第百四十三話 精霊をめぐる戦い
「ディアボルガ!」
とっさに振り抜かれた氷の剣に対してオレは近くにいたディアボルガとシンクロをし、ディアボルガの持つ錫杖で氷の剣を受け止めていた。
苦悶の表情を浮かべた冬華は泣きそうになりながらもオレに向かって氷の剣を叩きつけてくる。
「冬華! どうしたんだ!」
「悠聖。駄目。私、抑えられない。私じゃない誰かが私を操ってるの。助けて」
「くっ」
今の状態は近接に特化しているわけじゃない。せめて、イグニスとシンクロしていたなら互角に渡り合えたのに。
『我が力が遠距離向きなばかりに』
そういうことじゃねえよ。お前じゃなければ今頃押し切られている。
「戦いたくないのに、悠聖と、戦いたくないのに!!」
冬華の剣技によって氷の剣が様々な角度からオレに狙いを定めて放たれる。もちろん、それを受け止めるだけでも精一杯だ。
冬華が普通の状態じゃないのは一目瞭然。せめて、誰かがいてくれれば。
「エルブス、味方を、いや、リリィ達を守ってこい」
『それは』
エルブスが躊躇いの声を上げる。おそらく、誰かを呼んで来て欲しいとオレに言うつもりだったのだろう。
「冬華が陽動の可能性だってある! 冬華が操られているんだ! 俊也だって操られている可能性だってある!」
『わかりました』
エルブスが身を翻して飛翔する。オレはその姿を見届けて素早く冬華を押し飛ばした。
「セイバー」
その瞬間にルカを呼び出そうとしたオレは視界の中で冬華が加速するのがわかった。すでにモーションに入っているのに。
ディアボルガ、ごめん!
『任せろ!』
強制的にシンクロを解除してディアボルガが錫杖で氷の剣を受け止めた。何とか間に合ったか。
「セイバー・ルカ、来てくれ!」
召喚陣が煌めきそこからルカが姿を現す。そして、オレはすかさずルカとシンクロを行った。
「冬華。今助けるからな」
だが、冬華は目を見開いて何かを訴えるかのような表情になっている。
「駄目! 最上級精霊を出したら、駄目!」
その言葉が響いた瞬間、上空から何かが飛来した。それを視界の隅で見ると魔力の塊が目に入ってくる。
ルカの剣で打ち払うわけにはいかない。
『下がれ!』
防御魔術を展開しようとしたオレをディアボルガが思いっきり突き飛ばしてきた。オレは簡単に三回転して背中から木に激突する。
苦悶の表情を浮かべながら視線を向けると、そこには魔力の鎖によって絡め捕られたディアボルガの姿があった。
「なっ。最上級精霊を捕まえる拘束魔術だと!?」
『ディアボルガ!!』
ルカがオレの中で叫ぶ。オレはすかさず四肢に力を入れようとして、
『来るな!!』
ディアボルガの叫びがオレの動きを止めた。
『そこにいるのだろ!? セルファー!!』
『ディアボルガ様。お久しぶりです』
近くの木陰が闇に覆われたと思ったらそこから執事服を着た男が姿を現していた。ディアボルガに近い闇属性の気配。
だが、ディアボルガを光の中にある闇と表すなら、あいつは闇の中の闇。
『セルファーがどうして』
知り合いか?
