。くそっ!」
『それ以上はダメ』
シンクロを強制解除したルカがオレの手を止めてくる。オレはその場に膝をついて木に額をつけた。
「オレは何のためにつよくなったんだよ。大事な奴を失わないためじゃなかったのかよ!」
ルカは何も言わない。ルカだって悔しいはずだから。
「ちくしょう!!」
オレの叫びは空へと吸い込まれていった。