第百四十四話 エンチャンター
「トールハンマー!」
俊也の手に収束していた雷光が少女に向かって放たれた。だが、その雷光は糸に絡め捕られてそのエネルギーを散らす。
「やっぱり」
「俊也君。あれはどういうこと?」
光輝を鞘から抜き放った音姫が俊也の隣に立ちながら俊也に尋ねる。俊也は小さく頷きながら手のひらに雷球を作り出す。
「あいつの糸は半径10m以内を絡め捕る特殊な糸です。頸線じゃない、おそらく、精霊の武器。そして、範囲内に入った全てを操る能力があります」
「私の天敵だね」
「そうですね~。近接しか出来ない白百合音姫には私にダメージを与えられませんし、遠距離からの射撃でも私にダメージを与えられませんね~」
少女が一歩踏み出した瞬間、俊也は動いていた。
雷球を溜めた手を少女に向かって突き出す。たったそれだけの行為で紫電から練り上げられた雷球が少女に向かって放たれた。
少女は動かそうとした足を止めて雷球を糸で受け止める。だが、それはおかしな行動だった。
もし、少女が魔力を絡め捕る糸を操るならそのまま踏み出せばいい。だが、少女は後ろに下がって。
「相手の弱点は動けば再展開するまで時間がかかること。フィンブルドが必死に見つけてくれた弱点だから」
俊也が拳を握り締める。それだけでその場にいた全員が俊也の精霊達に何が起きたか何となく気づくことが出来た。
先程の言葉と考えてミューズレアルを除く全ての精霊はあの少女に捕まったのだと。
「本当にそう思えますかね~。もしかしたら私がそういう風に見せているかもしれませんよ~。私の糸は特殊ですからね~」
「エンチャンター」
音姫が呟いた言葉に少女がピクリととなった。
「人形操者。かなり特殊な能力を使うね。相手を人形扱いして操る能力を持つ人達。最大人数は大体20人くらいかな。もちろん、記録上は13人だけど」
「人形操者を知っているんですね~。だったら、諦めた方がいいかもしれませんよ~」
「諦められると思う?」
俊也が拳を握る。そして、それに呼応するように俊也の体に強烈な紫電が迸った。
「みんな、僕を逃がすためにお前に捕まったんだ。だから、僕はみんなを取り戻す。大切な家族を!」
「私に手も足も出なかったのにですか~? 身の程しらずですね~。白百合音姫ならまだ戦いになるかもしれないのに」
「そうかな」
音姫は静かに光輝を鞘に収めた。そして、少女に背中を向ける。
「俊也君はもう準備を整えたみたいだよ」
その瞬間、何千という紫電の槍が少女を狙って包み込んでいた。少女は目を見開き周囲を見渡す。一分の隙もなく敷き詰められた紫電の槍。それを全て俊也が操っているのは明白だった。
そもそも、雷属性の素となる静電気は、熱量、空気、大地と同じく周囲に山ほどある。狙いをつけるのが難しく、当てれば味方でもひとたまりもないため使い手の数はかなり少なかった。
だから、雷属性を相手にする場合は基本的に訓練不足となってしまう。
「この雷光の一撃。防げるものなら防いでみろ!!」
「ありえない。こんな槍を維持してあなたの魔力は」
そこで少女は気づいた。俊也は最上級精霊を五体持つ最強の精霊召喚師と名高い一人。五体同時召喚すら可能であるため召喚師としての能力は桁違いだ。だから、魔力も桁違いだと考えられる。
実際に俊也の魔力総量は周や茜に匹敵するほど極めて高いものだった。
「受けろ! ノートゥング!!」
紫電の槍が一斉に少女に向かって放たれた。
相手がいくら攻撃を絡め捕る技を使えたとしても莫大な数の前では意味がない。数による殲滅。それは絶大な威力を誇っていた。
放たれたノートゥングは少女を中心に集まり、当たった瞬間にその場で雷球を構成する。そして、何千という紫電が駆け巡るのだ。防御不可能の俊也が持つ最大の必殺技。
それを受けて立っていられるのは紫電を纏える人物だけだろう。
「俊也君!」
ノートゥングを撃ち込んだ俊也に委員長が駆け寄る。俊也も委員長に駆け寄って抱き締めた。
「良かった。無事で」
「花子さんこそ。もう少しだけ待ってくれる? 僕は取り返さないといけないものが」
「俊也君、後ろ!」
音姫の声が響いた瞬間、振り向いた俊也の視界に入ってきたのは放たれた紫電を叩き斬った音姫の姿だった。もう、完全に人間を止めているように思える姿。