『闇属性精霊のNO.2。闇属性というより暗黒面、敵を混乱させたり操ったりする能力に長けた精霊』
つまりは、冬華もあいつのせいであんなことになっているのか。
『やはり貴様か。この鎖、忌々しいまでにあの頃を思い出す』
『あなた様が私から最上級精霊の地位を奪う前に私があなたを倒した時以来ですからね。我がマスターからあなたを自由にしていいと聞いています』
『狙いは最上級精霊とケツアルコアトルか』
『ええ。私はあなた様とセイバー・ルカ様の確保を。マスターはケツアルコアトルの確保に向かっております』
エルブスを行かせて正解だった。音姫さんとエルブスにリリィがいれば相手が何だって戦える。セルファーのマスターだとしてもだ。
『ですが、確保より先に個人的な恨みを果たしたいところなので、あなた様には私の力で地面に這いつくばって貰いましょう』
『我が主よ。手出しはするな』
ディアボルガが笑みを浮かべたような気がした。
『これは我が精霊界に残していった戦い。我が主でも遮ることは許さぬ』
『何バカなことを言ってるの、ディアボルガ!?』
ルカがオレと強制的にシンクロを解除してディアボルガに叫んだ。
『セルファーはディアボルガと相性が』
『ルカ。お前は主を守れ。出来るだろ? お前の力は我が一番知っている』
『ディアボルガのバカ!!』
それだけ叫ぶとセイバー・ルカはすぐさまオレと再びシンクロをした。そんなオレの前に氷の剣を構える冬華が立ち塞がる。
「悠聖。お願い。私を倒して」
「ああ。ルカ。セルファーの洗脳を解く方法は?」
『セルファーを倒すか、相手を気絶させるか』
「なら、簡単だ」
今の冬華は雪月花もないしフェンリルもいない。冬華は雪月花やフェンリルと共にいるからこそ他を圧倒する力を持つ。
「冬華。お前を傷つける。我慢してくれよ」
「悠聖。私、信じているから」
「行くぞ!」
オレはルカの剣を握り締めて冬華に斬りかかった。
カチャと音姫が光輝を握る音が鳴り響く。それに追随するように親しげな視線を私達に向けていたケツアルコアトルが険しい視線を音姫が視線を向けた先に向けていた。
音姫のそばにいたケツアルコアトルの子供達が私達に駆け寄ってくる。私はルナを委員長に預けて立ち上がりアークレイリアを鞘から抜いた。
この二人が反応したってことは何かが来るということ。
「驚きですね~。気配を完全に消していたんですけどね~」
そこから現れたのはニコニコとした笑みを浮かべた少女。確かに気配が全くわからなかった。
「えっ? あれで気配を完全に消したつもりだったの? バレバレだったよ」
「それは音姫が反則的な性能だから。それよりも、あなた、誰?」
アークレイリアを向けながら少女に尋ねる。少女はニコニコしながら口を開こうとした瞬間、音姫が距離を詰めていた。
最速の駆け出しから三歩で距離を詰めて光輝を鞘から走らせる。普通なら一撃必殺だが少女はその速度に匹敵する加速で後ろに下がっていた。
対する音姫も弾かれるように後ろに下がる。
「今のを気づいたんですね~。さすがは白百合音姫。人間の中の化け物という表現はあながち間違いじゃないみたいですね~」
「これでも女の子なんだけどね。そういう表現は傷つくから止めて欲しいけど」
「化け物というのは否定しないんだ」
「これでも世界最強の一角だよ」
その言葉に私は小さく溜め息をつきながら周囲を見渡す。敵が一体なわけがない。多分、後一人くらいはいるはず。
「ルーリィエ・レフェナンスさん。そんなに捜さなくても今回の作戦は私一人ですよ~。そして、私を倒せば戦いが終わる」
「何を言っているの?」
「長峰冬華を操って白川悠聖と戦わせていますからね~。今頃、白川悠聖は殺されているかもしれませんね~」
その言葉に私は加速していた。複数段加速ではなく一歩目からトップスピードとなり一つの弾丸のように一気に駆け抜ける。
だが、相手はそんな私を見て笑みを浮かべた。
「引っかかった」
その瞬間、私の体に糸が絡まったような感覚に陥った。すぐさま糸を斬ろうとアークレイリアを動かすが、アークレイリアの切っ先は真っ直ぐ私の首に狙いを定めている。
避けられない。そう感じた瞬間、水晶の花びらがアークレイリアを大きく弾いていた。
「全く。白川悠聖の想定が的中するとは、私も驚きです」
その言葉はすんなりと耳に入ってきた。振り向いた先にいるのは悠聖の特殊な精霊であるエルブス。悠聖の九体目の精霊らしい。
「私の糸を斬り裂くなんて、あなたは只者ではありませんね~」
「あなたの糸は魔力を持つ存在を絡め捕る糸だと私は考えました。ですから、攻撃を物理的なものに変えればいいだけです」
「動かすことに魔力が必要なはずですけどね~」
私は落ちてきたアークレイリアを掴んで後ろに下がる。音姫が前に出ないのは糸が見えていたから。
「私の体の一部を動かすだけです。絡め捕るレベルの魔力には反応しません」
「なるほどね~。でも、私はこのまま真っ直ぐ進めばいいだけですよね~。全員を捕まえるのは簡単に」
「そんなことはさせないよ!!」
その瞬間、私達の間に雷光が駆け抜けた。そして、そこには体中に紫電を纏わせた名山俊也が現れる。
「俊也君!」
「お待たせ。ここは僕に任せて欲しいんだ」
俊也が身構える。その紫電は離れているだけでもピリピリと私の体を焼いていた。
「ようやく見つけたよ」
「それはこちらのセリフですね~。あなたの最後の最上級精霊、ミューズレアルを奪わさせてもらいますね~」
「させない。そして、帰してもらうよ。僕の大切な家族を!!」