紫電自体の速度は普通の雷と大差はない。だが、方向を上手く出すため普通に放つより狙って放てば捉えられない速度ではない。だが、それを斬るのはまず不可能だ。
まさに、音姫が化け物ということだろう。
「人形操者じゃなくて模写術師ってわけだね」
そう言いながら音姫が見る先には紫電を纏う少女の姿があった。
「模写術師ですか?」
俊也が委員長を後ろに下がらせながら尋ねる。それに音姫は小さく頷いた。
「魔術的な要素なら何だってコピーできる特殊なレアスキル持ちのこと。悪用されかねないから全員監視下に置かれているはずなのに」
「そうですね~。私はまだ未確認の模写術師ですからね~。じゃ、今の必殺技を再現しますね~。ノートゥング」
少女が大量の紫電の槍を作り出す。それ自体が莫大なエネルギーを持ち、ただの防御魔術では防げないのは明白だった。
だから、俊也はすかさず同じようにノートゥングを発動する。
「音姫さん、下がってください。ノートゥングの撃ち合いになったら無事な保証がありません」
「そうなんだけどね、ここが一番周囲を感じれるから」
そう言いながら周囲を見渡す音姫に俊也は苛立ったように顔を歪ませて前に出た。
「模写術師は時に本物を超える時がありますよね~。だから、ここで終わりですよ」
「どうかな。ミューズ。僕に力を」
『限界ギリギリまで出力を上げる』
「はああぁぁぁぁっ」
俊也が声を上げながらノートゥングへ魔力を込めていく。膨大な量の魔力を全てのノートゥングに込めながら俊也は狙いを定めた。
「「ノートゥング!!」」
二人のノートゥングが一斉に放たれた瞬間、音姫が大きく動いていた。身を翻しながら力を込めてケツアルコアトルを飛び越えるようにジャンプする。
ケツアルコアトルもすかさず身を屈めて音姫をやり過ごし音姫は光輝を鞘から抜き放った。だが、光輝の刃は漆黒の糸によって阻まれる。
「ようやく見つけた。あなたが人形操者だね」
「何故、わかった」
音姫の視界の先には漆黒のローブで姿を隠した男の姿があった。
ノートゥングの撃ち合いになる寸前まで音姫が動かなかったのはこの本命を見つけるためであり、あの位置なら上手く探すことが出来たからだ。
「ノートゥングが放たれた瞬間に紛れて魔術を使ったみたいだけど出力が違いすぎてむしろ目立っていた。それに、模写術師が人形操者の能力をコピーしているなら近くに人形操者がいるはずだから」
「なるほど。さすがに白百合音姫を騙すのは不可能だったか。だが、目的は達した!」
その瞬間、音姫の背後で何かが動いたのはわかった。音姫がとっさに大きく飛び上がると音姫がいた場所にケツアルコアトルの尻尾が駆け抜ける。
すかさず後ろを振り向くと、そこには体の至る所に糸が巻きつけられたケツアルコアトルの姿があった。
『逃げなさい。この糸は私でも対処出来ません』
「そんな! くっ」
冷静に話すケツアルコアトルに音姫は絶望を感じながら迫り来る糸を光輝で払った。この状況でケツアルコアトルまで敵に回すのは危険だと判断して音姫がリリィのいるところまで大きく下がる。
「音姫。どういうこと!?」
「ケツアルコアトルが操られた。今の私達じゃ助けられない」
「そんな」
アークレイリアを構えながらリリィが絶望的な声を出す。
ケツアルコアトルの能力を知っているからこそ、勝てる雰囲気がしないのだ。
『大丈夫です。だから、頼みます。我が子を』
ケツアルコアトルの優しい目を見た音姫はケツアルコアトルの子供達を拾い上げた。
「リリィちゃん、俊也くん、花子ちゃん。撤退するよ!」
「でも!」
ノートゥングの撃ち合いを演じている俊也が声を上げる。だが、振り向いた先での状況を把握した俊也は頷いて大きく後ろに下がった。
俊也がいた場所にノートゥングの槍がいくつか突き刺さるがすでに俊也は離脱している。
『頼みましたよ』
ケツアルコアトルの声に音姫は歯を噛み締めた。
「悠聖君を拾わないと。悠聖君がいる場所まで案内してもらえる?」
「わかりました」
エルブスを戦闘に四人は駆け出す。その場から逃げるように。
「ごめんなさい」
そう音姫が呟いた小さな声を残して。